召喚大災害物語サイドストーリー 『ある人外少女に起こった出来事』
20181122公開
ミューの種族は樹の上で暮らしている。
ミューの一番古い記憶は、母親に腰を抱えられながら枝の上を歩く練習をする場面だった。
手足を器用に使って枝の上を自由自在に歩けない者は群れに居ないし、居たとしても少しの期間しか生きれない。だからミューの年頃まで生き延びた者は、枝から枝に移る時も長い手を使って器用に跳び移る事が出来る。
一番古い記憶と同時に思い出すのは、幼い頃の森も今と同じく平和だったと言う事だ。
樹上で暮らすミューたちを脅かす種族が居ないからだ。
地上に降りるのは、食料を得る時くらいだ。
樹上でも採れる食料も有るけれど、地面に落ちた後でしか食べられない、『実のなる毎日』から『白くて寒い毎日』の主食のコクという木の実や、『花の咲く毎日』においしくなる色々な花や草や木の芽、いつでも食べられる地面を掘って採る丸いタクの根っこなど、たくさん採れる食べ物は地上に有った。
その中でもタクの根っこはミューの大好物だ。
特に自分のこぶしと同じくらいの大きさのタクの根っこが、食べ応えも甘さも一番だ。
ミューにとっては固い皮を、頑張って小さな手で丁寧に剥くと真っ白な中身が出て来る。
大人は適当に剥いて齧り付くけど、皮が残っていると苦いから、真っ白い根っこに皮がのこっていないかをじっくりと確かめてから、齧り付くのがミューのお気に入りの食べ方だ。
時々食べさせてくれる、キュッキューの肉もお気に入りだ。
お父さんたちが、ミューの身体よりすこし小さいくらいのキュッキューをたくさん狩って来た時は、群れの全員が笑顔になるので、尚更だ。
可愛くて素直な性格のミューは、お父さんとお母さんはもちろん、群れのみんなに好かれていた。
しかも、声を出す事が出来ない代償か、食料集めの才能にも恵まれていた。なんせ子供にも拘らず、1人で危険な食料の採取に行く事を認められるほどのものだった。
本人は知らないが、同じ世代の男の子を持つ親にとってはお嫁に欲しい娘第1位の座をここ数年間守っていた。
でも、ある日、恐ろしい怪物が森にやって来た。
『明るくて暑い毎日』がやって来る前のことだった。
雄の大人たちが大きな声を出しながら一斉にどこかに行った。
近所の群れも同じなのだろう。森のあちらこちらで声がこだました。
お父さんたちが帰って来た時には、何人もの大人が居なかった。
怪物にやられたらしい。
次の日は、もっと恐ろしい事が起こった。
『森の主さま』が怪物に殺されたのだ。
1度だけ見た事のある『森の主さま』は、ミューなどは1口で呑みこめるほど大きな身体をしていた。
そんな『森の主さま』を殺せる怪物をミューは想像も出来なかった。
その日から、大人たちの空気がおかしくなった。
お母さんも、むかしほど笑わなくなった。
ミューに聞こえない様にお父さんもお母さんも小さな声で話しているけど、それでも時々話の中身が聞こえて来る。
おとうさんもおかあさんもミューをこどもあつかいにしないでほしい。
ミューはひとりでコクのみをひろいにいけるし、タクのねっこだってとりにいけるのだから・・・
聞こえて来た話によると、『森の主さま』が殺された日からしばらくしてから、ミューたちの群れが住む森に、怪物と一緒に見慣れない種族が度々やって来ては、草や木の実を勝手に持って行くそうだ。
苦くて食べられない木の実や草も持って行くらしい。
テコの樹に傷を付けて、垂れて来る汁も沢山集めているらしい。
へんなの。ぜんぜんおいしくないのに。
大人たちは、何度も戦いを挑んだが、勝てないみたいだった。
そういえば、チーちゃんのお父さんが居なくなった。
ルーちゃんのお父さんも大きな怪我をして帰って来た。
チーちゃんもルーちゃんも、何日も泣いていた。
ミューも仲良しの2人が泣いているので、悲しくなって声を出せないけど一緒に泣いた。
悲しい事も有ったけど、嬉しい事も有った。
『白くて寒い毎日』がやって来る前の事だった。
なんと、大人たちが、森の外にある悪い種族の群れが住んでいるところに戦いに行って勝って帰って来たのだ。
群れの大人たちはみんな笑顔で喜んでいた。
闘いに参加したお父さんも笑顔だったし、お母さんも笑顔だった。
ミューも一緒に笑顔になった。
しかも、キュッキューの肉じゃないけど、おいしいお肉をたくさん持って帰って来た。
初めて食べたお肉だけど、おいしすぎて、もっと食べたいとせがんだほどだ。
お父さんが笑顔でミューの頭を撫でて、もう少し食べさせてくれた。
本当においしいお肉だった。
そのおいしいお肉がなくなった頃に、また悪い種族の群れが住んでいるところに戦いに行ったけど、悪い種族の数が多かったので負けたみたいだった。
でも、だれも怪我をしなかったのでほっとした。
おいしいお肉が食べられないのは悲しいけど、誰かが泣くよりも良かったと思う。
また『明るくて暑い毎日』がやって来た。
前に住んでいた場所ではタクの根っこが採れなくなっていたので、群れは移動した。
今度の場所は、草や花が少ないけど、コクの樹がたくさん生えていて、タクの根っこがたくさん採れた。
大好きなタクの根っこさえ採れれば、ミューは幸せだった。
その日、ミューはいつもより早く家を出た。
昨日、タクの根っこがたくさん埋まっている場所を見付けたからだ。
暗くなる少し前に見付けたからちょっとだけしか掘れなかったので、今日は頑張ってたくさん採る予定だ。
ただ、気になるのは、その場所に食べられない草がたくさん生えていたけど、抜かれた跡が有った事だ。
変な足跡もたくさん残っていた。
目的地のテコの樹がたくさん生えている場所に着くと、周りに危険な音や匂いがしないかを確認して、目でも確かめてから地上に降りた。
地上に降りてからも周りに危険な音や匂いや動きがないか確認した。
ミューの種族は樹上に居る時は安全だが、地上に居る時は危険に晒される。特に何匹も同時に襲って来るオッオーはミューの種族でも危険な相手だ。地上に居る時は周りに注意しろと言うのは、大人たちから口うるさく言われている事だった。それをしっかりと守るからミューは小さくても1人で食料採集に行けるのだ。
当然、地上に降りたミューはいつものように周りを見渡したので、周りの樹々が何本も斜めに傷がつけられているのに気付いた。
ミューの爪では小さな傷も付かないテコの樹に深く刻まれた溝から、水のように透き通っているけどネバネバしたものが垂れていた。
これって、わるいしゅぞくがつけたのかな?
どうやって、こんなにふかくきずをつけるのかな?
このネバネバしているのってなにかな?
地上に降りているのに、考え事をしたのが悪かったのだろう。
いきなり、後ろからキュッキューの鳴き声が聞こえたと思ったら、背中に何かがぶつかって来た。
後ろからぶつかれた勢いのままテコの樹に頭からぶつかったところまでは覚えてる。
起きた時には頭は痛くなかったけど、ケガをして血が出たみたいで髪の毛に乾いた血がこびり付いていた。
不思議な事に、頭になにか巻かれていた。おいしそうに感じない匂いもした。
更に不思議な事に、手にはあのおいしいお肉が握らされていた。
久し振りに食べるお肉は相変わらずおいしかった。
ミューは思わず手に握っていたおいしいお肉を笑顔で全部食べた。
こっそりと見られている事にも気付かない程、おいしいお肉を一心不乱に堪能した。
不思議な事は続いた。
次の朝、頭の傷が治っていたのでお母さんに心配されながらもタクの根を掘りに行くと、手で持てる様になっている樹の皮で出来た入れ物が置いてあった。
入れ物の中には、おいしいお肉とひらひらとした物が入っていた。
ひらひらとした物は、ミューの頭に巻かれていた物と同じ物だった。
それと、昨日傷に塗られていた変な匂いの白い不思議な物も石で出来た小さな入れ物に入っていた。
傷を舐めずに治ったのは、きっとこの不思議な物のおかげだろう。
さすがに自分だけで今日もおいしいお肉を食べるのは良くないと思ったので、入れ物ごと群れまで持って帰る事にした。
次の朝、ミューは少し遠回りしてから、タクの根っこがたくさん埋まっている場所に向かった。
樹の皮で出来た入れ物に、例の食べられない草をたくさん入れてある。
多分だけど、この草が欲しいのだろう。
良い事をしてもらったら、良い事をして上げなさいとお母さんに言われて育ったミューに出来る、せいいっぱいの良い事だった。
その日はたくさんのタクの根っこを持って帰る事が出来た。
次の朝、昨日置いたところにまだ入れ物が残っていた。
とりにこなかったのかな?
このままおいておけばいいかな?
と思いながら、念の為に中を覗くと、草が無くなっていて、代わりにおいしいお肉が入っていた。
思わず、地上にも拘らずに『喜びの踊り』を踊ったのは仕方が無い事だった。
もちろん、その踊りをこっそりと見られていた事は気付かなかった。
驚く事に、おいしいお肉だけでなく、おいしそうな匂いのする変わった食べ物も入っていた。
恐る恐る食べると、甘い! タクの根っことは違う甘い食べ物だった。
思わず、地上にも拘らずに再び『喜びの踊り』を踊ったのは仕方が無い事だった。
好きな食べ物が3つに増えてしまった。
こうして、そこに埋まっているタクの根っこの半分まで掘り出す日まで、この不思議な出来事は続いた。
これ以上掘れば、もう生えて来ないかもしれない。
明日からは新しい場所を探さないといけない。
おいしいお肉とおいしい食べ物を手に入れる事が出来なくなるけど、仕方が無い事だった。
何度も振り返りながら、ミューはテコの樹がたくさん生えている場所から群れが居る場所に帰った。
次の朝、結局、ミューは同じ場所にやって来た。
昨日、群れに帰った後、お父さんとお母さんに、もうおいしいお肉とおいしい食べ物は手に入らないと伝えると、それを聞いた大人たちが話し合いをしだしたのだ。
話し合いはすぐに終わった。
分け合うからほんの少しだけしか食べられないが、群れにとって、その2つの食べ物は無くてはならない物になっていたのだ。
『白くて寒い毎日』がやって来ると、置かれている入れ物は3つに増えた。
ミューだけでは持って帰れないので、チーちゃんとルーちゃんが手伝ってくれる事になった。
2人とも、ミューと違って食料探しが苦手だったので、喜んで手伝ってくれた。
『白くて寒い毎日』の間、どこかに隠れてしまうキュッキューを狩れないミューの群れにとって、それらの食糧は貴重な物となった。
次の『白くて寒い毎日』がやって来る頃には、その場所は、あの恐ろしい怪物と悪い種族との間に、それぞれが集めたり作ったりした品物を交換する場として、整備される事になるとは、誰も想像をしていなかった。
今日も、ミューは、好物のタクの根っことおいしいお肉とおいしい食べ物を、幸せそうな顔で食べている。
お読み頂き、誠に有り難うございます m(_ _)m
気が付いたら書いていた
後悔していない
反省もしていない
俺は悪くない
悪いのは沈んでしまう太陽だ
などと、mrtk容疑者は一貫して無罪を主張しております(^^;)
【20181128追記
嬉しい誤算ですが、気が付くとブックマーク4名様、評価者4名様から45ポイントを頂いています。
うーん、十話とか何十話とか続いている連載作品でさえそんなにポイントを貰えない時が有るのに、こんな特殊な作品にそこまでポイントが貰えるとは思っていませんでした(mrtkの昔の作品で50話・13万字の作品が24ポイントだったり・・・ ort)。
本当に有り難う御座います m(_ _)m 追記終わり】