第15話 ベル、二人目を迎える。
――サキュバス。
その種族は魔人族に属する種族であり、主に男性女性問わず思念波を用いて催淫を行う種族。
更に言うならば催淫された男性は女を犯すことしか頭に残らず、自身の命が尽きるまで女を求めるようになり……。
催淫された女性はサキュバスの僕となって男を求め、男の体を貪るようになってしまい……放つフェロモンも男を誘うようになっていた。
過去に一人のサキュバスがある町に潜んで催淫を行った結果、一夜にして町人たちは老若男女問わずすべてが死亡してしまうという事件が起きていた。
……どこぞの魔王退治に出た勇者様とその一行も賢者以外が催淫されて、ズッコンバッコン大騒ぎなことになったこともあるのだが、その前に賢者によって催淫を解かれたのと、サキュバスを倒されたこともよって九死に一生を得ているのだが、あまりにも情けない出来事なので秘匿されている。
――バンシー。
その種族は妖人族に属する女性のみの種族であり、精霊寄りの種族のため、肉体は霊体に近い性質をしており……家財道具に住み着く種族である。
彼女らの住む村に行くと一軒一軒の家には、持ち主である家主の一家とバンシーたちが住み着いた家具が所狭しと置かれているのが見られていた。
そして霊体に近い性質をしている彼女たちには発声器官は無いため、口で喋ることが出来ない。
そのため、家主や仲間たちへの会話は思念を使って念話で語りかけるのが当たり前となっていた。
ちなみに性格のほうは、朗らかで優しく……家財道具の持ち主をちゃんと認めた場合は誠心誠意お持て成しをするという、生粋の使用人気質なのだが……相手を気に入るかどうかは彼女たちと波長が合うか合わないかによって決まっていた。
要するに、運が左右するのだった。
……どこぞの馬鹿は、波長が合わなかったというよりも、会った瞬間に最低値を行っていたようで、その村には入ることも出来なかったのだが面子という物があるからか、その逸話は消されている。
そんな思念波を用いて催淫を行うサキュバスと、念話でしか放せないバンシーとの間に子供が生まれたら……それはきっとただの地獄でしかないだろう。
……そう。改めて言うが……クラリスは、サキュバスとバンシーとの間に生まれた混人だった。
息をするように念話を用いて喋る。すると話しかけられた相手は一瞬で催淫状態へと陥り、身近に居る人と性交をし始めてしまう。
例えそれが妻であったとしても、夫であったとしても、娘であったとしても、息子であったとしても、孫であったとしてもだ……。
そして一晩経つと、彼女の住むタンスが置かれた家に転がるのは死体だけ……。
何故死んでしまうのか、何故自分が語りかけると彼らは可笑しくなるのか。それさえもクラリスは分からず……首を傾げるだけだった。
……けれど、幸か不幸か……喋るたびに催淫を発動させてしまう幼い彼女は一度に魔力を消費するため、目を覚ますのは数日に一度という物だった。
だから家具は彼女にとって眠るためのベッドであり、母の胎内であった。そしてその中で眠るクラリスは、いつも夢を見る。
『このタンスを買ったせいで夫が死んだのよ! 何で別の街に出かけてる間にあんなことが起きてるの!?』
『奥様! お止めください!?』
『良いのよ、いっぱいいっぱい楽しみましょう……♪』
『お、お父さんっ!? いったい何を――っ!!』
『お前もいい歳になったんだ! そろそろ男を教えてやるっ!!』
『いやあああああああっ!!』
『へへっ、お頭ぁ、このタンスは高級そうですぜぇ』
『見た限り、いい値段で売れそうだ! おい、商人に売りつけ……ん? 声?』
『はぁ……はぁ……! お、おんな……女ぁぁぁぁぁっ!!』
『た、たすけ――!』
夢の中では、始めは幸せそうな家庭だったのに、羨ましくなって自分が声を掛けた瞬間――それが壊れてしまうのだ。
何でどうしてこうなったのか? それは分からない。分かるはずもなかった。
良いことなのか、悪いことなのかさえ、分からなかった。
そもそも自分はいったい誰なのだろうか? クラリスは疑問に思う。種族がバンシーだということは分かる。クラリスという名前であることも知っている。
だけど、それだけだった。
父親は誰で、母親は誰なのか。それすらも分からず、何時ものように別の街へと売られるために馬車に乗せられていたのが……何時の間にか盗賊団の奪った物を収める場所にクラリスの住むタンスは置かれていた。
そして彼女の引き起こした催淫によって、盗賊団は壊滅し……彼らが壊滅したことを知らない兵士たちもその餌食となってしまっていた。
けれどそんなことになっていることを知らない彼女は、静かに……静かに母の子宮の中で眠り続けていた、外に出れば何か分かるかも知れないのだが……何故だかとっても臭いにおいのする外に出たくはなかった。
だがそんな毎日は、彼女が眠るタンス内の異空間に伸ばされた手によって終わりを告げた。
伸ばされ、引き上げられたクラリスは……初めてタンスの外で動く人を見たのだった。
緑色の髪をした、自分よりも大きな人。自分を外へと出した人。
そんな彼女はきっと……。
◆◇◆◇◆◇◆◇
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名前:クラリス
総魔力量:500
使用魔力量:200
使用魔法
・催淫魔法:200
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ベルの瞳が抱き抱えているクラリスのステータスを見せる。
対して自分をジッと見つめるベルを、クラリスはきょとんとした表情で首を傾げていた。
『ベル~? ど~したのぉ?』
「いえ、何でもありませんよ。いえ、ある意味問題……でしょうか」
『?』
「……とりあえず、色々と話をする前に……確か……」
どこか困ったような表情で返事をしながら、ベルは何も無い空間に手を彷徨わせる。
……が、目的を見つけたのか満足そうに頷くと、彷徨わせていた手を更に奥へと突っ込んだすると一瞬その手は何処かへと姿を消し……再び姿を現したときには見慣れぬ腕輪が握られていた。
『ベル? それな~にぃ?』
「効くか効かないかは分からないけど……試す価値はあるわよね。ってことでクラリス、ちょっとこれを嵌めてもらえないかしら?」
『は~~い!』
金色に輝くどこか無骨なデザインをした腕輪、不思議そうにそれをクラリスは見ながら受け取ると……疑いもせずにそれを自身の腕へと通した。
嵌める、では無く通す。というのは腕輪が彼女の腕にでか過ぎたからなのだが……、一分もしない内に腕輪が縮み始めてクラリスの腕にぴったりと嵌ったのだった。
『おぉ~~、すごいすご~い!』
「……良かった。効果はあるみたいね」
ピッタリと自身の腕に嵌った腕輪に驚きながらもはしゃぐクラリスに対し、ベルはホッと息を吐いた。
(本当なら、これは呪いのアイテムだけど……逆にそれに助けられるなんてね)
心でそう思いながら、ベルはクラリスの腕輪を見るのだが……その腕輪の効果は簡単に言うならば『装備をした者の使用する魔法を霧散させる』という効果を持っているものだった。
昔、何処かの種馬がパーティーの僧侶ポジションであった姫にプレゼントをして痛い目を見たことがある物なのだが、ベルは密かにそれと同じ物を手に入れていたのだ。
そして、その効果がクラリスにも有効なのか不安だったが、先ほどからしていた彼女から念話とともに送られていた催淫は消えていたので効果があることが確認出来た。
「最初の問題はクリアしたから、次の問題は……」
『ベル~?』
「ねえ、クラリス。きみはどうして自分が語りかけるとあんなことになるのか分かってるのかしら?」
首を傾げるクラリスへとベルは真剣な表情でそう尋ねる。
すると、クラリスは良く分かっていないようだけれど、どこか悲しそうな表情をし始めた。
『わかんない~……。けど、くらりすがしゃべったら、みんなへんになっちゃってたの。なんでどうして、っておもったけど……はなしかけたらすっごくねむくて、ねむっちゃってたの』
「……そう。ねえ、クラリス。きみはたくさんお話をしたいかしら? それとも、静かに一人で居たい?」
『ん~……。さびしいのはやだ。ベルといっしょにいたい~!』
ベルの質問に、クラリスは返事を返しながら彼女の首へとギュッと抱きつく。
その様子を見つつ、ベルはクラリスの髪を優しく撫でる。
「じゃあ、そのためには色々と勉強をしないといけないけど……、クラリスは頑張ることが出来るかしら?」
『できる! ベルママといっしょにいたいからがんばる!』
「そう……ん? あの、クラリス? きみ今、何て言ったかしら?」
クラリスが言った言葉に、ベルはピタリと固まり、彼女をもう一度見つめた。
見つめられたクラリスはきょとんと首を傾げながら、『ん~ん~……』と思念で唸りつつ……。
『がんばる!』
「うん、その前その前」
『いっしょにいたい!』
「惜しい、もう少し前よ」
『まえ? んと……ベルママ!』
首を傾げるクラリスだったが、最後に元気良くベルをそう呼んだ。
そう呼ばれたベルは、目を点にし……固まっていたのだった。
「マ、ママかぁ…………」