表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/18

仕事

 駅前通りを少し過ぎたあたりに、レトロな外観の喫茶店「夏薔薇の(うた)」がある。

 三年前に店主が亡くなり、現在はその妻が経営している。店は不定休、朝八時半から夜七時まで。店内はカウンターに五席、テーブルが三席。小ぢんまりとしているが、狭苦しさはない。ワンコインのモーニングとランチが目玉の店で、そこが郁子の仕事先だった。

 朝七時半に出勤すると、床にモップをかけ、テーブルとカウンターを拭きあげる。

 八時になると、近所のサイトウベーカリーから届く、トーストとサンドイッチ用にスライスされた食パンをうけとり、なべに湯を沸かして卵をゆでながら、缶詰の桃やパインを一口大に切ってタッパーに詰めて冷蔵庫に入れる。

 このあたりで八時半になり、店は開店する。

 モーニングを食べに常連客がすぐにやってくるので、トーストを焼き、コーヒーを淹れ、前日に作りおいたコールスローとゆで卵をそえてだす。

 受注・給仕・会計・片付け・皿洗い。客は少ないが、一人でこなすには仕事は多い。

 客がひいてからやっとモーニング終了の十時になったと気づくころ、オーナーのハナエが出勤してくる。

 カウンターでのんびりとコーヒーを飲んでいる常連に愛想よく声をかけながら、カウンター裏のパントリーに着替えに行く。

 中では郁子がこちらに背を向け、棚からトマト缶をおろしている。気づき振り向こうとするよりハナエの方が早かった。

「表、掃いてなかったわよ。いますぐやってちょうだい」

 肩甲骨の間に肘を打ちこまれ、痛みにあえいでる郁子に、ハナエはエプロンをつけながら冷ややかに言った。

「お皿もたまってるじゃない。本当にグズね、使えないったらないわ」

「……す、すみません」

 頭を下げる郁子の足を踏んでから、ハナエは店へと出ていく。明るい笑い声のまざる客とハナエのやりとりが聞こえる。

 トマト缶が荒れた指先に冷たく、重い。郁子はため息をついて、気を取り直すように少し目を閉じてから、カウンターに戻った。

 ハナエに言いつけられた仕事をこなしながら、ランチの準備も進めていく。

 ランチは十一時から。近くの会社員が多く訪れるため、平日だけフロアに学生バイトの丸山茉鈴が入る。

 郁子はパスタをゆでたりサラダを用意し、ハナエがメインの調理を担当する。

 目の回る忙しさの中でも、ハナエは郁子を小突きまわしている。小声であり客には聞こえていないが、茉鈴にはちゃんと聞こえている。

 「手際が悪いのは頭が悪いからなの」とか「うっとしい顔してんじゃないわよ」とか。

 泣きそうになっている郁子はかわいそうだが、とりあえず自分に火の粉がふりかかることはないので、茉鈴は知らないふりをしている。三時間、耳をふさいでとにかく働く。

 ランチが終わって茉鈴が帰り、午後を過ぎれば、ちょっと休憩とコーヒーを飲みに来る人がちらほらと来るぐらいで、店はいっきに暇になる。

 ハナエは常連とのおしゃべりにいそしむ。

 郁子は、皿洗い、表の掃除、窓ガラス拭き、日によっては銀行への両替と、息をつく暇もない。ほんの一分でも休んでいれば、ハナエから叱責がとんでくる。

 閉店時間になると、レジを締めてハナエは一足先に帰宅する。いやみはあっても、おつかれの一言はない。

 細細とした片付けと、コールスローのキャベツを刻み、ぐったりした郁子が店を出るのは、いつも夜九時を過ぎるころだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ