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2.先輩、恋したことないでしょ

 ふいに水谷が言った。


「先輩って、ちゃんと自分の役を理解してます?」

「理解? してるよもちろん。何年役者やってると思ってんの」


 何を突然言い出すんだこの後輩は。


 そう言ってやりたいのはやまやまだが、コーラの恩義と罪悪感、それに先輩づらしたいという欲求には勝てなかった。


「わたしこと『お夏』は本当はR大学の女子大生で、なのだけど突然タイムリープしちゃって江戸時代に行ってしまい、そこで新選組の鬼の副長こと土方歳三と恋に落ちてしまうという話よ。当然見せ場はわたしと土方さんとの恋、これに尽きるよね。特筆すべきは最後のシーン、両想いなのに新選組のために生きることを選んだ土方さんとの別れ! これはもう涙なしでは観れないシーンよ!」


 興奮気味に熱く語るわたしに水谷が眉をしかめた。


「悲恋に何興奮してるんですか」

「悲恋だろうがなんだろうが、盛り上がる場面で興奮せずにいられますかっての!」

「先輩……。俺、前から言おうと思っていたんですけど」


 さっきからため息ばかりついて、さては疲れてるのかと労わり先輩モードでほほ笑んでみせたら、水谷はものすごく失礼な発言をしてきた。


「先輩、演じ方間違ってません?」

「はあ?」


 まだ受け流せている。笑顔も持続できている。

 だが次の発言はいただけなかった。


「悲しい場面で悲しくならない役者なんていませんよ」

「……あんたさ」


 キレそうになるのを必死でこらえた。


 これでも一応先輩だし、こいつは今度の劇の大事な相手役だし。

 土方歳三をうまく演じることのできる男なんて、外見含めてこいつしかいないし。

 そうやって理性で自分自身をなだめながらも、ひきつった顔はどうしようもない。


「まだ演劇はじめて二年目のくせに生意気言ってるんじゃないよ」


 だが水谷は珍しく引き下がらなかった。

 しかもあろうことか、わたしの最大のウイークポイントを突いてきた。


「先輩、恋したことないでしょ」


 図星に言葉を失ったわたしを、水谷はまるでかわいそうなものでも見るかのような目つきで見た。


「先輩の演技、恋愛がからむ場面になると途端に下手になるんですよね。前から気になってました」


 前から?


 前からとはつまり、こいつは前からわたしの演技を下手だと思っていたということだ。


 我が弱小演劇部では、夏のコンクールと秋の学園祭の二つを最大の目標にして活動している。コンクールでは審査員のみならず観客が投じる票でも賞がもらえるし、学園祭もそういったシステムで実行委員会から賞金がもらえるので、結局受け狙い一択で演目を選ぶことになっている。


 大学生が演じるもので、かつ演劇を普段見ない人でも分かりやすいものいえば、普通は太古からあるシナリオを挙げるだろう。ロミオとジュリエットとか、サウンドオブミュージックとか、そういったものを。だがうちの部にはオリジナル作品しか演じないという鉄の掟があり、今は脚本は部長兼演出家の金子が執筆している。


 そして金子は恋愛ものをこよなく愛する男だった。


 金子の愛読書は昔から少女漫画であり、鞄に入ったポータブルゲーム機には常に乙女ゲームが入っている。そのねじり鉢巻きにタンクトップという暑苦しい恰好とは真逆の嗜好をもっているのが金子という男だった。


 恋愛メインであるなら、ヒロインも美しくなくてはいけない。そう信じる金子はわたしをいつもヒロインに抜擢してくれる。もちろん、わたしの実力があってこその配役なのだが、これについては金子に少なからず恩義を感じている。


 だが金子は口うるさく、すぐに下手だとわたしをなじる。でもそれは部長兼演出家兼脚本家兼わたしの同級生である金子だからゆるされることで、悪意はない。きっと本気でもなく、挨拶代りの口癖のようなものだと解釈している。


(それと同じことを、この後輩は生意気にも……!)


 笑顔のまま固まるわたしに、水谷は遠慮なくずばずばと言った。


「さっきのシーンも、なんですかあれ。自分ことを見て見てってそればっかり。そうじゃないですよね。あのシーン、先輩は客じゃなくて俺のことを見なくちゃだめでしょ? 二度と会えない土方との別離の瞬間に、なに誇らしげな顔をしてるんですか」


 ぐうの音も出ない。

 だがこのまま言われっぱなしでは先輩の沽券にかかわる。


「……あのさあ」

「なんです?」


 しらっとした顔は、自分が少しも間違っていないと確信しているからだ。


「自分が体験していないものしか演じることができないなんて、そんなわけないでしょ。じゃあバルコニーのある家に住んだことないとジュリエットにはなれないってわけ。じゃあ毒リンゴを食べたことないと白雪姫にはなれないってわけ」

「そんなこと言ってませんよ。でも……」

「でもなによ」

「役を演じることができるくらいの想像力とか表現力がなくちゃ、無理ですよね?」

「……それってつまり」


 いったん気持ちを落ち着かせ、それからにっこりと笑ってみせた。


「わたしには演技力がないって、そう言ってるわけ?」

「はあ。まあ、つまるところそういうことです……って、痛い痛い!」


 こめかみを拳骨で思い切りぐりぐりしてやると、水谷はあっという間に涙目になった。


「ほら謝れ!」


 だが水谷は今日は頑固だった。


「俺絶対に謝りませんっ。俺は本当のことを言っただけ……あああ!」

「その口か? え? その口が言ってるのか?」

「おいこら! タエ、やめるんだ!」


 金子が介入するまで、わたしは水谷を全力で折檻し続けた。

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