和気
アパートの階段を見上げる路上で、その踊り場にぽつんと丸い影を見つけた郁子は思わず吐息をついた。
あの日からたびたび、すーちゃんはこうして帰宅時の郁子を待つかのようにあそこにひとりで座っている。
あの優しげな両親は仕事で遅いのだろうか。すーちゃんはまだ、幼稚園くらいだ。一人で留守番させるのは危険な気がするし、なによりさびしげで胸が痛い。
「すーちゃん」
「お姉ちゃん、おかえりなさい」
にこにこ笑いながらすーちゃんは、郁子の身体に飛びついてくる。ひんやりとした小さな身体を受け止め、「ただいま」と言えば、すーちゃんはほんとうに嬉しそうに笑った。
郁子はすーちゃんと並んで座り、お父さんかお母さんが迎えに来るまで、たわいない話をしてすごす。
今夜の階段は、植物園になっていた。クッキーの空き缶に入れた折り紙を小さな手が折りたたみ広げて、たくさんの花を咲かせていく。
「これはユリ?」
「うん。これがスイセンでしょ。それでサクラ」
「じょうずだね」
初めは小さな子の相手にみがまえていた郁子もなれてしまえば、人なつこいすーちゃんをかわいいと思うようになっていた。
鶴しか折れない郁子に、得意満面のすーちゃんにあれこれ折り方を教えてもらうのも楽しい。
五分ほどして階下からお母さんが迎えに来て、手をふって別れる。
ささくれて乾いた気持ちが、ほんわりと癒されたその夜。
郁子は夢を見た。




