第二話 『出会い』
「...寝過ごした」
するりと吸い込まれるように落ちていった眠りから覚める。ぼんやりとした頭とまだうまく開かない目で時計を見やると...時計の針はとうにすとんと落ちていた。午後6時、実に四分の一日も眠っていたわけだ。随分と長いお昼寝である
あー...と後悔と寝すぎ特有の気だるさから声をもらしながら、これ以上時間を無駄にしてはいけないという特に意味のない念に駆られ体を起こす。他にすることもないのに。というか掃除洗濯の他に睡眠しかしてないな今日、実にもったいない。いや、やりたいことも特にないのだけれど何故かもったいないという気持ちだけはあるのだ。そのせいでなんだか損をした気分になってしまう
過ぎ去ってしまった時間に追いつくために何かしなければならないと思い、とりあえずベッドの上に転がっていたリモコンに手を伸ばす。あれ、つかない...
リモコンの電池切れかと思いフタを外して電池を取り出し、二本の単三電池を両手で挟み込み手でこする。こうすると僅かだが電力が回復すると昔テレビで見た。生活の知恵である
「つかない...」
電池を戻し再度電源ボタンを押してみるも、テレビはウンともスンとも言わない。やはりテレビで得た情報はあてにならないということだろうか。前はこれでついたんだけどな...
仕方がないと思い腰を上げテレビのほうへ向かい本体の電源を押してみるが...やはり反応なし。まさか壊れたか?ポチポチと電源を押す音だけが狭いワンルームに虚しく響く。...まぁなくても困りはしないのだけれど
またもや時間を無駄にしてしまったとなと軽くため息をつきふと視線を下に向けると、そこにはタコ足の延長コードに刺さっているコンセント群から一本だけぽつんとはぐれた黒い線が。そしてそれの元を辿るとテレビの裏側に続いていた。...コンセントが外れてただけか。そう言えばあまり使わないから電力の無駄といってコンセントを抜いていたのをすっかり忘れていた。おかげで23インチの小さな薄型テレビは、ただのモニター兼インテリアと化していた
気を取り直してコンセントを指し--別にそこまでテレビの視聴にこだわるわけではないのだけれど--電源を入れると、真っ黒の液晶にアンテナの受信強度が低下しているとの知らせが。...電波を受信するほうのケーブル抜いていたのも忘れてた...
それもしっかりと刺し込み、今度こそと液晶に目を向けると--いや本当にそこまでテレビの視聴にこだわる理由もないのだけれど--液晶にはばっちり午後のニュース番組とキャスターのお姉さんが映っていた。どうやら天気予報の時間らしい。テレビを映したことに満足してそういえば冷蔵庫に何も無かったことを思い出し、買出しに行く準備を始める。果たして今日は何を作ろうか。毎日毎日もやしかキャベツの炒め物と安くなったお惣菜では飽きてきた。たまには凝ったものでも作ってみようか。ゴーヤチャンプルーとか
『このあとは、激しい雨が予想されるでしょう。お出かけの際には、傘を忘れずに。以上、お天気予報のコーナーでした~』
ばいばーいとお天気のお姉さんが手を振りフェードアウトしながら画面はスタジオへと戻る。別にゴーヤチャンプルーってそこまで凝ってないよなと思いつつ電源を切り、寝巻きにしているよれよれのTシャツを多少余所行きのものに着替え、履き古したジーンズに足を通す。何年前に買ったかわからないジーンズがするりと入るとはこれいかに。成長が止まってしまっているのだろうか。悲しい限りである。多少の寝癖は...まぁ面倒だからいいか。そのまま洗面所へ行き顔を洗い、歯ブラシを手にとってしゅこしゅこと歯を磨く。この歯ブラシもばっさばさになってきたなぁ、そろそろ新しいの買おうか
頭の中の買い物メモに歯ブラシを追加し、口をゆすぐ。昔歯医者さんに行ったとき口をゆすぐのがとても上手いと言われたことがあり、密かに自信をもっているのだ。...まぁなんの自慢にもならないが
「鍵持った財布持った、忘れ物は...あ、携帯」
危ない危ないとベッドの上に無造作に転がしてあったスマートフォンをポケットにつっこみ、家を出た。何か忘れているような気がするけれど、まぁいいか
空はひどく曇っていて、一面灰色に覆われていた。陽の光が差し込む隙間すらないほどに
傘を置いてきたことをスーパーが近くなってきたあたりで後悔し始めていた。早く買い物を済ませて戻ろう
「最悪...」
なるべく急いで買い物を済ませたつもりだったのだけれど、店を出ると生憎の土砂降りだった。これはずぶ濡れになるのは免れない
しかしだからといって傘をここで買って帰るのもなんだか癪だったので、しょうがないと腹を決め雨に打たれるのを選ぶことにした。とっとと帰ろうと一歩を踏み出した瞬間に一気に雨粒が頬を打ち、服はあっという間に体に張り付いた。ここはやっぱり雨宿りしていこうか...とさっきまでの覚悟をあっけなく捨て去ろうとした時、思い出してしまった。家を出てくる時に感じた違和感の正体を
「洗濯もの干しっぱなしだった...」
完全にやらかしてしまった。これでは完全に今日一日の行為が無駄になってしまう。あまつさえ掃除洗濯くらいしかまともなことをしていないのに、それすらも意味のない行為になってしまったことに天を仰ぎながら大きくはぁ...とため息をつく
もうどうにでもなれと投げやりになり歩き出すことにした。歩けば歩くほど靴の中がびちょびちょになって気持ち悪いことこのうえない。精神的にも物理的にも重い足をひきずり、目の上を流れていく雨粒に鬱陶しさを感じながらひたすら後悔した。右手に下げたスーパー袋の中身が濡れないことだけを願おう
この時点で僕は既にただ歩くことだけを考え、他のことはあまり頭に無かった。向こうの信号でかっぱを着た子供が、苦笑いで傘を指す母親と手をつなぎながらはしゃいでいるのを見ても、濡れなくていいな、とか最後に母親と手をつないで歩いたのは何年前だっけ、とすら思わなかった。ただそれを眺め、目で追っていただけに思う。だから、その親子から視線を外して信号を渡りきったとき、目の前にその少女が立っていることにすら気づかなかったかもしれない。もしくは、誰か居るなぁ、くらいにしか思わなかっただろう
たとえその少女が、この暑い時期に全身をゴシック&ロリータで固めていても、コスプレかな、としか感じなかった。時間を無駄にしてしまったことと、びちょびちょの体、そしてこの豪雨の中外に干してきてしまった洗濯物のことで頭がいっぱいになってしまっていたのだ。危機を察知する能力など、このときの僕にはまるっきり欠如していたのだろう
その少女の、出で立ちだけでなく異様な雰囲気を、まるで感じ取ることができなかった
「貴方の魂、頂くわ」
だから目の前でそう告げられ、その綺麗な色をして、そしてどこか妖艶なその双眸でまっすぐと射すくめられた時に初めて思ったのだ
なんだコイツ、ヤバいと