俺がお前で幼馴染と鉄山靠
珍しく、セリフマシマシでお送りいたします。
「入れ替わってるー!」
朝起きたら他人と入れ替わっている。そういう経験は無いだろうか。ちなみに俺にはない。入れ替わったときのことを考えて、毎朝叫んでみているが、実際に入れ替わっていたことは無い。今日も入れ替わっていなかった。そろそろクラスの女子と入れ替わってくれても良いんじゃないだろうか。そう思うが、入れ替わらないものは入れ替わらない。そんな非常な現実を受け入れたくない。そんな17歳の5月は晴れ渡り、空にはトンビが舞っていた。
「兄貴、毎朝、うるせぇ!」
毎朝、弟が怒りをぶつけてくる。こいつの朝の日課となっている。15歳と言う多感な年ごろだから仕方がない。無礼を赦そう。こいつも今年から高校生だから思う所があるのだろう。毎朝、俺がうるさいから怒っているだけではないのだと信じている。俺の弟はそんな短絡的な人間では無いはずだ。きっと胸に秘めた青春の葛藤的な何かを発散するために俺に怒りをぶつけているのだ。青春とはそういうものなのだ。俺だって高校に入ったころから毎朝叫んでいる。これも青春だ。きっと高校卒業とともに叫ばなくなるのだろう。とても儚い。
いつもの様に、朝の情報番組を見ながら丼一杯のシリアルをかきこんで学校に向かう。ギコギコうるさいチャリを漕いで農道を走っていく。田植えの終わった田んぼは、綺麗な緑に輝いている。そんな何も変わらない、代り映えしない朝だと思った。
そう思った矢先、幼馴染の翼が食パンを咥えて学校に向かって走っていた。全然遅刻しそうな時間でもないのに、これでもかと全力で走って学校に向かっていた。あいつが考えていることはよくわからない。パンを食ってから走るか、走り終えてから食えよと思う。そもそもいつもはチャリなのに、なんでこんな晴れの日に走ってるのかもよくわからない。まさかとは思うけれど、曲がり角で転校生との衝突を期待しているのだろうか。それにしてはスピードを出しすぎている。明らかにスピード違反だ。危なっかしいが、必死になって走っている姿は見ていて飽きない。翼が走っていく姿を見やりながら、俺はいつもの様にのんびりと学校に向かったのだった。
教室につくと翼が、食パンをモソモソと頬張っていた。タッパはあるくせに、小動物の様な印象をうけるのはなぜだろうか。おどおどしているからだろうか。頬杖を突いて窓の外を眺めながらパンを食っている姿が癪に障る。飯を食う時に頬杖をつくなって教わらなかったのか。
窓の外になにか変わったものがあるかと言えば何もない。いつもの様に新緑の山々が並び、麓は住宅街と田んぼがバラバラと散らばっている。学校前の道路には、うちの生徒たちが急いで校門に向かっている。そんな何も変わらない、いつもの代り映えの無い景色だ。
ただいつもと違うのは翼の様子だけだ。とりあえず変になった翼の様子をうかがうためにジャブを入れてみることにした。
「今日の太陽は私の影をより昏きものとしている……。翼、貴様が朝日を拝めるのも、あと何回だろうなぁ……。」
変になった翼に合わせて、自分も軽く壊れてみた。言ってみた自分でも意味がわからないが、翼への殺害予告では無い事だけは主張しておきたい。
「Good morning. How are you doing ?」
英語で返してくるとは、やっぱり変だ。昨日の夜にでも覚えてきたんだろうな。
「くくく、貴様の言霊なぞ効かぬわ……付け焼刃の英国かぶれめ……恥を知れ……。」
「そんなことよりもさ、いっけなーい遅刻遅刻って言ってみてよ。」
渾身の壊れっぷりを”そんなことより”の一言で流されてしまって、少し悲しい。
「貴様、英語はもうよいのか……お前の力はその程度なのか……呆れさせてくれる……。」
「いや、別に英語で言ってくれても構わないけど、言ってみてよ。」
さっきから、全然触れてくれないんだけど。なんなの、虚しくなる。
「痴れ者が! 私が英語なぞ使う訳が無かろう! 虚無の彼方が貴様の魂を手招きしておるわ……。」
「さっきから何言ってるかわかんないけど、とりあえず言ってみてよ。Let’s try!」
何言ってるのか分からないのはお前だよ。いけない遅刻遅刻ってなんだよ。もう教室についてるし、着席まで済ませてるっての。だけど、このままだと埒があかなそうなので、とりあえず、言われた通り言ってみるか。
「くくく、いっけなーい遅刻遅刻ぅ。」
どうだと言わんばかりのどや顔で言った瞬間だった。なんと翼が鉄山靠を食らわせてきたのだ。俺は椅子から転げ落ちて尻もちをついた。
「えっなに!? なにがしたいの!?」
もう、何がしたいのか分からない。唐突な鉄山靠には驚きしかない。ぶつかった衝撃で翼と入れ替わったかと、ちょっとだけ思ったが全くそんなことは無かった。いつもの俺だった。尻と肩が痛い。ぶつかられ損だ。
「いや、なんかイケメン転校生と入れ替わらないかなと思って。」
狂っている。翼はどうやら、鉄山靠をぶちかますと相手がイケメン転校生に変換されると信じているのだ。こいつはSo crazyだ。
「ちなみに、もし俺が見知らぬイケメン転校生に入れ替わったらどうするよ。」
「えっ……見知らぬ……。それはそれで困るな。話し相手が居なくなる。知らない人とお話ししちゃいけないからな。いや、別に喋れないわけじゃないよ。喋れるけど、喋っちゃいけないんだ。私だってもう高校生だし、相手がイケメンだろうと緊張せずに喋れるよ。喋れるけど喋っちゃいけないんだよなぁ。つらいなぁ。喋れるんだけどなぁ。喋っちゃいけないなんてつらいなぁ。いや、私だって耕一郎以外にもお喋りする友達ぐらいいるよ? 嘘じゃないよ? だけどさ、なんか困るじゃん。気兼ねなく話せる人が減るとさ。いや、嘘じゃないよ。友達いるって。ホントホント。嘘じゃない嘘じゃない。だけど困るんだよねぇ。」
なんて言うか、見栄の張り方が下手くそなんだよなぁ。
「まぁさっきの体当たりで翼と俺は友達じゃなくなったんだけどね。お前はこれからボッチだな。残念だったな。」
まぁそうなると俺もボッチになるわけだが。
「その節は大変申し訳ありませんでした。つまらないものですが、こちらをお納めください。」
急にしおらしく謝ってきたかと思えば、食べかけの食パンを差し出してきた。
「なんで食べかけのパンで許してもらえると思ったの!? 謝る前に、その変な寝癖なおしてこいよ。」
「えっ、寝癖ついてる!? やば!?」
そう言うと、翼は机の上に食べかけのパンを残してワタワタと洗面所の方に走っていった。
よく走る奴だなぁ。それにしてもイケメン転校生か――。
その日は、いつもの変わり映えしない日だと思ったのに、なぜか俺の胸にトゲが刺さった様な変な感じが芽生えた。翼の顔を見ると何だか痛むような熱くなるような不思議な感じだ。
窓の外はいつもと変わらないのに、俺の胸の中だけは何だか変わってしまった。このことを考えると、なぜか食べかけのパンが頭に浮かんでくるのだった。
鉄山靠が何かわからない人はグーグル先生に聞きましょう。