25.ミレの村の災難とドルグの受難
「我々は元々は、もっと北方に位置する、どの国にも所属しない獣人族の集落に住んでいました。ですが、近くの王国から獣人族目当ての奴隷狩りがやってくるようになり、その集落は捨てるしかなくなりました」
その後、各地を転々とし、まるで遊牧民の様な生活を強いられていたそうだ。だが、ある時、獣人族を奴隷とは見做さないクレメンツ王国の話を聞き、この国へとやってきたそうだ。
そして辿り着いたその地の代官から中央に連絡が行き、獣人族の一行は王都に向かい入れられ、なんと王城にて事情聴取がなされたという。その場には美しい聖女様――ホーリアさんだな――が居て、体調の悪い者や怪我を負った者を癒してくれたらしい。
獣人族の希望を考慮した結果、王都の北東に村を拓く事が許されたという。その村はミレの村と名付けられた。
その後ミレの村は、奴隷狩りに怯えながら暮らす心配もなく、魔獣からの大きな被害にも遭わず、細々とした暮らしではあったが充実した生活を送れていた……、去年までは。
その日、道に迷ったので一晩宿を貸して欲しいという人族の男が村にやってきた。村長は快くその男を受入れた。だが、その男は奴隷狩りの手先であったのだ。
男は井戸や水瓶のなかに痺れ薬を仕込んだ。そして翌朝、奴隷狩りの本隊が村にやってきた。
そして痺れで身体が思うように動かない村人たちを奴隷運搬車に次々と放り込んで行った。狼獣人のドルグは痺れる身体に鞭打って、妻と娘を守るべく戦った。
「ぐぉっ! コイツなんで動けるんだ? 痺れ薬が効いてねーじゃねーか!」
「効いてない訳じゃない。我慢してるだけだ。早く取り押さえろ」
「んな事いったって、武器持ってんだぞ、コイツ」
「ちっ! 俺が行く――――うぎゃあああ! 腕が! 俺の腕が!」
「喚くな。切られただけだ。腕は落ちちゃいねーよ」
「おいおい、こいつ手強いぞ」
「てめえら、何をトロトロやってやがる!」
「あ、お頭。こいつ手強くて難儀してるんすよ」
「馬鹿め! 手間が掛る奴は無視でいいんだよ。効率優先だ効率。それよりそっちの女と娘をとっとと捕まえろ」
「へいっ!」
「ミーナっ! ナナっ!」
「あなたっ!」
「おとーさーん!」
こうして奴隷狩りたちは、村人たちを満載した奴隷運搬車と共に去っていった。ドルグ一人を村に残し……。
ドルグは逸る心を押さえ、村で薬師をやってた婆さんの家に行き、麻痺に効く薬を探して服用。麻痺が癒えると追跡を開始した。
村人を満載した奴隷運搬車はかなりの重量なので轍の跡がはっきり残る。それに匂いも確かに残っている。獣人族は一般的に嗅覚が優れている。なかでも狼獣人は取り分け優れている。
こうして追跡を続けると、目的地はどうやら王都のようだった。
そしてドルグは王都へと入場する。俺が見たのはその時のドルグだった訳だ。
ドルグは先ず、村への襲撃を伝えるべく王城に向かった。だが、城門前で面会したペスロー男爵からけんもほろろな扱いを受けた。
「王城にそのような報告は入ってない」
「ですからこうして報告にきたのではありませんか。襲撃を受け、現在集落には誰も残っておりません。現地で確かめて貰えば分かります」
「奴隷狩りに遭ったという証拠はない。集落ごとどこかに移動したのであろう」
「なっ? 私が目撃したと申しております。何卒調査の程を」
「そなた、悪い夢でも見たのであろう。そもそもこの国では奴隷狩りなどあり得ん。獣人族を奴隷にする事も法で禁じられている」
「それは確かにそうですが、でも実際に――」
「ええい! 王城も暇ではないのだ。さっさと立ち去るがよい」
ドルグは王城に立ち入る事すらできず城門の衛兵に追い返された。
途方に暮れたドルグは、ならばと、自分で奴隷商を捜す事にした。王都の奴隷商を片っ端から調べようと。
だが、大体の奴隷商は、かつて奴隷扱いされていた獣人族が奴隷を買う事もあるまいと、これまた門前払いだった。
相手にしてくれた数少ない奴隷商は、奴隷を大事にする気骨のある人々であり、とても卑劣な奴隷狩りに手を染めているとは思えなかった。
獣人族である自分が門前払いを受けるのであれば、人族であれば問題ないのではないか? しかも名の知れた、金を持っていそうな者であれば尚の事いい。
頭に浮かぶのは貴族や豪商といった存在だが、ドルグにそんな伝手はない。
あるとすれば高ランクの冒険者である。
ドルグが実力のある冒険者を探していたのはそういう理由だった。
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「なるほど、よくわかりました。早速参りましょう」
「え?」
「ちょっと<鉄塊>さん?」
「俺に心当たりがあります」




