危険
邪魔がはいって中途半端になり、いらいらする。浩二は人も車もほとんどいない県道を、憂さ晴らしにスピードを上げて走っていた。
痩せぎすで雰囲気の暗い郁子など眼中になかったが、先日、来店した友人が彼女を見て言った「ロリっぽいし昭和のセーラー服とか着せたらAVで売れそう」。
それも悪くない。郁子はおとなしいから、母にチクることもないだろう。その前に少し味見をするつもりだったのだが、水を差された。
あれはなんだったのか。携帯電話で調べたが、地震情報はどこにも出ていなかった。
いらいらとハンドルを指でたたいて、ちらりとルームミラーに目をやり、ぎくりとなる。
バックシートに知らない男と女が、いつのまにか座っている。振り向こうとして、固まった。
助手席にもいた。
幼稚園くらいの少女だ。ぷらぷらと足をゆすり、浩二を見上げるとにぃっと笑った。
「誰だ、お前ら」
叫んだ浩二に、少女はひるんだ様子もない。
首をねじるように後ろをむこうとする浩二の肩を、背後から男がやんわりと抑えた。
「ほら、前を向いていないと危ないよ」
男の手が肩を押すと、浩二の右足は連動するように強くアクセルを踏み込んだ。
一気にスピードが増し、加速する。
ブレーキを踏もうとしても右足はアクセルから離れない。左足も固まったように動かない。腕も動かせない。ぬるぬると汗ばんだてのひらは、ハンドルに吸いついている。
「すーちゃん、シートベルト。ちゃんとしめて」
女が少女にのんびりした声でうながした。
「これ?」
少女は浩二のシートベルトをぐいぐい引っ張る。首の皮がこすれて痛い。
「そう。してないと事故の時、とても危ないのよ」
「わかった」
うなずいた少女は、浩二のシートベルトのロックを外した。しゅるしゅるとベルトが巻き上がり、浩二の顎をうった。
「やめろよ、おい」
どこから乗った? いつからいた? こいつら誰だ?
ぐんぐん加速する車の中で、汗と疑問にまみれながら浩二は焦る。
「――おい、やめろよ。車……とめてくれよ……」
情けない震え声の懇願を、少女は無邪気な声で無視し、なにかをとり出した。
「ドライブなので、すーちゃんから特別プレゼント」
黒い折り紙のようだが、不格好でよくわからない。
「はい、どうぞ」
少女は危うげなく助手席に立ち上がり、それで浩二の目元をおおった。
視界が消えた。暗い。なにも見えないなか、男と女と少女の明るい声だけが耳に響く。
「サングラスね。かっこいい」
「パパもほしいなぁ」
「こんど、金色で作ってあげるね」
あはははと高く上がる、白白しいまでに明るい笑い声。
少女が陽気に歌いだす。
チキチキバンバンと旅にでよう、魔法の車よ走れ、早く早く早く。
少女の歌声、男と女のうかれた手拍子。
楽しいドライブのワンシーンの中で、浩二はみっともなく泣いていた。
手はハンドルから離れない。右足はアクセルをさらに踏み込んでいく。
車はさらに加速していった。
この先、県道はゆるいカーブにさしかかり、「て」の字を描いている。




