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シスター

ネルトリンゲンの町には一つ、町のどこからでも見えるほどの高い尖塔を持つ、聖ゲオルク教会がある。他にもいくつか教会があって、そのうちのいくつかは身よりのない子供を引き取って育てる孤児院も兼ねている。

 町のはずれ、聖ゲオルク教会より大分小さい教会がハーブ園の中央にぽつんと立っている。教会の周囲は石垣で囲まれていた。

 そこの石造りの門をくぐると中庭になっており、そこで継ぎ当ての目立つ服を着た子供たちが黒い裾の長い上下とベールという服を着たシスターたちと遊んでいた。

 かつての僕と同じように。

 その中の一人が僕の姿を認めると、両手を上げて駆け寄ってきた。

「わー! クラウス兄ちゃんだ!」

 一人が叫ぶと、あっという間に他の子供たちも同じようにわーっと寄ってくる。

 その姿が懐かしいし、僕のことを慕ってくれるのがすごく嬉しい。

 人と話すのは苦手な僕だけれど、境遇が同じせいかこの孤児院の子たちとは普通に話せる。何年も一緒にいれば人となりや何が好きで嫌いか、何をしゃべれば喜ぶかがわかってくる。

 そうやって、ゆっくりとなら僕は他人と関係を築くことができた。

 僕もこの孤児院で育ったけれど、十五歳を超えた時に一人立ちした。新しく入ってくる子供たちの受け入れの問題もあり、十五を超えるとシスターか司祭への道を歩まない限り孤児院から出て暮らさなければならないのだ。

「クラウスのお兄ちゃん! お土産は?」

 僕は昨日狩った鹿のクビとスネの肉を取りだす。クビやスネの肉はスジが多く、肉質が固いうえにしっかり煮込まないと食べられないので単価は安い。しかしスープやシチューなど煮込み料理には適しており、大勢の食事を作るためそういった料理が多い孤児院のお土産には最適だ。

 案の定、子供たちは僕が取りだしたスネ肉を見るや歓喜の声を上げる。

「やったー!」

「今日は肉のスープだ!」

「……」

 子供たちの中でも大きい子が肉を受け取り、他のシスターたちがいる調理場へ持っていった。他の子も一緒に付いていき、中庭の広場に残されたのは僕と若いシスターだけになる。

「いつも、ありがと」

 子供たちと遊んでいた、シスターの中でも若い子が、僕に声をかけてきた。

「ハンナ」

 シスターの一人、ハンナ・レッケブッシュが相好を崩して僕に手を振った。

 ハンナは僕より一つ年下の女の子で、僕が孤児院から出る年にシスターになった。今年十四歳で、セミロングの金髪とその下の翠色の瞳、大人になりかけのような容姿が印象的な子だ。

ゆったりとしたシスター服を着ているからわかりにくいけれど、身体を捻った時や風が強く吹いた時だけはシスター服がよせられ、発展途上の体形が服に張り付いてドキッとさせられるのだ。

「これ、今月分」

 僕は子供たちが全員調理場へ向かったのを確認してから、ハンナに銀貨の詰まった袋を渡した。

 しかしハンナは嬉しそうな顔をせず、小さく首を横に振る。

「今月は、いつもより多いよ。クラウス君だって生活があるんだから、いつもと同じでいい」

 ハンナはそう言って銀貨袋から何枚か、僕に返そうとするけど僕は彼女の手首を軽くつかんで、それを押しとどめた。

「受け取って。孤児院の経営だって、楽じゃないんだから」

「少し多く寄付してもらったところで、いずれは行きづまる。慈悲深いどこかの貴族様の献金なんて、どんな都合で止まるかわからない。大切なのはお金をもらうことじゃなくて、お金を稼ぐ方法をもらうこと。でもそれが無いから、クラウス君のお金をもらうしかできない」

 何度か銀貨の袋が僕とハンナの間を行ったり来たりしたけれど、結局ハンナは根負けして銀貨を受け取る。

 ハンナは鈍い光を放つ銀貨をぎゅっと握りしめて、僕を見上げて、悲しそうな笑顔を浮かべた。

「私も、クラウス君と一緒に冒険者になれればいいんだけど」

 ベールの下の翡翠色の目が僕を見つめる。吸い込まれるような錯覚がある、不思議な魅力を持った彼女の瞳。

 さっきよりも彼女との距離が近くなっていた。

 触れようと思えば触れられる。腰に手を回そうと思えば回せる距離だ。でもハンナは僕から離れようとしない。中庭にふく、畑の土の匂いのする風が鼻をくすぐる。

「クラウス兄ちゃん! ハンナお姉ちゃん!」

 子供たちが調理場から走って戻ってくる。体からほんのりと肉と玉ねぎ、ニンジンなどを似た時の匂いがしている。

「あの子たちの面倒を見ないといけないから、ね」

 そう言いながらハンナは僕から離れ、子供たちの方に歩いていく。

 彼女の腰の近くにあった僕の手は、虚しく宙をさまよっていた。


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