自殺志願者
少年は一人、睡眠薬と水を片手に夜の公園に来ていた。
何か嫌なことがあった訳ではないが、ただ過ぎてゆくだけの毎日に退屈した少年はここで自殺することを決めた。
睡眠薬自殺を選んだのは苦しまずに死ねる方法だとネットの掲示板で教えられたことが理由だ。
人気のない公園でするとよいことも掲示板で教えられた。
現在、午前二時。冬のこの時間はとても冷え込んでいる。
ザクザクと雪を踏みながら、少年は寝るのに手ごろなベンチへと向かった。
少年はベンチの雪をはらい、その上に座った。
空は眩しいくらい満点の星空だった。
死ぬのにもってこいの夜だ、と少年は思った。
少年は星空が好きだった。
これが見納めだと思い、ぼーと空を眺めていると女性がこちらに近づいてくるのに気が付いた。
少年は女性に気が付かない振りをして、変わらず星空を眺めていると女性はまっすぐ少年へと近づき「黒剣さんですか?」と聞いた。
少年は驚いて女性の顔を見た。黒剣は少年がネット上で名乗っている名前だ。
「そうですよね。私ヒトミです」
そこで少年は女性が自分のネット上での名前を知っていることに合点がいった。ヒトミというのは少年が掲示板でよく話しているユーザーで自殺の方法や場所のアドバイスをくれたのも彼女だった。
「あっ初めまして」少年はどうにか声を出した。
「今日死ぬつもりですか?」
「えぇ今まさに睡眠薬を飲もうとしていました」
少年がそういうと女性はほっとした顔をして、「間に合ってよかった……」と呟いた。
「私、あなたに会いに来たんです」
女性はそう言いながら少年に近づき、横に座った。
「ずっと会いたかったんです。あなたが自殺したいと言ったときにここを薦めたのもあなたに会うためです」
少年には事態の意味理解できなかった。少年のこれまでの人生には女の影は一つもなくこのような経験は初めてであった。
動揺する少年の顔に女性は手を伸ばし、グイっと顔を近づけた。
いきなりの出来事に理解ができてない少年の口へと女性は舌を入れた。
少年は驚いたもののすぐにそのキスを受け入れた。
キスが終わると、女性は妖艶な笑みを浮かべ「あなたが死ぬ前に会えてよかった」と言った。
その瞬間、少年は呼吸が出来なくなった。苦しむ少年の横で女性は声を出して笑っていた。
「私苦しむ男の顔を見るのが好きなの。もっともっと顔を見せて。苦しむ顔をもっとよく見せて」
女性は苦しむ少年の声を無理やり上げて、顔を覗き込んだ。少年涙を浮かべて口を魚のようにパクパクとしている。
「その顔が見たかったの。今とてもいい顔してるよ」
少年が意識を手放す瞬間、最後に見たのは女性の恍惚とした笑みであった。