10.なぜか二つ名
2日たって、解体作業も終わった筈なので、冒険者ギルドに向かう。
「こんにちはー」
受付にはいつもの受付嬢――ステラさんというらしい――がいた。そういや冒険者登録した時の目のきついオバちゃんはすっかり見なくなったな……。
「素材の買い取り代金受け取りにきましたー」
「い、いらっしゃいアマノさん」
なんかぎこちない動きだな、ステラさん。どうしたんだろ?
「え、えー、こちらが買い取り代金となります」
金貨が7枚と銀貨が数十枚用意された。これで先に受け取っていた討伐報酬と合わせると、大体百万円相当近いお金が手に入った事になる。
「はい、ありがとうございました」
俺は頭陀袋(小)にお金をしまう――振りをして亜空間に収納した。
「おい、<鉄塊>が来てるぜ」
「本当だ、<鉄塊>だ」
「あいつが<鉄塊>かよ、なんかヒョロっとしてね?」
「バーカ、実際に見てないからそんな事思うんだよ」
「そうそう、あいつマジ<鉄塊>」
なんか周囲の冒険者がザワザワしている。
んん? 撤回?
「あのステラさん……、撤回がどうのって言ってるんですが、何か知ってます」
小声でステラさんに質問してみる。
「あ、あの……、えーと、その」
なんかばつの悪い様子だな。
「私はその場に居なかったので見てないんですが……、アマノさん、冒険者登録した時に、酔った冒険者何人かに絡まれましたよね」
ん? ああアレか……。いやな事件だったよね。
「ええまあ、絡まれましたねえ」
「で、殴る蹴るの暴行を加えられたとか……」
目のきつい受付オバちゃんが止めてくれなかったしね。
「でも全然ケロっとしてて、却って暴行を加えていた冒険者の人達が手足を抑えて蹲ったとか……」
「ええ、大体合ってますね」
「それで極め付きは、逆上した冒険者から斬りつけられて……、その、ちょっと信じ難いんですが、剣の刃を素手で受け止めて握り潰したとかなんとか」
全くその通りです。
「で、それを見ていた冒険者の人がボソッと『あいつは鉄の塊かよ』って呟いて、周りも『鉄の塊だ、鉄の塊』とか言い出して……」
なにそれ、それは知らない
「それで、二つ名が<鉄塊>って事になったそうです」
撤回じゃなくて鉄塊かよ! てか二つ名とかなにそれ? 中二病チックで恥ずかしいんですけど!
「あの……、事情は分かったんですが、その二つ名って奴ですか……。それって撤回することは、あ、いや、取り消す事ってできないんですか?」
「えーと、自称している人であれば取り消す事も可能だと思いますが、他の人から自然に呼ばれただした物だと、なかなか取り消すのは難しいかと……」
oh! なんてこったい!
「まあ、自称の二つ名と違い、自然についた二つ名は冒険者にとってステータスの様なものですし、決して恥じるようなものではありませんよ(たまに蔑称としての二つ名が付く人もいますけどね)」
ステラさん! 小声で言ってもバッチリ聞こえてますよ!
しかし、<鉄塊>ねえ……。たしかに蔑称じゃなさそうだけど……、もっと格好いい二つ名が良かったな……。と、結局、中二病的な事を考えている俺だった。
「なあおい、お前<鉄塊>って言うんだってな! ちょっと俺と手合わせしてくれよお」
なんかムキムキな筋肉ダルマな大男が話しかけてきた。
「俺は<怪力無双>のトマっていうんだ。尤もお前と違って自称だけどな」
ぶふっ! っと、いかにもな自称に思わず吹き出してしまう。
「なんだよー! 笑うなよー! なんで皆、笑うんだよー!」
なんか大男が拗ねだした。こいつ案外気のいい奴なのかな? なんか子供っぽいし。
「いや、さすがに自分で自分の事を怪力無双とか言い出すのはちょっと……ねえ」
「ちぇっ! 格好良いのに……。それで手合わせはしてくれるのか?」
「いや、俺にメリットなさそうだし、大体手合わせと言ってもルールがわからないし……」
「んじゃあ奮発して勝ち負けに関係なしで大銀貨1枚! で、ルールは素手の殴り合いで、降参するか気を失ったほうが負けで」
奮発して1万円相当とか微妙に微妙な額だな。ルールの方は……まあ問題ないか。
「いいだろう、受けて立つよ。で、どこでやる?」
「あ、それなら、奥に訓練場があるので、そちらを使って下さい」
ステラさんから助け舟が入った。
「お! <鉄塊>と自称<怪力無双>が勝負するってよ」
「まじか! <鉄塊>と自称<怪力無双>がなあ」
「俺、<鉄塊>に銀貨1枚賭ける! 自称はアカン」
「俺も<鉄塊>だな 自称じゃだめだろ」
「おいおい、賭けになんないだろ。誰か自称にも賭けてやれ」
なんか、自称、自称と、自称さんが可哀想になってきた。あ、トマだっけか。
訓練場は、学校の体育館ほどの広さがあり、新人らしい冒険者が何人か訓練してるようだった。まあ俺も新人冒険者なんだけどね。
急に増えたギャラリーに、新人冒険者たちが「なんだ、なんだ?」と騒ぎ出した。
「それじゃあ、さっさと始めるか」
「よっしゃあああ!」
自称さんが気合をいれる
「あ、俺審判やるわ」
年かさの冒険者が審判を買ってでた。
「それじゃあ始めっ!」
「うおおおおお!」
裂帛の気合とともにトマが右手を振りかぶり、俺の顔面めがけ殴りかかってくる。
俺はと言えば、この前と同じノーガード戦法である。ノーガードこそが最大の攻撃なり!(ドラゴン限定)
ガツッ! と鈍い音が鳴り響く。
「ぐぉっ!」
おいおい、早速、拳痛めただろ。
だがトマはそのまま今度は左手で殴りかかってくる。
前回同様、ガツッ! という鈍い音が鳴る。
「ぐぬぬぬ」
拳を痛めてるだろうに、その後も遮二無二に殴りかかってくるトマ。おい、これ骨までいってるだろ。
「おいおい、その辺で止めとけ。両手の拳が使い物にならなくなるぞ」
そう声をかけると、トマはがくりと膝をついた。
「俺の負け……です……」
「勝負あり! <鉄塊>の勝ち!」
審判が宣言すると、ギャラリーが大騒ぎを始めた。
「うおおおおおおおおおお」
「さすが<鉄塊>さんだぜ!」
「うむ、<鉄塊>さんマジ<鉄塊>」
「相手が、泣くまで、殴られるのを、止めない! とか<鉄塊>さんカッケー!」
「全然賭けにはなんなかったけどな!」
勝手に盛り上がるギャラリー。本当、勘弁してくれませんかね、その呼び名。
「しかし自称もがんばった!」
「そうそう自称もふんばったな」
「<鉄塊>相手に殴り続けるとか、凄い根性だぞ自称」
「痛みに耐えてよく頑張ったな! 自称」
なんかもう<自称>が二つ名になりそうな勢いである。
そんな訳で、手合わせ騒ぎは幕をおろしたのだが……、トマからは「凄いぜ<鉄塊>のアニキは!」とか言われて懐かれた。




