6話 未熟なドラゴンテイマー
ガルーは目の前に迫るオークを棍棒で殴りつける。
倒しても減らないオークに疲労が溜まり、動きが鈍くなりつつある体に鞭をうち、オークに果敢に飛びかかる。
ルキアとあのドリアスの少女ならきっとやってくれる、淡い期待を胸に突き進んでいると、周りの兵達が魔越の門の方を見て、息を呑んでいる。
何事かとガルーもつられて門の方を見ると、門は輪郭が薄くなり、最後には消えていった。
それを見てガルーは、
「嬢ちゃん…本当にやりやがったな!」
歓喜が湧き上がるとともに、オークの攻撃がより一層激しくなったように感じた。
撤退の手段が絶たれたオーク達は一人でも多くの人間を道ずれにと、焦っているようだ。
「うわああああ!!」
後ろからの叫び声に振り向くと、オークが一人の兵士の上に馬乗りになっている。
ガルーは馬乗りになっているオークに向かって、
「俺につまんねぇの見せんじゃねえ!」
すばやく近づき、オークの頭を棍棒でぶっ飛ばす。
だが横から別のオークがガルーに体当たりし、ガルーはバランスを崩し倒れる。
オークは倒れているガルーにむかって棍棒を振り上げ、
「やべ…しくちまったか…?」
倒れた衝撃で手に持っていた棍棒を離してしまったガルーに反撃の術はない。
だが、呆気なく死ぬ自身の末路で悲嘆にくれるほどガルーの性格は弱くない。
最後に一皮吹かせてやろうと腕に力を込め、豚のような顔を拳で殴りつけようとする。
その直前、
「─がぁ、あ」
頭上から降ってきた鋭い氷塊がオークを粉々に破壊する。
悲鳴をあげる暇もなく粉砕されたオークは氷塊の冷気に包まれ氷柱となった。
驚いたガルーは咄嗟に空を見上げる。
空の上に数多の氷塊が出現し、空を多い尽くす。
その氷塊の群の中心にいるのは一匹の竜。
「ルキア、いっけえええええ!!!」
竜使いの声と共に、竜が勇ましい鳴き声を響かせる。
そして、地に雨のように氷塊が降り注ぎ、オークだけを正確に貫いていく。
何匹ものオークが地に倒れ付し、攻撃を免れた数匹のオークは怒りの形相でこちらに突進してくる。
兵達は剣を片手にオークの前に躍りでる。
ガルーも棍棒を拾い、オークに向かって棍棒を振り上げる。
「はぁあああああああ!!」
互いに雄叫びをあげ、武器を相手に向かって振りかざす。
ガルーの攻撃が相手より先に届く。その攻撃はオークの顔面を叩き潰し、オークは悔しそうに唸りながら崩れ落ちた。
他のオークも兵達によって始末されたようだ。
平原に立っているのは人間達と亜人のガルーだけ、それが意味するのは。
「─勝利だ」
震える口でガルーは言葉を紡ぐ。
一度は敗北を覚悟したこの戦いを制したのだ。
「俺たちの勝利だあああ!!」
ガルーは棍棒を天に掲げ、勝利を叫ぶ。
それにつられて他の兵達も各々の武器を天に突き上げる。
太陽が傾き、日が沈んでいく。
長くなったガルーの影に重なるように、大きな影が近づき、
「ガルーさーん!グラップ一号壊してごめんなさーい!」
遅すぎる謝罪の声と共に、竜にまたがる少女が手を振る。
「…五分遅いぞ嬢ちゃん!!」
ガルーは笑いながら竜の上から手をふる少女に手を振り返した。
※※※
世にでて一番役に立つのは保健体育だった。
荷馬車の上で負傷兵の手当を手伝いながらそれを実感した。
教科書通りにやれば、傷の手当も怖くない。
「まさか嬢ちゃんがホントに魔越の門を閉めるなんてなー」
ガルーが一姫によって包帯を巻かれながら呟く。
「まあ、俺のグラップ一号も竜使いの華々しいスタートのために犠牲になったと思えば安いもんか…はぁ」
手に持ったグラップ一号の残骸を眺めながら、ガルーの口からため息が漏れる。
グラップ一号は一姫に放り投げられた後、オークや兵に踏まれ原型が分からないくらいメチャクチャに破壊されている。
「うぐ…い、いつか弁償します…」
「いいんだよ。娘と妻にバレる前に抹消できたと思えば…思えば…」
どんどん暗くなる荷台の中の空気に耐えられず、一姫は「治療終わったんでー」とガルーから離れて荷台から顔を出し、荷馬車と並行して歩くルキアに声を掛ける。
「ルキアは元に姿に戻らないの?」
『町に戻るまでに魔獣や他のオークに出くわさないとは限りませんので、念のためです』
なるほど、納得した一姫の横に蒼龍がやって来て、
「もうすぐアヴィーニに着くよ。カズキも初陣お疲れ」
「ほんと…とんだ初陣だったわ」
初陣で重要な一戦に参加し、竜使いとして仕事をしたりと盛りだくさんな戦いだった。
まだ異世界転移一日目だというのに、どっと疲れを感じる。
「これで邪神軍もしばらく落ち着いて欲しいわ…」
「これから戦いはさらに激化するだろうね。ただ一人の竜使いであるカズキに休む暇なんて無いんだから」
「あー!やっぱり竜使いになんてなるんじゃなかった!」
一姫の悲痛な叫びに横を歩くルキアが静かに笑う。
ルキアの笑顔の笑顔を見て一姫は小さく呟く。
「…ルキアもいつの間にか『さん』付け止めてるし…なんだかなー」
『へ?カズキさんの方が良かったですか?』
一姫の言葉にルキアは慌てふためく。
一姫は「違う違う」とルキアをなだめながら、
「戦っているときに『カズキ』って呼び捨てにされた時、仲間として認めてくれたんだなって思ったの。それがすごく嬉しくて…」
言葉を切って、ルキアから目を反らしつつ、
「…信頼できる友達なんて初めてだから」
一姫の言葉にルキアは驚いたように目を見開き、立ち止まる。
「…ルキア?」
どうしたのか尋ねる前にルキアの体に変化が起こった。
竜の体から光の粒子が放たれ、ルキアの体が小さくなっていく。
徐々に小さくなったルキアの体は人間のような形になる。
光が消え、そこにいたのは初めて会ったときと同じ姿のルキア。
綺麗な金髪と白い装束を携えた少女はスッと姿を消して、
「─カズキ!」
「にょわああああ!!?」
鈴のような美しい声と共に、ルキアが一姫の後ろに突如出現し背中に抱きつく。
突然後ろから抱きつかれた一姫は驚きのあまり意味もなく立ち上がる。
ガン!と鈍い音を立てて一姫の頭が荷台の低い天井にぶつかり、
「いっ…つぅ…!」
「か、カズキ!?大丈夫?」
ルキアが一姫に心配そうに声を掛けるが、一姫は痛みに悶えるだけで反応しない。
見かねた蒼龍は、
「ルキアー?いきなり瞬間移動したら普通の人は驚いて、カズキみたいになっちゃうから気を付けてね」
「カズキ!死なないで!」
ルキアの耳に蒼龍の言葉は届いていないようで、死にかける戦友に投げ掛けるような言葉を発している。
「こ、こんなんで…死なないわよ…」
頭を押さえながら一姫は震える唇を動かす。
ルキアは一姫の頭のコブを優しく撫でながら、
「…よかった。カズキが危うく天に召されるところだった」
「そもそもルキアが急に現れたからって…え、ルキアって瞬間移動もできるの?」
「はい。言ってませんでしたっけ?」
「初耳よ!」
ルキアってこんなにお茶目なキャラだっけ、と一姫は困惑する。
第一印象は、物静かで挙措も丁寧な感じのおとなしい少女だった。
随分最初と印象が違うルキアの態度に戸惑う一姫に蒼龍は軽く耳打ちをする。
「うちの娘、友達少ないからカズキと仲良くなれて嬉しいんだよ。変に思わないであげて」
変には思わないが一姫の内心は複雑だ。
笑顔で抱きつくルキアにちょっとドキドキし、顔が赤くなる一姫。
荷馬車が止まった直後、
「あ!アヴィーニに着いたみたい!さぁ降りよう!!今すぐ!全力で!!」
慌てて一姫は荷台から飛び降りる。
「カズキー?どうしたの?」
「なんでもない!」
ルキアも荷台からおり、一姫と共に歩く。
荷馬車は城壁の前で止まり、壁に付いている跳ね橋が徐々に下がっている。
完全に跳ね橋が地に着いたと同時に、
「─パパ!」
一人の幼い少女がこちらに向かってくる。
「あの子…町で会った…」
一姫の不注意でぶつかったあの少女。
名前は確かルナだったか。
パパとはだれのことかと思案する一姫を通りすぎ、
「ルナ!お迎えにきてくれたのか!」
ルナの言葉に反応したガルーが荷台から飛び出し、ルナに駆け寄る。
ルナは軽くジャンプすると、ガルーのような狼の姿になり、四足歩行の獣のように走ってガルーに飛び付く。
ガルーはルナを抱き抱え、
「おーよしよし、ママは来てるのか?」
「後から来るって言ってた!」
ルナは尻尾を元気にフリフリしながら答える。
信じられない光景に一姫は思わず、
「ガルーさん、その子は…?ま、まさか誘拐してきたんじゃ…!」
「失礼な!正真正銘、俺の子供だ!」
声を荒げるガルーはルナを地面に優しく下ろす。
するとルナは人間の姿に戻り、ルキアに駆け寄り、
「いつもこの町を守ってくれてありがとう!竜のおねーちゃん」
服のポケットから小さなピンクの花を取りだし、ルキアに差し出す。
ルキアは一瞬驚いたように目を見開き、すぐに満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう、ルナちゃん。すっごく嬉しいよ」
ルナから受け取った花を丁寧に懐にしまい、ルナの頭を軽く撫でる。
微笑ましい光景に一姫も自然と頬が緩み─
「あなた?その手にもっているのは何かしら?」
「ヒィッ!」
ルナが来た方向から声が聞こえる。
優しげな声に込められた恐ろしげな音色に一同は身を怯ませる。
特にガルーは顕著に反応し、
「ど、どうしたのー?怖い顔して…ヒイィィィ!」
声の主である綺麗な女性は眉をつり上げ、オークすら殺せるであろう眼光でガルーを睨み付ける。
ガルーの手にあるグラップ一号の残骸を指差して、
「あれだけガラクタ集めるのは禁止って言っていたのに…お仕置きね」
「お、お許しをおおおお!!」
膝を地につけ、胸の前に手を組んで謝罪するガルー。
するとルナが女性に近づき、
「ママー、竜のおねーちゃんにお花を渡したの!そしたら喜んでくれたよー!」
ルナは嬉々して報告し、ママと呼ばれた女性は気まずそうにルキアを見つめる。
「あの…先程はとても失礼なことをしてしまいました。お許しください」
母親はルキアに深く頭を下げて謝罪する。
そうだ、この人はルキアを露骨に避けていた人だ。
この人だけじゃない、町の人の多くがルキアにいい感情を抱いていなかった。
ルキアはどう返せばいいか分からないようで、ただ俯く。
一姫は一歩前にでて、自信に満ちた声で、
「─大丈夫ですよ。ルキアはもう、暴走したりなんかしません。…私が、竜使いがついてますから」
母親は驚いたように一姫を見つめる。
少しの無言の時間の末、母親は静かに微笑み、
「…ありがとう。この町を救ってくれて」
ルキアは顔をあげた。
その目は生まれたばかりの赤ん坊のように澄んでいて、頬を紅潮させながら微笑む。
母親はガルーの方に向き直り、
「それじゃあ、あの鹿の剥製は没収ね」
「ねーパパ!あそこに絵を飾っていい?」
「え!?い、いやそれは…」
「何か問題があって?」
「な、ないれす…」
ガルーは肩をがっくりと落とす。
弱々しいガルーを見て、蒼龍がぽつりと呟く。
「あの夫婦、ガルーより奥さんの方が強いんだよねー」
「母は強しって言うじゃない。それにしても…ふふっ」
「…カズキ、どうしたの?」
突如笑いだした一姫を不審そうな目で見る蒼龍。
ルキアも一姫の様子を不思議に思ったのか、キョトンとしている。
一姫は笑いながら、
「私のおばあちゃんの名前は『レナ』っていうの。蒼龍が連れてこようとした竜使いの名前は『レナーテ』。何だか少し似てない?」
カオスや混沌、不思議な異世界の話。
そんな話を祖母から聞いていたことを思い出した。
レナーテの髪の色は白金、つまり白に近い金髪だったらしい。
祖母の髪の色も白に近い金髪だった。
もしかしたら異世界からやって来たという祖母の話も嘘では無かったのかもしれない。
「おばあちゃんがドラゴンテイマーだったのかもね」
祖母が既に亡くなってしまっている今、それを確かめることはできない。
だが、そんな気がする。
「真実なんてもう分からないよ?…僕にもルキアにも」
「分かってる。でも私もなれるかな、ドラゴンテイマーってやつに」
もし、祖母がそうだったのなら、一姫もそれを目指したい。
尊敬していた祖母が守っていたこの世界─ロルマーナを守りたい。
「なれるよ。カズキなら絶対」
ルキアが一姫の手を握る。
「僕も応援してあげるよ。…未熟なドラゴンテイマー」
蒼龍は一姫の肩にとまり、不器用な激励をする。
夕焼けであたりが赤く染まる。
きっとこの瞬間から物語が始まるのだろう。
未熟なドラゴンテイマーの物語が。
この世界の住人となったカズキは静かに笑う。
「やり遂げるよ、おばあちゃん。私はもう逃げない」
未熟なドラゴンテイマー、カズキの物語が始まった。
この作品は以前、短編として投稿したものです。
なげーよ!とのことで、連載型になりました。
ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございました!
次回作にもちょっぴり彼らを登場させるので、気軽に待ってください!
ここまで読んでくださった人、全員に感謝を。