第7話「扉の向こう。」
学校に到着し、授業が始まる前にトイレに行こうと思って、教室のドアを開けようとしたとき。
「わっ!」
ドアが勝手に開き、小さな影が俺にぶつかった。
「お、な、なんだ?」
少しばかり見下ろすと黒い、茶色い?頭がある。
「あ、、、。」
その頭がこちらを少し見上げたとき何故か納得してしまった。
森口楓。そういえば昨日教室にいる時もずっと下を向いていたことを思い出す。
「気をつけろよ。下向いてるとお前が怪我するぞ。」
そう言うと彼女は顔を上げたり下げたりして小さくこう言った。
「ご、ごめんなさい、、。」
何故かイジメているような感覚に陥り俺はさりげなくフォローを入れてみる。
「あ、いや。俺は別にいいから______」
とその時チャイムが鳴り、トイレの事を思い出した。
「うお、やばけ!」
と噛んだのか自分でも分からない言葉を発し、俺は急いでトイレへと走った。
ちらりと後ろを見ると森口がまだ見ている。
「遠くから見ると、すっごい怖い、、。」
前髪と少し振り乱し、猫背でこちらを見ている。
「死神か、亡霊か。」
彼女の前では決して口にできないような言葉を呟いた。
最初の授業は比較的穏やかに進んでいく。
ほぼすべての教科が授業をまともに行わなかったことはラッキーだった。
完全に昨日の事で浮かれていたためカバンには筆記用具しか入っていなかったからだ。
「ラッキーだが、さすがにまずいな。気を付けよう、、。」
こういうので悪目立ちはしたくないものだ。他人の視線が突き刺さり、寿命が縮む感覚がする。
そんなことを考えているうちに午前中の授業を終える鐘が鳴る。
やけに古びた、まるで除夜の鐘を隣で録音したような音。
この木造の校舎にはお似合いだろうな。
2階建ての横に長い校舎の雰囲気は嫌いではない。
この田舎にある香木穴高校はそこそこの歴史があるらしい。
学年の人数は比較的少なく、合計で150人程度、3学年で400人ちょっと。これで採算取れるのか、、。
卒業生が教諭に就くことも多く、昔交流があった人が訪れ女子が騒ぐことがある。
年上の知り合いなど数えるほどしかいない俺には関係ない話だが。
窓から視線を外し、さぁいざ昼飯を食おうとすると瞬太郎が話しかけてくる。
「真、教室出ないかい?」
どうしてわざわざ、、と言おうとして瞬太郎の気持ちが理解できた。
クラスの男子はほかのクラスに行ったのかあまり残っていない割には女子の比率が多い。
別に敵視されるとかいうことではないがなんとなく居づらい。
俺は頷き弁当を手に取って瞬太郎と教室を後にした。
その時ふと教室の中に目をやると蔵屋敷は6人ほどの女子の中で楽しそうにしゃべっていた。
本当に仲間外れとかは起きていない様だと、どこかで安堵する俺がいた。
「それで?どこに行くつもりだ?」
「さっきいい所を見つけたんだ。こっち。」
そう言って瞬太郎は教室が横に並ぶ廊下をどんどん進んでいく。
するとコンクリートの壁と扉があった。
「おいおい、なんでこんなところにこんな似合わないもんがあるんだよ?」
「一昨年に少しだけ追加したらしいよ。避難口として、とかなんとか。」
「そんなところ使っていいのかよ、、、。」
「誰も通らないなら大丈夫さ。それに先生に入るところを見られたけど咎められなかったしね。」
笑って瞬太郎は言うが、こいつ、いつ何のためにここまで来たんだよ、、、。
と思っているとドアがキリキリと金属の音を立てて開いた。
そこにはU字の折り返しのコンクリートの階段があった。
しかし踊り場の胸の高さ以上は壁が無く、辺りが見下ろせそうだ。
「ここだけ急にコンクリートって景観悪くなるだろ、、。でもあれ、そんな感じだったっけ?」
というと瞬太郎は踊り場で手招きをする。
「ん?、、あ。そういうことかよ。」
コンクリートの壁を外側からだけ木目調に塗装されており、違和感は全くない。
「よくもまぁこんなことまで、、。」
呆れて階段に腰を下ろし、弁当を広げる。
数分ほど瞬太郎と雑談をしていると金属のドアが開く音がした。
俺たちが座っているのはドアのある踊り場から一段上がった踊り場の先。
封鎖された屋上への階段の途中だった為誰が来たのかは分からない。
「先生じゃねぇのか?」
「やっぱりまずいかな?」
などと小声で話したときに人影が踊り場に現れた。
「あ、、、お前は。」
______森口楓だった。
「どうしてこんなところに?」
瞬太郎がそういうと
「それは、お互い、さま、、。」
と小さな声で言う。
「それもそうだね。」と瞬太郎は笑う。
「一緒に、食べても、いい?」
瞬太郎としても意外だと思ったのだろう、俺が瞬太郎の顔を見るのと同時に俺の顔を見てきた。
「『やっぱり』、、ダメ、、かな?」
更に小さくなる声に袈裟と同じような感覚がよみがえり、断りづらく。
「いや、別にいいよ。」
と俺は言った。
「アリが、、10匹で、、、ありが、とう。」
「はい?」
思わず俺はそう返してしまった。ダジャレ?
と、その瞬間。
「あっははははは!!」
瞬太郎は俺の横で吹き出していた。
「ど、どうした。そんなに面白いか、今の?」
「ははは。はーっ。いやダジャレ自体はそんなでもないけど、意外過ぎてね。」
俺が困惑し、瞬太郎が大笑いし、森口は無表情。
「確かに、意外。このタイミングで寒いダジャレを突っ込むとは、、。」
「まず、かったかな?」
と森口がいうと
「いやいや、全然まずくないよ。森口さんて面白いんだね。さ、座りなよ。」
と、瞬太郎が腰を上げ、2段ほど上がり、瞬太郎がいたところ、俺の隣へ座った。
「ん、なぜ俺の隣なんだ、瞬太郎。」
「なんでだかね、君たちのボケとツッコミの相性がよさそうな気がしてさ。」
と意気揚々といった。
まぁ別に構いはしないが、、。
「それで、森口は、どうしてここに?」
母さんの作った甘めの卵焼きを口に放り込んで聞く。
「居場所、無くて。」
彼女は赤い弁当の包みを開きながらそう言う。
「へぇ、じゃあ俺たちと同じだな。」
「、、、同じ?」
「あんな女がきゃぴきゃぴした空間で飯を食えるのはきゃぴきゃぴした女子かそれに適合した強者のみだよ。」
例えば、原沢とか。
「原沢とかだろ?真。」
「お前はエスパーか。あれに適合できる奴はすごいよ、別の生き物なんじゃないか?」
「まぁああいう女子グループが形成されるとどうも居づらいところはあるよね。」
「私は、、女だけど、あの中には、、友達、いない。」
少しばかりしょんぼりしている。その気持ちは中学に味わったため分からなくもない気がした。
「こればっかりは性別はあまり関係ないだろ。」
「え?」
「だって俺たちだって男子が多くても体育会系のやかましい奴らとなんか飯なんて食えたもんじゃない。」
「確かにそれは言えてるね。合う合わないは性別差無いね。」
瞬太郎は俺の言葉に添える形で言う。
「だから、気にすることない。友達がいなくて何が悪い。」
それは森口に言ったのか、自分に言ったことかは分からない。
すると瞬太郎が笑う。
「それは実体験からかい?真?」
「うるせー、気が合わないヤツといたっていいことないだろ。学校生活を円滑にするためだけにつまらない会話とか、手伝いとかしてられるかよ。」
すっかり弁当を食べてしまった俺はため息をつく。
「おい、食わないのかよ、、。」
昼食を食べるために来ているはずだが、森口の箸は一向に進んでいない。
「え、ああ、うん、、。」
そう言われてやっと動き出した彼女の指の動きはどうも重く見えた。
「なんにしても今更合うやつを見つけるのもなんだかなぁ。」
「確かにそれは言えてるね。」
「おいおい、お前はほかにも友達大勢いるだろ。」
「昨日も言ったろ?僕は大抵は浅い付き合いしかしないんだ。」
「お前の事を悪く言うつもりは勿論ないが、よくもまぁそんなことが出来るもんだな。」
瞬太郎は笑って肩をすくめる。
「なんとなく、かな。処世術ってやつさ。人脈はあっても困るものじゃない。」
「お前は大人だなぁ、、。」
「真、ちょいと僕を馬鹿にしてるだろ?」
ちょっとではなく、かなり、だ。とは口には出さずに笑ってごまかした。
「ふふ、、。」
と小さく森口が笑う。
「二人はホントに仲がいいんだね。」
そう言われて俺たちは顔を見合わせ、大笑いした。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、俺たちは立ち上がる。
「まぁ、そんなわけで俺たちはこれからここで飯を食うだろう。」
森口に向かって俺は言う。
「だから、もし行く場所が無いなら、ここで一緒に食おう。」
森口はポカンとし、瞬太郎は小さく笑って
「友達が出来たらそっちで食べるといいさ。」
と口添えした。
そうして俺たちが扉へ向かって歩き出すと同時に背中から声がした。
「あ、あの、、!」
「ありがとう。」
にっこり笑った彼女の笑顔はとても穏やかに見えた。
作者の私は森口さんが大好きです。
蔵屋敷さんもいい、、、。蔵屋敷さんのビジュアルはとらドラの実乃梨さんの感じが近い。
というか最早そう見えます、よね、、。はぁ、、、。