36.コステロ王国のターン
黒い甲冑で身を包んだ騎士の部隊が魔獣の森を進んでいた。その数、約百人。コステロ王国の勢子部隊であった。
「しかし、凄いな、この魔道具は。魔獣という魔獣が、次々と逃げ惑っていくではないか」
「おい、魔獣を追いやる方向に注意しろよ」
「うむ、任せておけ、扱いには大分慣れた」
「しかし悪名高き魔獣の森から、こうも簡単に魔獣を追いやれるとはな。これまでの騎士団の犠牲は何だったというのか」
小国であるコステロ王国が、領地を求め、魔獣の森を開発しようとしたのは、二度三度の事ではない。しかし魔獣たちの群れの前に多くの騎士団が犠牲となった。
その度に魔獣の森は不可侵な領域であるとし諦められるのだが、領土欲に執着する王国は、喉元を過ぎれば熱さを忘れるの例えのごとく、十数年毎に騎士団を送っては敗退しているのであった。
だが、今回は違った。
ガルガン帝国から供与された魔獣撃退の魔道具が5つ齎されたからである。
魔獣を討伐する能力はないが、魔獣を忌避させ、撃退する能力を持つ魔道具であり、高ランクの魔獣にも効果がある事が実証されている。
これを使えば、騎士団に犠牲を出さず、魔獣の森から魔獣たちを追い払う事が可能となる。
王国の上層部は嬉々として先遣隊を編成し、魔獣の森へと送り出したのである。
ただ問題がひとつ。魔獣を討伐するのではなく、追い払うという事は、単に魔獣を移動させるに過ぎない。ではその移動先はどこになるのか?
もちろんコステロ王国の領地では困る。
となれば魔獣の森に近い他国の街。即ちクレメンツ王国の辺境の街、ヘイグストが標的とされた。
クレメンツ王国は農産物に恵まれ、豊かで国力の高い国家であり、小国であるコステロ王国の羨望の的であった。いや、嫉妬の的といって良い。
それにクレメンツ王国とは奴隷制度、取り分け獣人族の扱いを巡り、確執があった。
それ故、クレメンツ王国の街を魔獣の標的とする事にコステロ王国上層部は何の躊躇いもなかった。
コステロ王国の勢子部隊は一週間ほどで魔獣を全て魔獣の森から追い出し、森を抜けた。
入れ代わりに第二陣の騎士団約5百人が魔獣の森に入り、魔獣が追い払われている事の確認を行う。その後、魔獣の森の詳しい地形を調べる測量部隊が森に入る事になっていた。
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「でかしたぞ。これでついに宿願の魔獣の森を手中に収めることができる」
第二陣の騎士団からの報告を受けたコステロ王国の国王は上機嫌であった。
王国上層部の面々も皆、上機嫌で口々に快哉を叫んでいた。
「こうしてはおられん。余、自らが魔獣の森に足を運び、直々に魔獣の森、いや元魔獣の森を検分してやろう」
「陛下、さすがに陛下自ら行幸なさるのは、少々危険がおありかと」
宰相が、国王の思いつきに苦言を呈する。
「魔獣は既に居らぬと報告があったではないか。何の危険があろうぞ。だが、そうだな、今回の快挙を下々に知らしめる意味もあるし、親衛隊千人を引き連れて大々的に向かうとしよう。それなら問題あるまい」
「まあ……、それであれば」
若干の不安を感じながらも、ノリノリな国王を前に口を噤む宰相。
「ならば陛下、我々にもお供させてください。魔獣の森を支配した偉大なる陛下の偉業のご相伴に預りたく存じます」
「うむ。汝らの同行を許そう。おお、そうだ、どうせなら強大な魔獣がいたという最深部まで行ってみようではないか」
こうして、国王以下、上層部の殆どと、親衛隊千人による行幸が決定した。
「無事に戻ってこられますように……」
胸中の不安を拭い去れない宰相が、我知らず無駄にフラグを建てていた。
うっかりフラグを建てちゃったコステロ国宰相。
果たしてコステロ国国王の運命や如何に? (二話か三話先に判明します)




