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カルム

「凄いですねこれ!! 見てくださいよホラ!! 野生のレグルが歩き回ってますよ!!!」


 窓から身を乗り出して、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように目を爛々と輝かせながら周囲を見渡すイザベラ。普段のやたら几帳面な彼女は完全になりを潜めており、そのあまりの豹変ぶりにバニラさえ顔を引きつらせている。


「えっと……、イザベラちゃんってこんなキャラだったっけ?」


「俺の知る限りで答えていいのであれば間違いなく違う」


 俺もネリアも何も言わなかったが概ね同意見だ。特に彼女の左隣に座るネリアなんか先程からイザベラのテンションに付き合わされたおかげか、旅は始まったばかりというのに既にかなり疲労が蓄積しているのが見て取れる。ちなみにそれはイザベラの真正面に座っている俺も同様である。


「あ! 今度はキャベツ農家が見えますね!! どこにも人がいないみたいですが今は休憩中なんでしょうか?」


 一体この細身のどこからこれだけの活力が出てきているのか理解が出来ない。彼女のウィンドウショッピングに付き合わされる男の心情をなんとなくではあるが理解してしまった。


「はっはっは!! 嬢ちゃん元気がいいねぇ!!! ひょっとして郊外に行くのは初めてかい?」


 前の方からやけに楽しそうな声が聞こえる。さっきから主に約一名が相当うるさくしてしまっていたので迷惑に思われてないか心配だったのだが、どうやら杞憂だったようでホッとした。


「はい! だから凄く楽しいです!! 資料よりもずっと!!」


 まぁだろうな。イザベラの性格からしていろんなところに遊びに行く彼女を想像出来ないし、これまでずっと仕事一筋で来たのだろう。そう考えると損得抜きにしてもこの旅に連れてきてよかったと心の底から思う。


「そうかい! そいつはよかったねぇ! あ、だが護衛の方はしっかり頼むぜ? なんせ竜とやりあうことになるかもしれねぇしな」


 は?


「竜、ですか? 嘘でしょう?」


 ちょっと信じられないことがカルムさんの口から発せられたため、何かの間違いだと思ってもう一度聞きなおすも、


「いやいや、それがそうでもねぇのよ。ここ最近ローゼンベルグとロータスの国境付近でキャラバンが竜に襲われる被害が相次いでいてねぇ……。というか俺はアンタらが竜から俺らを護るために依頼を受けたって聞いたぜ」


 その瞬間先ほどまで興奮した様子で外を見ていたイザベラ含め、四人の視線が一斉にとある人物へと向けられた。しかしそいつは一切悪びれた様子はなく、


「いやぁ、説明し忘れてたかなぁ~。色々抜けちゃったみたいっ! てへっ♪」


「てへっ♪ じゃねぇ!!!! おま! お前絶対わざとだろ!!! 知ってて言わなかったな!!」


 仕草は可愛いが実際にやってることは完全に鬼畜である。クソ!! 竜と聞いていれば絶対こんな依頼引き受けさせなかったのに!!!


 しかし俺の抗議に何故かネリアは不満そうにむくれ、


「随分と弱気だな君は。私は君が最強だと信じて疑っていないというのに」


 いや信頼してくれるのは嬉しいんだけどね? その根拠は一体どこから来てるんだ? そもそもあの屋敷にはすでに一人、俺より確実に強い人がいなかったっけ?


「いや、いくらミストとは言え竜種相手に無傷で勝利を収められるほど甘くはないと思うが……」


 俺があまりの事態に呆然としていると、流石に見かねたルドルフから助け船が入った。が、それを受けてもなおネリアの表情は変わらない。


「だから行きがけにも言っただろう? 私は君たち三人が負けるビジョンは一切持ち合わせていないのさ」


 いやドヤ顔で言われましても……。どこにそんな根拠があると……。


「ま、まぁまぁ!! まだ竜と遭遇すると決まったわけじゃないし、ね?」


「いやそれはそうなんだけどな……」


 確かにバニラの言う通りではあるが、頻繁に起きていると言ってる以上、竜種との戦闘は避けられないものと考えていいだろう。今から胃が痛い。


「むぅ……。絶対大丈夫なのに……」


「大丈夫じゃない。大体ネリアは竜種って言うのを見たことがあるのか?」


 するとネリアは怒ったように、


「当然でしょ! いくらお嬢様育ちでも街で見かけるくらいのものならわかるわよ!!」


 思った以上に怒っていた。素が出るくらいには。が、今はそのことについて指摘してからかっている場合じゃない。


「ああ、その通りだ。けどそれは俺たちが危惧する竜種じゃない」


「? どういうことだい?」


「竜種には二種類いるんだよ。下位と上位って具合にな。ネリアが見たことあるのは下位の方だ」


 下位竜種、鷹のような鋭い爪に巨大な四肢、そして何より大きな翼を持った彼らは人間にとって非常に身近な存在である。知能が高く人間になついており、かつ空も飛べ人よりはるかに力のある彼らは空路を経由しての移動、運搬に携わっていることが多い。


 では会話の中に出てきた上位竜種とは何か。体が下位よりも大きい? いや個体差はあるものの、下位より小さい上位竜種は少なからず存在するし、むしろ下位より一回りも大きい上位竜種なんて、それこそ彼らの中でもマイナーな存在だ。つまり外見的特徴は下位も上位も何一つとして変わらないのである。

 

 ならどうして上位竜種の方が厄介なのか。簡単だ、能力値が違うのである。勿論先ほども言った通り個体差というのはどの種族にも存在するから一概にそうだと決めつけることは出来ないが、しかしこちらは体格の場合とは違い露骨に差が出やすい。例えば下位が人8人分の重量までしか背に乗せることが出来ないとするならば、上位はその倍約16人分の重量まで耐えることが出来る。要するに強いのである、上位の方が下位に比べて。これが上位竜種が上位と呼ばれる所以なのだ。


「? ちょっと待て。君の言い方だと上位よりも強い下位が存在することにならないか? だとしたら上位と下位の区分は不明瞭どころか機能していないと思うんだが」


「いえ、ミストさんが言っていたのはあくまで上位竜種に『上位』という名がつけられた理由です。最大の違いはそこではありません。それだけなら区分する意味もありませんからね」


 では身体能力でも外見的特徴でもなく、明確な区分は一体どこにあるのか。


「擬態ですよ。彼らは人になれるんです」


 そう、これが上位竜種と下位竜種を分ける最たる特徴。第一線で彼らの生態研究をしている研究者ですら一目で見破ることは不可能なレベルの高精度な擬態。基本上位竜種は人の街に擬態した状態で入り込むためまず竜種だとバレることはないし、下手するとご近所さんが実は竜種でしたなんてことも少なからずある。まぁネリアが自由をうたっているだけはあって竜種だからみたいな差別はローゼンベルグには無かったし、気にする意味も無かったが。


「擬態できる? ちょっと待ってくれ」


「? どうした?」


 妙に青ざめた顔で考え込むネリア。気分でも悪いのかと思ったが、次いで何故かルドルフの顔色まで悪くなっていた。そしてようやく俺もそこで気づいた。


「まさか……」


「どうかしたんですか?」


 心配そうにイザベラがこちらを見てくるが、一から説明している暇はない。もしこの予想が正しければこの並び順はかなりマズい。が、気づくのが遅かった。


「ん? 何か前の馬車様子おかしくない?」


 ハッとして前を見ると確かに何やら騒がしい。そして次の瞬間積み荷を両肩に抱えた黒いフードを被った男が馬車から飛び降りるのが見えた。


「バニラ!! アイツを追うぞ!! ルドルフ達は後から来てくれ!!!」


「了解した!」


「ちょっと突然何!!?? って、え? これって……」


 まだバニラは理解に苦しんでいたようだが、目の前で起きている事象を見てようやく理解が追い付いたらしい。当然だ。何故なら俺たちの視線の先にいたのは黒いフードの男ではなく、鋭い爪と巨大な四肢に大きな翼を生やした人間ならざる生物だったのだから……。

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