57.やっぱりいた
イストニの街を出て暫く歩いた後、ベルを抱っこして飛行魔法に移行した。東の山脈の麓へは、イストニから徒歩で5日と言う話だったが、街道もなく道も険しいので、徒歩だと実際にはその倍ぐらいかかるんじゃないだろうか?
まあ、飛行してる俺には関係ない話なので、1時間程で麓に着いた。
ずっと探知はしていたので分かってはいたけど……、いたよ下位竜のアースドラゴンが。体長10m、体重1t。巨大なワニを丸々と太らせたイメージでずんぐりむっくりとしている。
「ベル、聞いてみるだけだけど、アレはどう?」
「「「がぁうー」」」――『アレは無理ー』
デスヨネー。賢明だぞベル。俺ならいけるけどね(慢心)。
アースドラゴンは、そこにいるだけで、特に動きはない。
だが、他の魔獣からすれば充分に恐怖の対象だろう。麓を逃げ出したとしても不思議はない。
しかし、このアースドラゴンはどっから来たんだろう? 魔獣が逃げ出したのはここ最近の事らしいから、最初から住んでいたと言う訳でもなさそうだし。
ただ、こいつを放置したままだと、麓の魔獣たちが人里に向かったままになるし、一体、どうしたものか……。
魔獣とは言え、仮にもドラゴンなんだし、俺が狩ってもいいんだろうか? 後で怒られたりしないかな? ――って、誰にだよ?
ホーリアさんに聞いてみるか。
一応、念のため、1日ほどアースドラゴンの様子を見ることにした。もっとも動きがなく暇なため、ベルの餌用の木皿を裏返しにして、フライングディスクよろしく投げて遊んでみた。
そしたら、ベルがメチャクチャ喰いついてきた。なんで犬ってフライングディスク遊びが大好きなんだろう?
「「「がうっ、がうっ!」」」――『ご主人様、もっともっとー!』
まあ、俺も体力は無尽蔵なので、ベルが飽きるまで遊んでやった。
一日経ったが、結局アースドラゴンに目立った動きは見られなかった。一体何をやってるんだ? 瞑想? まあ、どうでもいいか。
先ずは一旦、イストニの冒険者ギルドに報告してくるか。
「と言う訳で、様子を見てきたんですが――」
「待て! 昨日の今日だぞ! ホントに畑の様子でも見てきたんじゃないか?」
ギルドマスターのボケをサクッと無視して報告を続ける。
「東の山脈の麓には、アースドラゴンが居座っていました。そのせいで麓の魔獣たちが逃げ出してきたんでしょう」
「ア、アースドラゴンだと! 騎士団クラスの案件ではないか!」
「いえ、アースドラゴン自体は麓に居座っているだけで、特に動きは見られませんでした。なので、人里へ向かうなどの心配は取り敢えずないでしょう。ただ――」
「麓から逃げ出した魔獣どもが人里を襲う、と言う事だな」
「そうなりますね」
頭を抱えるアッガスさん。
「どの道、ここの冒険者ギルドでアースドラゴンはどうにもできん。今まで通り、人里に逃げてきた魔獣どもを狩っていくしか手はないか……」
「俺は一旦ヘイグストに戻って、向こうのギルドマスターに報告してきます。向こうでも、麓から逃げ出した魔獣の被害が出てるので」
「そうか、宜しく頼む」
――――――――――――――――――――――――――――
辺境の街に戻り、ギルドマスターのギルベルトさんにアースドラゴンの件を報告。
「アースドラゴンとは、とんだ大物が出たものだ。だが、たしかに手の打ちようがないな……」
ギルベルトさんにしてもお手上げのようだ。
さて、とっととホーリアさんに相談してくるとするか。
あんまり、王城には行きたくないんだが、ホーリアさんの部屋に行くだけで、部屋からでなければいいだけか。
と思いながら、辺境の街の屋敷に帰ったら、なぜかホーリアさんが優雅にお茶してた。なぜだっ?
「なんでいるんですか、ホーリアさん?」
「そろそろ出番かなーと思いましたので」
ベルが何か言いたそうな目でホーリアさんをジトッと見ている。
うんうん、ベル。言いたい事はよく分かるぞ!
「何か聞きたい事があるのでしょう?」
「まあ、ありますけどぉおおお」
ちょっと、やさぐれてみた。けど、そんな場合でもない。
俺は東の山脈の件を伝え、質問をする。
「アースドラゴンがどこから来たのかは分からないんだけど、そのまま放置しておく訳にもいかなくて……。でも、仮にもドラゴンなんだし、同じドラゴンである俺が狩ってもいいんだろうか? と思ってさ」
「あら、別に全然問題ないですよ」
「へ? そうなの」
「アースドラゴンは所詮、下位竜ですし。そもそも中位竜や下位竜なんて、ただの魔獣ですからバンバン狩って問題ないです」
「そ、そうなんだ」
「上位以上の竜と中位以下の竜とでは大きな隔たりがあるのです。上位以上の竜は、流暢な人語を解し、人化し、不老不死ではないものの長命。更に最上位竜は記憶を保持したまま転生もします」
へー、転生するのは最上位の竜だけなんだ。って、前も聞いてたっけか。
「まあ、上位以上の竜を人に例えたら、中位以下の竜はお猿さん、と言うとお猿さんに怒られますかね」
そこまで差があるのか……って、猿未満かよ。
「そう言う訳で、サクッと狩っちゃっていいですよ。私としては、なぜそんなところにアースドラゴンが現れたのかが気になりますけどね(ちょっと調査が必要そうですね)」
その辺はホーリアさんにお任せします。じゃあサクッと狩っちゃいますか。
「あ、そうそう。アースドラゴンの血抜きはしないで下さいね。血液が貴重な薬剤の材料になりますから。それと、なるべく無傷でお願いします。アマノ様なら可能でしょう?」
「まあ、可能ですね」
「そしたら、そのまま王都のオークションに出しましょう。多分、結構いい値段になりますよ」
「なんか悪目立ちしそうな気が……」
「匿名で私名義での出品にすればいいんですよ」
「そんなのが出来るんだ……、じゃあそれで」
って、捕らぬ狸の皮算用をしてる場合じゃなかった。
「じゃあ行ってきます」
「はい、ご武運を」
――――――――――――――――――――――――――――
さてと……。東の山脈にやってきたが、アースドラゴンには相変わらず動きはない。
なるべく無傷で、という注文だが、いつも通り雷矢でいいだろう。相手が相手だけに威力の調整にてこずりそうだが。
さて、ビシっとな。普段よりやや高めの威力で雷矢を放つ。
「ギィヤオォォォオオオオオ!」
突然の衝撃にアースドラゴンが怒り狂う。
「おっと、まだ足りないか」
だが、四肢が麻痺しているようで、叫ぶ事しかできていない。
今度は、このぐらいでっと。さっきより高めの威力で雷矢を放つと、力が抜け地面に崩れ落ちた。
昏倒はしたようだが、ここから更に威力を上げて、感電死させないといけない。ただ余り威力を上げると今度はお焦げになってしまうので注意がいる。
俺は、直接アースドラゴンのうなじ――延髄?――の辺りに手を添え、雷矢を撃ち込む。
アースドラゴンの身体がビクッと硬直する。
「やったか!?」――フラグを建てる。
ドラゴンの脈とかどこで確認するのか分からないので、探知を掛けて確認してみる。
探知で確認できたのはベルの反応だけで、アースドラゴンの反応は消えている。どうやら無事昇天なされたようである。
アースドラゴンの亡骸を亜空間に収納。
俺はイストニの冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドでは相変わらず、麓から逃げ出した魔獣たちの対応に追われているようだったので。緊急性の高い討伐依頼のお手伝いをした。
「たびたび、協力して貰って悪いな」
ひと段落ついた後、ギルドマスターのアッガスさんがお礼を言ってきた。
「いえいえ、仕事ですから……。でも、そろそろこの忙しさも治まると思いますよ」
「ん? どうしてだ。いや、待て……ま、まさか?」
「そのまさかで大体合ってます」
「馬鹿なっ!」
うん、まあ信じられないよね。
「えーと、ここだと手狭だし、解体場にいきましょうか」
解体場では、麓を逃げ出した魔獣の解体作業で大わらわの様だったので、悪いとは思ったのだが。
「すみません、ちょっとの間だけ人払いして貰えませんか?」
「お前たち、忙しい中悪いが、ちょっとの間、解体場から出ててくれ」
俺は、広めのスペースに移動し、アースドラゴンを亜空間から取り出す。
「っ! これはっ!」
「アースドラゴンです」
「う、うーむ……、しかし傷一つないぞ? 毒でも使ったのか?」
「その辺は、内緒と言う事で。それでアッガスさん、下手に公表すると大事になりそうなので、黙っていては貰えませんか? もっとも、討伐報酬とAランク依頼達成件数の方は頂きたいですが」
「分かった。私の方で内々に処理をしておこう。それで素材の方はどうするんだ?」
「素材は王都の方で……、これも内緒ですよ」
「了解した。これで後は東の山脈の魔獣どもが戻ってくれれば万々歳だな」
「脅威となる存在が消えたので、多分大丈夫でしょう」
「アマノには色々世話になったな。Sランク昇格条件のギルドマスター推薦では俺にも協力させてくれ」
「いつになるやら分かりませんが、その節は宜しくお願いします」
アッガスさんとガッチリ握手をした後、俺はイストニの街を後にした。




