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第36話 くらりす、がんばる。

 一方、ディックを見送ったクラリスはすぐにフンスッと気合っぽいものを入れながら、ガッツポーズっぽい……何というかこうすると力が湧いてくるような気がするポーズをするとすぐに作業部屋へと向かおうとする。


「…………うぅ」

『あ! ベルママをベッドに寝かせないと!!』


 ……が、後ろから聞こえた声にすぐにハッとなり、クルリと振り返る。

 そしてベルの体を引っ張って家の中へと入ろうとする……のだが、


『う~~、おもい~~~~!!』

「ぅぅ……、か、かおが…………」


 フンッと頑張ってベルの体を引っ張るのだが、幼いクラリスには厳しいことだったようでベルの体は全然動かない。

 というか、片方の足を掴んで引っ張っているから上着が捲くれてしまっており背中が丸見えで、スカートもあと少しで下着が見えそうなくらいに捲くれてしまっている。挙句、ずりずりと顔が地面を擦りあげていた。

 気絶しているはずなのにベルから呻き声が聞こえるのはきっと気のせいだろう。


 ベルがこんな状態なのだが、クラリスの頭の中では『ベルママを家の中に運ばないと!』という考えになっているようだ。

 だから、現状こんな状態であるのにも気づいていない。

 そして10分ほど必死にうんしょうんしょと引っ張った結果、2メートルは移動することが出来た。

 だけど体力の限界となってしまい、彼女はペタンとお尻を地面に落として疲れ果てていた。


『ふぅ~~、つかれたぁ~~!』


 息を吐いて、額から流れる汗を袖で拭うクラリス。そんな彼女の背後では、2メートル引き摺られたベルがいた。

 ……当然、酷い有様なのだがクラリスは気にしない。

 気にしないったら気にしない。

 ちなみにどんな常態かというと……、上着とスカートが捲れ上がって完全に下着が露わとなっている状態である。

 きっとディックが居たら顔を真っ赤にしたことだろう。

 シリアスからギャグへと一気に変化するに違いない。

 そして、クラリスの休憩は終了し……うんしょと立ち上がる。


『きゅうけいおわり~! ベルママをはこぶぞ~~!!』


 一瞬、ベルがビクッと動いたように見えるが……きっと気のせいに違いない。

 だって彼女は気を失ってるのだから。間違っても子供たちに嘘を吐くような大人じゃないのだから。

 そして、ベルの足首をクラリスが再び持ち上げようとしたとき……風に巻き上げられたのか、彼女の近くにパサリとシーツが1枚落ちてきた。

 それをクラリスはきょとんとした様子で見てから、家のほうへと顔を向ける。

 窓は全て閉まっており、飛んできたそれに対して首を捻る。


『あれ~? どこからとんできたの~?』


 クラリスが首を捻りながら、シーツに問いかける。すると、シーツがその問いかけに返事を返してきた。


(おー、いてぇいてぇ! あんにゃろう、ただのシーツになんてひどいことを……! よう、バンシーのおじょうちゃん!)

「よう~?」


 挨拶をするシーツにクラリスも同じような感じに返事を返すのだが、どこか変な感じに聞こえる不思議。

 けれど挨拶を返してくれたのが嬉しかったのか、シーツは嬉しそうに彼女に話しかける。


(おお、ほんとうにへんじをかえしてくれた! いやぁ、うれしいなあ!)

『えへへ、どういたしまして~♪』

(そんなやさしい、バンシーのおじょうちゃんにおいらがてをかしてやるよ! おじょうちゃんは、いったいなにしてたんだ?)


 そんなシーツから感じられる嬉しそうな声に、クラリスも嬉しくなったのかにっこりスマイルをシーツへと向ける。

 するとまるで孫可愛がりのお爺ちゃんよろしくといわんばかりに、シーツは彼女に無い手を貸すと言ってきた。

 そして最後の言葉で自分が速くやらないといけないことを思い出したのだった。


『あ! そうだった、ベルママをなかにはこばないと!!』

(ん? じしょうしたやぬしをつれていきたいのか?)

『うん! おねがいできるかな~?』

(あたぼうよ! それじゃあ、おいらをやぬしのうえにかぶしてくれや)

『わかった!』


 シーツの言葉に従い、クラリスは土で汚れていても優しいシーツをベルへと被せた。

 何というか、色々と酷い構図だと思うが……移動のために仕方ないのである。


(それじゃあ、おじょうちゃん。おいらにまほうをかけてくれ!)

『うん! う~ん、う~~ん……!』


 いちどにだしすぎないように……、まりょくをすこしづつだすように……。

 自身の魔力が尽きたらベルを治すための薬が作れなくなる。

 それが分かっているからだろう、クラリスは慎重に慎重に魔力をシーツへと注ぎ込んでいく。


(あ~、いいぜぇ~……、ゆっくりじわじわとどいてくるぜぇ~~!)

『だしすぎないように~……、ゆっくりゆっくりと~~!』


 目をぎゅーとしながらクラリスは一生懸命魔力を放出し過ぎないように注意しながら、シーツへと魔力を注ぐ。

 そして、シーツにベルの血が染み付き始めたころ、ようやくシーツへ注ぐ魔力が溜まったようで……シーツはひとりでに動き出し、ベルの体を包み込むように巻き付いた。

 白いシーツがベルを巻いた姿は何というか面白みがあり、どこか笑ってしまうようであるのだが……クラリスは目の前の光景を驚いた様子で見てるだけだった。


『おぉ~~』

(よーし、おじょうちゃん。やぬしをどこにつれていけばいい?)

『う~ん……、それじゃあ~リビングでおねがい~!』


 どこに連れて行けば良いか、その問いかけにクラリスは少しだけ悩んだようだが、すぐに返事を返した。

 ちなみに部屋という選択肢は頭の中にはなかったようだ。


(おうよ、まかせなっ!)

『おおっ!? はしとはしでぴょーんってたった~!?』


 威勢よく返事を返したシーツはベルを巻いた両端の余った部分を脚とするようにして、ぴょこりと立ち上がるとノタノタと歩き始める。

 ベルの体が重い……というよりも、シーツだからあまり強度がないようでベルが巻かれている真ん中部分が海老反っていてベルの体が曲がっているのだが……特に問題は無いだろう。

 時折呻き声が聞こえるけど、引き摺られるよりはマシだろうから良いだろう。

 そして、シーツがベルを運ぶのを見ながらクラリスはその後について歩き、家の中へと入っていく。

 玄関で靴を脱ごうとしたとき、クラリスはようやく裸足であることに気づいた。そして、あの怖い人たちに連れて行かれそうになったから靴を履いていなかったということを思い出したのだった。

 というよりも、今着ている服も所々が破けて酷い有様になっているのだが、彼女は気づいていないだろう。


『と~ちゃ~く♪』

(よぅし、ついたぜ! これからどうするんだい、おじょうちゃん?)

『えっとね、でぃっくおにちゃんをまつの!』


 廊下を歩き、リビングへと到着するとシーツはベルを床へと下ろし、眠りやすいように体を広げる。

 そうしながら、シーツはクラリスへと問いかけた。


(そうかそうか、それじゃあおいらはどうすればいい?)

『ん~っと、どうしたらいいかなぁ?』

(でぃっくおにちゃん? ……おお、おいらをいつもつかっている、あのいぬっころか!)


 どうやらこのシーツはディックの部屋のシーツだったようだ。

 そして、それを聞きクラリスは笑顔を強くした。


『うん! でぃっくおにちゃんがやくそうをもってくるから、それでくらりすがぽ~しょんをつくるの!』

(なるほどなるほど、だったらまりょくはせつやくしないといけねぇなあ……。けど、ちゃんとつくりかたはわかってるのか?)

『うん、このあいだベルママがおしえてくれたよ! やくそうのわかめをがーってつぶして、おみずをびゃーってまぜてぐつぐつするの!』


 シーツの問いかけに答えるように、クラリスは手をブンブン広げたり縮めたりしながら返事を返す。

 何というか小動物染みて可愛らしい。

 そしてそれを聞いていたシーツは時折ふんふんと返事をしながら端を動かしていたが、徐々に端が床に垂れ始めていた。

 その様子に気づいたクラリスはきょとんとした表情をしたが、すぐに与えた魔力が尽きてきているのを直感で理解したようだった。


(おっと、もらったまりょくがもうすぐつきちまうな)

『たいへん! まってて、すぐにまりょくあげるから――(おっとまちな!)――ふぇ?』


 魔力を再び与えようとするクラリスをシーツが止める。

 突然止められたクラリスは手をシーツに向けたまま、きょとんとした表情で固まった。

 どうして止められたのか分からないクラリスへと、シーツは優しく語り掛ける。


(おじょうちゃん、おいらにまりょくをあたえたら、やぬしをたすけるためのくすりづくりができねぇ。だから、いまはがまんするときだ)

『け、けど……』

(なぁに、おいらはどうぐだから、うごけなくなるだけだ。それだけで、はなしだってできる。……だけど、やぬしはいきてるんだぞ?)


 いきている。その一言を聞いて、クラリスは堪えるような顔をしながら……シーツに向けていた手を下ろした。

 きっと少女にとっては、苦渋の決断だったに違いない。

 そう考えながら、シーツは自身に与えられた魔力が尽きるのを感じながら、ぱさりとシーツの端を床へと落としたのだった。


『しーつさん……』

(そんなしょんぼりしたかおをするんじゃないぜ、おじょうちゃん。いまのおいらのやくめはおわったんだからよ……)

『でも……』


 今にも泣きそうなクラリス。だが泣き出しそうになった瞬間――、バンと家の扉が開かれた!

 そして、すぐに聞こえてきた声は、


「ク、クラリス! 採って、きたぞ……!」

『っ! でぃっくおにちゃん!』


 待ち望んでいたディックの声で、泣きだしそうになっていたクラリスの涙は引っ込み、笑顔が咲いた。

 更にディックが中へと入ってくると同時に、強烈だけれど爽快感溢れる香りが漂ってきた。

 この匂いに、クラリスはますます笑顔を咲かせる。


『ひーるぐらすだ!』

「そうだ。……あとは、まかせてもいいか?」

『うん! でぃっくおにちゃんががんばったんだもん、くらりすだってがんばる!!』


 ディックから受け取った薬草が詰められた上着を受け取り、クラリスは鼻息を荒くしながら作業部屋に向かって駆け出す。


 ペタペタペタペタペ――ズルッ、コケッ!


 勢い良く駆け出した(ただし遅い)からか、クラリスは床に足を滑らせてしまい気持ちが良いくらいに顔を床にぶつけてしまっていた。


「(あ)」

『う、うぅ~~……、く、くらりすなかないもん!』

「(……ほっ)」


 顔、というよりも頬に手を当てながらじんわりと涙目となったクラリスだったが、泣いちゃいけないと考えたのかそう言葉にして、今度こそ作業部屋へと入っていった。

 ……それを見ていたディックはホッと息をし、疲れがピークに達したのかぺたりと腰を下ろした。


「ふぁぁ……あ…………。あ、れ……? ほっとしたら、ねむくなって……」


 腰を下ろしたからか、疲れが一気にディックの体を駆け巡った……そして、彼はその眠気に逆らうことが出来ないまま、眠りに落ちて行ったのだった……。


 ……ベルが再び起きることを、夢見て…………。

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