第12話 店員見習い、勇気を奮う。
女性――変態したベルが言った言葉に店員見習いである兎人の少女は硬直しており、それを彼女は見ていたのだが……ふと気づいてしまった。
(……あら? この子って確か……ああ、元気でやってたみたいね。というよりも、向こうは気づいていないだろうけど紹介した相手に脅されるってどんな気分かしらね?)
そう思いながら、ベルは店員見習い……エプロンの片胸に付けられた名札からラビピョンと理解した少女を見ながら、もう一度口を開いた。
「聞こえなかったかしら? 私は、この店の物を全て寄越せ。と言っているのよ? お代はアナタの命を見逃すということでね」
「え、あ……え? ご、ごうとう……?」
「ええ、強盗よ。さ、寄越すの? 寄越さないの?」
そう言った瞬間、ラビピョンの顔が段々と蒼ざめていくのを彼女は見ており、そして脚をガクガク振るわせ始めた。
生まれたての小鹿のように怯える少女を見ながらベルは優しさを見せないようにしつつ、絶対零度の瞳でラビピョンを見下すように見下ろす。
「あら、怯えて声も出せないのかしら? それとも渡す気が無いの?」
「ひっ、ひぃ……!」
威圧を放ちながら、一歩一歩ゆっくりと近づくように歩くベルに対し、ラビピョンは怯えながらズリズリと後ろへと後退して尻餅を突く。
けれど弱めるつもりは無い。そう思っていると彼女は、周りで自分の様子を見守っている……いや、見物している冒険者や先輩たちへと助けを求めるように視線を動かす。
しかし彼らは威圧を放つベルに手が出せないと理解しているようで、彼女の助けを求める視線から反らしていく。
……先輩たちのほうはあからさまな感じに手を出したらいけない。といわんばかりに視線を反らしているのだが、怯えきった彼女にはそれは気づかなかった。
「あ、あわわ……、た、たすけ……!」
「その様子から、好きに持って行っても良いのね? 助かったわ、天下のアキンドー商会でアナタみたいな怯えて縮こまるだけの店員が居たなんてね。ふふっ」
クスリとベルはラビピョンを嘲るように嗤うと彼女の側を通り抜け、彼女が受け持っていた店舗から商品である服をごっそりと奪い取ると悠然と出て行こうとしていた。
……が、それは出来なかった。
何故なら……、
「……何をしているのかしら? アナタは怯えて縮こまってた。つまりアナタは商品よりも自分の命を優先したのよ」
怯え切って立ち上がるのも難しいであろうラビピョンがプルプルと両手を広げ、涙と鼻水を垂らした情けなくも……美しい顔でベルを見て――睨み付けていた。
そんな彼女へとベルは底冷えするような声で退くように言う。けれど、ぶんぶんと頭を振るった。
「わ、わかってる……、わかってるだぁ……! けどぉ、けどぉ、わたすもアキンドー商会の店員見習いなんだぁ! そんな簡単に強盗に荷物を渡したら、いけねぇんだぁ!!」
泣きじゃくる子供のようにラビピョンは叫ぶと、息継ぎをするようにすうと息を吐き……。
「ひとつ! 何があっても、相手の脅しに屈するな!!
ひとつ! 自分が負けたと思わなければ負けじゃない!!
ひとつ! 金を払わずに商品を持って行こうとする相手は、貴族だろうと強盗だろうと誰であろうと逃がすな!!
ひとつ! 商会の一員としての誇りを常に持っているべし!!」
そう彼女は叫ぶように言うのだが、これはアキンドー商会の心得を分かり易くしたものだった。
それを聞きながら、ベルは服を軽く持ち上げるようにしつつ彼女に見えないようにすると微笑みを向けつつ、周囲を見る。
すると他の店舗の店員たちはうんうんと頷き、温かい視線を彼女に向けているのが見えた。
そして、客に紛れるように居る目的の人物を発見すると、視線を向けて行動を開始することを告げると頷くのを確認した。
「そう……、アナタは死にたいようね。じゃあ、死になさい」
そう言ってベルは奪い取ろうとしていた服を棚の上に置くと、ラビピョンに向けて杖を構え……魔力を込め始める。
込められた魔力を見た冒険者たちは彼女は死ぬ未来が見えたのか、顔を背けた。……が。
――パン、パン、パン。
そんなとき、不意に軽いけれど周囲に響き渡るような手を打ち鳴らす音が響いた。
まるでその音に気づいたとでも言うようにベルはその方向へと視線を向け、釣られるようにしてラビピョンも首を動かしてその方向を見た。
するとそこには、身なりの良い服装に身を包んだ黒髪を短く刈り込み、茶色の瞳をした人の良さそうな小太りの男性が立っていた。
「はいはい、そこまで! そこまでやでー!」
「あ、か……会頭ぅ!」
「あーもー、ラビピョンちゃん、そないな顔したらアカンよー? ボクが来たから安心しいやー。……で、ねえちゃん、あんさんがうちの子をを泣かせたんかいな?」
近づいてくる会頭と呼ばれた男性を見た瞬間、ラビピョンから緊張が解けるのを感じその場で座り込み……笑みを浮かべた男性に頭をポンポンされていた。
……が、ベルへと向けられた瞳は十中八九敵と見ているのか、威圧感を感じさせるそれは商売人というよりも歴戦の戦士の瞳だった。
対するベルは睨み付けてくる男性の睨みつきに気づかないとでも言うかのように微笑みながら近づく、だがその表情とは違って体から発せられる魔力は殺す気満々な気配を放っていた。
「あら、アナタがこの商会の会頭なの? 丁度良いわ、私アナタに話があるのよ」
「ほう、奇遇やなー。ボクもねえちゃんに話があるわ。……けど、こんなところだと騒がしいから……向こうで話ししよや」
「ええ、良いでしょう」
親指を立てた片方の手をくいと動かし、男性はベルを招く。
そして、ベルも断ること無くついて行くことを了承し、2人は歩き出そうとする。
だが、それを呆然と見ていたラビピョンがすぐにハッとし、フラフラとしながらも立ち上がると慌て始めた。
「か、会頭ぅ! ひとりで対応だなんて、き、危険だぁ! せめて、誰か連れて行ってくだせぇ!」
「ん? せやなー。だったら……、ラビピョン。悪いと思うんやけど、一緒に来てもらえんか?」
「え…………え、えぇ!?」
男性の言葉に一瞬ラビピョンはポカンとしていたが、内容を理解した瞬間……驚いた表情を男性へと向けていた。
本当は付いて行きたくなんて無いかも知れない。……だが、拒否しようにも言ってきたのは、この商会の会頭だ。
だから心で泣く泣くしながら、2人の後について行くのだった。
そんな彼女のこれからを冒険者たちは憐れむように見ており、店員たちは微笑ましく見ていた。
……そして、案内された部屋はベルたちが転移してきた部屋の隣の部屋だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「――――っ!!」
――パタン。と扉が閉まると、男性によって先に中に案内されていた人物であるディックが、ベルの姿を見た瞬間……怯えたように部屋の隅へと移動して隠れた。
それを見てベルは物凄く気まずい表情へと変化させながら、頭に手を置いた。
「……あちゃー、これは……ディックには刺激が強すぎたみたいねー……。あー、これが原因で私を嫌わないで欲しいけど……どうなるかしら」
「いやいや、姐さんが威圧感ありすぎたのもアカンかったでしょうが、ですから自業自得っちゅうことで今後の活動に気をつけたらええことです」
「うあー……、そうよねー……。まあ、先ずは説明をしたほうが楽かも知れないけど……」
頭を抱えて呻くベルを見ながら、男性は意地の悪い表情を浮かべる。
だがその表情は敵意からではなく、長らくの友人に対する受け答えと言った様子だった。
だから、ラビピョンは目を点にさせながら2人を見ていた。
「え? あ、あの、か……会頭??」
「ん、おお! せやったせやった! ラビピョンちょっとこっち来いや」
「は、はい……」
ビクビクと怯えながらラビピョンが男性へと近づくと、彼は1枚のプレートを差し出した。
それを彼女は受け取り、いったい何を渡されたのかと不安に感じながら見ると……。
「…………え? て、店員……?」
「せや、今日このときを持って、店員見習いラビピョンは正式にアキンドー商会の店員に昇格や!」
「おめでとう、ラビピョン」
目を点にし、頭が追いついていないのか彼女はポカンとしながらプレート……商会の名札と男性、そして自分を祝福するベルを交互に見ていた。
ついでに言うならば、その様子を見ているからかディックも隅から少しずつ体を出し始めているのが見えた。
「すまんなー、実はこれはあんたの昇格試験やったんや」
「え、しょうかく……しけん?」
「せや、ラビピョンちゃんも見習い期間を3年しとったから、そろそろええやろと思ったときに姐さんが来る可能性が出来たっちゅうわけやから、この人に見極めてもろたわけよ」
「この試験の見極めるポイントは、決して相手から逃げないってことなの。初めのときはもう駄目かと思ったけど、持ち直してくれて嬉しかったわ」
そう言うと、ベルは彼女に向けて本当に優しい微笑みを向けた。
その微笑みに、ラビピョンは頬を赤らめつつ視線を反らした。……多分、照れているのかも知れない。
「さて、それじゃあ姐さん。そん姿もええと思いますけど、何時もの姿に戻ってもらえません? なんちゅうかドキドキしちゃいますさかい」
「そうね。それじゃあ戻りましょうか」
男性の言葉に頷き、ベルは立ち上がると軽く杖を振るった。
瞬間、彼女から光が放たれ……そこには12歳ぐらいの少女が立っていた。
何時ものベルの姿である。
「え、あ、え……あ、あんたぁ……え? ええ?」
「改めて昇格おめでとう、ラビピョン。本当に頑張っているみたいで嬉しいわ」
変化した……元に戻ったベルの姿を見て、ラビピョンは驚いた表情をしながら混乱しているのが見て取れた。
そしてそんな彼女へと、ベルは優しく微笑むのだった。