悪夢
殴られていた。
殴っているのは亡くなった祖母で、郁子は夢を見ているのだなとぼんやりと思う。
打擲されているときは、何も考えないに限る。そうすれば世界はうすぼんやりとしたものになって、嫌なことはいつのまにか終わっている。
それでも痛みだけにはなれることはできないけれど。
祖母が手をふりあげるのをみとめ、きゅっと首をすくめる。奥歯をしっかりとかむ。
ぱんと音は軽い。それなのにじんじんと頬は鈍くうずいて痛む。耳がふさがったようになって声が聞こえにくくなる。
そっとうかがえば、自分をうっているのは祖母ではなくなっていた。
見知らぬ女だ。郁子と歳は変わらないぐらいだろうか。金茶に染めた髪、濃い化粧。キャミソール一枚の女は、薄笑いをうかべて郁子の顔をうちすえ、うずくまれば全身を蹴り上げる。
女の後ろに現れた、やはり見知らぬ男が床でのたうつその手に、くわえていた煙草を押しつけた。
火の傷みに悲鳴をあげる。その声の甲高さに、抱え込んだ腕の小ささに郁子は、気づいた。
なぜか子供の姿になっている。
就学前くらいの幼い少女。
まじまじと手をみつめた。
爪は伸びて欠けて折れて、中は真っ黒に汚れている。
小さな子供の腕。細い。ふくふくしたまろさは欠片もなくて、どす黒いものと、赤いものと、薄黄いもの。うきでた痣で、だんだら模様の肌。
二人はけたけた笑いながら、冷蔵庫からとりだしたビールを飲み、笑いあい、キスをする。
這って逃げようとする頭に、二人はビールをぶっかける。冷たい。炭酸が目にしみる。口の端から液体がはいりこむ。苦くてまずくてえづいた。
男が台所のシンク下を開いた。湿ってこもった空気がもわりと臭う。
その中へ女に蹴り転がされた。
戸がぱたんとしまる。ゆがんだ合わせから、ごくごく細く光が差し込むが、なんの救いにもならない。
むき出しの足の上を、ゴキブリがはっていく。気持ち悪い。
ぬれた体は冷え切って、吐く息だけが熱い。
耳の横にあるパイプが冷たくて、そっと頭をもたせかけた。
ただただ、ひもじくて、くらくて、くるしくて、いたくて、つめたくて、かなしくて、こわくて、さむくて、いきぐるしくて、さびしい――
そこでぽっかりと目がさめて、郁子は薄闇の中、細部までおぼえている夢が、胸苦しく悲しくて泣いた。




