第11話 店員見習い、見惚れる。
(ほわぁ……、綺麗な人だなぁ……)
それが兎人の店員見習いであるラビピョンが、アキンドー商会本店内で自分が働いている店舗へと近づいてくる大人の女性を見た瞬間に抱いた感想だった。
長めの緑銀色の髪は絹糸のようにサラサラと揺らし、女性である自分も見惚れてしまうほどの素晴らしいプロポーション、そんな素晴らしい肉体を体のラインが分かり易い扇情的な黒のローブに身を包む女性にラビピョンはマジマジと見ていた。
そして、髪の間から覗く耳を見て、ようやく彼女は気づいた。
(あ。あん人ぉ……あの耳からして、只人と妖人のエルフの混人なんだぁ。けどぉ、凄く綺麗だぁ……)
普通ならば、むっちりとしたお尻とボリュームがある巨胸に目が行ってから、耳を見て混人であることに気づき……見下したり、馬鹿にする様な視線に変わるというのが当たり前だった。
……分かり易く言うならば、このアキンドー商会本店に運良くやって来た冒険者たちが混人の女性へと向けるが視線が良い例であった。
それなのに「混人。それがどうした」とでも言うように、ラビピョンはうっとりとしながら気だるげな様子でこちらに向かってくる女性に見惚れ続けていた。
何故彼女はこのように混人を忌み嫌うことが無いのか。その理由は簡単だった。
元々、ラビピョンは獣人の国であるアイアンボディにある山奥の村で家族と共に暮らしていた。
その村は住んでいる者は少ない代わりに、この世界で数少ない混人を疎まない村であった。なので、ラビピョンも混人に対する偏見などを抱くことはなかった。
そんな彼女が何故山奥の村で人生を終わること無く、此処――アキンドー商会本店に居るのか。
それは彼女が12になった頃、村は自然災害によってその年の作物の収穫量が激減する事態が起きたことが始まりだった。
とは言っても、場所が山奥なだけに国から税を納めろということも無かったので、収穫量が激減したとしても税の心配をする必要はなかった。
……無かったのだが、小さな村で村人ひとりひとりが満足にご飯を食べることが出来る状況では無くなったのだ。
結果、この村を仕切る村長は苦渋の決断の末、昔の知り合いを頼りにして10代の少年少女を数名ほどの奉公に出すことを考えた。
同時に村長としては、お腹いっぱいとまでは行かなくとも……少なくとも現状の村で食べることが出来る食事以上の、働いてそれに見合うだけの量の食事を与えてもらえうことを期待しての行動だった。
その少年少女の中にはラビピョンも含まれており、彼女たちは引率役の2名の大人と共に村を出て、山を下りていった。
途中途中の村や町で彼女の友人たちは奉公先に辿り着き、ラビピョンや他の子たちへと「また会おうね!」と手を振って行った。
そしてアイアンボディの王都に辿り着いたとき、残っていたのはラビピョンだけであり、引率役の大人たちと別れ彼女が奉公先に向かうとそこは……。
「な、なんだこれぇ……?」
廃墟だった。……いや、正確に言うならば彼女の奉公先となるはずだった商会があったのだろうが、そこは既に火事か何かで燃やされ、ただの消し炭が残る廃墟となってしまっていたのだ。
戸惑いつつも、何とか我を取り戻したラビピョンは周辺を歩く人に声をかけた。そして、分かったことなのだが……奉公先となるはずだった商会は裏では人には言えないような商売に手を染めていたのだ。
その事実がある人物によって国へと齎され、事実上彼女が奉公するはずだった商会は消滅してしまっていた。
……つまり事実上のこのまま無一文で、野垂れ死ねと言われているものだった。
「そ、そんなぁ……。わたす、これからどうすれば良いんだぁ~……」
「ん? もしかして、嬢ちゃんこの商会に用があったのか? 残念だったと言えば良いのか、運が良かったと言えば良いのかわかんねーけど、まあ、頑張りなよ」
がっくりと項垂れるラビピョンへと何が遭ったのかを教えてくれた猫人の男性は、そう言って去って行った。
男性はそう言っていたのだが、事実彼女にとってある意味運が良かったとしか言いようがないだろう。
何故なら、この商会が無事でラビピョンが奉公していたら、近い将来彼女は商品として売られていただろうから……。
けれどそれを知るはずがない彼女は、これからどうしようかということさえ思い浮かばずに落ち込んでいた。
そして、そんな彼女を道を歩く者たちは見ること無く、ただただ通り過ぎるだけだった。……だがそんな中で彼女へと近づく者が居た。
「そんな所に立っていて、どうかしたの?」
「え? ――うわぁ、さすが王都だぁ。可愛い子だぁ」
声がした方向を見ると、自分と同じぐらいの年齢の少女がそこには立っていた。
誰だか判らないけれど……、緑銀色の髪の可愛らしい顔立ちをした少女にラビピョンは自分に起きた出来事を語り始めた。
それを少女はうんうんと頷きながら聞き、時折相槌を打っていた。
そんな彼女たちを……いや、ラビピョンの話を聞いている少女を道を歩く者たちは疎ましそうに見ているのだが、落ち込んで喋るだけ喋っているラビピョンは気づくことは無かった。
「そうなの。奉公先が悪いことをしてたから潰されちゃったのね。それで、住む場所も頼れる相手も居なくて困り果てた状態だった……ってところかしら?」
「んだぁ。村に帰ろうにも、お金もねぇし……わたすが帰ったらおとうとおかあたちの食うもんも少なくなっちまうだぁ」
少女の言葉にラビピョンはそう答えるのだが、自らの口で言ったからか実感を持ってしまっていたようだった。
そんな涙目になったラビピョンへと、少し考えながら少女が語りかける。
「えっと、きみはどうしたい?」
「わたすがどうしたいかかぁ? えっとぉ、出来るなら住み込みで働いて、叶うなら腹いっぱい飯食いてぇ」
「ふむふむ。……辛かったりして、逃げ出したいって思ったりする?」
「すると思うだぁ。けどぉ、逃げたらおとうとおかあに申し訳ないし……働き口を探してくれた村長にも申し訳がないだぁ」
「なるほどなるほど……。最後に……混人に対してはどんな印象を抱いてる?」
頷きながら話を聞く少女だったが最後と言って、ジッとラビピョンを見ながらそう訊ねた。
……ラビピョンは質問の意味が分からず、首を傾げながら……。
「混人に対する印象? わたすらと同じ人だぁ。半分だけ違う種族の血を引いてるけど、わたすらと同じ人に決まってるだぁ」
「そっかそっか~、よしっ! じゃあ……私が口利きをしてあげようかな♪」
まるで満足の良い答えを聞けた。と言うように少女は嬉しそうに笑うと彼女に向けてそう言った。
一方、そう言われたラビピョンは目を点にしつつ、首を捻った。
「え、ど……どういうことだぁ?? 口利きって、どこか紹介してくれるのかぁ??」
(けど……ふ、不安だぁ……。わたすと同じくらいの歳の子がどんな仕事を紹介してくれるんだぁ? で、でも、仕事が無かったら宿無しでひもじい思いをするに違いないだぁ……)
そう思いながら、藁にも縋る思いでラビピョンは少女の言う口利きを頼んだ。
それが彼女の転機であり、少女に連れて来られた商会が……アキンドー商会であった。
そしてラビピョンが呆気にとられている内に少女によってアレよこれよと話が纏まり、彼女はアキンドー商会の店員見習いとなっていた。
ちなみに少女とはそれっきりなので、お礼はまだ言えていなかったりする。……いったい何処の少女だったのだろうか。
そして商会で働き始めて3年が経過し、15になったラビピョンは様々な経験を経て……現場の実地訓練を兼ねての異動で半年前から本店で働き始めていた。
ちなみに田舎者っぽい口調は直そうとしたのだが、無理であったためこのままだった。
……一応頑張れば普通に喋ることは出来るが、慌てたり気が緩んだら素が出てしまっていた……。
だけどそれが良いということで彼女にも少数だがファンが居たりするのだが……彼女は気づいていない。
「あ、あわ、あわわ……わわ…………っ」
……そんな彼女は、今まさに目の前の出来事に固まっていた。
そこではつい先ほど、彼女が見惚れていた女性へと冒険者の男が女性へと下品な物言いと共に手をワキワキさせながらその豊満な胸へと伸ばそうとしていた。
きっと男にとっては混人なんだからそれぐらいしか生きる価値がないだろうと言うふざけた考えを持っていたのだろう。
だが男は行動に移すよりも前に女性によって、男は床へと叩き伏せられていた。
それを見た男の仲間であろう冒険者たちは怒りと共に武器を構えようとしていたのだが、女性から放たれる威圧によって竦み上がっていた。
そして女性はゆっくりと周囲を見渡すと、ラビピョンへとゆっくりと近づいてきた。
近づいてくる女性の優雅さと美しさ、そして同時に先ほどの行動から感じた恐怖からかラビピョンの体はまったく動けずにいた。
けれど……。
(こ、こっち来るだぁ!? ……はっ! も、もしかしてこん店の服を買いに来たんかぁ?? い、いけない。せ、接客しないとぉ!)
「い、いらっしゃいませ……! な、なにかお探し、でしょうか……?」
冷静に冷静に、そう思いつつラビピョンは店員らしく、自分を見て微笑む女性に対して敬語で話しかけた。
その微笑みに彼女の胸の鼓動はドキドキと高鳴り、見惚れてしまっていた。
……だから、女性が言った言葉に彼女は固まったのだった。
「此処から此処まで……というよりも、この店の商品を全て寄越しなさい。当然お金は払う気は無いわ」
「え? ……え?」
その言葉を聞いてラビピョンは冷や水を掛けられたように、頭が冷えていくのを感じた。