2.とりあえず力試し
「さて、どうしたもんかなー」
一応の落ち着きを取り戻した俺だったが、正直途方に暮れていた。
「差し当たって周辺の状況とか、脅威となる存在の把握ってとこか?」
さっきは自分の足音にビビった訳だが、実際大物のモンスターがいないとは限らないし、ドラゴンに転生したからと言って、どの程度の強さを持っているのかも分かっていないのだ。
とりあえず周辺の状況の確認は必要だろう。
「となると、これか」
龍魔法の中にあった探知というのを使用してみる。
魔法なんて勿論使ったことはないし探知の使い方も知っていよう筈もない。
でもこういうのはアレだ、イメージって奴で大体どうにでもなる――筈だ。
「探知、探知っと……。おっ」
脳内にMAP画面らしきものが現れ、多数の光点が表示された。
今回、事前にイメージしたのは大体1㎞四方であり、いずれの光点も5百メートルは以上は離れている。自分を中心としてぽっかり大穴が開いてる感じだ。
「ふぅ、取り敢えず近くに脅威になりそうな敵はいない……と。でもなんか敵に取り囲まれてるって感じがしなくもないな」
MAP画面に表示される光点は強かったり弱かったりする。
光の強弱がモンスターの脅威度を表しているのかもしれない。
強めの光点のひとつに着目し、意識を集中してみると「デス・オーガ」と表示された。
おまけに脅威度も表示されている。デス・オーガの脅威度はBらしい。
「へー、意外と便利だなこれ。ひょっとして鑑定と連動してるのかな」
次に光点が群がっているところを見てみる。
オークだったり、なんちゃらウルフだったりした。
群がっている事から、恐らく集団で行動するタイプなんだろう。
ちょっと近づいて様子を覗いてみようかな。と思いオークの群れの方に移動してみたのだが、なんかこっちが移動した分、オークの群れが遠ざかっていった。
「んん~?」
今度はなんちゃらウルフの群れに近づいてみたが、結果は同じだった。
「これって、ひょっとしてアレか? 俺の存在が脅威と認識されていて、群れはその脅威となる存在から逃れようとしてる……とか?」
恐らく、その認識で合ってるのだろう。
俺が移動後に再び探知をしてみると、相変わらず光点は、自分を中心としてぽっかり大穴を開けた様な位置取りになっている。何度か繰り返してみたが同じだった。
自分にとって脅威となる存在が周囲に存在しないようでホッとする反面、ここまでモンスターからあからさまに避けられると、それはそれでツマラナイ。
我ながら自分勝手な言い分だとは思うが……。
「モンスターの強さとか、自分の強さとか分からないのはちょっと不安だな。なんか自分の気配を抑えるスキルとかないのかね?」
それっぽいスキルを探してみる。
「えーと……、ん、変化? いや変化か。ひょっとして人化できたりして?」
なんか出来そうな気が……、出来ました。
なんと衣服付き。どうやら衣服は物体生成のスキルで魔力から物質として生成されているらしい。なにそれ便利すぎ。
「おおっ! 人の身体だ! 懐かしい」
いや、別に懐かしいって程ではない。
ドラゴン転生してから、まだ1日も経ってないのだ。
鏡なんて持ってないし、あいにく近くに水辺もないので、人化した俺がどういう姿をしているのかは分からない。両手で顔をペタペタ触ってみるが無駄だった。
とりあえず人化した姿で、なんちゃらウルフの群れに近づいてみる。
因みになんちゃらウルフの正式名はフォレストウルフらしい。
狼らしく群れで行動するタイプの魔獣で、単体での脅威度はDだが群れでの脅威度はCらしい。
尤も脅威度CだのDだの言われても、今の俺にはさっぱりピンと来ないのだが。
思った通り人化してドラゴンの気配が消えたせいか、直近にいたフォレストウルフがいきなり襲ってきた。
「うぉっ! いきなりかよ!」
不用意すぎる間抜けさで突っ立っていた俺の喉笛に噛み付こうとするフォレストウルフ。
咄嗟に両腕でガードする。
まあ普通の人間だったら腕でガードしたところで腕を噛みちぎられて終了だよね。
と、こんな状況にありながら何故か頭の隅で冷静に分析する俺。
果たして腕に噛み付かれる。が、ガキンと金属音にも似た硬質な音が響き、フォレストウルフの牙が砕け散った。
「あれ?」
「キャイン、キャイン」
子犬のような鳴き声を上げて飛び退るフォレストウルフ。
すっかり戦意喪失した模様で俺から離れていく。
他にも数匹のフォレストウルフが集まってきていたが、一匹目の惨状を見ていたせいか、遠巻きで警戒しつつやがて去っていった。
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いきなりだったのでかなり焦ったが、フォレストウルフたちが去ると漸く我に返り、噛まれた腕をチェックしてみた。
かすり傷ひとつない。というか、どこを噛まれたかすらも分からない程である。因みに服にも裂けたりといった損傷はない。
噛まれても無傷なのって、物理耐性スキルのお陰なんだろうか? 体力ステータスの高さのせいでもありそうだが……、むしろ両方か。
痛くも痒くもなかったし、これならフォレストウルフ程度になら集団で集られたとしても無傷で済みそうだな。
とか考えていたら、ガサリと音がしたので、そちらを見やると、森の木々の間から棍棒を持った巨大な男が現れた。
身の丈は2メートルを優に超えていて3メートル近くあり、筋骨隆々。側頭部からは2本の角が生えている。一見してオーガって奴かなと思ったが、脅威度Bのデス・オーガだった。
「ナンデ、コンナトコ、ニ、ヒト?」
おお! しゃべった!
「人の言葉が分かるのか! いやこれは驚いた! 初めまして、こんにちは」
なんか初めて話ができた嬉しさに、モンスター相手にも関わらず、つい間抜けに挨拶をしてしまった。
「サッキマデ、オソロシイ、ケハイ、ソレ、ナクナッタ、ナゼダ?」
ああ、人化でドラゴンの気配が消えた事か。んー、なんと言ったものやら。
「あー、ドラゴンが飛び去ったせい、じゃないかなー」
「ドラゴン! オマエ、ドラゴン、ミタカ?」
「見たようなー、見なかったようなー」
「オマエ、ナンカ、アヤシイ……」
デスヨネー、知ってた。
「オマエ、クッテヤル」
ちょ、その展開はおかしい。あーそういやオーガって人喰うんだっけか。
喰われる気は更々ないが、ちょっと腕試しに付き合ってもらおう。
フォレストウルフ相手で楽勝だったので、ちょっと心に余裕ができていたのだ。
デス・オーガは棍棒を両手で振り上げると俺の頭目掛けて振り下ろしてきた。
棍棒の先を右手でキャッチ。
一番力の乗るところを片手で受け止められ愕然とするデス・オーガ。
デス・オーガは両手に力を込めるが棍棒は微動だにしない。
太いバットの先を止めれば、細いグリップの部分は回らない。コレってテコの原理だよねー(そうだけどやってる事は違います)。
俺は右手を捻るように力を込め、デス・オーガの棍棒を奪い取る。
「ガッ! オマエ、ナニモノ? ヒト、チガウ?」
「うん、大体分かってきたかも」――ドラゴンの強さが。
奪いとった棍棒をデス・オーガの方に放り捨てる。
デス・オーガは急いで棍棒を拾うが、その腰は既に引けている。
人を喰うモンスターとは言え、初めて会話した相手を殺すのも忍びない……まあ独善ではあるんだけどね。
「力の差は理解しただろ? この場から立ち去るんなら見逃すよ」
そういうとデス・オーガは「ウガッ」と言い残し、素直に立ち去っていった。