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ライフルを撃つとき。

銃身を支える左手が、武器としての重みをじかに伝えてくる。

 引き金に手をかけた右手が、呼吸や拍動に合わせて動くのが伝わってくる。

 こんな時、一時的にでも心臓が止まればいいのにと良く思う。呼吸は止められても心臓は自分の意志では止められない。

 肉体の揺れは当然銃口にも伝わって狙いがぶれる。

 それを修正するのは何千何万回という空撃ちの訓練と、実際に標的を撃った経験のみ。

 銃口の上部に取り付けられた照星の中に標的が収まる。弾丸が完全な直線を描いて飛ぶならば標的、照星、機関部につけられた照門が一直線になった時に引き金を絞れば命中するはずだ。

だが現実の射撃ではそれだけではまず当たることはない。

 重力や風向、気温差でいくらでも弾丸は逸れる。

 ライフルを地面に固定して一ミリの狂いもないようにしても、数百メートル先では一メートル近く別の場所に命中することさえある。

これまで、そのために何度必中と思った弾が外れたかわからない。

 特に風は自分の周囲と獲物の周囲のそれが一致しないことも多い。木の葉が風で流れる強さやリズム、風の音などから勘で判断するしかない。

 全神経を集中させて標的を狙う。

 これまで何千何万回と行なってきた動作。

 もっとも安定する伏射の構えで肘を地面に付けて安定させ、呼吸を一時的に止めて体のブレを極力少なくし、引き金を「引く」のではなく「絞る」。

 腹ばいになった地面から伝わってくる大地の冷たさ、風に乗って運ばれてくる雑木林の木の匂い、周囲には自分以外の人間が誰ひとりいない孤独で孤高な状況。

 それらすべてが僕の五感を研ぎ澄ましてくれる。

 地面に、木々の匂いに、風に自分が溶け込んだような気がして。

 自分の感覚と大自然の感覚が一体になった感じ。

 風の強さ、向きを手に取るように把握して。

「モーゼル(mauser)」

 僕は秘跡の名を呟きながら、引き金を絞った。

 左手の甲に刻まれた赤ワイン色の「聖印」に疼きを感じるとともに、ライフルを固定する右肩に反動が伝わる。



 照星の先の獲物が倒れ、動きを止めたのを確認してから僕は呼吸を再開した。銃を構えている間は体のブレを抑えるために呼吸を止める必要があるからだ。森の中の澄んだ空気が肺いっぱいに広がって、緊張で疲労した体を癒してくれる。

 僕は潜んでいた茂みから葉っぱを払いながら立ち上がると、胸から血を流して倒れた獲物にゆっくりと近づいていく。

 その間も引き金に指をかけ、ライフルに実包を再装填することを忘れない、

 茶色い毛並みの上から赤い血が流れているのが見えるが、油断してはいけない。

 仕留めたと思ったらまだ死んでいなかったことが何回かあり、血を胸から垂れ流しながらこちらへ襲いかかってこられた時は冗談抜きで死を覚悟した。

 何しろ目の前の視界いっぱいに獲物が見えるほど接近されており、狙いも定めずに引き金を絞ったら気づいたら獲物が後方へ吹き飛んで倒れていた、くらいしか覚えていない。

 だが今回は一発で仕留めたようだ。

 これだけ近寄っても、銃口で鼻や目など敏感な部位をつついても微動だにしない。

 今回仕留めた獲物は鹿だ。木の芽を食べたり、畑の作物を荒らすなどの害獣であるため時折こうして駆除の依頼が来る。

「アインゼッツェン(einsetzen)」

 僕は鹿に片手で振れて、もう片方の手で腰の革ベルトからぶら下げていた袋を手にして、詠唱する。

 すると血を流して倒れていた鹿が光の粒子に包まれて、袋の中に吸い込まれていった。

「よし、帰ろう」

 僕はライフルを長い革袋に入れて背負い、ネルトリンゲンの街へ向かって歩き出した。


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