革命も進化もいらない
そう、私はあなたを憎んでいるーーー。
私の名前は城崎まこと。
滝川町にある、神代中学校に通う三年生だ。
そんな私は、今ある光景を見ている。
その光景というのは、クラスメイトの御影環さんが、いじめられているところだ。
これは毎日見る光景で、初めは驚いていた私も、もうすっかり慣れてしまった。
御影さんは抵抗することはないけれど、挫折したり泣いたり休んだりすることは絶対にない。
それが彼女の意地だと気づくのに、そう時間はいらなかった。
御影さんは今日も奴らに水をかけられて、びしょ濡れになっている。
しかし彼女は髪の毛の水気をきりながら、ニヤリと笑っていた。
いじめている奴らはそれに気がついてないようだけれど、私ははっきりと見た。
恐ろしい、悪魔のような色の瞳で笑んでいるのを。
私は思わず背筋がぞくりとした。
これが何の感情のせいなのかがわかるのは、まだ先のことだった。
御影さんをいじめている小鳥遊さんたちは、教室を出ていった。
私はその隙に、御影さんに駆け寄る。
「あの…御影さん、大丈夫?」
「…平気に見える?まあ平気だけど。あなたこそいいの?私なんかに話しかけて」
御影さんはまだ髪の毛の水気をきりなぎら、私のほうを見ずに答えた。
自分と話したら私もいじめられると思っているのだろう、私のほうには見向きもしない。
「御影さん、よかったら、これ…」
私は、持っていたスポーツタオルを手渡した。
御影さんは、濡れた前髪の間から鋭い視線をこちらに寄越した。
「私、今日部活ないのに間違えてタオル持ってきちゃって。いらないから、使って?」
「………」
「御影さんが、迷惑じゃなければだけれど…」
「…迷惑ではないわ。ありがとう」
御影さんはそう言って、タオルを受け取ってくれた。
豪快に髪の毛をがしがしと拭く姿に、私はホッとしたのを覚えている。
少しでも御影さんの役に立ちたいーーー私がそう感じ始めたのは、この頃からだった。
それから私は、毎日御影さんに話しかけた。
大抵は鬱陶しそうにあしらわれるけれど、時たま感謝の言葉をくれる。
その時々の感謝が嬉しくて、私はますます御影さんに話しかけたり、何かを渡したりするようになった。
それから数日のことだった。
御影さんの机の上に、菊の花が飾られていた。
それをどうするか迷ったけれど、私も御影さんのようにはいじめられたくない。
私は菊の花は見てみぬふりをして、自分の席に座った。
そのとき、ちょうど御影さんが登校してきた。彼女は机の前で立ち止まる。
小鳥遊さんたちの笑い声が聞こえてくる。やはり、彼女たちか。
私がその様子をどきまぎしながら窺っていると、御影さんは花瓶を机から払い落とした。
ご苦労なことーーーそう言いながら。
ガシャーン、と甲高い音がして、女子数名の悲鳴が上がる。
御影さんは、そのまま何事もなかったかのように自分の席につく。
すると小鳥遊さんたちが、御影さんのもとにやってくる。
睨みをきかせながら、小鳥遊さんが口を開いた。
「御影、あんたさあ、あんた汚いのよ」
「だからきれいにしてあげる」
小鳥遊さんはそう言って、御影さんの頭上でバケツをひっくり返し、雨を降らせた。
御影さんはまたもやずぶ濡れになった。
小鳥遊さんはもちろん、連れの二人も、おかしそうに笑っている。
すると御影さんは、前髪をかきあげて言った。
「小鳥遊さん、桐島さん、中根さん。これで満足?」
何とも思っていない、とでも言いたげな瞳で、小鳥遊さんたちを見据えている。
彼女たちは、少したじろぎながらも言い返した。
「はあ?何なのよあんた!」
「私たちに歯向かうっていうの?こっち来なさいよ」
「御影、あんたねえ!」
バシン、と乾いた音が教室に響き渡った。
御影さんが頬を叩かれたのだ。思わず彼女が頬に手をやろうとすると、連れのひとりがその手を掴んだ。
「まだ終わらないよ!」
今度は、左頬をもう片方の連れにぱしりと叩かれる。
その後、驚く間もなく御影さんに蹴りが飛んできた。
小鳥遊さんたちの短く太い足が、御影さんを狙って空を切っているのが見える。
それからすぐずどん、と音がして、御影さんはよろめいた。
「御影、あんた生意気なのよ!」
「何とか言ったらどうなの!え?」
「…ばかじゃないの。私なんかを束になっていじめて、何が楽しいの?」
ふらりと姿勢をもとに戻しながら、御影さんは言う。
言われた小鳥遊さんは、カアッと顔を耳まで赤くさせていた。
ばかじゃないの。
御影さんはもう一度、今度は唇だけで呟いた。
すると、三人はさらに怒りを顕にする。
「ふざけてんの!?あんたみたいなやつ、目障りなのよ!」
「来なさいよ御影!あんたがどれだけ泣いたって、許してやらないから!」
小鳥遊さんが御影さんの前髪をひっ掴み、連れの二人は御影さんの両腕をずるずると引きずっていく。
私は慌てて席を立ち上がり、追いかけることにした。
御影さんが連れてこられたのは、やはり体育館の裏庭だった。
そしてそこで待っていたのは、何と高等部の男子の先輩たちである。
私は木の裏に隠れ、盗み聞きをすることにした。
足元は土と草で、少しでも動いたら気づかれてしまうため、気をつけなければと思い、息をひそめた。
御影さんは高等部の男の先輩たちの前に放られた。
先輩たちは、じろじろと上から下まで舐めるように彼女を見回した。
「よー環ちゃん。今日もずぶ濡れとはね」
「まあいいよ、どうせ汚れるんだし変わらねえって」
「じゃあ先輩、後はよろしく」
小鳥遊さんは、残りの二人を連れてこの場から去っていく。
彼らが御影さんをどうするつもりかは、何となく私にも理解できてしまった。したくはなかったけれど。
そのときだった。
「いやあああああ!」
御影さんが、ナイフ片手に連れのひとりに飛びかかり、制服を切り裂いていた。
その人は顔を真っ青にし、瞳に恐怖の色を滲ませて、露になってしまった身体を両腕で隠す。
それを見た小鳥遊さんは、連れのひとりを見捨てて逃げようとする。
しかし、御影さんは小鳥遊さんの肩を掴むと、その場に思いきり押し倒した。
小鳥遊さんはぎゃあぎゃあと何かを叫んでいる。
しかし、何を言っているのかよくわからない。
たぶん本人も、わけがわからないのだろう。
「大丈夫、傷つけたりはしないから」
「やめて、やめてえ!」
御影さんはナイフを掌で踊らせながら、小鳥遊さんの制服も切り裂いていった。
制服は布切れとなり散っていく。
小鳥遊さんはぐずぐずと泣くだけで、私は唖然としてしまった。
もうひとりはというと、腰を抜かして動けず、その場にうずくまっていた。
小鳥遊さんがゆっくり近づいていくと、彼女は突然額を地面にこすりつけ始めた。
「やめて、やめて、お願い、お願いします!お願いだからあああ!!」
しかし、御影さんは懇願を聞かず、ナイフを操り制服も切り裂いた。
かわいいと評判の中等部の制服は、もはやただのごみと化す。
御影さんは泣きじゃくる三人を見てから、男たちのほうを向いた。
男たちは怯える様子もなく、ただ御影さんのやったことを、興味深そうに眺めていた。
「この子たち、好きにしていいですよ」
「お、ホントに?俺実は、中根ちゃんがタイプなんだよねー」
「俺は小鳥遊だな、断然」
「俺は桐島。たまらねえよな、ヒヒッ」
御影さんはナイフを煌めかせた。
それから、体育館の裏口の階段に座り込み、微笑みながら言う。
「私、見てるから。あんたたちが汚されるところ」
男たちが、ニヤニヤしながらそれぞれを三人を凌辱していく。
そのさまを、御影さんはナイフ片手にくすくすと笑って見ていた。
私は愕然とした。
どうして。
私の頭の中には、その言葉しか浮かばなかった。
なぜ御影さんはあんなことを。
今までどおり、私に助けられていればいいのに。
今までどおり、私を頼ってくれればいいのに。
そうしたら一緒に制服だって切り裂くし、脅しだってやってやる。
それなのにーーー。
次の日から、御影さんに対するいじめはぱったりと止んだ。
小鳥遊さんたち三人も、御影さんに逆らうことは一切なくなったどころか、今では御影さんの手に堕ちた。
小鳥遊さんたちは、毎日のように男たちに代わる代わる犯されていた。
その様子を、教室から裏庭を見て御影さんは微笑んでいる。
私は、御影さんが愛しくて堪らなかった。
孤高の存在で高嶺の花、けれどひとりでは生きていけなくて、私を必要としてくれていた。
それなのに、今では御影さんが女王になってしまった。
本当ならば、あなたを支配するのは、この私であったはずなのに。
小鳥遊さんたちに、御影さんをいじめるよう仕向けたのは私だった。
いじめから救ってくれる私を見れば、御影さんは私を認めてくれる、好きになってくれる。そう思った。
しかし、御影さんはこの筆舌に尽くしがたい状況を、自分ひとりの力で何とかしてしまった。
現状を打破し、自らが女王の座についた。
そう、私はあなたを憎んでいる。
革命を起こし進化した、御影環さん、あなたをーーー。