44.家を買う
「ステラさん、ちょっと相談にのって貰えますか?」
「なんですか? アマノさん」
「正直言って、冒険者ギルドの方に相談する事ではないとは思うんですが……、この辺りで家を借りるか買うとしたら、幾らぐらい掛かりますかね?」
今日、俺は冒険者ギルドのステラさんに、貸家か空き家購入の相談をしに来ていた。
別に今利用している肝っ玉オバちゃんの宿屋が嫌になったとか、そういう訳ではないのだが、ずっと宿屋の一室住まいと言うのも何だし、もうちょっと広々とした場所で暮らしたかったのである。
それと魔法の実験やら何やらで、宿屋だと都合が悪いと言う事情もあった。ベルにしても宿屋の一室よりも広い場所の方が暮らしやすいだろう。
資金の方は、討伐報酬や素材の稼ぎで既に白金貨数十枚、一億数千万円相当貯まっているし、無理を言わなければ足りるんじゃないだろうか。
「うーん、そうは言っても立地条件や建物の規模でピンキリですから……」
「えーと、立地条件はひとまず置くとして、建物の規模で言うと、やや広めの居間と2、3室の寝室と台所、それとできれば風呂がついてるとありがたいですね。中流家庭よりやや裕福な四人家族が暮らす様なイメージで」
「えっ? アマノさん、ご結婚なさるんですか?」
なぜかステラさんが驚愕した様子で喰いついてきた。
「違います、違います。あくまでそんなイメージの間取りで……と言う事です」
「そ、そうですか。えーと、お風呂ですが、平民の家屋には先ずありません。お風呂を沸かすのにはコストが掛かるので、あるとすれば貴族か裕福な商人のお屋敷だけです」
あー、やっぱりそういう世界観なのか……。
「じゃあ、さっき言った間取りで裕福な商人のお屋敷だと?」
「お屋敷だと、間取りの数が最低でも倍以上になります」
「注目のお値段は?」
「恐らくですが、貸家で月に金貨2枚前後、空き家の購入なら白金貨4、5枚にはなるんじゃないでしょうか」
ふむ……、貸家で月に20万円相当、購入なら4、5千万円か……。充分、いけるな。
「よし、買った!」
「ええええええええ? って、うちではお屋敷の売買は行っていません!」
あ、そうだった。
「じゃあ、お屋敷の売買って、どこで扱ってるんです? やっぱり不動屋さん?」
「フドーヤ・サン? 誰ですそれ?」
「いえ、なんでもないです。それでどちらで?」
「商業ギルドのお屋敷売買担当の方になりますね」
やっぱりあるのか商業ギルド。
「でもそこって、商業ギルドの会員になってないとダメとか、貴族じゃないとダメとかって言う縛りがあったりしませんか?」
「いえいえ、とんでもない。それどころか冒険者の方だとむしろ優遇されますよ」
「んん? そりゃまたなんでです?」
「まず第一に、冒険者さんたちは色んな魔獣を討伐して、お肉とか素材、魔石などを提供してくれますよね」
「まあ、そうだけど、それは冒険者ギルドに買い取って貰ってるだけでしょ」
「ええ、そして冒険者ギルドはそれらを商業ギルドに卸しています。間接的にはなりますが、充分に商業ギルドへ貢献をしてる訳です」
ああ、なるほど。
「それと第二に、ある程腕のある冒険者さんは、より高いランクの魔獣を狩るために複数のPTが集まり、クランと言う組織を結成する事があります。そのクランの根拠地として、お屋敷を借りたり、購入するケースがあります。高ランクの魔獣の素材は、より高値で取引されるので商業ギルドとしても大きなメリットがあるのです」
「なるほど、よく分かりました」
その後、ステラさんに商業ギルドの場所を教えて貰い、そちらに向かう事にした。
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商業ギルドでは、実に大勢の人達で賑わっていた。商業の名に相応しく、各種様々な業種や取引がなされる為か、建物の規模やカウンターの広さも冒険者ギルドの比ではなかった。
俺は受付で聞いたお屋敷売買担当の窓口に向かう。
「すみませーん、お屋敷の購入について相談をしに来たんですが」
「いらっしゃいませ。お屋敷売買窓口にようこそ」
対応してくれたのは、いかにも遣り手なキャリアウーマンと言った感じの女性だった。年齢は20代半ばから後半くらいだろうか?
「お屋敷の購入の相談と言う事ですが、お屋敷の規模、立地条件、それと用途などをお教え願いますか?」
俺はステラさんに言った事と同じ内容を伝えた。加えて、クランを設立する訳ではないが、冒険者活動をする上で、宿屋では少々手狭な事も伝える。
「アマノ様は冒険者でいらっしゃる訳ですね。それでしたらもし差し支えがなければ、冒険者ギルドの登録証をご提示しては頂けませんでしょうか。もちろん強制ではございませんが」
はて、なんだろう? 特に差し支えもないので冒険者ギルド登録証を提示する。
「っ! Bランク! アマノ様? あっ! <鉄塊>さん」
って、うぉい! なんで商業ギルドで二つ名呼びだよ!
「ご提示ありがとうございました。<鉄塊>さ……もとい、アマノ様には商業ギルドも大変お世話になっております」
「ん? お世話って別にしてないと思うけど」
「いえいえ、冒険者ギルドから卸される素材の数々は冒険者の中でも群を抜いておりますし、素材の品質も非常に高いと、冒険者ギルド担当の部署で評判になっております」
あ、そうなんだ。
「私も素材を拝見させて頂いた事がありますが、特に毛皮や外皮の品質が素晴らしいです。一般的に毛皮や外皮の部分は、剣や槍による攻撃で大きく傷ついている事が多いのです。下手な冒険者ですとズタズタにしてしまって売り物にならない事もあります。ですが、その点アマノ様の素材は殆ど傷がついておりません。冒険者ギルド担当の職員も一体どうやって仕留めているのだろうと不思議がっておりました。あ、いえ、決して冒険者の方の狩りの手法を詮索している訳ではありません。そう聞こえたとしたら何卒ご容赦願います」
まあ、基本的に俺の狩り方は雷矢による昏倒と事後の血抜きで仕留めてる訳で、真似をしようとしても真似のしようがないのである。
そもそもの話、この世界の人間に雷魔法自体が理解できるとは思えない。電気が存在しない訳だし、感電と言う概念がないのだから、感電して麻痺したり昏倒すると言う現象も理解不能な筈である。
勿論、自然現象としての雷は存在する訳だが、だとしても落雷を受けた人間が唯で済む筈もない。よしんば落命しなかったとしても、雷が電気だと看破する者がいるとは思えない。
もっとも、元いた世界では、態々雷雨の中で凧をあげ、雷が電気であると証明したチャレンジャーな物理学者がいた訳だが……。
ま、それはさておき。
「それで、こちらが希望した物件に心当たりはありますか?」
「あ、私とした事が長々と失礼を……。そうですね、こちらなどいかがでしょう」
結果から言うと、提示された複数の候補の中から、良さげな物件を購入する事に決めた。書類選考により、更に候補を絞った後、現地に赴き物件を見た上での購入である。
立地は、雑踏を避け、人の往来が少なめの場所を選んだ。
間取りは、1階にエントランスと広めの居間と食堂。それと厨房、風呂、洗濯場に物置。2階に寝室と客間らしき部屋が都合6部屋。
広めな庭がある上に地下室までついていた。なんでも貴族の別宅だったらしい。立地が街の外れにあったせいで人気がなく、お値段もお手頃だった。
気になるそのお値段は……白金貨6枚、6千万円相当だった。
なんとなく、元いた世界と金銭感覚がズレてきたのを実感した。
商業ギルドを辞去する際、お屋敷売買担当の女性職員から個人的なサインを求められた……二つ名付きで。一体なんなんだ?




