第一話「タマゴ」
アントラクト:間奏曲のこと。
???「昔々、あるところに8つの種族が住んでいました。
第一の種族、レイス。
その性質は絶望。
第二の種族、サキュバス。
その性質は肉欲。
第三の種族、ネフィリム。
その性質は大食。
第四の種族、ラミア。
その性質は貪欲。
第五の種族、ル・ガルー。
その性質は憤怒。
第六の種族、グール。
その性質は異端。
第七の種族、ゴブリン。
その性質は暴力。
第八の種族、テラン。
その性質は邪悪。
8つの種族は、互いに争い、互いに奪い合い、互いに殺し合いをしました。
しかし、何も争いを好む種族ばかりではありません。
異端のグールは、争うことが大嫌いでした。
そこで、グールたちは、平和に暮らせる場所を求めて旅をすることにしたのです。」
ここは、土の家が建ち並ぶ砂漠の集落アルゴール。
グール族の娘クレイが、熱を出して寝込んでいる弟のウゥのために昔話を語っている場面である。
ウゥ「お姉ちゃん、お姉ちゃん。“絶望”ってなぁに?」
クレイ「ぜ、絶望!?絶望、絶望・・・えーっと、望みが無いってことよ!!」
ウゥ「わぁ、お姉ちゃんは賢いなぁ。ウゥ、お姉ちゃんのおかげで一つ賢くなったよ!」
クレイ「そ、そうよ、ウゥ!クレイお姉ちゃんはスーパー賢いのよ!!オホホホホホホ!!」
ウゥ「お姉ちゃん凄い!お姉ちゃん凄い!じゃあね、じゃあね、お姉ちゃん、“肉欲”ってなぁに?」
クレイ、齢にして5つ。
ウゥ、齢にして3つ。
とある春の日。
西日の射し込む暑い昼下がりのことである。
――――――――――――――――――――
クレイがウゥに昔話を語り聞かせていたのと同時刻。
ここは、グールの集落アルゴールの上空80万km。
気温にして100℃以上、宇宙線降り注ぐ日中極暑の月面である。
トゥルルルル
トゥルルルル
ガチャッ
???「あ、もしもし神様。」
???「あなた様の従順なる天使、オメガ・桜でーす☆彡」
どこまでも灰色の荒野が広がる月の上。
背中から翼を生やした少女が、彫像の展示台を思わせる真っ白な四角柱の上に置かれた黒電話を掛けているのだ。
オメガ・桜「神様、神様、聞いてください!なんとなんと、魔王の一体の捕獲に・・・成功したのです!!」
オメガ・桜「現在、天使たちの遡行術式によって魔王の形態をタマゴに還元中であります☆彡」
月面上空には、巨大な竜が胎児のように丸まって浮かんでおり、その周りには、無数の光玉が竜を中心とした衛星軌道を描くようにして高速周回を繰り返している。
オメガ・桜「間もなくタマゴへの還元作業が完了しますので、先んじて仮想第八天界への転送許可をよろしくお願い致します☆(ゝω・)v 」
オメガ・桜「は、えみ太郎君の転生で忙しい?」
――オメガ様、タマゴへの還元作業、滞りなく完了致しました――
オメガ・桜「あ、神様、今終わりました!今終わりましたから何とぞ転送許可を・・・!!!」
ガチャッ
オメガ・桜「あ、神様、神様!?」
ツー ツー
オメガ・桜「あーっ、もう!!」
ザザッ ザザザッ ザザザッ
――オメガ様、摂理構造に変化が生じました――
――遡行術式強制解除――
――タマゴの時間が動き出します――
オメガ・桜「はぁ!?ちょっと待ってよ、今は拙い!今は拙いから!!」
――オメガ様、タマゴから強力な魔力反応を検知しました――
――タマゴを中心とした範囲に強力な重力場が発生――
――魔術性疑似ブラックホールが生成されます――
全ての光が、物質が月面に浮かぶタマゴに向かって、集中線を描くようにして収束されてゆく。
――オメガ様ぁ。私の速度では、ブラックホールから逃げられないですぅ―
タマゴの周りを周回していた無数の光玉がその動きを止めて、光玉が徐々に光の線となってブラックホールへと伸びてゆく。
――待ってますから、後で助けて下さいねぇ――
そして、無数の光玉は、ブラックホールの中へと吸い込まれて消えて行った。
タマゴ「論理条件、オメガ・桜の吸引・・・。それでこのブラックホールは停止するよ・・・。」
全てを吸引するブラックホールの中心で、タマゴとなった魔王が囁く。
オメガ・桜「ああ、それはご丁寧にどうも。さすがは元神様候補生、やってくれるわね。」
オメガ・桜は、全てを吸い込みゆくブラックホールをひと睨みすると、肩を落として翼を垂らし、一つ大きな溜め息をついた。
オメガ・桜「はぁ、こりゃ避けられないわ。」
そして、オメガ・桜は、ブラックホールへと飲み込まれた。
――――――――――――――――――――
クレイ「あーっ、もう頭来る!!」
クレイ「“肉欲”って一体何なのよ!!どうして誰も“肉欲”について教えてくれないの!?」
所変わって、ここは、砂漠の集落アルゴール。
グール族の娘クレイが、“肉欲”の意味を知るためにグール族の家を一軒一軒回っている場面である。
病気の弟のために“肉欲”を教えたい。
クレイの胸の内にあるのは、その一心のみである。
クレイ「もう!!どうしてこの思いを誰も理解してくれないのよ!!」
アルゴールの里にて、回っていない家は残り一件。
集落から離れた丘の上に建つ族長の家のみである。
――――――――――1時間後――――――――――
クレイ「はぁ・・・。」
日がな太陽を浴びて熱くなった砂漠の上、家路を歩むクレイの足取りは重い。
とうとう、族長までもがクレイに“肉欲”を教えてくれなかったのだ。
時刻は、既に夕暮れである。
ここは、砂漠のど真ん中。
自宅までの道のりは、まだ遠い。
そして、クレイは、歩みを止めて理由も無く空を見上げた。
赤く染まった夕暮れ空に、流れ星が赤く煌めく。
クレイ「あ、流れぼ・・し・・・?」
遠く彼方に見えていたはずの流れ星が、瞬く間にその光度を上げて、一直線にクレイの方向へと飛来しているのだ。
クレイ「ひぃぃ!!!」
『ぶつかる!!』そう判断したクレイは、両手で頭を抱えて急いでその場に蹲った。
ズドォォォン
巨大な爆発音が辺りに響き、大量の砂が舞い上がる。
流れ星が、砂漠に激突したのだ。
クレイ「ケホ、ケホケホ。私・・・生きてる・・・?」
クレイは、大量に降りかかった砂を払って立ち上がり、流れ星の落ちた方向を見やった。
クレイの目の前に広がるのは、砂漠にぽっかりと空いた巨大なクレーター。
その様相は、さながら蟻地獄を思わせる。
そして、クレイは、そのクレーターの最も深い場所、クレーターの中心部に、何か白くて丸いものが転がっているのを見つけた。
クレイ「なんだろう、あれ。」
クレイは、クレーターのすり鉢状の斜面を駆け下りて、その白くて丸いものの側まで駆け寄った。
クレイ「これは、タマゴ?」
クレーターの中心部に転がっていたのは、クレイの膝下ほどの大きさのタマゴだったのだ。
不思議そうにタマゴを見やりながら、膝をついてタマゴを触るクレイ。
クレイ「すべすべしていて、少し温かい。」
そして、何かいいことを思いついたとばかりにパッと目を輝かせて、クレイは両手でタマゴを持ち上げた。
クレイ「そうだ!持って帰ってウゥに食べさせよう!!」
不毛の地である砂漠において、タマゴは貴重な高栄養源なのだ。
――――――――――1時間後――――――――――
クレイとウゥの寝室にて
ウゥ「お姉ちゃん、それなぁに?」
ベッドから体を起こしたウゥが、不思議そうな顔で姉のクレイに尋ねる。
ウゥの視線の先にあるのは、砂にまみれた姉の抱える大きなタマゴ。
クレイ「ウゥ、タマゴよ!これを食べて元気になりなさい!!」
コンッ
クレイが、拳を作ってタマゴを軽く叩く。
コンッ
どこから聞こえたのだろうか。
タマゴを叩く音がもう一度響いた。
コンコン
クレイが、再びタマゴを叩いた。
コンコン
タマゴを叩いた時と同じ音が、もう一度響く。
クレイ「タマゴの中から聞こえてきてる・・・?」
クレイの拳を握った手をウゥが両手で優しく包み、その大きな瞳で姉のクレイを見つめる。
ウゥ「お姉ちゃん、ダメだよ。」
ウゥ「このタマゴ、生まれたがってる。」
『よい子は絶対にマネしないでね!~ひとりで始める原始的スローライフ~』の間奏曲。