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3.探索の日々

 本庄タエの消息を掴むことは容易ではなかった。


 まずタイムリープしてトシとして暮らした四日間の記憶がはじめから不明瞭だった。土方歳三であった頃の記憶は思い出せたが、それすら色あせる速度は現世での記憶に比べて段違いに速かった。今ここでの、日々の生活に上塗りされていくせいだ。それは当然、前世の記憶は現世の若い男が保有するには過激であったからだ。心の平穏を保つため、男の本能は前世の記憶まるごとを容赦なく削り取っていった。


 だがそれに男自身は焦った。このままでは宝物のような愛の記憶を、愛そのものを忘却してしまうのではないか、と。


 タエは確か山口県に住んでいた。年齢や暮らしからして大学生だった。それだけの記憶を頼りに、夏休みに入るや、少ない貯金を下ろして男は山口県を訪れた。海沿いの大学はいくつかあり、そのすべてを回った。だがどの大学の演劇部でもタエの情報を得ることはできなかった。あの四日間を過ごしたアパート、浜を見つけることもできなかった。


 少しして歳三の姪との会話を思い出した。

 そう、タイムリープ中はあちらとこちらで時の流れる速度が同じだったではないか。


 つまり、あの四日間からすでに五年が経過しているのだ。


 アパートは相当年季が入っていたから、きっと取り壊されたのだろう。演劇部員もメンバが入れ替われば本庄タエの名を知る者がいなくても不思議ではない。


 次に男は成人が所属できそうな劇団に照準を変え、山口県内を逆方向に行脚しなおした。だが夏が終わっても有益な情報は得られなかった。


 失意の中、男は自宅へと戻った。

 インターネットでの検索でも、それらしい人物の情報は一切出てきていない。


 この狭いようでいて広い日本で本庄タエを見つけることはできるのか?


 その問いは男をひどく苦しめた。


 そして前世での記憶、人を斬り人が死にゆく強烈な場面の数々は、フラッシュバックとなって男を絶え間なく責めるのだった。


 だがそれよりも、タエに二度と会えないのではないかという想像のほうが男を苦しめた。


 ずっとずっと会いたかった女性。

 運命の人。

 たった一人の愛する人。


 今、男にはこの愛よりも優先したいことはなかった。

 だからこそこの愛を全力で守りたいと思った。

 何物にも縛られない今だからこそ、愛だけを守りたいと願った。

 飾りのない純粋な想いは、だからこそ男をふたたび立ち上がらせた。



 *



 男は東京の大学を受験した。


 金も力もない自分にまずできることは、大義名分をもって東京で暮らせるようになることだった。タエと共に過ごして交わした約束、それを覚えていてくれるなら、きっと彼女は役者になっている。ならば確率的には東京に住んでいる可能性が一番高い。


 引っ越すや、男はバイト先を見つけて働きだした。その金で都内の舞台をかたっぱしから観ていった。有名なものから無名なものまで、パンフレットにも出ていない端役まで細かくチェックしていった。休みになれば実家にも戻らず、大阪や福岡、札幌といった地方の大都市へと遠征した。


 演劇を見に行くときは全身黒の服を身に着けるようにしている。本当は髪を伸ばしてポニーテールにしたほうがいいのかもしれない、などと思いながら。


 大学生にもなって友達も作らずサークルにも入らず、様々なバイトをすることで体は鍛えられ、気づけば一年生の夏は熱を出すこともなかった。


 だが夏が過ぎ、秋が過ぎて冬になり。


 それでも男はタエをみつけることができないでいた。


「タエさん、あなたはどこにいるんだ……」


 その日、クリスマスイルミネーションが輝く夜の渋谷で、すれ違う誰もが幸福そうに微笑んでいた。だがそこに一人たたずむ男は幸福とは真逆の表情をしていた。眉をひそめ、ツリーの頭上にのせられた銀の星をじっと見つめていた。


 同じ世界にいるのにタエのそばにいることもできない。

 それは男にとって地獄と同じことだった。

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