2020
それからというもの、毎月、カレンダーの女性たちが入れ替わりにオレのアパートを訪れ、世の男たちがうらやむほどの素晴らしい生活を送ることが出来た。
とにかくカレンダーの女性たちは、皆、美人であったり可愛い女の子だったりして、オレにはもったいないくらいだ。
しかも彼女たちは、容姿と同様に、それぞれの性格も異なっていたが、誰よりもオレを大事にしてくれるところは一致しており、その熱烈なる愛情を常に感じることが出来た。
その上、一月の夢と同様に、皆、家事は何でもやってくれたし、男女の深い関係にも必ず進展するのだから言うことなしだ。
もちろん、オレだって彼女たちを心より愛し、大事にしてきたつもりだ。
だから、いつも月末になると、一緒に過ごしてきた彼女たちとの別れが本当に辛かった。いくら次の月には新しい女性が来ると分かっていても、である。
それから念のため、自分の名誉のために言っておくが、まるでハーレムの王様のような気分を満喫していても、決して堕落した生活を送っていたわけではない。
大学の講義にはちゃんと行っているし、アルバイトだって精力的にこなした。彼女たちの存在がオレを励まし、生きる喜びや力を与えてくれた結果だと思う。
自分で言うのもなんだが、理想の相手と結婚が出来れば、オレは良き夫を務める自信があった。
こうして、毎日が瞬く間に過ぎていった。
一月は “夢”。振り袖が似合う、古風な日本美人。
二月は “雪”。その名のごとく肌の白い、はかなげな少女。
三月は “雛”。まだ幼さの残る、おさげ髪の愛らしい少女。
四月は “桜”。青春時代から抜け出してきたような制服姿の女子高校生。
五月は “葵”。活発で、ボーイッシュな女の子。
六月は “純”。深窓の令嬢を思わせる可憐な美少女。
七月は “夕”。長身でスレンダーな肢体のレースクイーン。
八月は “祭”。真っ黒に日焼けしたナイスバディなビキニ娘。
九月は “蛍”。思わず守ってやりたくなる妹のような少女。
十月は “茜”。幼馴染みのような気さくさを持った同世代の女の子。
十一月は “遥”。包容感あふれる姉のような美しいひと。
そして現在――十二月は “愛”。その笑顔に誰もが幸せを感じられるアイドル風の美少女。
オレは一年で、十二人の女性たちを愛してきた。その毎日は、とても充実しており、一人の男としても大きく成長できたと思う。
だが──
オレは布団の中で愛を抱きしめながら、考え事をしていた。
「敏松さん、どうしたんですか?」
オレの顔を見て、愛が尋ねた。怖い顔でもしていたのかも知れない。
愛を心配させてしまったのを申し訳なく思い、オレはすぐ笑顔を作った。
「ごめん。もうすぐ、愛とも別れなくてはいけないと思っていたら……」
今日は十二月三十日。いや、もう午前零時を過ぎたから、三十一日だ。年が明けてしまえば、愛とも別れなくてはならない。
愛はオレの胸へ顔を寄せてきた。
「私も敏松さんとお別れするのはイヤです。でも……」
「分かっている。別に愛が悪いわけじゃないんだ。自分を責めることはないよ」
そうは言いながらも、オレはこの幸運で幸福な一年が終わってしまうことを憂慮していた。
確かに、オレはこの一年で一人前の男に成長できたと思う。今のオレなら自信を持って、新しく本当の彼女を作ることも出来るだろう。
しかし、現実社会の女性たちがオレをどんな風に愛してくれるだろうか、それを考えると不安だった。
夢や愛たちは、オレに対して献身的に尽くしてくれた。一緒に生活する中、オレがどんなにだらしなく身勝手でも、彼女たちはそれを快く許し、なおかつ愛情を注いでくれたのだ。
果たして、現実社会の女性たちは彼女らと同じようなことが出来るだろうか。
多分、無理だろう。向こうも一人の人間として生きている以上、どんなにオレを愛してくれようとも、絶対に譲れない部分が出てくるはずだ。そのとき、オレは現実の女たちに幻滅してしまうかもしれない。
オレが考えていることは、非常に自分勝手だとは思う。でも、男の理想とも言えるカレンダーの女性たちと一年間を過ごして来たこのオレに、今さら現実の女性たちと交際しろというのは難しい相談だった。
――どうにかして、今の生活を続けることは出来ないだろうか。
オレはあがくように、必死に考えた。
翌朝になっても、愛が写ったカレンダーをジッと見つめながら、オレはそのことで頭がいっぱいだった。とてもじゃないが、他のことなど手につかない。
すると、不意に妙案が浮かんだ。
「そうだ、カレンダーだ! これしかないじゃないか!」
オレは自分のひらめきに手を叩いた。
もう一度、このカレンダーを手に入れれば、あと一年、これまでと同じ生活が出来るではないか。
それには──
「愛、ちょっと出掛けて来る」
オレは急いで上着を羽織り、マフラーで防寒すると、歳末セールで賑わう近所の商店街へと出掛けた。
人混みを掻き分けながら進むと、あった。抽選会場だ。オレは近づいて行って、模造紙にマジックで書かれた景品リストを確認する。
『特賞:特製カレンダー』
その文字を見たとき、オレはその場で小躍りしたくなるくらい喜んだ。今年も、あのカレンダーが用意されているのだ。
だが、まだ安心するわけにはいかない。くじ引きで、そのカレンダーを当てなくてはいけないのだ。
オレは一旦、抽選会場を離れると、商店街のお店で買い物をした。まずは抽選券の入手である。それがなくては始まらない。これといって必要な物があったわけではないが、あれこれと買い込んだ。
手に抱えきれないほどの買い物をし、オレは再び抽選会場へ戻った。手元の抽選補助券は百枚。補助券十枚で一回の抽選が出来るから、これで十回、抽選器を回すことが出来るわけだ。
この百枚を入手するのに、かなり痛い出費ではあったが、そんなことは言っていられない。この抽選補助券百枚とオレの右腕に、今後の人生がすべて懸かっていると言っても過言ではないのだ。
オレは抽選会場のおねえさんに抽選補助券をすべて渡した。おねえさんが手馴れた感じで枚数を数える。
「はい、ちょうど百枚ですね。ですので、十回の抽選になります。では、こちらでどうぞ」
呼吸を整えるようにしながら、オレは抽選器の前に立った。くじ引きでこんなに緊張したのは、生まれて初めてである。
手が震えているのを感じながら、オレは抽選器のハンドルを握った。祈りながら時計回りに回す。
ガラガラッ……コロン!
出て来たのは──
「残念! ハズレです!」
おねえさんは明るい声でオレに告げた。
そのとき、オレはとても悔しい顔をしていたに違いない。にこやかだったはずのおねえさんの表情がサーッと引いていく。いやいや、客が引いたのが残念賞なんだから、それを明るく言うなんて、そもそもデリカシーに欠けているだろう。
「つ、続けてどうぞ」
促されなくたって分かっている。オレは気を取り直し、再び抽選器を回した。
しかし、幸運の女神はオレを見放したのか、その後、回しても回しても出てくるのは残念賞のオレンジばかり。
ついに抽選は残り一回になってしまった。
「金色……金色……金色……」
心の中の願いは、口にまで出てしまっていた。抽選会場の役員たちは、オレの異様な気迫に沈黙している。
オレは抽選器のハンドルを握ったまま、念を込めるようにひたすら祈った。
「金色……金色……金色……金色……金色ォォォッ!」
ガランガラガラッ……コロッ!
抽選器が持ち上がりそう勢いで、オレはハンドルをがむしゃらに回した。
その結果──
「おおあったぁりぃ~っ!」
いささか誇張したような言い回しで大声を発すると、抽選会場のオヤジは使い古した大きなハンドベルをここぞとばかりに打ち鳴らした。どうやら毎年、オヤジの出番はこれだけのようである。
だが、オレはその音と声に負けないくらいの奇声を発していた。
「よっしゃーぁ!」
傍目からすれば、たかが一本のカレンダーが当たったくらいで、こんなに大喜びするのは異常だと思うだろう。しかし、オレにとっては年末ジャンボ宝くじで十億円が当たるよりも嬉しい瞬間だった。
――これで来年もカレンダーの女性たちと一緒に暮らすことが出来る!
オレはおねえさんから特製カレンダーを受け取ると、ほとんどスキップを踏むようにしてアパートへ帰った。
玄関で出迎えた愛が、オレの抱えていた荷物の量を見て、目を丸くする。
「と、敏松さん、どうしたんですか!? こんなにいっぱい買い込んで……?」
オレは顔がゆるみっぱなしだった。確かに来月の生活にも影響する痛い出費だったが、カレンダーが手に入ったのだから問題ない。
オレは荷物を下ろすと、愛しの愛を抱き寄せた。
「あっ、敏松さん……な、何を……?」
「愛……さあ、こっちへおいで」
と言いながら、オレは赤いセーターの上から愛の胸を揉みしだいた。愛が恥ずかしそうな顔をする。
もう何度もオレに抱かれ、肢体の隅々まで知り尽くされているというのに、その反応はいつも初々しさを忘れない。それがまた男心をそそるのだ。
オレはコタツの横に愛を寝かせ、セーターをたくし上げた。ブラジャーに包まれた胸が露わになる。愛は顔を背けながら身をよじらせた。
「ダメです、敏松さん。まだ、お昼なのに~」
「いいんだよ、愛。今日が最後なんだ。いっぱい二人で愛し合おう」
オレはそう言って、困ったような顔をしている愛にキスし、身体を重ねていった――
翌朝。
オレは玄関のチャイムの音で起こされた。どうやら、昨日の昼間から愛と二人で激しいセックスをしたため、つい寝過ごしたらしい。
オレの隣に愛はいなかった。やはり行ってしまったのだ。
愛との楽しい生活が記憶として甦り、オレは一瞬、感傷的になって落ち込んだ。彼女もまた、これまでの女性たちと同様、オレが心から愛した一人だった。
だが、十二月は終わり、今日からは新年の一月。また新しい生活が始まる。
玄関のチャイムは、相変わらず鳴り続けていた。新しい女性が来たらしい。
まだカレンダーの中身を確かめていなかったが、ひょっとするとまた一月には夢が写っており、再び一緒に暮らせるのかも知れない。そう考えると、オレの心は浮き立った。
「はいはい、ただいま」
オレはいそいそと玄関へ出てみた。
ところが──
「押忍! あけましておめでとうございます!」
外にいたのは、見知らぬ四人の大男たちだった。この寒空だというのに、なぜかパンツ一丁の裸で。リングシューズを履いているところを見ると、まるでプロレスラーみたいだ。
筋肉の迫力にオレは気圧され、そのまま三和土に尻餅をついた。
「あ、あなたたちは?」
「押忍! 自分は “猛” です!」
「“勝” です!」
「“勇” です!」
「“鉄” です!」
「有馬敏松さんですね? 本日より、お世話になります! 押忍!」
男たちはそう言うと、ずかずかと部屋の中に入って来た。
オレは呆然と見送っていたが、すぐに気を取り直した。
「お、お世話になるって……そんな勝手に困りますよ!」
オレは精一杯の抗議をした。声が震えているのは仕方あるまい。
だが、男たちの一人が、昨日、抽選会場でもらったカレンダーを拾い上げ、それを引き延ばした。
「自分たちは、このカレンダーの持ち主に尽くすのが使命です!」
男が広げて見せたカレンダーを直視して、オレは愕然とした。
「そんなバカな!」
オレは男の手からひったくるようにして、カレンダーを見つめた。
そのカレンダーは、以前の女の子が写っていた物ではなく、彼らプロレスラーのような厳つい男たちばかりが写った物だった。
オレは表紙をめくって、一月のページを見てみた。今まさにこの部屋にいる四人が、ガンを飛ばすような鋭い目つきをしながら、腕を組んだポーズを取っているところが写っている。
それ以降のページも確認してみた。
どの月も必ず二名以上のプロレスラーが写っており、可愛い女の子など一人もいない。最悪なのは十二月だ。総勢十八名の男たちが凄みを利かせて並んでいるではないか。
オレは力なく、その場にへたり込んだ。
「そんな……そんなバカな……」
気がおかしくなりそうなオレに構わず、男たちはカレンダーとまったく同じ腕組みのポーズをして、野太い声で告げた。
「これから誠心誠意、敏松さんの身の回りのお世話をさせていただきます! もちろん、夜の生活の方もお任せください!」と。