買物
ゆっくりと十分ほど歩いたころ、ハッピを着た運営スタッフたちが休んでいるテントが先に見えた。
ここらでメイン会場は終わりらしい。人通りもずいぶんまばらだ。
戻ろうか、それともこのままつっきって大通りにでしまおうか。迷いながら郁子は、最後尾のテントをのぞきこんだ。
そこは、まさしくガラクタの山だった。
右腕の欠けたブロンズの裸婦像、ちゃちな木彫りのタヌキ、木目もわからないほど汚れたちゃぶ台。
狭いテントの中に雑多に置かれた品品はどれも古臭くてぱっとしない。
これでは買手はつかないだろう。
店主もやる気がないらしく姿が見えないうえに、クリップファイルが置かれたパイプ椅子の下には、小さなダイヤル式の手提げ金庫まで出しっぱなしだ。
あきれはてて行きすぎようとした時、郁子の目にそれがとまった。
イヤラシイ顔つきの三猿と、やせぎすな鐘馗像のさらに後ろから、にょっきりと頭をのぞかせているもの。
ごはん茶碗だった。
色紙と茶碗を交互に積み重ね、ビニール紐で十字にくくってある。
茶碗は五客。藍地に白の花唐草。小ぶりだが、丸い形が愛らしい。白の花唐草がおどる深い藍地は炊きたてのご飯がよく映えそうだ。
天辺で紐は持ち手用に輪っかにされていて、そこに「金三百円也」と意外なほど達筆な値札が張られている。
郁子は独り暮らしだし、家族もいない。茶碗五客はいくらなんでも多すぎる。
それでもなぜかこれがほしいと思った。
どうしてもほしい。ほしくてしょうがない。
じりじりとしながら財布を握り、店主を待つがいっこうに戻ってこない。忙し気に運営スタッフたちが行ったり来たりするばかりだ。
いつもならぐずぐず迷うところだが、彼女には珍しく即決した。
「待ちましたが、おるすだったので、かってに買わせてもらいました」
クリップファイルからボールペンを拝借すると、財布に入れっぱなしだったレシートの裏に書きつけ、百円玉三枚とはがした値札と揃えてパイプ椅子に置いた。
悪いことをしているわけではないが、なんとなく周囲をうかがいながらテントの後ろに回りこむ。ほかの売り物に当たらないよう、そっと茶碗を持ちあげた。思っていたより軽かったが、バランスが悪い。紐がとけたら大惨事だ。
思いついてエコバッグの中にいれると両手でかかえ、郁子は元来た道を戻った。
賑わうメイン会場を人にあたらないよう足早に過ぎる途中、見知らぬ親子連れと目があった。
真面目そうな眼鏡の父親と、ふっくらした頬が優しげな母親、二人と手をつなぐ小さな女の子。
三人はこちらをじっと見ている。とても楽しそうに笑っている。
知らない人たちだが、無視するのもなにか気がひけた。
とまどいがちに会釈をかえす郁子を、彼らはにこにこと親しげに見送っていた。