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第22話 ベル、平和な日々を過ごす。

「……本当、一方的な逆恨みですね…………」


 はぁ、と溜息を吐きながらベルはここ最近の日課としているアランの様子を見ていた『ウォッチ』を閉じる。

 すると片目の前面に広がっていた魔方陣は収束し、暗い部屋の中で怨嗟の言葉を吐きながら彼女を陥れるための準備を行っているアランの姿は消え去った。

 それを終えると同時に彼女は手早く朝食を作り始め、ディックとクラリスの2人が眠そうな顔をして起き上がると食事に……の前にここ数日前から行っていることを始める。


「おはよう……」

「はい、ディック。おはようございます」

『おあよ~、べるまま~~……』

「おはようございます、クラリス。まだ眠そうですね。……それじゃあ、体操を始めましょうか」

「『はーい……』」


 それは、朝の体操だった。


『健康な肉体は健康な生活にあります。ですから、朝食を食べる前に少しだけでも良いので体操をしましょう』


 と言って、眠そうな2人を誘って朝の体操を行うという日課を作ったのだった。

 体操、と言ってもそもそもの原型は彼女の覚えている有名なあの体操を基にして作った体の柔軟性を鍛えるための体操であり、グルグルと腰を回し、腕を回し、首を回し……脚を伸ばして腿や膝を回していく。

 それが終わりに近づくと、眠そうだった2人の意識は覚醒に持って行かれたようで最後の深呼吸を行う辺りでは目蓋が開いていた。


「…………ふぅ、体操終了。それじゃあ、少し休憩してから朝食にしましょうか」

『は~い!』

「わ、わかった」


 両手を挙げて返事をするクラリス、少しどもりながら返事をするディック。

 そんな2人を見ながら、ベルは地面へと座ると釣られるように2人も座った。

 ゆっくりと息を吐き出すベル、それを真似するようにクラリスも息を吐き出し……ディックも気づかれないようにこっそりと息を吐く。

 それを何回か繰り返すと、周囲に優しく吹く風に気持ちが穏やかになるのをディックは感じ、クラリスにいたってはうつらうつらと舟を漕ぎ始めていた。

 そんな静かなひと時を過ごしながら、ベルは何時ものようにゆっくりと自身の魔力を自分の周囲の空間に浸透させる。

 すると一瞬2人は自分たちの周囲に違和感を感じたのか、眉を寄せて首を傾げたのだがすぐに気のせいだと感じたようで休憩を続けた。

 そんな2人を見ながらベルは微笑みながら心の中で満足そうに頷く……。


(数日間、加圧トレーニングの要領で濃密な魔力を当ててるけど、特に問題は無いみたいね。……本当なら、クラリスと同じようにディックにも訓練をさせたいけど、無理強いはいけないものね)


 そう心の中で思っていると、休憩が終わる時間となっていた。

 するとディックのお腹は朝食の時間を覚えてしまっているらしく、ググゥ~とお腹がなってしまった。


「~~~~~~っっ!!」

「くすっ。さ、2人とも、そろそろ朝食にしましょうか」

『ごはんっ!? わ~い、ごはんだごはんだ~~!』


 お腹が鳴ってしまったことが恥かしいのかディックは顔を真っ赤にし、ベルの言葉にクラリスは起き上がるとここ最近彼女が作り出した『ごはんがおいしいダンス』をクルクルと踊り始めた。

 そんな2人の様子をベルは見守ってから、朝食を3人で食べた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 そして、朝食を食べ終えるとディックは自由時間となり、クラリスはお勉強の時間となっていた。

 お勉強、それはベルがクラリスへと文字を教え、計算を教えるという簡単な物だったが何も知らない彼女には必要なことだった。


「クラリス。今日は文字の勉強にして、この行を勉強しましょうか」

『は~い、がんばるねベルママっ!』

「ええ、その意気よ」


 リビングのちゃぶ台を教卓とし、ベルが見せた教本を見ながら、クラリスは元気いっぱいに返事をして頑張り始める。

 それをベルは見守りながら教師役に徹するのがここ最近の日課だ。


「この文字は――で、これが――です」

『こう~、うんしょうんしょ』


 ベルの言葉を聞きながら、まだ上手く持てないペンを握り締めクラリスは教本の隣に置かれたノートに掛け声と共に拙い文字を書いていく。

 今はまだ蚯蚓ののたくったような文字だけれど、続ければ上達していくだろう。

 そう考えながらクラリスを見ていると、気配を感じそちらを見ると何というか気まずそうな顔をしたディックが立っていた。


「ディック? どうしたの?」

「あ……その……、お、おれにも……文字、おしえてくれ……ないか?」


 自由時間、と言ってもやることがまったくわからないし見つからない。だから、ベルが勧めて来たように本でも読んでみようかと思ったのかも知れない。

 事実、ベルが教えた書庫の部屋にディックは入り、手頃な本を一冊取ってみた。……けれどどうやら文字を詳しく知らなかったようですぐに本を閉じてしまっていたようだ。


「ええ、良いわよ。それじゃあ、一緒に勉強しましょうか」

『でぃっくおにちゃんもいっしょ!? わ~い、うれしいな~~♪』

「よ、よろしく……」


 微笑むベルと喜ぶクラリスたちに頭を下げて、ディックもベルの読み書き教室に参加することとなった。

 こうして、その日からクラリスとのマンツーマンの勉強はディックを含めて3人で行うようになった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 読み書き教室が終わると、ベルは昼食の準備を始める。

 その間、2人は食事が出来るのを待ちながらボーっとしたり、色々としているのが主だった。

 ……が、ディックが混ざったからかクラリスは嬉しかったようで昼食が作られようとしている中でも、紙の上にペンを走らせて文字を練習していた。

 そんな彼女の姿に触発された……というわけではないが、ディックも習ったばかりの文字を忘れないようにと繰り返すようにペンを走らせ、書いていた。

 その様子を軽く振り向いて見たベルはこっそりと笑い、料理作りを再開させる。

 今日の昼食はサンドウィッチとポタージュスープで、それをクラリスは美味しい美味しいと言いながら食べ、ディックも美味しかったようで何も言わないけれど一心に食べていた。


 食事を終え、午後からの授業が外で始まる。

 午後からの授業は魔法を扱うようになるための授業なので、ディックは家族ではあるが……教え子では無いため其処には居ない。

 居るのはベルとクラリスの2人だけだった。


「それじゃあ、始めるけど大丈夫かしら、クラリス?」

『うんっ、だいじょうぶだよベルママ!』


 ベルの問いかけに、クラリスは自信満々に応えながら意気込む。

 そんな子供らしいクラリスの様子を見ながら、ベルが微笑む中で授業は開始された。


「それじゃあ、今日も残り魔力が50を切ると強制的に遮断されるから気をつけてちょうだいね」

『は~い! きょうこそ、がんばるよ~!』


 空間から取り出した銀色の腕輪をベルが軽く弄ってからクラリスの腕に嵌めると彼女は自信満々に両手を挙げた。

 そして、ベルが見る中ですぅはぁと息を吐き出し……むむむむむ~~~~ぅ!!と力み始めた。


『むむむぅ~~~~っ!!』


 すると……ほんの僅かだが、クラリスの体の表面に何かが滲み出るのが見え始めた。

 それはどの魔法にも使われていない、純粋な魔力だ。……だが、それは不安定らしく明滅を繰り返し、ぐにょんぐにょんと動いていた。

 まあそんな魔力が見えるのは魔力の扱いに長けた人物ぐらいなので、普通は可愛い幼女が力んでるという光景だ。


「クラリス、あまり力んでも魔力はいっぱい出ないわよ。もっとリラックスして、ゆっくりと流してみなさい」

『う、う~~ん……? むぅぅ~~……!』


 ベルのアドバイスを聞きながら、首を傾げながらもクラリスは返事を返して魔力を出そうとするのだが、やっぱり力んでしまっている。

 そんなクラリスを見つつ、ベルは苦笑する。


(……う~ん、どうやって分かり易く説明したら良いかしら。私の教え方も悪いわよねきっと……)

『むぅぅぅ~~!! うぅぅぅ~~~~んっ!!』


 ゆらゆら、ゆらゆらとベルの視界には頑張るクラリスの周囲に何とか出ようとする魔力が見えるのだが……決して及第点とは言えない。

 そして、無意識的に魔法を使ったクラリスは魔力の使い方をまったく知らないために出そうとしている魔力は調整が利いておらず徐々に徐々に魔力を消費していくのが分かった。


『んん~~~~~~っ!! …………あ』

「……残り魔力が50になったみたいね。少し休憩しましょうか」

『うう~~……、だめだった~……!』


 今日こそ行ける。そう思っていたのか……はたまた自信を少し無くしたのかぷるぷるとしながらクラリスは大粒の涙を溜め始めた。、


「あ、あらら……、そんなことで泣いたらダメよクラリス」

『ベ、ベルママァ~~!!』


 そんなクラリスを優しく抱き締め、頭をぽんぽんとすると……ぐすんぐすんとしていたのが限界を越えたようで、しゃくりを上げながら泣き始めた。

 クラリスの心に渦巻くのはきっと悲しいと悔しい。そんな気持ちのはず。そう思いながらベルは彼女が泣き止むまで抱き締めながら囁く。


「大丈夫よ、今は泣いても良いのよクラリス……。きっとこの悔しいって気持ちがきみを強くしてくれるはずだから……。だから、今は思う存分に泣きなさい。そして泣き止んだらまた授業を始めましょう」


 そうベルが言うと、クラリスからは返事が無いけれど抱きついたまま頭を振っているのを感じるので頷いているようだ。


 それからしばらくクラリスは泣き続け、魔力が回復し切るとまるで何事もなかったとでも言うように魔力を扱う練習を再び始めるのだった。

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