主神
主神が死んで、三日後に復活してから千五百年の時が流れた。
復活後数百年は信徒たちに対する迫害の時が久しく続いたけれど、主神の使徒とその後継者たちが主神の力を借りて数々の「秘跡」を行なったことにより主神はこの大陸で広く崇められるようになった。
かつては主神の加護があれば秘跡によって砂漠にパンと肉を降らせて難民の飢えを満たし、海を割って敵の大軍を飲みこんだと伝えられる。
しかし時代が経るにつれて主神の影響力も弱まり、大規模な秘跡は徐々に行なわれなくなってしまった。
また、主神の影響力が弱まったことにより世の中には数々の災いがもたらされるようになる。その最たるものが百年前の黒死病の大流行で、大陸全体の人口の三分の一が死に絶えたという。
前述の黒死病の影響で主神への信仰も揺らぎ、かつては国王の首をとばすことさえ可能であった教会の絶対的権力も衰えてしまった。
作物の収穫、祭り、お祝い事、結婚式など形式的にせよ主神に祈りをささげる習慣は残っているものの、すでに毎週末に教会へ行き祈りをささげるような人はごく少数派だ。
しかし小規模な秘跡はまだ残っていた。手をかざすだけで人を癒し、炎を杖の動きだけで思うがままの形に変え、一瞬で木の芽を一本の木に変えるなど。
海を割るという秘跡に比べればごく小さな力でしかなく、それに伴って主神への信仰を持たない人も増えた。
でも僕、クラウス・ヒンデンブルクは主神の加護を「ライフル」という武器を扱う秘跡として受けて、こうして生きている。
僕の秘跡、「モーゼル(mauser)」は巷で使われているマスケット銃よりも性能が良い小銃、ライフルを創りだす技術だった。
一般的な小銃の「マスケット銃」は銃口の前から火薬を入れて、球状の弾丸を入れて、朔杖で押し込んでからやっと撃てる。
おまけに最大有効射程は百メートル程度で、フリントロックの振動で小銃がブレるうえに弾丸そのものがランダムスピンで安定しないため命中率も悪い。速射性も低く二十秒に一発撃てればいい方だ。
だが弓矢より遥かに少ない訓練時間で使いこなせるために軍隊が採用している。密集した陣形で一斉射撃を行なうことで命中率の悪さを補っているのだ。
一方、僕の「モーゼル」はライフルの後ろからレバーを回して火薬も弾丸も一つになった「実包」を入れることができるので一発撃った後の再装填がかなり楽になった。
調子が良ければ五、六秒に一発は撃てるし最大有効射程は四百メートルくらいはある。
このモーゼルのお陰で、身体能力は大したことのない僕が冒険者として日々生きていけている。