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千龍の郷と朱の帝国  作者: 観月
北の砦とアユの里
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 アユの里のすぐ目の前をオグマ川という清流が流れていた。里に多くの恵みを与えてくれる川だ。千龍の郷にはこのほかにもたくさんの川が流れているが、すべての川はこのオグマ川へと流れ着く。

 山吹はその川から水を汲んだ。両の手に持った桶にいっぱいの水を汲んで顔をあげると、兄の真昼が手を差し出して立っていた。

「ん」

 山吹は真昼に桶を渡す。

「昨日は悪かったな」

 真昼はさっさと桶を手に、歩きだしていた。

 兄が山吹に謝るのは珍しいことで、山吹は驚いて兄の背を見つめた。真昼も照れているらしく、後ろから覗く首筋がほんのり赤くなっている。

「うん、いいよ」

 山吹はそんな兄の様子に、にやにやしながら答えた。山吹も、桶を手にして真昼の後を追った。

「ねえ、朝霧が神和ぎさまになるって言うのは?」

「ああ、俺もよくわかんねぇんだ。朝になったら、神和ぎの里の使いがやってきて、朝霧が精霊様に認められたから、次の満月の晩に神和ぎ為りの儀式をするって言ってきたんさ」

「で? もう朝霧は戻ってこないの?」

「だろな。おまえももう十一だ。神和ぎになるってことがどういう事か知ってんだろが」

 二人は黙って、集落まで歩く。

 千龍の郷はいくつもの集落が合わさってできている。その中心にあるのが神和ぎの里だ。その里には神和ぎと呼ばれる者たちが暮らしていて、千龍の郷の集落はその神和ぎたちが精霊様から頂いた“告げ”に従って暮らしているのだ。

 神和ぎにはそれぞれの集落の霊力が強く、精霊の姿を見て、言葉を聞く能力のある者が選ばれることになっていた。

 新しい神和ぎは、神和ぎの里長である神主(かみぬし)に選ばれることもあれば、精霊自身によって選ばれることもある。そして、一度神和ぎになれば、一生を神和ぎの里で暮らすこととなるのだ。

「あ、真昼、その水はこっち」

 山吹は真昼にそう声をかけると、自分が先に立って歩いていく。集落を囲っている柵につなぎとめた馬の前に水の入った桶を置く。真昼もそれに倣う。

「ひゃー! でっけえなあ」

 桶を置くと、真昼はそっくり返るようにしながら、馬を眺めまわした。

「つか、お前はどうなんだよ?」

 真昼は馬の周りをぐるぐるとしながら山吹に話しかける。

「なにが?」

「けがとかさ……、崖から落ちたんだろ?」

「うん。大丈夫だよ。チェインに助けてもらって、手当てもしてもらった」

「朱の帝国か」

 真昼は立ち止まり、腕組みをして馬を睨んでいる。なんだか難しい顔をしていた。

「なーに、考えちゃって! 似合わなーい」

 山吹がちゃかすと「なんだとぉ!」と追いかける。きゃあ、と声をあげて山吹は走って逃げた。近くにいた小さい子どもたちが興味を持ったらしく、数人が山吹を追う真昼の後ろをとたとたとつられるように走り出した。

 いつもと変わらぬ風景だった。

 しかしいつもなら放っておくはずの母が「山吹! 真昼!」と二人に声をかけ、厳しい顔でこちらを睨んでいる。

 山吹は肩を竦めて立ち止まり、すぐその後ろに真昼が重なって立ち止まった。たどたどしい足取りで二人を追っていた幼子も、途端に興味を失ったように去って行く。

「これ、運んでちょうだい」

 山吹は母に膳を渡された。

「真昼も、あっちにまだ運ぶものがあるから」

 母は竈のある調理棟を指す。

 膳には漬物と、酒の入った甕がのっている。

 山吹が里長の屋敷へ酒を運ぶと、そこには父とチェインと神和ぎの里の使者が輪になるように胡坐をかいて座していた。

 山吹はお客人であるチェインに盃を差し出す。

「チェイン殿は、飲めますかな?」

 里長が聞くとチェインはやんわりとした笑顔を浮かべて「では、一杯だけ馳走に預からせていただきます」と、山吹の手から盃を受け取った。

 山吹が甕からチェインの手にする盃に酒を注ぐと、甘ったるいようなにおいがした。


 神和ぎの里からの使者は昼前に、チェインも里長と昼食を共にした後、砦へ帰ることとなる。

 出会ってからたった一日だったが、山吹は別れるのがつらいと感じた。

「山吹、里長殿に白点を預かってもらうことを了承してもらいました。世話を頼みます」

 チェインは去り際に見送りに来た山吹に言った。

「え……じゃあ、また会える?」

「ええ、もちろんです。白点は利口ですから山吹一人でもちゃんと砦まで連れて来てくれますよ。遊びにいらっしゃい。今日は、この里に来ることができてとても有意義でした」

 そうして、山吹の額に唇を寄せた。

 千龍の郷にはそのような挨拶の仕方はなかったので、山吹は「ひゃっ!」と、情けない声をあげると、全身真っ赤に染まった。

 山吹が後ろを見ると、少し離れたところで見送っていた真昼と母も驚いたように目を剥いている。が、その隣にいる父は全く意に介した様子はない。

「飛沫殿。先ほどの件、よろしくお願いいたします」

「結果が出次第、山吹を使いに出しましょう」

 飛沫がそう返すと、チェインはうれしそうな笑顔を見せ、馬上の人となった。

「では、お世話になりました」

 と、背後に居並ぶ里の者にあいさつをすると、馬に合図をだし走り去っていく。

「うそ……。馬ってあんなにはやいの!?」

 と、瞬く間に小さくなるチェインの背中を見て、山吹が声を上げた。


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