64.人、それを丸投げと言う
「そう言う訳で、ホーリアさん、ルドラの教育を頼む」
俺は、冥竜ハルデヌスさん家に戻ると、待機していたホーリアさんに丸投げなお願いをした。
ルドラは俺の後ろに隠れて、ホーリアさんとハルデヌスさんを盗み見ている。
「まさか暴竜ルドラを従えてくるとは、儂ビックリ」
「ええ、私にもまさかの展開ですね」
「だから、さっき説明したじゃん。元々ルドラには高い知性があったんだって。でも周りが暴風雨で、しかも自分のスキルだとは思ってないから、パニックを起こして泣き叫んでただけなんだって。考えてもみてよ、言葉が分かるとしても泣き叫んでる状態の幼児に言葉が通じる?」
「まあ通じませんわね、普通」
「そんで、ルドラの場合、転生をしたとしても半年も持たずに自滅していた訳だから、転生通算での年齢もこの姿と大差ないんだって。だからドラゴンとしての常識も、この世界の常識も幼児並みの知識しかないの。だからホーリアさんに、その辺の教育をお願いしたいんだよ」
「なるほどのー、儂、納得」
「ハルさんは黙っててください。……とは言え、確かにアマノ様の言う事には納得です。うーん……、表向きは竜人族の子供って事で誤魔化しますか」
「竜人族なんていたの?」
「いえ、いませんけど」
「いないんかぁーいっ!」
「ドラゴンの角と尻尾が見えてる状態ですから、そう言う事にでもしておかないと説明が色々と面倒なので」
あ、そう言う事ですか。んじゃ、もうここでやる事もないし、一旦帰りますか。
転移魔法陣を開発した古代竜人族は存在していたのだが、千年レベルのオーダーで絶滅したらしい、合掌。
「ルドラや、いつでも遊びに来ていいからの。儂、お菓子とか用意してまってるからの」
ハルさんはそう声を掛けるが、人見知りなルドラに無視されて、ショボーンとなってた。
こうして俺は、ルドラを連れて辺境の街の屋敷に帰った。さも当然のようにホーリアさんも着いてきたけど……。
「「「うぉん!」」」――『ご主人様、おかえりー!』
そう言って俺に飛びついてきたベルに、ルドラが目を輝かせた。
「ワンワンなのっ! 可愛いの!」
ベルをぎゅっと抱きしめるルドラ。
「「「ぎゃ、ぎゃうん」」」――『ぐ、ぐるじい、な、中身がでる!』
中身ってなんだよ、怖いこと言うなー。
「こら、ルドラ! ぎゅっとしたらワンワンが苦しいって。そーっと、そーっと」
「ワンワン、ごめんなさいなの。ルドラ、そーっとするの」
中身とやらは、出ないで済んだらしい。
「ともあれ、今回は本当にありがとうございました」
「ん? いきなりどうしたのさ、ホーリアさん?」
「暴竜の、いえ、ルドラの件を解決してくれて」
「ああ、それね」
「アマノ様を筆頭ドラゴンに推した甲斐があったと言うものです」
「あれ、そんな下心があったの?」
「ないとは言えませんね。筆頭ドラゴンにでもならなければ、ルドラの件も放置したのでは?」
そうだろうか? 別に筆頭ドラゴンにならなくても、俺は動いたような気もする。
「でもこんなスピード解決するとは夢にも思いませんでした。なにせルドラの件は500年越しの案件でしたので」
「運がよかっただけだろ」
なんせ運のステータスもSだしな。
「そうではありません。ルドラの件に関するアマノ様の説明はいちいちごもっとも。むしろなぜ今までその点に思い至らなかったのかが不思議です」
「まあ得てしてそんな物かもしれないよ。答えが分かればなる程ってな感じで」
コロンブスの卵しかりコペルニクス的転回しかり。
いつしか、ルドラはベルを抱っこしたまま、一緒に眠っていた。
「ルドラの件は片付いたし、ハルさんは次に何の研究をするんだろうな?」
そんな事をふと思った。――伏線じゃないからね。
その後、ルドラは王城、と言うか、ホーリアさんの部屋に引き取られて、色々と教育を施される事になったが、度々、辺境の街の屋敷に遊びに来るようになった。ひとつは俺に懐いたせいと、ひとつはベルの事が気に入ったせい。ベルも精神年齢が近いせいか満更でもない様子。
一緒になって遊んでいるその姿は、メイド隊の心を和ませているようである。俺も大いに癒やされている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うぇえええええ、ひどい目に遭った」
「全くだわ」
「いきなりの事であったな」
たまたま、まだ竜族会議の孤島に残っていた上位竜、炎竜ゲルラ、水竜ハルワタート、大地竜ゲブの3体は、突然発生した超大型台風の如き、激しい暴風雨と雷に晒されたのであった。だが、それも先程終息した。
「私は属性上、雨は大丈夫なんだけど、風がちょっと苦手だわ」
「我は土中に避難してた」
「きったねぇー! 俺が一番被害を受けてんじゃねーか」
「アンタは炎属性だしね」
「しっかし、いきなりなんだったんだ?」
炎竜ゲルラは突然に発生し、突然に終息した現象に戸惑いを隠せなかった。
「なにアンタ、気付いてなかったの?」
「なにをだ?」
「これだから、ゲルラは何も分かってないと言うのだ」
「竜族会議で冥竜のハルデヌス様が仰ってたじゃない。暴竜が復活しそうだって」
「なんだと! あれが暴竜の力によるものだと言うのか」
ゲルラは暴竜の力があれ程のものとは思わなかったようだ。
「あれが各地で半年近くも続くのよ。さすが最上位のドラゴン様って訳ね」
「上位竜の我らでも厳しいものがあるな」
「へっ! あの程度なら大した事――」
「アンタ、雷を何発も喰らって、ヒーヒー言ってたじゃない」
「ぐっ、天竜様の一撃に比べたらどうと言う事もない」
「アマノ様の一発喰らったらさすがに死んじゃうでしょうが」
「ぐぬぬ。って、あれ? ちょっと待て。暴竜の力って半年近く続くと言ったよな」
「そうね」
「なんで一日ちょっとで終わってるんだ?」
「これだから、ゲルラは……」
「アンタ、なんにも気付いてないのね」
「んんー?」
「アマノ様だ。アマノ様が暴竜に立ちはだかったのだ。探知をしていれば巨大な光点が2つ見えた筈だ」
「おおっ! 天竜様が! それで暴竜を打ち滅ぼしたと言う事だな」
ゲルラは、当然天竜が暴竜を討伐したのだと考えたのだが、それに対する返事は違っていた。
「違うわよ」
「何っ? だが、実際に暴風雨も雷も収まっているではないか」
「アマノ様が一体何をしたのかまでは分からないわ。でも嵐が収まったあとも巨大な光点は2つのままだったわ」
「うむ、そして2つの小さき光点へと変わった。2体とも人化したのであるな」
「そして、2体連れ立って、どこかに去っていったわ……」
「はぁ? 暴竜って知性が低くて意思の疎通ができないんだろ?」
それが竜族会議での共通認識であった。
「そう言う話だったけど、どうやら違ったみたいね」
「どうやらアマノ様は我らが考えているよりも遥かに偉大な力を持ったお方のようであるな」
「そうね、何百年に渡って転生しては災厄を繰り返した暴竜を、どうやったのかは分からないけど鎮めたのよ。これは凄い事よ」
「そんな偉大な力を持った方に、俺は歯向かおうとしたのか」
「命拾いしたのだな。今後は自重する事だ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、筆頭ドラゴンである天竜アマノの名の下に、暴竜ルドラが竜族会議に名を連ねる事が通達された。最近二度に渡って竜族会議が行われていたため、さすがにまた招集するのは悪かろうとして、竜族会議自体は開催されなかった。上位竜たちの元へは上位竜筆頭の闇竜ヤーズが通達に向かった。
暴竜ルドラが最上位のドラゴン種である事から、序列としては闇竜ヤーズの前に割り込む形となった。
最上位のドラゴン種とは言え、ルドラがドラゴンとしてはまだ幼く、聖竜ホーリアの庇護下に入る事から、序列的に不満が出る事が予想された――特に炎竜ゲルラ辺りから。だが、予想された不満は一切でず、むしろ当然の事であるとして受け入れられた。
その事に違和感を感じたヤーズだったが、暴竜が現れたその現場に上位竜3体が居合わせたのだ、と言う水竜ハルワタートの証言を聞いて納得がいった。
上位竜3体は暴竜による暴風雨と雷に晒され、本来であればこれが半年も続いたのかと脅威を感じたらしい。
ただその事よりも、その暴竜に対峙し、倒す事もなく鎮めてしまった天竜アマノの御力に感銘を受けたとの事だった。
ヤーズ自身、聖竜ホーリアから説明を受け驚嘆したものである。
ともあれ、上位竜への通達も無事に済み、後はその結果を聖竜ホーリア伝えるのみである。ヤーズは安堵して王城へと向かった。