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それでも、世界は  作者: なつこ
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第五話 『手』



「ねぇ悠~ごはん~~お腹すいた~」


「さっき会ったばっかりだってのに随分我がままだね君は」


僕がびちょびちょで悲惨なことになっていた洗濯物を取り込み旧式の洗濯機をまたもやごうんごうんと回していると、彼女――リリスはベッドに寝転がりながらそう言った。ちなみに僕は初対面でいきなり馴れ馴れしい態度をとる人間と勝手に人のベッドでくつろぎ出す人間は嫌いだ。人間じゃないから許されるとかそういった問題ではない


「案外面倒なのね、貴方。もっと楽に生きたら?」


「それが出来てれば人間嫌いになんかなってないよ」


とりあえずゴスロリのままでは居心地が悪いだろう。タンスの中からあまり着ていないジャージとパーカーとなるべく小さめのTシャツとを引っ張り出し、ベッドの上で退屈そうに髪をいじっている彼女に放り投げる。彼女は不思議そうにそれを眺めると、今度はにんまりと笑みを浮かべた


「...ここで裸になれってことかしら?」


しなをつくりおおげさに体を抱きしめるような動きを見せる。上目遣いで誘うようにこちらを見つめてくる彼女だったが――気にせず僕はベッドの上に投げた衣類をつかみ彼女の顔に押し付けた


「いいから早く着替えてくれ。そのままだと鬱陶しい」


彼女はもがもがと何か文句を言っていたようだけれど服にさえぎられ何を言っているかさっぱり聞こえない。しばらくすると観念したのか、顔面に押し付けられた服を引ったくり、可愛らしい顔を真っ赤にしながら頬を膨らませ始めた。そういうところをみると、とても悪魔には見えそうもない。どこにでもいる――かはわからないが普通の少女のような印象を受ける。僕が今まで関わってきた、人間の常識内の少女に。まぁ顔面の綺麗さでは正直ダントツといっていいほど整っている顔をしている。今まで出会ってきた女の娘の中で一番可愛いと思う。モデルやテレビの中の女優すら霞むほど、と言ってしまうと少し大げさかもしれないけれど、そう思ってしまう程度には綺麗な顔立ちをしていた。悪魔というのは人間の姿をしているのか、それとも人間界に来るためにこういう姿なのかは定かではないが


「ちょっと女性の扱いがなってないんじゃなくて?もしかして童貞?」


「そんなものはとっくの昔にゴミ箱に捨ててきたよ」


というか悪魔にもそんな概念あるのか。そう言えば悪魔って卵生なのか胎生なのかどっちなんだろう。まぁこの世界の常識にあてはめるのも野暮だとは思うけれど。そんなことをふと考えていると、彼女は何かを訴えかけるように服を抱えながらこちらにじーっと視線を投げかけてくる。一体なんだって言うんだ今度は


「あっちを向いているか出て行ってもらえるかしら。着替えれないのだけど」


あぁ、忘れてた。意外と気にするんだそういうところ。これじゃあまるっきり普通の女の娘じゃないか。ひょっとして魔界も人間界も文化にそう違いはないんじゃないのか?こっちの世界じゃ通りすがりの人間にいきなりキスなんてしようものなら一発でおまわりに連れて行かれるだろうけれど。ちょっとだけその様子が可笑しかったので、少しからかってみることにした


「悪魔にも羞恥心ってものがあるんだね、初対面の人間にするキスより恥ずかしい?」


「あっちむけあほ!!」


顔面に低反発枕がクリーンヒット。しまった、からかいすぎたか


これ以上暴れられても困るのでおとなしく退散することにした。部屋をでてすぐのキッチンに置いてあるびしょ濡れになった買い物袋から、野菜ともろもろの食材を取り出した。当初は何か凝ったものを作ろうなんて意気込んでいたけれど、早く帰ろうと急いだ結果いつもと変わらないものを買い物籠に放り込んでしまった。男の料理、ザ・野菜&その他適当にフライパンにつっこんだ炒めである。これが悪魔の味覚をうならせることが出来るかどうかわからないけれど、どころか普通の人にすら食べさせたことがないので怖いのだけれど僕自身はおいしいと思っている。まぁ悪魔なんだし大丈夫だろう


フライパンに適当にサラダ油をひき、ガスの元栓をあけ火をつけてフライパンをあたためる。その間にキャベツをまず二分の一に切り、そして片方を冷蔵庫にしまいもう半分は適当にカットしていく。一口大に細かくなったキャベツをとりあえずフライパンにぽい。それからにんじんもへた部分を切り分けてからあとはだいたい輪切りにしてそれを四分の一して、を繰り返す。で、フライパンにぽい。豆腐も1、2、3等分してから今度は縦に三等分。そして上と下でカット、ぽい。ひき肉はそのまま熱している食材群の上に落とす。しまった、ひき肉を一番最初にするべきだったか


ある程度火が通ってきたところでコンロの下の棚から調味料を取り出し、しょうゆとみりんをこれまた適当にフライパンに入れる。と、背後からピーッと洗濯機が洗濯を終了したことを告げてきたので、「リリスさん洗濯物干しといて。部屋干しでいいから」と彼女を呼んだ


「何故このわたしがそんなことくちゃならないのよ...」と着替え終わってくつろいでいた(勝手にテレビをつけていたようだ。悪魔この世界に順応しすぎじゃないのか?)彼女は心底面倒くさそうにのろのろと歩いてきた


「居候する気だったら少しは手伝ってよ。それとも僕の魂と生活費を奪っておいて何もしないで居座るつもり?」


「わかったわよ...」


そう言うとしぶしぶ彼女は洗濯機の前まで向かい、折れそうなほど細い手でハンガーに洗濯物をかけ始めた。ハンガーの使い方もきちんと理解しているようでなにより。菜ばしとフライパンで食材を転がしつつふと、これって女の娘と同棲することになるんだよな、と今更過ぎる考えがよぎった。ご飯を食べ終わったら、仕方がないから彼女用の生活用品を買いに行くか


彼女がその小さい体を一生懸命にのばして洗濯物をかけ終わり、疲れたと文句を言い出したあたりでそろそろいいかと僕はガスの元栓を閉めた


「お待たせ。ご飯、できたよ」


「なによこれ、美味しくなさそう」


僕は無言で彼女の前に置きかけた皿をそのまま戻して引き返した


「あ!ちょっと嘘よとっても美味しそうですごめんなさい!!」


悪魔は礼儀がなっていないようだ、表面を取り繕った透け透けの嘘やお世辞をならべられるよりはずっといいんだけれど


小皿に取り分けた野菜炒めと、小さいお茶碗に盛った白米を彼女の前にあるテーブルに置く。普段はお米なんて炊かないのだけれど、たまたまこの間チャーハンを作ろうと思って炊いたお米があってよかった。なお、チャーハンは結局炊いたはいいものの作るのが面倒になってしまって結局やめてしまった。そこまで難し作業は必要ないのに、この極度のものぐさは自分でもなんとかしなければと思っている。思っているだけだけれど


「手は洗った?よし、それじゃあいただきます」


「いただきます」


二人で手を合わせてから、僕は野菜炒めを口に運んだ。うん、我ながら完璧な出来だ。たいして難しくも無い料理だけれど


そして横目でおっかなびっくり料理を食べる彼女を見る。ていうか箸使えたんだ。何の疑問も持たず渡してしまったけれど、どうやらこの自称夜の魔女は人間界の文化に随分と精通しているらしい


「美味しい?」そう聞くと、彼女は目を丸くしながら口に手を当てて、「美味しい...」と呟いた。どうだ、みたか


「悠、リモコンとって」


「食事中にテレビをつけるのは行儀が悪いって教わらなかった?」


「魔界ではそんなものないわよ」


「そうだった」


僕たちはそのまま他愛のない会話をしながら箸を進めていった。なんだろう、会ったばかりだと言うのにこの気安さ。最初の出会いがあまりに衝撃的だったから、いつも他人に感じてしまう壁のようなものなんて吹き飛ばされてしまったのか。或いは、相手が悪魔だとかいうとんでもない生き物を自称するおかげでうまく距離感を保つための線引きが出来ているのか。初めての感覚で戸惑ってしまうけれど、それでもどこか居心地の良さを感じる自分がいることだけはわかっていた


「おかわり」


「小柄なのによく食べるね。そういう娘、結構好きだよ」


「口説いてるの?」


「まさか、恐れ多いよ」


そういって彼女が突き出してきた小皿に野菜炒めの残りを盛る。そしてそれをひったくるようにして受け取った彼女はがつがつと料理に食らいつき、僕はただそれを眺めていた


「ごちそうさまでした」


「ごちそうさまでした...美味しかったわよ」


それはどうも。どうやら悪魔の味覚は人間とさほど変わらないようだ。やっぱりただの残念な女の子なんじゃないかという疑問が頭をよぎったが、今になってはそれももはやどうでもよくなっていた。自分でも意外なことに、人間嫌いの僕はこの少女と生活を受け入れ始めているのだ


「さて、食べたばかりで動きたくないだろうけど...買い物に行くよ。君に必要なものを揃えなくちゃいけない」


「え~~めんどくさい~~~」


食べ終わって即ベッドに転がり始めた彼女をひきずり、僕は財布を持って外へ出た


「じゃ、行こうか」


彼女に向けて手を差し出すと、リリスは少し照れたように顔を赤らめ、そして恥ずかしそうに僕の手を握った


「...生意気ね」


僕は何故かとても冷たいその手の温度に驚きながら、とても華奢な彼女の手を、力を込めたら壊れてしまいそうなその手を、そっと握り返した








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