Have we met before?
恋の仕方を忘れた。
日々、必死で働いて、必死に生きるだけ。
そんな私に、早々と結婚して、専業主婦になった親友は言った。
「そんなあんたに、ぴったりなモノがあるよ」
リハビリだと思って、やってみたら?
「乙女ゲーム、ねぇ……?」
そう言えば彼女、学生時代からハマってたな。
萌えやときめきについて、熱く語ってた。
それを私は、へぇー、なんて興味ない素振りで聞いていた。
別に、二次元的なモノに、嫌悪感があったわけじゃない。
だって、普通に、少女マンガとか読んでたし。
ただ単純に、触手が動かなかっただけだ。
少女マンガより乙女ゲームって、ハードル高くない?
何となく、自分の恋愛経験値が試されるような気がして。
なんて言えば、親友は笑った。
「そんなに難しいモノじゃないよ。最悪、ネットとか見れば、攻略法があったりするし」
リアルよりずっと簡単!
答えが決まってるんだしさ。
まぁ、それもそうだよね。
ってことで、早速やってみることに。
ちょっと、ドキドキする。
恋愛なんて何時ぶりだろう?
それこそ、学生時代が最後かな。
大学を卒業して、社会人になって、今の会社に就職して、自然消滅した、悲しい過去を思い出した。
私、器用じゃないんだよね。
仕事も恋愛も、なんて、頑張れなかった……。
いやいや、いけない。
高が、ゲームするだけで、感傷的になるなんて。
折角の休日。
しっかり、癒されなくちゃ。
同棲Lover。
通称、ドウ・ラバ。
このゲームは、PCゲーで。
ストーリーは、彼氏と同棲することになった主人公が、彼氏と共に新居であるマンションに引っ越すところから始まる。
彼氏との結婚を目指して、プレイするわけだけど、攻略対象は他にもいて、複数の男性から言い寄られるという、正しく夢のようなシチュエーションを楽しめる。
ーー貴方が選ぶのは、誠実な愛、それとも危険な恋?
私は、勿論、誠実な愛だ。
例えゲームでも、やっぱり安定を選んでしまう。
だって、ねぇ?
チキンな私に、恋人の乗り換えなんて、ハードル高すぎるでしょ?
付き合って同棲してるなんて、もう攻略したも同然。
そう思ってたのに、シナリオは意外と山あり谷ありだった。
まぁ、現実的に考えれば、当たり前だよね。
よく言うじゃない。
結婚することが、ゴールじゃないって。
なら、同棲なんてまだまだなのも頷ける。
主人公が他の攻略キャラから、アピールされるように、彼氏にもアピールしてくる女の子が現れる。
所謂、ライバルキャラだ。
彼女の存在に、結構ハラハラさせられた。
あとは、すれ違いで、ケンカしてしまったりとかもあった。
それでも、やっぱり彼氏はカッコ良かった。
『俺は、お前しか見てないよ』
『お前は、誰にも渡さない』
なんて素敵な言葉で、不安や誘惑に揺れる心を引き寄せてくれるんだ。
『俺は、俺を幸せにしてくれる、お前を幸せにしたい。結婚しよう』
綺麗な夜景が見える場所で、迎えたエンディング。
私の胸は、ときめきで一杯だった。
二人の思い出とも言える、流れていく幾つものスチルを眺めながら、夢見心地な余韻に浸る。
今更、疑似恋愛なんて。
ちょっと、そう思ってた。
でも、恋愛から遠ざかっていた私には、丁度良かったのだろう。
恋に恋するというわけじゃないけれど、頑張るとか嫌われたくないとか、そういうのじゃなくて、誰かを純粋に良いなぁと思っていたりした、何時かの自分を思い出させてくれた。
何だろう。
今、凄く、恋してみたいかも。
来週の休みは、ちょっとオシャレをして、何処かに出掛けてみようかな?
最近は、折角の休日も、疲れてるからって、つい家でダラダラと過ごしてしまっていた。
でも、それじゃあ、勿体無いよね。
オシャレをすれば、気分も上がるし、出掛けてみれば、素敵な出会いがあるかも知れない。
うん。
良いかも。
そうと決まれば。
「……取り敢えず、他のキャラのルートもやってみようかな」
彼氏様は、勿論カッコ良かったけれど、他の攻略キャラの方々も魅力的だった。
何だかんだ言いつつ、私もやっぱり乙女だ。
危険な恋もしてみたい。
そうして、私は二日間の休日を、ゲームに費やし、見事、フルコンプしてしまった。
リアルな恋もしてみたいけれど、二次元は別腹だなぁと思う私だった。
月曜日。
新しい一週間の始まり。
先週は暗い気持ちだったのに、今週は何だか清々しい気分。
やっぱり、しっかり、リフレッシュ出来たお蔭かな?
親友とゲームに感謝だね。
よし。
今日も、一日、頑張ろう!
心の中で、オーッ!と拳を作って、声を上げて、家を出た。
それから、鍵を掛け、閉まっていることを確認して歩き出す。
そしたら、偶然にも、隣の住人も部屋から出て来た。
あっ。
と、思わず立ち止まる。
私と同じように、会社に出勤だろうか。
スーツを着た男性。
そう言えば、お隣さんは最近引っ越して来たんだっけ。
初めまして、だな。
そう思いつつ、挨拶をして、通り過ぎようと、また歩き出す。
「……おはようございます」
すれ違いざまに、軽く会釈してそう言えば。
「おはようございます」
と、返って来る。
その声に、私の足は止まった。
良い声だ。
何度も聞きたくなる。
って、そうじゃない。
いや、そうじゃないこともないんだけど、そうじゃない。
私、この声、聞いたことある?
くるりと、振り返って、思わず、じっとお隣さんの顔を見た。
目が合うと、彼は戸惑ったように、「えっと……」と、声を上げる。
それでも、私は動くことも、目を逸らすことも出来なかった。
だって。
「あぁ、すみません。初めまして、と先に挨拶すべきだったかな。仕事が忙しくて、まだ挨拶に行けてなくて」
そう言って、申し訳なさそうに、眉を下げて笑う彼は、初めましてじゃない。
画面越しに、私を癒してくれた彼氏様だった。
嘘っ?
何、コレ?
……夢?
ぎゅっと、頬を抓ってみる。
「いっ、痛いっ……」
強すぎたみたい。
余りの痛さに、じわっと薄く涙が溢れる。
微かにぼやけた視界の向こうで、楽しそうな笑い声が聞こえた。
恥ずかしくなって、俯く。
何、やってんだ私。
ゲームのキャラが、現実に存在するなんてあるわけない。
彼は別人だ。
兎に角、何か言って、誤魔化さないと。
お隣さんに変人だと思われるのは、勘弁したい。
なのに。
「あの、その……」
なんて、意味不明な言葉しか出て来ない。
そんな私を置いて、無常にも時間は過ぎて、彼も歩き出す。
そして、このまま通り過ぎて行ってしまう。
と、思ったのに。
「もしかして、何処かで会ったことある?」
その声は、私の目の前で聞こえた。
驚いて、顔を上げる。
「なんて、ちょっとベタ過ぎるかな?」
見上げた彼の顔は、やっぱり楽しそうな笑顔だ。
私の勢いが可笑しかったのかも知れない。
「口説き文句じゃないから、安心して。でも、君があんまりじっと見詰めるから、知り合いだったかなって思って」
ドキッとした。
カッコイイな。
なんて、当たり前か。
だって、この人は、二次元のイケメンキャラにそっくりなんだから。
昨日から続く、乙女思考が抜けていなかったのか、思わず。
「……そう、だったら良かったのに」
妙な言葉というか、願望が口を衝く。
それに。
「「えっ?」」
二人して、驚きの声を上げた。
って、どうして、私までびっくりしてるの?
言ったのは、自分なのに。
とは言え、今度こそ、何かまともなこと言わなきゃ。
さっきは、彼が取り成してくれたんだから。
「……あっ、いえ。何でもないです。えっと、初めまして、ですね」
そう言って、ぺこりと頭を下げる私に、彼も合わせてくれる。
「はい。初めまして」
彼が頭を下げ、上げるのを待って、再び口を開く。
「えっと……それじゃあ」
これで、お終いなんて、素っ気ないかな?
と言うか、勿体無い?
でも、朝だし、彼も忙しいよね。
あんまり、ゆっくりするのも変だ。
それに、私も会社に行かなきゃだし。
うん。
仕方ないよね。
そう思って、身を翻す。
そしたら、不意に腕を掴まれる。
「待って」
「……っ」
「前言撤回。やっぱり、さっきのは口説き文句だ」
振り返ると、彼はニッコリと微笑んでいた。
思わず、ほうっと見惚れてしまう。
それに気付ているのかいないのか。
彼は益々、笑みを深くした。
「これから、お隣さんになるんだし。仲良くしようよ」
ねっ?
眩しい笑顔で問われれば、頷くしかない。
こくりと頷く私に、彼は嬉しい提案をしてくれた。
「じゃあ、一緒に行こうか?」
君も電車に乗るでしょ?
駅まで歩きながら、少し話をしようか。
「はいっ!宜しくお願いしますっ!!」
提案の余りの素敵さに、私は全力で頷いてしまった。
駅へ向かう道中にて。
「ねぇ、さっき、どうして、頬を抓ったりしたの?」
「そっ、それは、聞かないで下さい……」
「赤くなってるね」
「……っ!私、そんなに分かりやすいですか……?」
「ん?さっき抓ってたところ、まだちょっと赤いなって思って」
「……っ!?」
(可愛いね)