第5話 一人と一匹と半人前
地上から離れた空。
そこをルキアは風のような速さで突き進む。
「は、速い!速すぎるううう!!」
ルキアの首に必死にしがみついていても振り落とされそうになるぐらいの速さだ。
「むぐぐぐ…カズキが十分で終わらせるなんて言うからルキアも全力出しちゃってるし」
「ちょっ!足にしがみつくな!スカートの中に入ってる!!」
一姫のふとももにしがみつき、一姫のスカートに避難する蒼龍。
蒼龍は一姫のスカートから頭だけを出し
「まあ、何だかんだでルキアを正気に戻したし、感謝してあげよう」
尊大な態度をとる蒼龍に一姫はむすっとしながら、
「上から目線の小生意気な竜ね…でも初めてにしてはうまく竜とコンタクトしてたじゃん!」
「さっきのネクトの繋ぎは…うーん六十点くらいかなー」
「なにその低くもなく高くもない微妙な点!?個人的に結構うまく出来たと思ってたんだけど…まだまだ未熟なのね…」
いまいちな評価に肩をすくめる一姫。
蒼龍は一姫に向かって、
「未熟でいいんだよ。ルキアと二人で一つの完璧になればいいんだから」
─それが竜使い。
心が読めるだけで戦えないドリアス。
力はあっても意志が伝わらない竜。
この二つは持ちつ持たれつの関係で、二つが合わさって初めて戦力になる。
「でもルキアを助けてくれてありがとう─カズキ」
蒼龍の表情はうかがえないが、声は今までのどれよりも優しく、一姫に対しての敬意が込められている。
意外な蒼龍の態度に一姫は無言になってしまう。
「…何だよその間は?」
「いや、素直だなーって」
「…宝石を叩き割るよ?それがないとまたルキアは暴走状態になるんだから」
「ちょっ!?や、止めなさいよ!」
そんなことされたら一姫の面子丸潰れだ。
すると、ルキアの声が一姫の頭に響く。
『無駄話はそこまで!いきますよカズキ!!』
「へ?いくってどこに─ってわひゃあああああ!?」
一姫の返事を待たずにルキアは地上に急降下する。
風を切り裂き、高速で地に近づく。
地の茶色とオークの緑が合わさる中、不自然な赤が二つ見える。
「あれがハイオーク…」
血のように赤い二匹のオークは杖を地に突き刺したまま動かず静止し続けている。
魔越の門の上を通り、片方のハイオークの頭上にルキアは飛来し、
「──ッ!」
ルキアの影に気がついたハイオークは、頭上からの飛来に驚愕したように目を開くと、手を天にのばす。
すると、ハイオークの周りを囲むように、透明な半円が現れる。
恐らくそれは防御用のシールドだ。
「ルキア!防御されてる!」
一姫は慌てたように叫ぶ。
攻撃は間に合わないと判断したのか、
ハイオークは防御に徹したようだ。
魔法の知識が乏しい一姫にもシールドの出現は脅威だと理解できる。
ルキアの攻撃が効かなかったらおしまいだ。
ルキアはただ真っ直ぐとハイオークに向かって急降下しつつ、
『─大丈夫です』
ルキアの言葉に迷いはなく、ルキアは腕を軽く引く。
ハイオークのシールドとルキアの頭がぶつかる寸前、風を切るようにしてルキアの爪が横凪ぎに払われた。
その一撃で、ハイオークのシールドが大きく引き裂かれ、中にいたハイオークすら斧で木を縦に割ったように切断される。
断末魔をあげることすら許さない一撃はオークの命を一瞬で刈り取った。
鮮血を浴びながらルキアは再び空に向かって急上昇する。
「…す、すごい!ルキアすごい!!」
「まあね、なんたって僕の娘だもの!」
一姫の感嘆の声になぜか蒼龍が自慢気に返す。
「蒼龍が自慢気なのは気に入らないけど…本当にすごい…!」
「暴走状態よりちゃんと正気になってるときの方が竜って強いからね、普通」
闇雲に力を振りかざす獣より、知恵を絞って戦う獣が強いのと同じだ。
ハイオークの一匹が倒されたことで魔越の門は維持できなくなる、一姫はそう踏んでいたが、門はすこしの間、輪郭がぼやけた後、何事も無かったかのようにたたずむ。
「もう片方が殺られたハイオークの分を補って魔越の門を維持してるね。でもあれだけ大量の魔力を使ってるんだし、防御と攻撃、両方はできないだろうね」
蒼龍の的確な分析にルキアは、
『ならもう一匹、倒すまでです!!』
ルキアはそう宣言し、残りのハイオークの頭上に飛来する。
こちらの襲撃に気がついてるハイオークは防御を取る─一姫はそう思っていた。
ハイオークは杖を高くあげ、勢いよく地に突き刺す。
すると、突き刺した場所から植物のツタが伸びる。
その大きさは一般的なツタより大きく、太さだけでも人間の横幅に匹敵している。
鞭のようにしなり、近づくルキアに向かって伸びる。
ルキアは慌てて身を横に反らして回避する。
すると、真横からもツタが迫り、ルキアは上昇してツタから逃れる。
ツタの伸びには制限があるのか、ある程度の高さから上にはツタは伸びてこない。
近づけはルキアの巨大な体はあっという間にツタに絡み付かれる。
近づけないなら遠距離攻撃と、ルキアの周りに巨大な氷が出現し、雨のようにハイオークに降り注ぐ。
するとツタはハイオークを守るように重なり、壁となって攻撃を防ぐ。
壁が元のツタに戻ると、無傷のハイオークが確認できた。
「攻撃用の魔法で身を守りつつ攻撃。うーん考えたねー」
「誉めてる場合!?近づけないし、ルキアの攻撃も効かないし、絶体絶命よ!」
「でも対した脅威でもないよ?ルキアは体が大きいから巻き付かれやすいだけだし、ツタが何本も重なるから盾になるだけだよ」
『…この戦いが終わったら減量した方がいいかな?』
「それだけでもかなり脅威よ!ルキアもさらっとフラグを立てないで!!」
ルキアと蒼龍は何か考えがあるのか、随分余裕だ。
マイペースな二人に策があるのか尋ねると、
「ないよ?」
「あっさり言うな!」
二人の行動は現実逃避だったようだ。
一姫は頭を働かせ、この逆境を乗り越えようとする。
「三人寄れば文殊の知恵って言うじゃない…うーん」
「あいつら、言葉くらいは理解できる知能をもってるから、裏をかく作戦じゃないと意味無いね」
『ツタが一本ずつなら、私の攻撃で貫けるんですけど…』
なら、ツタの防御が取れないようにするのが得策だ。
この中での戦力順位は一位にルキア、二位に蒼龍。そして最下位の一姫だ。
ルキアの攻撃がハイオークに対して一番有効なのは、先程証明されている。
だが、同時にルキアの攻撃がハイオークに一番警戒されている。
ルキアは何度か氷塊や炎のブレスで攻撃しているが、その度にツタの壁が邪魔をしている。
なら、
「─囮作戦が一番有効かも」
一姫の言葉に蒼龍とルキアが首を傾げる。
囮になれるのは、ハイオークの攻撃を防ぐことができる者、それはこの中ではルキアしかいない。
「ルキアを囮にしても、僕とカズキでハイオークを仕留めるのは難しいと思うよ?」
蒼龍はあまり乗り気ではないようで、ルキアの表情も優れない。
ルキアがハイオークに近づいてもあのツタに巻き付かれて終わりだ。
ルキアの巨体はツタに絡まれやすくその可能性は高い。
背後に近づく前にルキアがダウンすれば意味が無い。
だが、一姫は二人を説き伏せるように自信に満ちた顔を作る。
「これは、二重囮作戦よ」
─ハイオークは焦っていた。
魔越の門は二匹のハイオークでやっと顕現できる代物だ。
それを一匹でやるとなると防御にまで魔力を割く余裕はない。
そして先程、相方が殺られた。
竜使いが現れるとは誤算だったが、魔越の門から送られてくるオークの大軍によって戦況はこちらがかなり優位だ。
後はこのまま押しきるだけ、竜の攻撃にのみ注意を払い、ツタで防御すればいい。
「─ッ」
そんなとき、ハイオークから百メートル程先に人間が立っているのが見える。
─恐らく囮だ。
ハイオークは一瞬で理解した。
あの人間に注意が向いている隙に竜が攻撃を仕掛けるのだ。
だが、囮作戦は主旨がバレていないからこそ意味を成す。
既にハイオークは主旨を理解してしまっているので無意味に等しい。
来るであろう竜の攻撃に注意を払いつつ、防御用のツタを除いた数本のツタを人間に向かって伸ばす。
人間は一瞬だけ、怯むように身をすくませたが、手に持っている剣を振り上げてこちらに向かって走りだす。
ツタが人間の腹を貫く寸前、空から巨大な氷塊がツタの中腹に突き刺さり、ツタは力なく地面に落ちる。
ハイオークは驚き上を見上げると、一匹の竜が空を飛んでいる。
─人間に俺を仕留めさせる気か?
予想以上におざなりな作戦にハイオークも呆れる。
向かってくる人間の動きは鈍く拙い。
あんな小娘の攻撃で自身を仕留められると思っているのなら哀れだ。
その間、人間に向かって伸びるツタは竜によって破壊され、どんどん近づいてくる。
人間は自身を鼓舞するように叫ぶ。
「ファル、イーチェェェェェェ!!」
─ファルイーチェ、それは氷魔法の呪文。
その言葉は、人間の攻撃程度防御する程でもないと思っていたハイオークを揺さぶるのには十分だった。
人間の攻撃なんてたかが知れている、だがそれはあくまでただの人間の場合。
相手が魔法使いとなると話は違ってくるし、魔法攻撃ならツタの一本二本なら簡単に貫ける。
また、向かってくる人間の実力が未知数だ。
ここで殺られれば戦況は一気に変わる。
注意すべき竜は人間を援護するので手一杯。
なら、人間の攻撃に対して防御を取るのが最優先だ
。
呪文と同時に氷塊が現れ、ハイオークに襲いかかる。
ハイオークはすばやくツタの盾を展開し、防御をとる。
その直後、
「─よそ見なんてつれないね。僕も少し悲しいよ?」
背後からの冷たい言葉の直後、ハイオークの周囲に氷塊が出現し、襲いかかる。
鈍器で殴られたような痛みが走り、体から力が抜ける。
何が起こったのか理解する前に、ツタの盾はボロボロにちぎれ始める。
そして正面から人間が接近し、ハイオークに剣を突き刺す。
「─ごめんなさいね。私には魔法は使えないの」
そんな言葉を耳が最後に捉え、ハイオークの意識は闇に消えた。
ハイオークの背後から攻撃を図った刺客─蒼龍は、
「無茶苦茶な作戦だけど、うまくいったね」
「まあ、私のハッタリにうまくルキアが合わせてくれたから良かったけど」
一姫は倒れたハイオークから剣を抜きながら答えた。
─一姫の作戦は囮作戦で、囮は一姫とルキアの二人だ。
一姫か蒼龍を囮にしてもルキアからの攻撃を警戒されうまくいかないだろし、ルキアを囮にしても一姫と蒼龍の奇襲の前にルキアの巨体がツタに絡み付かれておしまい、一姫はそう考えた。
なら、ハイオークの警戒がルキアより薄いであろう蒼龍による背後からの奇襲がもっとも有効だ。
そのためにはハイオークの意識を一姫とルキアに向けさせる必要がある。
ルキアにはツタの攻撃範囲に入らない空で援護に徹してもらい、一姫がハイオークに攻撃を仕掛けると見せかけ、防御をこちらに向けさせる。
その隙にハイオークのがら空きの背中に小柄な蒼龍がこっそり近づいて攻撃する、といった戦法だ。
ハイオークが予想以上に一姫を敵と認識していなかったため、防御をこちらに向けさせるためにハッタリを利かせたが、ルキアが一姫の周りに氷塊を出現させて、柔軟に対応してくれたお陰でなんとか成功した。
「ネクトさえあれば竜と竜使いはどこにいても意志が繋がっているからね。さぁ、魔越の門も閉じたし急いで戻った方がいいよ」
二匹のハイオークが倒れたことで、魔越の門は完全に消滅し、オークの供給も止まったようだ。
何故かと尋ねる前にルキアが一姫の横に着地し、
『急がないと…自暴自棄になったオーク程厄介で恐ろしいものはありません』
自滅覚悟の敵は自身の身すら顧みない攻撃を繰り出す。
最悪、自爆なんてされたらたまったものではない。
まだガルーや兵達が戦っているのだから。
「─ルキア!」
一姫はルキアに飛び乗り、ルキアは翼を大きく羽ばたかせる。
オークの自滅覚悟の戦法が繰り出される前に決着をつけるべく、一行はオークと人間がぶつかり合う境界線へ向かう。




