2話 世界の歴史と忌み子
そんなこんなで竜使いになることになった一姫。
竜使いになるといっても色々準備が必要らしい。
「まずは近くの町で買い物だね」
蒼龍は一姫の肩に乗り、ルキアは前を先行して辺りをキョロキョロしながら歩いている。
なにもない平原を歩きながら、蒼龍はこの世界について大まかな説明をする。
「ロルマーナには人間の他にも亜人、魔獣が住んでいて、魔法を使う種族もいるね」
「まあ現代ファンタジーの定番よね、亜人とか魔法って」
日本のオタク文化はこの点を網羅しており、この世界の文化理解には苦労しなさそうだ。
「じゃあ、私でも魔法が使えるのかな?さっき魔力があるっていってたし」
「魔法っていうのは自然の力みたいなものだからね。僕みたいな自然の象徴である竜ならともかく、亜人の一部の種族しか使えないくらいレアなものだよ?人間も神に選ばれた勇者くらいしか使えないし」
「…ええー」
「人間には魔力を使って魔法を打ち出すことは無理だからね。超自然をみることしかできないよ」
もしかしたら魔法が使えちゃったり?みたいなことを想像していた一姫は、蒼龍の口から出てきた非情な現実に落胆する。
ふと前をみると、ルキアは立ち止まったり、横を向いたりと不思議な行動をしている。
一姫の視線に気がついたのか、蒼龍はふわりと飛行しながら、
「あれはね、オークみたいな怪物が襲ってこないか魔法を使って確認していているんだよ」
「え?ルキアは魔法が使えるの?」
「うん。ルキアは半竜だからね。竜の因子をもつルキアは魔法が使えるよ」
「…?」
ルキアはどうみても人間にしか見えない、と疑問が浮かぶ一姫を見て蒼龍は、
「まあ、ルキアのことを説明するには、この世界の歴史を紐解かないとね」
宙に浮いたまま蒼龍は一姫の周りをゆっくりと旋回しながら語り出す。
「今から何年か前、僕とレナーテが光神の力で封印した邪神が甦った。先代の戦いでは、人間は竜使いであるドリアスを味方につけて邪神に勝つことができた。竜は自然の象徴─亜人や魔獣なんかとは比べ物にならないくらい強いんだ」
一姫の世界でも古来から竜は神獣とされており、信仰の対象となっていたといわれ、日本には竜伝説の話も多かった。
竜は最強の生き物─そう言われれば納得してしまう、一姫はそう思った。
「だから邪神は今回、竜使いを─みんな殺した。人間達が反撃を起こさないようにね」
─殺した
現実感の湧かない言葉に一姫は言葉を失う。
蒼龍は言葉を止めることなく、
「でも人間達は諦めなかった。人間には魔獣のような力もない。亜人も味方についているとはいえ魔法だって乏しい。ならどうするか?」
これ以上先は聞いていけない、そんな気が一姫の心の奥底にあった。だが考えとは裏腹に口を挟むことができなかった。
「王様は考えた。ドリアスがいなくても竜を仲間にできる方法を。そして思い付いた」
蒼龍は一度言葉を止め、感情のない声で、
「人間は竜と心を通わせることが出来ない。なら─竜の方を改造すればいいってね」
「かい…ぞう?」
「僕は誰に対しても『分かりやすい会話』をしているけど、実際の竜はこんなの不可能だよ?でも力のほとんどは会話魔法に使われて、巨体を維持できないから体はこんなに小さくなっちゃったし」
一姫に言葉を出す余裕がなかった。
─ここまでしないと邪神とやらには勝てないのか。
邪神と言われるくらいなのだから、余程恐ろしい存在なのだろう。
だが、
「僕みたいなのを量産したところで意味なんてない。だから攻撃に特化しつつ、意志疎通が出来る個体を作ろうとした」
俯く一姫を一瞥し、蒼龍は言葉を続ける。
「僕の因子と人間の因子をつかって九匹の竜子が産み出された。けどみんな途中で死んでしまった─ルキアを除いてね」
「─はは」
一姫の口から意図しない乾いた空気が笑い声のように漏れた。
「邪神の頭は狂ってるって思ってたけど、人間達も相当頭のネジが飛んでるわね」
因子というのは遺伝子のようなものなのだろう。
この世界の人間はその遺伝子を組合せ、新たなる生物を作ろうとした。
人間の遺伝子と他の動物の遺伝子を組合せることは一姫の世界では国際的に禁止されていた。
人間ならそんなこと倫理観が違ってもやらないだろう─そう思っていた。
だが、この世界の住民はそれをやってしまった。
ドリアスを皆殺しにした邪神と同じくらいこの世界は狂っている、一姫はそう思うしかなかった。
「とんでもない異世界に来ちゃったわね私」
「そのわりにはあんまり焦ってないね」
蒼龍の指摘通り、一姫はあまり焦りを感じていなかった。
なぜなら、
「イカれた霊とかなら沢山見てきたし、これくらいじゃあ驚かないわよ」
自虐的な笑みを浮かべながら一姫は答えた。
二人の会話が終わった直後、先行中のルキアは振り向き、
「あの城壁の中が都市アヴィーニです。もうすぐつきますよ」
数メートル先にあるのは灰色に塗られた煉瓦の壁。
巨大な壁は都市全体を囲むように配置され、見張り台のような塔も併設されている。
正面の城門には跳ね橋があり、風貌はヨーロッパの古い観光地の城に似ている。
「中世の世界みたいね。ファンタジーって感じ」
やや興奮気味に話す一姫。
「こんなのどこの町にもあるよ?カズキは何に興奮してるの?」
蒼龍は不思議そうに頭を傾げる。
「日本は平和だから、町を守る壁がないのよ。だから城壁なんて初めて見たわ」
「確かにカズキの世界の町には城壁ところか兵士一人もいなかったね。襲われたりしないの?」
蒼龍から見れば争いの気配のない場所は不思議でしょうがないのだろう。
ルキアは堀の前に立ち、見張り台にいる兵士に軽く手を振る。
すると、壁と一体化していた跳ね橋が木を軋ませる音を立てながら徐々に堀の方へ下がっていく。
ガタン、跳ね橋が地面に着くとルキアは一姫に軽く手を振り、
「ここが戦いの最前線、アヴィーニです」
橋を渡り、門の中に入るが、
「静か…ね」
石造りの道が広がるだけで建物どころか人一人いない。
一姫の様子を見てルキアは笑いながら、
「もう少し歩いてみてください。きっと驚きますよ?」
意味深げな笑みのルキアに促され、一姫は再び歩き出す。
十歩ほど歩いたところで、泡のなかに入るような不思議な感覚が一姫を包んだ。
一瞬のまばたきの後、
「─へ?」
何もなかった場所に突如、建物や人が出現した─一姫にはそう見えた。
辺りは人や亜人が行き交う騒がしい音に包まれ、人々は現れた一姫を不思議そうに見つめている。
状況を把握できず、キョトンとする一姫を見て、蒼龍とルキアは、
「ぷぷぷ、アヴィーニは邪神との戦いの最前線だからね。中に入られないよう結界が張ってあるんだよ」
「け、結界?」
「はい。仮に都市内に侵入されても知覚されないように少し強力な結界を張っています。この結界が守る場所には、邪神の軍勢は侵入できません」
「私には見えなかったけど…?」
「ぷぷー!強力な結界だからね、人間でも近づかないと知覚できないよ?」
「…神経を逆撫でする笑い声ね…。ルキアも声が少し震えてるし」
大笑いの蒼龍と口元を手で押さえて上品に笑うルキアを恨めしく見つめる一姫。
最前線の町なら、陥落したら相応の被害が出るだろう。
それを防ぐために何らかの策を練っていたとしても不思議ではない。
戦争という脅威を今まで感じたことがない一姫は異世界の技術にただ驚くばかりだ。
一通り笑った蒼龍は、
「カズキの服装は目立つし、竜使いの装備を整えるためにもまずは武器屋に行こうか」
蒼龍は翼を大きく羽ばたかせて一姫とルキアの前に出る。
下向きの目線が蒼龍を追いかけるうちに自然に上がり、町の様子が目にはいる。
町並みはヨーロッパの観光地のように古くしゃれた感じだ。
石造りの道に沿うように建物が立ち並び、木で作られた家々から人間や服を着た二足歩行の動物が出入りしている。
異様な光景だが、人々はそれを気にすることなく、生活しているようだ。
「中世ヨーロッパって感じね。─うわっ!」
町を観察することに夢中になり、前から来た少女に気がつかずに、一姫は少女とぶつかった。
一姫は少し驚いただけでだったが、一姫より小さい少女はぶつかった衝撃で尻餅をついてしまった。
「ご、ごめんね。立て─」
─立てる?
そう声をかけ手を差しのべようとする直前、一姫は伸ばしかけた手を引っ込めた。
少女に触れれば一姫の意思とは無関係に心読が発動する。
迂闊に少女にさわることは一姫にはできない。
「ふえ…?」
動きが止まった一姫を不安そうに見上げる少女。
目には涙か浮かび始め、口元は震えている。
次の行動を決めかねている一姫は少女を落ち着かせる行動を起こせず、少女は泣き出しそうになり─
「大丈夫?怪我はない?」
ルキアは少女の目線に合わせるようにしゃがみこむ。
怯える少女を安心させるためか、ルキアの声は一姫が聞いた中では一番優しい声だ。
静かに少女に向かって手を差しのべるルキア。
少女は驚いたようにルキアを見つめ、
「…竜のおねーちゃん?」
少女はゆっくりと口を動かし、差し伸べられた手を取ろうと手を動かそうとすると、
「─ルナ!こっちに来なさい!」
「でも─」
「いいから!」
露店で買い物をしていた母親らしき女性が駆け寄って少女の手を取り、無理矢理立たせる。
母親はルキアを忌々しく一瞥し、少女を連れて去っていった。
「ん?どうしたんだろ?」
母親のルキアを見る目が一瞬、歪んだようにみえた。
嫌なものをみた、そんな顔だ。
ルキアは無言で立ち上がり、悲しそうに微笑んだ。
「ルキア、気にすることないよ。…みんなわかってるから」
蒼龍はルキアに近づく。
ルキアは蒼龍の頭を軽く撫でて、
「パパ、大丈夫だよ。早く行かなきゃ」
何事もなかったかのように再び歩き出すルキア。
その後ろ姿はどこか寂しげだ。
「そうだね。カズキの姿は結構目立ってるし」
「え?そんなに目立つかな」
蒼龍の指摘通り一姫の着ているセーラ服はこの世界には無いようで、人々の注目を集めている。
だが、行き交う人々は一姫の前を歩くルキアを見て、すぐに目をそらしてしまう。
「…変な感じ」
人々の顔はルキアを見た途端、楽しそうな表情から異物を見るような、動揺を宿した目で一行を見る。
不審者感丸出しの一姫なら人々から不審そうな目で見られてもしょうがない。
だが、人々はルキアを避けるように歩き、不自然に顔をそらす
。
無言でしばらく歩き続けていると、
「とうちゃーく!ここが武器屋、ガルーの館だよ」
立ち止まった店の前には木で作られたアンティークな看板があり、カラフルな文字で『ガルーの館』と書いてある。
店の外観もおしゃれな喫茶店といった感じで、武器屋感ゼロだ。
一姫はドアノブに手をかけ開けようとするが、鍵が掛かっているのかドアノブは回らない。
すると中から、
「…合言葉は?」
忍者映画によくでてくる決まり文句を尋ねる声に一姫はとりあえずセオリー通りに、
「えっと山?」
「川」
山、川ときたら何だったか?
考え込む一姫より先に蒼龍が低めの声で、
「トラトラまんじゅう」
「よし…!」
短い言葉のやり取りの後、扉が開く。
何だトラトラまんじゅうとは、疑問が湧き上がるが本人達は気にしていないようなので、スルーしておくのが優しさだろう。
中に入ると、店内は小綺麗で、貴族の屋敷にありそうなロココ様式を思わせる椅子やテーブル、棚が配置されている。
だが、煉瓦の壁に打ち付けられた動物の頭の剥製や禍々しい武器によってその雰囲気は見事にぶっ飛び、異様な感じを放っている。
蒼龍はよく来ているのか、不思議な内装に驚くことなく、
「ガルー?お客様が来たんだからもてなせよー」
お客様は神様、そんな態度で蒼龍は近くの豪華な椅子に体をおく。
ガルーと呼ばれた店員は姿を見せない。
が、突如天井の古風なシャンデリアに向かって縄が投げられ、先端に取り付けられた鉤がシャンデリアのカーブした部分に巻き付く。
そして、
「ひゃっはあああああああ!」
どこに隠れていたのか、カウンターの奥から男─いや狼人間が手の甲から発射された鉤縄を手に取り付けられた装置で巻き取り、まるで天井から垂れたロープで対岸にわたるかのようにこちらに飛んでいく。
「とう!」
着地と同時にシャンデリアに巻き付いていた鉤も手の装置に収納され、ひざまずくように着地した獣人。
ゆっくりと立ち上がり、
「お、蒼龍か。ルキアも一緒で…ん?こいつは?」
獣人は一姫の方を向き、頭を傾げる。
「この子はカズキだよ、ガルー」
「ふんふん、その耳はドリアスか。珍しいな」
ガルーと呼ばれた獣人は一姫をまじまじと見つめる。
ガルーは一姫より頭二つ分ほど背が高く、二足歩行をした狼のようなフォルムだ。
露出した体表からモサモサした体毛が伸びて、
「これぞ亜人って感じね。というかこの見た目で店にロココ趣味があるなんて…」
人は見かけによらない、まさにその通りだ。
ガルーは頭をかきながら、
「いやーそれはうちの趣味じゃなくて娘のでな。よく喫茶店と間違われることも多いんだよなあ」
「しかも随分派手な登場だね」
蒼龍はカウンターの方に移動してその上に座り、
「また変なもの作って…奥さんに怒られるよ?」
蒼龍はガルーの手に取り付けらるた小型の装置を指差す。
変なもの、と言われたガルーは、
「何言ってんだよ!このグラップ一号は魔鉱石のエネルギーを使って鉤縄を発射、縄を巻き付けた場所へ移動できる優れたロマン品なんだぞ!?」
「…また奥さんに剥製没収されて、華やかな家具が店に置かれちゃうよ?」
「ばれなきゃ大丈夫、大丈夫」
ガルーはグラップ一号を手で撫でながら、
「んで、ドリアスなんか連れてきてどうした?」
脱線した話を戻し、本題に入るガルー。
「新しい竜使いが見つかったから装備を一式、用意できる?」
「装備?この子に竜を預けていいのか?とてもじゃないが戦い慣れしてるようには見えないぜ」
ガルーの指摘に反論できない一姫は肩を落とす。
戦場どころか剣すら握ったことのない一姫の面には武人のような気迫は刻まれておらず、素人にしか見えないのだろう。
「でも戦えるドリアスはもうカズキしかいない。ルキアも竜使いの指示なしで戦うのはもう限界だ。そろそろ邪神達だって対策を練るさ」
「だが…」
「それに暴れ狂うルキアを見て町の人も恐怖を感じているし…。なにより父親として何とかしたいんだ」
「…でもなぁ」
ガルーと蒼龍は真面目な話を始め、一姫はおいてけぼりだ。
話に関係あるルキアも話についていけないようだ。
とりあえず豪華な椅子に腰掛け、話が終わるのを待つ一姫とルキア。
互いに話すこともなく、無言でいると、
「…カズキさんは聞かないんですね。半竜のこととか、町の人の様子とか」
「…気になるけどデリケートな話だし…聞いちゃだめかなーって」
一姫の心読も聞かれて心地がいいものでもないので、そこはお互い様だ。
「優しいですね」
ルキアは目を瞑り、静かに微笑む。
そして、言葉を紡ぎだし、
「邪神の軍勢と戦うには竜の助力は必要不可欠です。でも竜使いとのネクトがない竜は敵味方を判別できません。暴走状態に陥って暴れてしまうことが多いんです」
ドリアスが竜を使役し邪神の軍勢と戦っていたのだから、竜そのものは危険で人間には扱えないのだろう。
「だから、半竜である私が邪神軍が攻めてきたとき、竜化して戦っています」
「じゃあ、ルキアは誰でも意志疎通できる竜なの?」
「私の場合、人間の姿の時は会話が出来ますが、竜化してしまうと一般的な竜と同じで人間の言葉は届きません」
どうも竜の状態で会話が出来るのは蒼龍だけのようだ。
「じゃあ戦って大丈夫なの?」
「竜化だって無限にできるわけじゃないので、力尽きたら人間の姿に戻ります。…竜化してるときは記憶がなくて…滅茶苦茶な戦いをしているみたいなんです」
苦しい声を絞り出すルキア。
それでも話をやめず、
「敵味方が分からないから周りの生き物を手当たり次第攻撃して、傷つけて…。狂ったように暴れる私をみて、町の人々が怖がるのも無理はありません…」
ルキアは悲しく、辛そうな複雑な顔を浮かばせる。
一姫は竜は蒼龍しか見ていないが、実際の竜はきっと恐ろしい─町の様子からそれが十分理解できた。
ルキアを見た途端、目を反らす人々、道をあける歩行者。
この町を守ってくれいることにはきっと感謝している、でも。
狂い暴れる猛獣は怖く恐ろしい、人々もそう思っているのだろう。
無意識に一姫は自身の手を見つめて、
「もし私が竜使いになったら…」
─ルキアが傷つくことがなくなるのだろうか?
すぐに首を横に振り、考えをかきけす。
戦地に立つ勇気もなければ経験もない自分に竜使いができるのか。
邪神との戦いだって簡単なものでは無いだろうし、最初に出会ったオークのような怪物だって大量にいるのだろう。
(…それでも)
無感情にオークを惨殺したかと思えば一姫をからかったり、泣きそうな少女に手を差しのべたり、町の人々と打ち解けないことを悩んだり。
どこにでもいる心優しい少女にしか見えないルキア。
「なんだか私とちょっぴり似てるかも」
「─?どこがですか?」
「自分の能力のせいでうまくみんなと馴染めないところ!」
霊が見えたなんて言えば、おかしな子供として扱われ、距離をおかれた。
心読の発動を防ぐために人とふれ合うことだってずっと避けてきた。
「異能の類なんて信じなかったけど、こうして目の前にいられると信じるしかないよね」
「カズキさんは超自然を見ることができたのに、異能の力を信じなかったんですか?」
ルキアは不思議そうに尋ねる。
自分だってこの矛盾に悩むことがある。
見えるのに信じない。
聞こえるのに聞こえないふりをして誤魔化す。
昔からそうやってきたし、理由もなんとなく理解できた。
「だって自分が他と違うって認めちゃえば、私は人間じゃない別の何かだってことになるじゃない。…それを認めるのが凄く嫌だった」
実際はドリアスなんていう亜人で、今までの逃避は全部無意味だったが。
一姫の言葉にルキアは碧眼の瞳を見開き、
「…カズキさんなら素敵な竜使いになれますよ」
「そう…かな?」
「はい、なんとなく話をしていてそう思いました」
邪気のない笑顔でルキアが笑う。
それにつられて一姫も思わず笑顔になる。
竜使いになるのも悪くないかもしれない─そう思い始めた一姫の心情をぶち壊すように、蒼龍はこちらに勢いよく振り向き、
「─ルキア!邪神の軍勢近づいてくる!」
蒼龍の切羽詰まった声に店内が緊張に包まれる。
最初に動いたのはルキアだ。
「戦える兵はどれくらいですか、ガルーさん」
「この前の襲撃で怪我した奴が多いから…小隊一つ分くらいだな」
「分かりました。今すぐ準備をしてください」
「おうよ!蒼龍とお嬢ちゃんはどうする?」
「へ?」
急に話を振られた一姫は、キョトンとした顔になる。
「カズキは竜使いになるんだし、実際の戦いを見た方がいいんじゃない?装備がないから、僕とガルーで身の安全は確保するよ」
「そうそう、少しは戦場に慣れておくといいぜ?」
本音を言えば戦いに参加したくない。
だが、断れば『竜使い候補のくせに戦いがこわいの?ぷぷー!』なんていう罵声とともに冷めた視線を浴びるのは目に見えている。
なによりルキアの『一緒に来ますよね?』という期待の目で見つめられ、怖いから無理なんて言える雰囲気でもない。
小心な一姫は断った先に訪れる未来を想像し、答えを出した。
「…私、剣なんて握ったことないわよ。出来ることって言えば保健で習った手当ての仕方くらいだし…」
あとはうろ覚えの心肺蘇生。
実際、戦地でどれだけ役に立つかは未知数だが、無いよりはマシだ。
一姫の返答に蒼龍は満足げに頷いて、
「大丈夫!邪神軍との戦闘なんてノリとそれっぽいことでどうにかなるから!」
…凄い不安を感じた一姫は軽はずみに返事をしたことを猛烈に後悔し始めた。