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善意

そう考えて僕はとりあえず、彼女と一緒にフィーネさんのところに戻る。

「彼女はアウレリア・フーベルトゥスさんです。今冒険者登録を済ませたばかりなので、ランクは戊ランクですけど」

 ランク。それは冒険者ギルド内の格付けを示すもので、僕のランクは丙ランクだ。ネルトリンゲンのギルドのランクは上から順に甲乙丙丁戊と五段階に分けられている。最上位の甲ランクは要人の護衛や軍隊でもてこずるような大型の魔物の討伐が主な任務となり、最下位の戊ランクはドブさらいや肉体労働などの魔物討伐と関係のない何でも屋や、小動物の討伐といった危険性の低い任務が割り振られる。

 ゴブリン退治は数が少なければ戊クラスでも問題ないが、数が多いと丙クラスでも苦戦することがあるため大体戊~丙クラスの任務だ。

「よ、よろしくお願いします」

 アウレリアは僕と目も合わせず、俯き加減にぼそぼそと話す。声量が小さく言葉もはっきりしないので注意していないと聞きとれないくらいだ。第一声の大きさは、緊張していたためか。

 緊張しやすいタイプなのは、僕も同じなので親しみが持てた。

 僕だって初めてギルドに来た時は周りが筋肉隆々の男とか、雰囲気がナイフみたいに鋭い女の人ばかりだったのでしゃべるどころか眼すらろくに合わせられなかった。

 初対面なのに僕と目を合わせられるこの子の方が、僕よりまだコミュ強だろう。

 でも。

 これから依頼を受けてゴブリン退治に行くというのに、こんなので大丈夫なのだろうか。

「クラウスさん」

 僕の不安な心中を感じ取ったのか、アウレリアが胸の前で拳を握り締めて身を乗り出してきた。

「新米の、私が、言うのもおこがましいのですが、剣にはそこそこ自信があります。腕前を見ていただいて、判断しても、遅くはないと愚考します」

 声が大きくなったり小さくなったり、相当に緊張しているのがわかる。大きいところでは叫ぶような声の出し方になってしまったので、何人か残っている他の先輩冒険者たちから睨まれていた。

「なんで、そこまでするの?」

 まずそこが疑問だった。今日冒険者登録を行なったばかりで、パーティーを組んでもいないなら無理してすぐに依頼を受けず、仲間ができるのを待つとかソロでも受けられる簡単な依頼をこなしてくとか、順序を踏めばいい。

「私の生まれ育った村は、魔物との遭遇が頻発する所でした」

 アウレリアの声のトーンが急に変わった。

 言葉の一つ一つが重々しく、心の傷を自らえぐるような感じ。

「春はゴブリンに植え付けを邪魔され、夏はハ―ピーが太陽と共に空から襲いかかり、秋はスレイプニルが収穫を踏み荒らす、そんな場所でした」

「だから私は冒険者になったんです。魔物のために苦しむ人たちが、一人でも少なくなるように。村の剣の師匠からやっと一人立ちする許可を得て、今日登録ができたんです。だから今すぐにでも魔物を討伐したい。それって、おかしなことですか?」

 魔物から人を助けたくて、冒険者になったタイプか。

 さっきの身のこなしから見ても、かなりの使い手であることは間違いなさそうだ。

 でも、真っ直ぐすぎる。

動機も、目も、何もかも。

 真っ直ぐで純粋で、己を鍛え上げて。

だからこそ危ない。

 僕はひとつ、大きなため息をついた。頭をがしがしと掻く。

 アウレリアはその様子を見て勘違いさせてしまったらしい、さっきの決意のこもった瞳から一転、捨てられた子犬のような目になる。

「わかった。一緒に行こう」

「いいんですか?」

 アウレリアは目を見開き驚いた後、花が咲いたような笑顔を浮かべた。

 不意打ちの笑顔に思わず胸が高鳴り、涙に濡れた瞳と赤らんだ頬が彼女をさっきまでよりずっと魅力的に見せた。

 ハンナが野に咲くスミレなら、この子は一輪の百合のような美しさがある。

「私の腕前を見ていただいてから判断しても……」

「こんなところで?」

 ここはギルドの受付だ。周囲には何人かの冒険者が座るテーブルと壁の一面にちらほらと依頼書が貼られたボードがある。

 場所を移すには時間がかかる。その間も彼女はゴブリン退治に行きたくて、いや行かなければならないと思って集中できないだろう。

 だったらその時間を移動に当てた方がよっぽど効率的だ。

 最悪、僕一人でゴブリンを倒せばいい。数十匹は確かに多いけどアウトレンジから撃ちまくってやれば実力差を悟って逃げ出す個体も少なからずいるはずだ。アウレリアもその間くらいなら身を守れるだろう。

「そう言って下さると思ってました」

 フィーネさんがしてやったり、と言わんばかりの悪い女の笑顔を浮かべる。

 まあ悪気はないからいいけど。

「それではこちらが依頼書になります」

 フィーネさんが机の上に広げていた依頼書を丸め、筒にいれて僕に手渡した。

 僕はそれを腰から吊った大きめのポーチにしまいこむ。

「じゃあ、行こうか」

 その時に左腕を上げたために袖がまくれ、左手の聖印が露わになった。

「その聖印は…… まさか、秘跡持ちですか?」

「まあね」

 秘跡持ちを目にした人の反応は様々だ。司祭様やシスターみたいな教会関係の人は敬意を払ってくれることが多い。秘跡は主神の恩寵とされているからだ。

 それ以外の人は嫉妬か、秘跡持ちが強いとは限らないから侮蔑かだ。

「その力で魔物を退治できるといいですね。期待してます」

 でも彼女は薄く笑っただけだった。

 彼女にとってみれば魔物が退治できればそれでいいのだろう。


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