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訃報

 電話がなっている。郁子は起き上がろうとして、頭部を締めつけるような痛みに顔をしかめた。

 体の節節が痛い。そのうえ寒い。

 ゆっくりと目を開け、薄暗さに首をかしげた。アパートの部屋は東向きで朝日が容赦なく差しこんでくる。そして、なり続けている電話もない。

 目をしばたたき、ようやく思い出した。あの後、夜道を帰るのが怖くなり、そのままパントリーのすみに泊まったのだった。

 頭痛は少しましになってきた。しつこくなり続いている電話をとるため、郁子はおぼつかない足取りでカウンターに入った。

 ちらりと時計を見れば、七時半。いつもの出勤時刻とかわらない。が、コールスローのキャベツは刻みかけのまま、放置されてしなびている。

 開店にまにあうだろうかと、いまさらに焦りながら、受話器をとる。

「――毎度ありがとうございます。夏薔薇の詩です」

 かすれた声で郁子が告げると、「誰かいた?」とか「いつもの女の子」とか、ささやきかわす声がもれ聞こえる。

「……サイトウベーカリーです。おはようございます」

 男の声があわてて言葉をつないだ。

「今日、お店どうするかいちおう確認しておこうと思いまして。ほら、オーナーさん、口やかましい人だから。休むんだろうなとは思ったんですけどね」

「休むって、あの……なにかあったんですか」

「知らないの? さすがに新聞はまだだけど、テレビのニュースで言ってたましたよ。オーナーの息子さん、ゆうべ、そこの県道で事故して亡くなられたって」

 事故。

 亡くなった。

 ひそめた声の訃報に、郁子は言葉をなくして、立ちつくす。

「今日、パンの配達はいいですよね。オーナーさんもそれどころじゃないだろうし」

「はい……たぶん……」

「じゃあ、またよろしくお願いします。このたびはご愁傷さまでした」

 とってつけたようなお悔やみを述べて電話は切れた。

 受話器を戻し、郁子は考えこむ。

 ハナエには息子が二人いる。長男にはあったことがない。他県で会社員をしているとだけ聞いている。

 事故現場がそこの県道なら、亡くなったのは次男の浩二だろう。

 あの後、ここから出た後の事故。

 あの時、すーちゃんもここにいた。

 偶然だろうか。いや、小さなこどもが大の大人をどうにかできるはずもない。

 でも――。

 治まりかけた頭痛がぶり返してきた。郁子は水道の水をくんで、テーブル席のソファーに座りこむ。コップに口をつければ、おもっていたより乾いていたようで、一息で飲み干してしまった。

 頭が重い。コップの冷たさがてのひらに心地よかった。

 ぼんやりと壁をみつめているうち、郁子はまたとろとろと眠りの淵に引きこまれていった。

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