第5話 ディック、己の真実を知る。
パン粥が入っていた鍋の中が空っぽになり、ディックが持つ木の器の中身が空っぽになるのを見て、食後の余韻を楽しむかのように目を閉じながらミルクを飲むディックへとベルは声をかける。
「美味しかったかしら?」
「べ、べつに美味しくなんてないっ!」
「そうなの? それにしてもたっぷり食べたわね」
「うっ……そ、それは……、お腹がへってたからしかたなくだっ!!」
まるでベルの言葉に反発するかのようにディックはそう言いながら偉そうに踏ん反り返る。
だがそれが虚勢であると言うことはベルも理解できており、それ以上は何も言わず……小さく口の端を緩めながら、本題を話し始めることにした。
「さてと、それじゃあ……私がどうしてきみを貰って来たのかを教えるわね」
「そ、そうだ! どうして、どうしておれなんだ? というか、何をさせるつもりなんだよっ!?」
彼女の言葉で、反発して唸るような声を上げながら彼女を見ていたディックは声を荒げながら問いかけてきた。
そんな彼を見ながら、ベルは口を開く。
「勇者の子孫だから助けた」
「っ!?」
「……なんて言っても、きみは納得なんてしないでしょう?」
ベルの言葉に一瞬泣きそうな顔をしていたけれど、すぐに違うことが分かりどこかホッとした表情をしているのだが……彼は気づいていないだろう。
どうやらそれほどまでにディックの中で勇者という存在は無意識だとしても、嫌な存在となっているようだ。
それを理解しつつ、ベルは空間から水晶玉をひとつ取り出すとテーブルの上へと置いた。
出されたその水晶玉にディックは見覚えがるらしく、分かり易いまでに嫌な顔をした。
「その様子からからして、きみはこれが何であるかを知っているみたいだね?」
「……魔力検査をするための道具、だろ? それで計って、魔力が『3』しかなかったから……おれはますます馬鹿にされたんだ」
「そうか……。それは災難だったね……。けど、あんな量産型じゃあ詳細が分かる訳が無いわよ」
「……え?」
落ち込むディックだったが、ベルの言葉で顔を上げ……どういうことかと問いかけるように彼女を見る。
見られているベルの返答はただ一つ。
「兎に角、一度検査をしてみなさい。そうすれば、全て分かるわ」
「わ、わかった……」
ベルの言葉に従うように、ディックは恐る恐る水晶玉へと掌を置き始めた。
すると、水晶球がディックの魔力を感知したのか、光を放ち始め……その光が水晶玉を満たすと外へと飛び出し、弾けるように光が拡散すると検査を行っていたディックの魔力検査の詳細が表示された。
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名前:ディック
総魔力量:1003
使用魔力量:1000
使用魔法
・肉体保護魔法:1000
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「…………え?」
表示された詳細にディックが戸惑いを感じさせる声を漏らす。
だがそれもそうだろう。混人という理由だけで周りから理不尽な暴力に晒されていた。
挙句それを増徴させたのは、『3』しかない魔法量だった。
なのに、今彼の目に映る魔力の量は『3』などではなかった。
混乱しながらも、答えを知っているであろうベルをディックは見る。
すると彼女は文字を書くための板を取り出すと、ガリガリと何かを書き始めた。
いったい何を書いているのか。それがわからずディックはベルを疑うように見る。
「ディックが見た数値っていうと……こんな感じで良いかしら?」
「え? ……っ! そ、それだ!!」
ベルが見せた板、そこには簡単な文字が幾つか書かれているだけだった。
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名前:ディック
魔力量:3
ランク:低級
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何故それを知っているのか。そういう風にディックの視線がベルを見る。
その視線を感じながら、ベルは分かりやすいように溜息を吐いた。
「……そうなのね。はぁ、100年近く経ってるっていうのにまだこんな検査方法を続けてるって、本当嫌になるわ……」
「どういうことなんだよ? なんで、おれのけっかを知ってるんだよ?」
「それはねディック。あの量産型の魔力検査器具は未使用の魔力量しか測定されない作りをしているからよ」
「?」
ベルの言葉は上手く理解出来なかったようで、ディックは首を傾げる。
その様子を見つつ、ベルはもう少しわかりやすいように説明を始めた。
「つまりね、きみの魔力量は本当は『3』なんかじゃなくて、『1003』もあるの。分かる?」
「う、うん……」
「けど、その内の『1000』はきみを護るために無意識に発動しちゃってるの」
そう言いながら、ベルは未だ消えずに表示されている検査結果を指差す。
釣られてディックが見ると『肉体保護魔法』と書かれた魔法があった。
「肉体保護魔法、これは一種の身体強化魔法……といったところね。きみがどんな目に遭ってたのかは知らないけれど、きっとこれのお陰で今まで無事だったのね」
「おれ、知らず知らず魔法を使ってたのか……?」
「ええ、そして知らず知らずの内に使ってた魔法は常時発動しているから、量産型は未使用の魔力量である『3』しか検知しなかったのよ」
「そう、だったんだ……。そう、だったんだ……」
小さく呟くようにディックは繰り返しそう言いながら顔を下へと向ける。
その表情は落ち込んでいるように見えるが、口の端が笑みを浮かべようとしているのが見えた。……何というか黒い笑みとなりかけている。
きっとこのままだと、高慢な態度を取るようになってしまうこと間違い無しだ。
だけど、ベルはディックの成長に口出しをするつもりは無い。だから彼女は口を開く。
「その魔力量の多さ。それが私がきみを貰った理由……それで、ディック。きみはどうしたい?」
「……え? どうしたい、って……?」
「私から教えを受けて、魔力を上手く使えるようにするか。それとも、教えを受けないか……って言ったところですね」
「魔力を、上手く使えるように……。けど、教えを受けなかったら、おいだすんじゃないのか……?」
ベルが言った言葉を反芻するようにディックは呟いていたがあることに気づき、選択肢はあるようで無いのではないかということに気づき彼女を睨みつける。
だが、ベルの言葉は違っていた。
「そんなことはしないわ。例えきみが私から教えを受けるつもりが無くても、私はきみを見捨てはしない。さっきも言ったけど、此処はもうあなたの家でもあるのよ?」
「……おれの、いえ」
「そう、きみの家よ。……まあ、教えを受ける受けないにしても……急すぎたわね。しばらく考えてから答えを聞かせて欲しいけど、大丈夫かしら?」
ボソリと呟く声に、ベルは優しく微笑む。
その微笑みがどこかむず痒く、ディックは返事は出来ないけれど……頷いたのだった。
「それじゃあ、きみの部屋に案内しようと思うけど……良いかしら?」
「え? へ、部屋……なんて、あるのか……? くさく、ないのか……?」
「当たり前よ。私の後についてきなさいね」
(ああ、その様子からして……彼の部屋って、馬小屋とか家畜小屋とかだったのね)
ポカンと口を開いたままのディックへと笑いながらベルは言う。
それと同時に、彼の学園での生活を理解し心の中で溜息を吐きながら、ディックを部屋へと案内するために歩き出した。