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4話 ネクト


 ─ずっと逃げていた。


 自分の力を誰よりも恐れていた。

 化け物扱いされるのが嫌だったから、隠し続けていた。


 ─初めて力を使ったのが四歳の頃だった。


 おばさんが飼っている犬のポチの首を撫でていたとき、『痒いからやめろ!』という低い声が頭に響いた。

 突然のことに驚き、辺りを見回したが誰もいない。


 何回か同じようなことが起こり、自分は動物の心が読めるんだと分かった。


「じゃあ人の心は分かるのかな?」


 子供心に浮かんだ拙い考えを確かめたくて、おばさんに抱きつき首を触った。

 そのときはおばさんが自分に対してどんな感情を抱いているのか知りたいなんて少しも思っていなかった。


 でも。


『この子は一体何なんだ?本当に人間なのか?』


 おばさんの心を読んだとき、頭に流れてきたのはそんな声だった。

 その頃は霊も見えていたし、周りにその事を言いふらしてた。

 周りからは変な子供、なんて言われていたが気にしなかった。

 でも。


 子供の妄言とは考えられないような話もあり、気味悪がられていたのだろう。

 そのことをおばさんから伝えられたとき、自分の力は受け入れられないものだと理解した。


 そのときから、他人に触れるのが怖くなった。





 ロルマーナに来て、この力がだれかの役に立てると知ったときは嬉しかった。

 人の心を読むなんて忌み嫌われる力─心読で傷ついている誰かを救えるのなら。


 ─ルキアと自分は本当によく似ている。


 自分の能力を忌み嫌い、誰かの役に立ちたいと心から思っている。


 きっとそれは一人きりじゃできないのだろう。

 一姫にはルキアが必要で、ルキアには一姫が必要だ。

 二人がそろって初めてこの世界のために戦える。


 だから一姫はここまで一人で頑張ってきたルキアに手を差しのべる。

 一人くらい、ルキアに手を差しのべる人がいたっていいはずだ。


 両手に力を込め、爪が食い込むくらいルキアの首を掴む。

 一姫の心読が発動して、


 ─暗い空間に黒い雲が広がる、空気の悪い場所に一姫はいた。


 そこはさっきまでいた戦地ではなく、ルキアの精神世界なのだろうか。

 無重力空間にいるような浮遊感を感じながら、手探りで進んでいく。

 底を感じさせない黒は不安を煽り、恐怖を燻らせていく。


 夢中で手で闇を掻き分けていくと、ふと光が見えた。

 その光はゴマ粒みたいに小さく、息を吹きかけただけで消えてしまいそうなくらい弱々しい光だ。


 すると黒い雲が手のように変形して、光を掴もうとする。

 一姫は慌てて手を伸ばし、黒い手を振り払い光を掴む。


 光は一姫の手に触れた途端、眩い白を放ちながら大きくなり膨らんでいく。

 そして─


 気がつけばもとの場所に戻っていたようで、静かに吹く風が体に張り付いた汗を冷やす。

 あれだけ激しく暴れまわっていたルキアは動きを止め、唸りもしない。


 何が起こったのか理解出来ない一姫の頭に、


『カズキ…さん?』


 突如鈴のような声が響き、一姫は体をびくりと震わせる。

 体がルキアの手に摘ままれて浮き上がり、片方の手のひらの上に乗せられ、


「あわ、あわわわわ…私を食べても、お、おいしくな…」


 ルキアの顔が目の前に迫る。


 間近でみる竜の顔は厳つく、神々しさを纏っている。

 食べられる、本能がそう告げて回避行動を全力でとるが、ルキアは首をかしげて、


『食べたりなんかしませんよ…カズキさんはどうして私の背に?そもそも私は今まで何を…?』


 ルキアは一姫に尋ねるが、一姫にも何がなんだか分からないのか現状だ。

 ルキアが正気でいることから最悪の未来は回避されて、一姫は竜使いとしてルキアと通ずることができたようだ。


「─痛っ!…ん、手に何かある?」


 手に鋭い痛みが走り、無意識に握りこんでいた手を開くと、手の中には淡い色の宝石が存在していた。


 拳より少し小さい宝石はシトリンのように明るい黄色で、ほのかな温かさを感じさせる。

 すると蒼龍が翼を羽ばたかせて一姫に近づき、


「初めてにしては上出来じゃない?うまくネクトを繋げたみたいだし」


「その…ネクトって何?」


 ちょくちょく話に出てきたネクトとは何なのか、一姫は遠慮がちに尋ねる。


「ネクトっていうのは竜とドリアスの心の繋がりみたいなもの。その宝石は一姫はネクトが繋がれた証だよ」


 手の宝石を見つめながら蒼龍の言葉を聞く一姫。


 どうやら竜使いとしての仕事を全うすることが出来たようだ。

 体の力が抜け安心していると、辺りから怒号や武器がぶつかる騒がしい音が聞こえてくる。


 ─まだ戦いは終わっていない。やるべきことも。


「蒼龍にはルキアの声が聞こえる?」


「暴走状態になければそこそこね」


 裏を返せば暴走しているルキアの声は聞こえないようだ。


「ルキア、あの門が見える?」


『あれは…魔越の門?何故こんな時に…まさか…!』


 門からあふれでるオークの大軍を見て、ルキアも状況を察したようだ。


「突然で悪いんだけど、あの門を何とかしないと一巻の終わり!ルキアはあの門を破壊できる?」


『門自体は破壊できません。でも、魔越の門を維持しているオークを倒せば…』


 大軍から離れたら左右に立つ二匹のオーク。

 そのオークの突き刺した杖から門が生じている。

 ならオークを倒せば門は必然的に維持出来なくなり、消滅するだろう。


 それを成すにはルキアの力が必要だ。

 一姫は真っ直ぐにルキアを見つめながら、


「勝つためにはルキアの力が必要なの。力を貸してくれないかな?」


『…私は半竜半人。力が不安定で町の人々から忌み嫌われています。そんな私を信じるのですか?』


 ルキアは不安そうにうつむき、否定的な言葉を並べる。


 ─ルキアは今まで一人で戦ってきた。


 一姫を信頼していないというよりは、自分が信じられないのだろう。

 竜の力が再び暴走したら、一姫を傷つけたら─不安要素が重なり、行動を起こすにはあと一歩足りない。

 一姫はルキアの大きな指に両手で触れ、


「暴走したら私がまたネクトを繋げばいい。振り落とされないように一生懸命しがみつく!だからルキアは安心して戦えばいい!」


 手に力がこもり、自然と声も大きくなる。

 ルキアは一姫をじっと見つめ、目を離さない。


「私はこの力が嫌いでずっと逃げてきた。でも、未熟な竜使いの私と半竜のルキア、二人がそろって一つの力になれるのなら私はこの力を使う、あなたのために使いたいの!」


『カズキさんは…私が怖くないのですか?』


 弱々しく尋ねるルキアに向かって一姫は笑いながら、


「ちょっとだけね。だから、あのオークをさっさと倒して、この戦いを終わりにしましょ、ルキア!」


 ルキアの碧眼の瞳が見開かれる。

 静かに一姫を乗せた手を首の付け根の方に動かし、


「─────!」


 辺りにルキアの鳴き声が響き渡る。

 怒り狂った荒々しい声ではない、笛を吹いたような美しい音色だ。

 一姫はルキアに飛び移り、馬にまたがるような姿勢をとり、


「十分で終わらせるので、それまで持ちこたえてください、ガルーさん!」


 後ろを振り返り、今も戦っているガルーに向かって声をかける。

 ガルーは棍棒でオークを薙ぎ倒しながら、


「ああ!行ってこい未熟なドラゴンテイマーの嬢ちゃん!!」


 ルキアは巨大な翼を羽ばたかせ、大空に向かって飛び立つ。

 ガルーはその姿を目で捉えると、後ろを振り返り、


「聞いたか!ルキアたちがやり遂げるまで、持ちこたえるぞ!」


 兵達は体から血を流し、無事な者は一人もいない。

 だが、逃げ出そうとする者は一人もいなかった。

 目に強い意思を秘め、各々武器を構える。


「ひよっこの嬢ちゃんに負けてられねぇぞ!!英雄になりたいやつは前にでな!!」


「おおおおおおおおお!!!!」


 失いかけていた戦意が再び燃え上がる。

 ルキアと一姫の決意は兵達の戦意を奮い立たたせた、ガルーはそのことに驚きつつも、兵達を導くように前に立つ。


「いくぜえええええぇぇぇ!!!!」


 目の前に迫るのはオークの大軍。

 ルキアの援助がない状態での戦いは無謀に近い。

 だが、そんな逆境すら今はどうでもいい。

 ガルーの掛け声と共に戦いの火蓋がきられた。


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