手入れ
僕の泊っている宿は城壁に密着するように建てられており、宿の周りにも城壁を壁として利用した一軒家や兵士の詰め所などが点在している。
なので一見すると城壁の内側には窓が付き煙突が生えているように見えて面白い。この城壁を利用した建造物はこの町の名物の一つともなっている。宿の前には緑青色のブタの置物が置かれていた。
宿の入り口を抜け、受付のおじさんに今週分の宿代を払い、プレゼントの鹿の角を渡す。
彼の服のボタンが取れた時に鹿の角を手渡すと喜んでくれたので、時々ストックとして鹿の角をプレゼントしているのだ。
「鹿の角、ありがとな、それにあんたは毎週遅れずに宿代を払ってくれるから助かってるよ。ときどきお土産もくれるしな。あんたの隣部屋の奴なんか、二か月も滞納していやがる。そろそろ衛兵に頼んで追い出してもらうか」
「大変ですね……」
早く部屋に還って休みたいが、愚痴に付き合うことにする。
口下手な僕でも、「愚痴に付き合ってくれる」というポジションを確立することで大分他人受けが良くなるし、対応も良くなる。時折プレゼントもあげると、なお良しだ。
「お疲れ様です」
一通り愚痴り終わったところを見計らってそう言い、上の自室へ向かう。そう言わないと延々としゃべりつづけるので、相手の気がすむタイミングを見計らってそう声かけするのだ。
安宿にしてはそこそこ頑丈な金属製の鍵がついた部屋の戸を開け、自室に入る。自室は備え付けの机と箪笥、それに銃を立て懸けるための銃架と私物がいくつかあるくらいの簡素な部屋だ。
でも、狩った獲物の革を張ってあるので椅子の感触はそこそこ良い。
頑張ったせいか、大分暮らしがよくなった。冒険者なって初めのころはお金が無いから馬小屋に寝泊まりしていたので全身にわらと、馬の獣臭さと便臭が染みついていたものだ。
荷物を備え付けの木製の棚の上に置くと、ご飯前にやるべきことをはじめる。
これを怠ると命にかかわる。宿の伯父さんに運んでもらった水を入れた木桶で洗顔し、手を洗って気持ちを引き締める。
僕は銃架に立てかけることで銃口が固い壁につかないようになっていたライフルを手に取り、行動を開始した。
まずライフルから機関部を外す。
機関部とはライフルに実包を装填する部位で、銃の生命とも言える場所だ。機関部より大きな木製の銃床も、機関部よりもはるかに長い重心も、すべてはこの機関部から発射される弾丸を飛ばすための装置にすぎない。
機関部に細い棒の先に布をつけた洗い矢を挿入し、中にたまった汚れを取り除いていく。この汚れがたまると弾丸が発射される際の障害となり、弾道にぶれが生じる。
汚れは油を使っても除去できない。汚れを取り除く薬を使うのだ。この薬は非常に臭う上に人体には毒であるため、常に窓を開けて換気しておく必要がある。機関部の汚れを取り除き、銃全体についた手垢やすすなどの汚れをふき取ったら木製の銃床部分に亜麻仁油を染み込ませて完成だ。
銃の手入れをするのは楽しい。
手間暇かけて手入れした愛銃が光沢を放って輝くのを見ると、なんというか心が洗われる感じがする。
気がつくと、そろそろ夕食の時間であることに気がついた。
僕は手入れする道具をしまい、ライフルを銃架に立てかけて鍵をかけると部屋を出た。もちろん部屋の鍵も閉めるのを忘れない。