38.行った、見た、脱いだ
翌日の明け方、ホーリアさんとヤーズさんと俺の三人は馬車で魔獣の群れを目指す。
まあ馬車はカモフラージュで、辺境の街から1日程度の場所で乗り捨てる。実際には結界魔法で馬たちと馬車を保護しておく。
馬車を乗り捨てたのは第一に飛行魔法で行った方が速いし、第二に馬たちの側でドラゴン化した場合、馬たちまでもが錯乱しかねないからだ。
そこからは三人で飛行魔法で向かう。
そういや、辺境の街に向かう前、最初に立ち寄った村は大丈夫なんだろうか?
気になったので探知して見たが、どうやら村は魔獣の森と辺境の街とを結ぶ直線上にはなく、大分逸れた場所にあった。
魔獣たちの進行ルートからは離れており、一安心である。
暫く飛行していると、魔獣の群れの先頭が見えてきた。
「人化を解いたら、魔獣の森の方向に向けて気配が出るように調整してみてください」
え? そんなの急に言われても出来るのかな?
「まあ、魔力を流す感じで意識してみてくださいね。あんまり強くしちゃうと、逃げ出す前に魔獣が卒倒しちゃうので気をつけて下さいねー」
簡単に言うけど、なんだか難しそうだぞ?
「この辺でいいですかね。じゃあお互い巨体なので、ちょっと間隔を開けましょうねー」
そう言われて俺はホーリアさんと距離を置く。ドラゴンの身体だと大体あの大きさだから、このぐらいかな?
そういや、ホーリアさんのドラゴン姿って見るの初めてだな。ちょっと興味が湧くな。
「エッチなのはよくないと思います」
いや、そういうんじゃないから!
「充分、引き付けてから人化を解きます。私の合図に合わせてくださいね」
どんどん近づいてくる魔獣の群れ。さすがに3千匹以上ともなると迫力があるな。足音が地鳴りの様だし、震度2弱ぐらいありそうだな。
「そろそろですよー。はいっ、今です!」
ホーリアさんの合図で人化を解く。なんか久々のドラゴン姿だな。
ドラゴン姿のホーリアさんは、全身に真っ白な羽毛が生えていて、なかなか綺麗で荘厳な感じがした。さすが聖竜って感じである。
さて、魔獣の群れはと言えば、俺たちが人化を解いた瞬間、一斉に「!!」って反応を見せた後、急ブレーキをかけた様に立ち止まった。3千匹以上いる魔獣が一斉に! である。
立ち止まり、暫し硬直。どうやらなかなか現状に理解が追いついていない様だ。そして――。
『『『『『うぎゃああああああああああ』』』』』
と言わんばかりの咆哮を上げると、一斉にきた道を半狂乱となって逆進していった。足も千切れんばかりの激走で、来た時とは比較にならない程の速度で遠ざかっていく。
気配の調整とやらも、どうにか上手くいったらしく、全ての魔獣が魔獣の森に向かって逃げている様だ。どうやら心配していた漏れも今の所出ていない。
「それでは、私めは魔獣の群れと並走し、コステロ王国の魔道具の回収任務に向かいます」
ヤーズさんは人化したまま、飛行魔法で魔獣たちを追いかけていった。
「ホーリアさん、本当にこれだけで終わり?」
「ええまあ」
やっぱり釈然としない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おい、何か変な気配がしないか」
魔獣の群れを辺境の街に向けて誘導していたコステロ王国の先遣隊の一人が同僚に問いかける。
「変な気配って言うか、俺はついさっきから悪寒がしてならないんだが」
「おい見ろ! 魔獣共の動きが止まってないか?」
「本当だ、止まってるぞ。何故だ?」
先遣隊の面々が騒ぎ出す。さっきまで順調に、辺境の街に向っていたのに、何故こんな何もない所で停止した?
答えが出ないまま、そう訝しんでいると、次に魔獣たちは絶叫のような咆哮を上げた。
「くっ、耳が!」
3千匹以上の魔獣による咆哮である。たまらず耳を塞ぐ面々だったが、魔獣たちがとった次の行動に眼を剥き、驚愕した。
なんと魔獣の群れがこちらに向かって逆走してきたのである。
しかもその速さたるや、激走と言っても過言ではない。
「何故だ? 何故、魔獣撃退の魔道具が効かん?」
「そもそも何故、こちらに向かってくるのだ!」
その理不尽な現象を前に、コステロ王国の先遣隊に為す術はなかった。先遣隊百名は激走する魔獣の群れに飲み込まれ全滅した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ところでホーリアさん」
「なんですアマノ様」
「俺たちはいつまで、ここでこうしてればいいの?」
「ああ、それなら、魔獣の群れが、ちゃんと魔獣の森に戻るまでですかね」
「でもさ、ホーリアさん」
「なんですアマノ様」
「魔獣の森に、なんだか千人を超える人間がいるようなんだけど」
「いますねえ」
「放っておいていいのかな?」
「十中十、コステロ王国の連中でしょうから」
「自業自得ってとこですか……」
「調子に乗って、森の最深部にいるようですし、自己責任って事で」
ホーリアさんは自己責任って言ったけど、正しくは、自業自得ってとこでしようね。調子にのって最深部に行きさえしなければ、命だけは助かったかもしれません。
まあ、私に産み出された時点で、コステロ国王御一行の命運は決まりきっていたんですけどね。




