第13話 ベル、頼みごとを引き受ける。
「あ、あんたぁ……あんときのぉ!?」
「ええ、怖がらせてしまってごめんなさいね。それと……改めて自己紹介するけど、私の名前はバンブー=ベルよ。よろしくねラビピョン」
驚きながら、プルプルと指を震わせながらベルを指差すラビピョンへと彼女は軽く頭を下げる。
そのお辞儀にハッとして、ラビピョンも頭を下げた。
「あ、え、っと……ラ、ラビピョンです。改めて、よろしくお願いしますぅ……って、え? バンブー……ベル?」
けれど、すぐに何か思い至ったらしく……ゆっくりと顔を上げて、ラビピョンはベルをジッと見ながら問いかけてきた。
その問いかけに対し、ベルは優しい笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷いた。
「ま、まさか……あの、けん……じゃ、さま?」
「ええ、私はそんなつもりは無いけれど、世間では賢者と呼ばれているわ」
「うぇ、うぇええええええええええっ!? わわ、わたす、何て失礼をををををっ!? も、申し訳ねぇだぁぁぁぁ!!」
驚き必死に頭を下げ始めるラビピョンをベルは困ったように見ながら、彼女に向けて静止するように手の平を向けた。
「そんなに畏まらなくても良いわ。というよりもそんな風にされるとこっちが困っちゃうから」
「は、はいぃ……。けどぉ、わたすを商会に紹介してくれたのが賢者様だなんてぇ」
「良いのよ。それに、混人に偏見を持たない人が増えるほうが私は嬉しいんですもの」
「はあ……」
ベルの言葉にどう返事を返していいのか分からないようで、ラビピョンはあいまいな返事を返していると……。
「うおっほん。そろそろええかな?」
「あら。ごめんなさいね、ミナットー」
「かまへんかまへん。今の咳だって嫌味でした訳やないしな」
咳をした男……ミナットーへと視線が向けられ、向けられたミナットーは笑顔で返事を返していた。
そして、ミナットーはベルを見る。
「そんで、賢者さんが来た理由っちゅうんはその坊ちゃんの日常品を買いに来たってことでええんやろ?」
「っ!?」
「ああ、怖がってもうたなぁ……。坊ちゃん、ボクは悪い人ちゃうよー。ほれ、アメちゃんやるさかい、こっち来ぃやー」
突如話題を振られたディックは先ほどまでの怯えが残っているようで、びくりとしながらカーテンの裏へと隠れてしまった。
そんなディックに苦笑しつつも笑みを浮かべると、ミナットーは懐からまん丸なアメを取り出して彼へと差し出した。
……当然、ディックは警戒している。
「毒なんてあらへんよー? ほら、すっごく甘いで~♪ あ~、あんま~~」
「ごくっ……。あ、あまい……のか?」
「甘いでー、ものすごい甘いで~。なんせ賢者伝来のアキンドー商会駄菓子部門で最大数の売り上げやからなー」
アメを口に入れて笑みを浮かべるミナットーの表情を見て、本当に甘い物と理解したようでディックは恐る恐る顔を出し、ゆっくりとミナットーへと近づくと……それを受け取った。
そして、鼻でスンスンと嗅ぎ、ぺろりとひと舐めし……甘かったようで口の中へと入れた。
「!? あ、あまい……」
そう一言口にし、美味しかったようで尻尾を振っているのだが本人は気づいていないようだ。
それをベルを始め、室内に居るミナットーとラビピョンも優しい瞳で見ていた。
「美味いか?」
「あまくて、うまい……」
「まだあるから好きなだけ食べぇ。ほれ」
「あ……。あ、りがと……」
「うんうん。子供は甘いもん食って笑顔になるのが一番やなー」
そう言ってミナットーが差し出した布袋の中には大量のアメが入っており、ディックはそれを受け取って恥かしそうに頭を下げた。
そんなディックを見つつ、ミナットーは思い出したように手をポンとさせる。
「おっと、忘れとった。ボクの名前はサカイーノ=ミナットー言うんや。一応男爵家の位は渡されとるけど、普通に接してくれると嬉しいわ」
「きぞく……」
「ああ、怖がらんといてほしいわ。ボクは悪い貴族やあらへん。比較的良い貴族やと思っとるから」
「……ディック。彼は信頼できるから、今は怖いと思ってるかも知れないけど段々と慣れていってちょうだい」
やはり貴族に苦手意識を持っているようで、ディックは怯え始めるのだがミナットーの困った表情とベルの言葉を聞いて逃げるのを何とか留めたようだった。
そして、何時までも立たせておくのもなんだということで、ディックはベルと共にソファーへと座らされた。
その様子を見ながら、ホッと息を吐き……対面に向き合うようにしてミナットーもソファーに座り、ベルへと視線を向ける。
「ほんで、必要なもんはどんなんや?」
「一応リストを纏めたのを渡すけど……こんな感じの物が欲しいのよね、揃えられるかしら?」
「揃えられるか? 馬鹿言ったらあかんよ。ボクの商会が手に入れることが出来ないのは、非合法で手に入れる奴隷と道具だけや」
「ええ、非合法な物や奴隷を取り揃えたら、その瞬間きみの商会は終わりだものね」
「それをする本人に言われると本当取締りを厳しくするわ」
ベルの言葉に苦笑と畏怖を感じつつミナットーは彼女が差し出した紙を見始める。
時折、ふむふむとかほうほうとか言う声が聞こえ、しばらくして……。
「なるほど。これならすぐに揃えることが出来るわ」
「本当? それじゃあ、すぐに用意して欲しいんだけど……もちろん、タダで」
「あ、あはは……了解や。……せやけど、ちょっとこっちの頼みを聞いてもらえんかな?」
笑みを浮かべるベルに、苦笑しながらミナットーは返事を返す。
それを見ながら、ベルは首を傾げながら笑みを深くする。
「あら、ラビピョンの昇格試験の手伝いだけじゃ足りないのかしら?」
「うーん、正直それでもええと思いますよ。けど……、『恩を返すときは全力で、恩を売るときはちゃっかりと』と言うのがアキンドー商会の心得のひとつやないですか?」
「ええそうね。わかったわ。……それで、何を頼みたいのかしら? 薬の都合? それとも武器の作成?」
「いえ、アイテムの調達やないです。ボクが頼みたいのは、ちょっと盗賊の退治です」
「……詳しく聞きましょうか」
ミナットーの言葉にベルは真剣な表情で彼を見始める。
その真剣な表情からは見た目12歳ほどではなく、より歳を取っている女性に見えた。
隣に座るディックも、ミナットーの背後に立つラビピョンも驚いた表情で彼女を見ているが、何も言えなかった。
「場所はシルバーハートとゴールドソウルの間にある森の街道です。そのルートはアキンドー商会お抱え商人の行商ルートのひとつなんですが、現在は盗賊の噂を聞いて行商を停止しています。というよりも街道自体が封鎖されてる言うんが正しいですね」
「当たり前の判断ね。それで、国のほうは兵士を出していないの?」
「……それなんですけど、どうも盗賊の奴らに魔人族の残党が居るらしいんです」
ミナットーのその言葉にベルは目を鋭くする。
「魔人族ね……。それは国としては手出しがし辛いわね。オーガだったら人的な被害も洒落にならないでしょうし、ゴーストだったら魂を砕かれる……」
「はい。……けど、今回はサキュバスだというのは判っています。判明理由は国から出された兵士がそうなっていたから……ですがね」
「ああ……夢の中に囚われながら、出す物出し続けて干からびていたって言うわけね……周囲の臭いが酷そう……」
昔、サキュバスの被害で滅びた村の有様を思い出しつつ、ベルは頷く。
……が、不思議に思ったのか彼女は問いかける。
「けど、盗賊は無事なのかしら? 彼らを退治しに来た兵士たちがあんな有様だって言うのに」
「正直分かりません。けど、それを調べるんは国の仕事。ボクはただ単に街道が使えるようになれば良いっていうだけですから」
「そう。それじゃあ確認するわね……ミナットーが商品を渡す対価として望むのは、街道の開放。それだけね?」
「はい、お宝を見つけたとしても、それは見つけた人の物ですし、国もそれが分かってる思います」
ベルの言葉にミナットーは返事を返し、満足そうに頷く。
それを聞き、ベルはゆっくりと立ち上がるとディックへと向いた。
「ということでディック。私はちょっと用事を済ませてくるわ。それまでミナットーたちと一緒に居れるかしら?」
「え? …………えっと」
突如話を振られたディックは戸惑いながら、どう答えるべきなのかと悩むように視線を彷徨わせる。
それを見ながら、ベルはディックを抱き締めた。
「っ!? え、え?」
「ごめんなさいねディック。寂しいって思うかも知れないけど、それまで我慢してちょうだい」
「~~!! お、おれはさびしくなんかねーよ! おま……ベ、ベルがいなくても、だいじょうぶなんだからな!」
それは強がりなのかどうなのかはわからない。分からないけれど、頬を膨らませて尻尾の毛を逆立てながらディックは怒る。
そんな彼の尻尾を見ながら、ベルは微笑み……ゆっくりと抱き締めた体を離した。
そして、彼の頭を優しく撫でながら……。
「それじゃあ、ちょっと行って来るけど……その間、ディックの世話をお願いできるかしら?」
「任せてくださいな。それに賢者さんならササッと行ってササッと帰ってくるでしょうし」
話を振られたミナットーは笑みと共に返事をする。
それを確認してから、ベルは杖を取り出し転移の魔法を発動させたのか、その場から姿を消した。
そして、ディックはベルが消えた場所を心配そうに見ているのだが……彼自身は気づいているのだろうか?