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姫君

作者: 後藤章倫

姫君は憂鬱だった。


一定のリズムで笛を吹いている様な、そんな鳥の鳴き声で目が覚めた。

何か悪いものが、ゴロリと動いた。

この黒い何かが何なのか、いや黒というのはイメージであって本当はどんな色をしているのか、そもそも色があるのかもわからないでいた。

それは人々を苦しめていた。姫君は国の長と共に其を鎮める対策を模索していた。

この国には昔からの言い伝えで、自然災害、得たいの知れない病気の蔓延、戦の都度、時の姫君がヤンバラ山の岩屋に入り祈祷をすると、それらが治まるとされてきた。

もう一刻の猶予も無い。国の長はカムイを呼んだ。


カムイとは祈祷事が有る度に、その場所まで姫君と御輿を運ぶ三角柱をした乗り物であり、自走する。カムイを操れる者は代々神崎一族に受け継がれていた。

神崎孫市は、この日カムイ乗りを引き継いで初のヤンバラ山行きとなった。

神崎家の格納庫の重厚な扉がゆっくりと開きカムイのコクピットが命を宿した。コクピットの直ぐ後ろには御輿が鎮座しており、御輿の後方に姫君のシートが厳かに在った。


城の門をくぐると孫市の表情が緊迫した。カムイを乗車場に着けると、中から国の長が姫君と共に出てきた。

「尊徳ではないのか?」

長は、孫市を見てそう言った。

「尊徳は先月カムイ乗りを引退し、わたくし神崎孫市が引き継いだので御座います」

孫市がそう言うと長は、

「そうであったか尊徳は長い間ご苦労であったな。そうそう、わかってると思うが写真を忘れないようにな。では姫を頼んだぞ」

そう孫市に告げた。

カムイに姫君が乗り込むとカムイのドアはスライドし閉じた。そして姫君はシートへ腰をおろし深く溜め息をついた。


「ああ、マジかったりぃ~」


孫市は耳を疑った。今の声は果たして姫君か?

「やってらんねぇっつーの、なんで山に行かなきゃなんねぇんだって、は?岩屋?祈祷?バッカじゃん」

姫君は反抗期のド真ん中だった。心がササクレだっていた。ギザギザハートだった。ナイフみたいに尖っていた。触るもの皆傷つけていた。


孫市は、とりあえず聞こえないふりをしてその場を凌ごうとした。すると後ろのシートから姫の声がした。

「ねぇ、ねぇアンタ、ダルくない?このままさコレでドライブしない?」

「姫、御冗談を、国の一大事に御座います。どうかヤンバラ山へ」

「マジか?やっぱダメか?あーあ」


そんな事を言っているうちにカムイは街にさしかかった。街のほぼ中央を流れる差鮫川の橋を渡って直ぐの処に洋館造りの写真館が現れた。

孫市は慎重にカムイを操り、その洋風写真館に着けた。写真館からは此所の主であり写真家の寺田写楽が現れカムイの中の姫君に頭を下げた。姫君も軽く会釈したもののシートに座ったままで孫市に話しかけた。

「ねぇ、ねぇアンタ、あのさ、なんで写真撮らなきゃいけないの?」

「姫、ヤンバラ山へ行くという事は国の儀式になりますから、報告書の提出が必須でありまして、その報告書には写真の添付も義務付けられておりまして、その撮影で御座います」

「めんどくさ、適当にさ前のやつを使い回せば良いじゃん?」

「そんな訳にはいきませぬ、どうか写真に納まり下さいませ」

そう言うと孫市はカムイの後ろのハッチを開き御輿を降ろす作業に取り掛かった。

「姫君におかれましては本日もご機嫌麗しく、お美しゅう御座います」

とか言いながら寺田写楽もカムイに乗り込み孫市をアシストした。姫君はまだシートでダルそうだった。


御輿が半分程カムイから出たあたりで姫は気付いた。

「ちょっと、何か焦げ臭くない?」

孫市はカムイの外で御輿を引っ張り、カムイの中では寺田写楽が御輿を押していた。

コクピットの足元から煙が出ていた。煙を確認して直ぐに炎があがった。

「ちょっと、ヤバいって、燃えてるって」

姫君は焦って言った。寺田写楽も焦った。御輿はまだハッチでまごまごしていた。

孫市も写楽も焦れば焦るほど御輿はハッチの角に中途半端に引っ掛かったりして、ちっとも動かなかった。その間にも火はどんどんと燃え上がった。

「あつ~い、やだやだ、あつい、痛い」

写楽が振り返ると姫の髪の毛からも煙が出ていた。ヤバいと思った写楽は、あろうことか姫を置去りにして御輿とハッチの隙間から外へ脱出を試みた。

「ちょっと、助けてよ、あついあついあつい」

姫が悶絶の表情で苦しんだ時に、カムイの上部に設置されているスクリンプラーが作動し消火剤が降り注いだ。

白い泡状の消火剤で御輿はグダグダになった。もちろん姫君もグズグズになっていた。カムイ内部はグチャグチャだった。


カムイの外では、神崎孫市と寺田写楽の脳内で色々な事が高速でアップデートを繰り返していた。

ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバいヤバい

ヤバリンコパーク、ヤバリンコパーク、パーク

ヤバリンコパーク農園、ヤバリンコパーク農園

2人共、訳がわからなくなっていた。


火災の原因は孫市の凡ミスだった。それはカムイの取扱い説明書の1ページ目に書いてあるような事だった。カムイを停止させた時に、孫市は動力をオンにした状態で動きを止めてしまった為に、動力の圧に耐えられなくなった各種ケーブルから火の気があがったのだった。


「写真どころじゃないよね?」

孫市は写楽に聞いた。写楽もポカンとしていたが、急に姫君の事を思いだしカムイの内部を覗いてみた。

「姫ぇ」

声をかけると、中からベトベトでグタグタの、髪の毛が焦げた姫君が、ゆっくりとハッチへ這い出てきた。御輿とハッチの間から顔を出すと

「逃げたよね?」

と一言。低い声だった。目が殺気立ってた。


写楽はあらかじめ用意していた写真機をセットして歴代の姫君を写した時と同じように、カムイ、御輿、姫君をフレームインして写真を撮った。カムイの内部からはまだ消火剤が垂れていて御輿の半分は黒焦げでグダグダ、姫君にいたっては髪の毛は爆発し、服はドロドロで一部は焼きただれていて、顔は真っ黒だった。

撮影を終えると寺田写楽は何事も無かったかのように写真機を担いで写真館の中へサッサと消えて行った。


死刑だな。こりゃ間違いなくアウトだな。俺終わりだな。

孫市は良く晴れた空を眺めそう思った。

が、いやいや、いやいやいやいや待て、待てよ。だったら考えよう。そうしよう。

孫市は自分と語り合っていた。そして決心した。

よし、姫を殺してしまおう。


ニヤリとした顔で姫を見ると、さっきまで不満や怒りを口にしていた姫君は孫市の変化に気付いた。そして、ドロドロになった着物を脱ぎ捨てダッシュした。慌てて孫市も後を追った。

意外なことに姫君は足が速かった。どんどん孫市との距離は離れていった。孫市も身に纏っていたものを脱ぎ捨て褌一丁になり姫を追った。


姫君はヤンバラ山を駆け上がっていた。あの孫市の悪い表情が頭から離れなかった。

「あいつヤバいよ、マジでヤバい、もう岩屋に行くしかないじゃん」

姫はぶつくさ言いながらも岩屋を目指し走った。


その頃孫市も姫を追ってヤンバラ山にさしかかったもののヘトヘトだった。

「姫の口を封じないと俺もう駄目だし、でもハァハァハァ、キツいなぁ、何であんなに足が速いんだ?」


姫は岩屋へ到着した。嫌だったけど中へ入り入り口を封印した。明かりを灯し少し歩くと祈祷台が現れた。

「さて、やりますか」

姫は舞いを舞った。爆発した頭で、かなり薄着で、煤で真っ黒になった顔で舞った。舞い終わると今度は祈祷台に胡座をかき、両手を頭の上まで挙げ、目を瞑った。


孫市はようやく岩屋にたどり着いた。

「姫ぇ、姫ぇ、中にいるんでしょ?わかってますよぉ、出てきてくださ~い」


姫君は呪文を唱え始めた。

「ヤンバラ、カンバラ、マンデラ、モンデラ、ファッチュウファッチュウ、インモンラン、カンツカンツ、フオオオウ!」

と唱え目を見開くと、さっきまでの青空がみるみるうちに曇天へと変わり、そして無数の落雷が降り注いだ。


もの凄い数の落雷だった。孫市は速攻でうたれて即死した。その後も雷の勢いはそのままにヤンバラ山に落ち続けた。山全体が、ひとつの雷塊と化した時、大粒の雨がドタドタと降り始め、じきに海をひっくり返したような見たことのない雨となり、ヤンバラ山は巨大な滝の如く山肌を激流が下った。

国中の河川は溢れ大洪水となって何もかもをのみ込んだ。


姫君が岩屋から外に出ると良い天気だった。鳥達がチュンチュラ囀ずっていた。一定のリズムで笛を吹いているようだった。

何もかも無くなっていた。が、人々を苦しめていたものは消えていた。人々も消えていた。


鳥達は舞い降りてきて姫君の頭や肩にとまった。姫君は穏やかな表情だった。くちばしが有った。髪は艶々と長く、身体は鱗に覆われていた。


今から約150年程前、新潟の海にアマビコという妖怪が現れたという。

災いを予言し、人々に自分の絵を描いて飾りなさいと助言したそうだ。





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