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ALICE ―Look me, and Die―  作者: 安藤真司
7/16

Heart heart;

海岸で向き合う二つの影。

一人は恐らく人間で。

もう一人も恐らくは人間で。

それでも、コミュニケーションが本当に取れているのかどうか、彼らにはようわからない。

意思疎通。

考えていることを、互いに伝え合うこと、共有すること。

心を、通わせること。

果たして、この世の人間のどれだけが、本当の意味で意思を持っているのだろう。

そして、他の誰かと意思を伝え合うことができているのだろう。

例えば、恋人たち。

彼らは互いに好きだ、と言うけれど。

その言葉は通じているのだろうか。

その思いは通じているのだろうか。


「好き」

「大好き」

「こういうところが好き」

「ずっと一緒にいたい」

「触れ合いたい」

「キスがしたい」

「愛してる」

「離れたくない」

「離したくない」

「結婚しよう」


陳腐だ。

こんな言葉に意味なんてあるのだろうか。

こんな言葉を言われたとして、嬉しいものだろうか。

そんなものは、誰でも言える。

誰にでも、誰に対しても言える。

相手が人じゃなくたって、同じくらいの熱量で言える。

なら、行為で示すのはどうだろう。

言葉で伝わらないなら、行為で愛情を示してやれば伝わるだろうか。

好きだといって手を握ったり。

むしろ何も言わなくても互いに手を繋ぐことができたり。

体が溶け合うように抱擁したり、体を重ねたり。

優しく頭を撫でたり。

でも、それだけ。

それだけだ。

あぁ、意外と人間にできる表現方法って限られているんだなぁ、と。

呆れてしまう。

結局は、愛情表現というものをするのに、体を接触させる以外の方法が人間にはないらしい。

求愛のダンスなどをしてみてもいいが、それが通用するのはごく一部の民族だけだろう。

そうした民族も結局は適当に体を触れ合わせる。

くだらない。

人間は誰だって、頭、胴、手、足から構成されている。

触れる部位なんて、熱を感じれる部位なんてごく一部だ。

第一、熱を感じたいだけなら布団に入ればいいじゃないか。

人から熱を貰うことにいったいどんな意味があるっていうんだ。

それに、愛なんてなくても人と人は愛を語れる。

愛なんてなくとも人と人は体を火照らせて愛に溺れることができる。

なんて矛盾した生物なのだろう、と言いたいわけではない。

愛がなくても、愛の結晶である子どもができてしまう欠陥を嘆いているわけではない。

やはり、どうしようもなく、人間は駄目だね、と語りたいのだ。

嘘しかつけない。

虚構の愛に縋ることでしか自我を保てない。

うん、まぁそれはそれでいい。

なら、私は何が欲しいんだろう。

私は何が知りたいんだろう。

人が愛を語れない理由を並べて、私は何を証明したいんだろう。

愛が欲しいのだろうか。

唯一の言葉が欲しいのだろうか。

唯一の行為が欲しいのだろうか。

そうかもしれない。

そうじゃないかもしれない。

そうだ。

やっぱり、私は、羨ましいのだろう。

ほとんどの人が嘘の愛を信じている。

そんな中にも、本物を持っている恋人たちがいることを、知っている。

例えば、自身にとってかけがえのない、友人。

飄々としていて、いつも心を見透かしてくるように余裕を持っていて、でも内心はいつも必死で、未来のびびりまくっている男。

元気いっぱいで、でもどこかこの世に存在していないんじゃないかって、こちらが不安になってっしまうほど儚げな女。

彼らには、他の誰とも違う、彼らだけの本物がある。

互いを尊重して、とか、互いを心から想って、とか。

そういう次元をどこか超えていて。

一つ、彼らに言葉は要らない。

話さなくても、通じてしまうから。

それなのに、わざわざ言葉を使う。

理由は、彼らにしかわからないけれど。

一つ、彼らは互いに互いを殺しあっている。

社会的にとか何かの隠語などではなく、直接そのままの意味で、彼らは互いを何度も何度も殺している。

彼らの体は、いくら傷ついても治る。

だから、致命傷を受けても、死に至ることはない。

それでも傷を受けた痛みは、受ける。

傷は傷として、体に残らなくても、心には残る。

それら苦痛は顔を歪めるし、激痛に頭は麻痺する。

二人は、その痛みこそを、愛だと言った。

ただの痛みではない。

ただ殴れば、叩けばいい、というわけではない。

彼らの基準によれば、それは愛ではないらしい。

腕を、喉元に突き刺して貫通させたり。

首を思い切り、全力で締めあげたり。

痛みが、死が、愛、など。

訳が分からないし、そんなものは愛なわけがないだろう、とも思う。

でも、だからこそ、そんなものを愛だと言ってしまえる彼らが本物に見えて、いいなぁ、って。

羨ましい。

例えば、自身にとってかけがえのない、家族。

凛として、時に厳しく、時に優しく、どこまでも誠実に、どこまでも精悍で、自分の信じた道をどこまでも進むことができる兄。

輝く金髪をなびかせ、銃を手に世界を縦横無尽に駆け巡る強さと、自分の信じた道すら壊してしまうほど感情を大事にできる姉。

彼らにも、彼らだけの形がある。

互いに家族というものをイメージしていて、好きで好きで、ずっと一緒にいたいと思っているのに。

二度と会えなくなるかもしれないのに、兄は世界の崩壊を選んだ。

二度と会えなくなるかもしれないのに、姉は自分の未来を選んだ。

好きなのに。

好きだから。

互いに別れる選択をした。

その意味は、理由は、彼らにしかわからない。

「信じるんだよ、未来を」

と、そんなことを言っていたようにも思うけれど。

未来なんてものを信じれるほど人間は強くない。

目の前のことで精一杯なのだから。

目の前のことだけですら、ろくに守れないのだから。

だからこそ、あるかどうかもわからない未来を信じた二人の姿が。

羨ましい。



アリスは、漠然と話し始めた。

幸いにも弐晩はまとまりのないアリスの話を何も言わずに聞いてくれていた。

アリスがただ喋りたいだけのときは黙って話を聞いて、何か意見を求められばきちんと答える。

優秀な聞き手である弐晩に助けられながら、アリスは少しずつ、言葉に熱を持たせる。

海岸にいるのに波が寄る音も聞こえないのはきっと、目の前、弐晩のことに集中しているからだろう。

自分の声すら、アリスの耳には届かない。

「知ってる?私さ、ずっと、羨ましかったの。一葉さんに結、お兄ちゃんにノアさん。目の前でさ、本物が二つもあったから」

「一葉さんと結のことは知ってるでしょ、二人とも傷が元に戻る能力でさ、いくら傷ついても死なない、化け物(ゾンビ)。だから二人は殺しあっていて、それを愛だって呼んでいた」

「それが愛かどうか、私にはわからないけれど、でも、あの二人にとってはそれが本物だった」

「お兄ちゃんは私と一緒で、結の世界の住人で、だからつまりは結の理想が創り出した偽物で、虚像で、やっぱり化け物で。ノアさんもノアさんで、結の理想が引き寄せた何かで、未来人で。もう訳わかんないよね」

「でも二人は信じた。互いに互いを思うことが、何よりだからって。世界の真実も存在の証明も、ここにはなくてもいい。ただもう一度、自分だって認められる何かが、相手だって認められる何かが出会えればそれでいいって」

「それがたぶん、お兄ちゃんとノアさんとが信じた、愛」

「言い方は、悪い、けどさ。言い方は、悪い、けどね。皆、おかしいと思わない?死んでも死なない、そもそも人ですらない、今を生きてすらない。そんな人たちが、だよ」

「どうして、全部をわかりあえる人に出会えたのかな」

「どうして、全部を認められるようになったのかな」

「どうして、全部を曝け出すことができるのかな」

「私は、怖いんだ」

「私は、自分を知ってる」

「自分がどれだけ醜いか、どれだけ壊れているか、どれだけ」

「そう、どれだけの命を、ないがしろにしてきたのかを、知ってる」

「私は怖い、怖いの」

「死ぬのが怖い、死んでしまって、その後どうなってしまうのかわからないのが怖い」

「でも、そもそも私は生きているの?ここに存在しているの?」

「わからない」

「証明できないんだ。私は私であることを証明できない。どこにも何も、私ってものがないから、私は私を知らない」

「人間じゃないことを知ってる。存在しないことを知ってる。死んでも死ねない怪物だってことを知ってる」

「それ以外には、何もない」

「なのに、ねぇ、なのに。私は知りたいんだ。私は欲しいんだ」

「愛を、恋を、本物を、知りたい。欲しい。自分の全てを捧げてしまえる、そんな存在が欲しい」

「おか、しいよね」

「だって、私は私を知らないんだよ。私は私のことなんて全然好きなんかじゃないんだよ」

「私のことを信じてくれる人を、私は信じることができない。なのに欲しいだなんて、おこがましくて、気持ち悪い」

「そんな世界が、ここにあるの」

「ここにあるのは、そんな醜い、私の世界」

「人間が虐げられているのも、私の理想」

「だって、人間は醜いから。醜いのに幸せそうで、でも私は人間にはなれないから、憎い」

「アンドロイドが世界を支配しているのも、私の理想」

「だって、アンドロイドは、人じゃないから。人じゃないものの代名詞だから。私みたいで、存在そのものが儚くて、綺麗」

「この世界は理想ばっかり。嫌になっちゃう」

「世界に理不尽があればあるほど、世界に幸福があればあるほど、私は私を嫌いになる」

「私なんて、ここにいる意味があるのかな」

「ここじゃなくてもいいんだけどさ。ここじゃないなら、ここじゃないどこかに私の居場所なんてものがあるのかな」

「私はいくつかの世界を見てきたけれど、どこも皆、私の力を欲しがるの。私の力、どこでも誰とでも強制的に通信できて、相手の視界すら操ることができる力」

「なら例えばさ。私にこの力がなかったら、私を必要としてくれる人はいるのかな」

「そこからもっと私を削ろう」

「自分で言うのもなんだけれど、割合と私の外見はいいほうだと思う。愛嬌があるように目鼻は整っているし。まぁそもそも結がそんな"可愛らしい友人"を思い描いたのだから、その結果としては妥当なものだと思うけど」

「結が創り出した私の外見を捨てよう。私って外面を捨てて、もっと私だけの私を見てもらったとして、私を必要としてくれる人はいるのかな」

「あぁでもさ。もうそうやって、どんどん私から上辺だけの私ってものを削いでいくとさ、結局何も残らないんだよ」

「私って存在はそこに落ち着いているんだよ」

「中身がない。空っぽだ。誰かに見て欲しい本当の私なんてものはどこにもいなくて」

「本当の私ってものは虚構に塗れている」

「私は、そうだね。だから、私が欲しいんだ」

「他の誰にも変えられない、唯一無二の私って存在を感じたい」

「この感情は、この行動は、この幸せは、私のものなんだって、胸を張って言いたい」

「でもまた、私一人じゃ自分を見失ってしまうだろうから、私を私だって導いてくれる誰かの存在があって欲しい」

「それをさ」

「きっとさ」

「あなたに託してしまったんだと思うの、ヨウ」

ここでようやく、アリスは言葉を切った。

砂になっているというのに、アリスは地面に座る。

アリスが座った音が聞こえたので、弐晩も合わせて座っておく。

しかしながらアリスは本当に何の躊躇いもなく、当たり前のように自身でつけた『弐晩ヨウ』という名前を使っている。

名前など、あってもなくてもいい、と弐晩自身は思うのだが。

本来の名前は、ただの通し番号、セカンドであって、弐晩ですらない。

弐晩、というのもセカンドから来た、『二番』をただ当て字にしただけである。

なお当て字を設定したのはアックスだったりする。

理由はよりいっそうくだらないもので、『二』は単にカッコいいほう(アックスにとって『弐』は格好いいほうという認識らしい)にしよう、というだけ。

『番』は話の途中で「そういや腹減ったな、晩飯にしよう」と呟いたアックスがそのまま晩飯から取ってつけた。

あまりこだわりがないのですぐに認めたものだが、今更、どうしてアックスもアリスも名前をつけたがるのだろうかと弐晩は不思議に思う。

その辺の感覚も、私らしさを求める心に依存していたりするのかもしれない。

と、弐晩はおよそアリスの話とは無関係のどうでもよいことに思考を割いた。

そうでもしないと、アリスの心に、引きずり込まれそうだったからだ。

「ね、聞いてる?聞こえてる、私の声」

「あ、あぁ。聞いてるさ」

「じゃあお願い。私の事、見ていてくれる?」

「それ、は」

弐晩はすぐには応えることができない。

見ていて欲しい、とは確かにアリスの先の言葉を借りれば、別に物理的に視界に収めていろ、という話ではない。

だが、それでも。

弐晩にだって、言いたいことが、ある。

「その役割は、俺じゃ、ないだろ」

「……どうして?」

アリスの声は、少しだけ震えていた。

どうして。

たったそれだけ、四文字の言葉に。

どれだけの意味が含まれているのだろう。

弐晩には、それが、重すぎる。

「俺は、人じゃないからだ」

アリスの心の闇を理解することはできない。

話を聞くことはできても、根本的な解決をしてやることはできない。

安心感を持たせるために頷くことは簡単だ。

簡単なのだが、弐晩は。

「俺は、ただのアンドロイドだ。人間に作られた」

「でも、あなたはここに生きているじゃない。こうして私と喋れる。私と対話ができる。私の話を、聞いてくれる」

「ただの振動解析だ。周波数の強度と特徴量からあんたの言いたいことを予測しているだけで」

「なら、人なら!人なら、私を見ていてくれるの?」

「そうじゃない!」

弐晩が声を荒げた。

これまでどこか達観していた様子しか見てこなかったアリスはそんな弐晩に混乱してしまう。

弐晩の様子だけではなく、自身の精神状態もあいまっているかもしれない。

「俺だって、俺って存在を、よく知らない。それを知るために、こうしてクラドルにいるくらいだからな」

強い語気に、アリスは一瞬怯む。

それでも。

(知りたい)

と思ってしまった。

自分の事を知ってほしい。

それと同じくらい、弐晩の事を知りたい。

それだけあれば、動くには十分だ。

面倒な言葉を並べる必要もない。

行動で示すまでもない。

「話して、全部。私も聞くから」

アリスの予想通り、これだけでちゃんと伝わった。

弐晩がゆっくりと話し始める。

「さっきも話したけどな、俺は人じゃない。なら、なんのために生まれたんだ。なんのために作られた?」

「それは、科学者達がどんな意図で作ったか、ってことじゃなくて、もっと漠然と生まれた意味とか自分に自我がある意味とかってこと?」

「そうだ。俺はただ、指定されたプログラム通りに動いているだけのはずなのに、どうして仲間たちの在り様を嘆いたり、喜びを共にしたり、未来に希望を持ったりすることができる?それもまたプログラムされたからか?なら、感情はどうやって数値化されている、何段階で評価されている」

「あなたはそれを知りたいの?」

「知りたい。探し続けている。きっと、ゼロも同じだろうな」

「ゼロも?」

「たぶん、な。俺たちは、あー、俺たちってのは、ゼロと、俺と、もういなくなったファーストのことだが、俺たちはきっと全員が全員、それを探してきたんだと思う」

「えと、ファーストって、普通にゼロと同じで、完全知能も人形(ヒューマノイド)も用いられた、完璧に人としてのアンドロイド、だったわよね?」

弐晩が、平坦な声で簡単に言葉を紡ぐ。

その表情も、言葉を発している間だけ、全くの無になる。

「ああ、自壊した」

ファースト。

人類が生み出した完全なアンドロイドの、二番目。

高度な知能と人そっくりな外観を持ち、さらに、ゼロ同様に次元Igへの干渉もできる。

そんな大発明とも言える存在は、自我を持ち、それが故に、自らを壊した。

弐晩は断じて自殺、とは表現しないが。

アリスはそれを正しく、自殺だと認識した。

ファーストが自殺した当時は既にゼロによる支配が進んでいたため、それほど世界的には騒がれたりはしなかった。

しかしながら、それを知った弐晩はひどく驚き、悲しんだ。

ファーストがどうして自身も壊そうと思ったのか、それが正しくわかるはずはない。

それでもほんの少しだけ、弐晩にはその気持ちが分かる気がした。

その気持ち、と呼べるものがあれば、の話だが。

「俺は、サード以降に作られたアンドロイドが羨ましい。それはもう嫉妬に狂ってしまう、とコンピュータが正常に稼動しなくなるくらいに羨ましい」

弐晩の口から羨ましいという言葉が出るなんて、とアリスは胸が締め付けられる。

嫉妬、憧憬、そんなもの。

最も人間らしい感情じゃないか。

「フォースを見ただろ。あいつらはやや特殊だが、しかし、サード以降のアンドロイドには、人間というストッパーがついている。自分を自分だと認めてくれて、自分の力を制御してくれる人間が常に側にいてくれるんだ」

「自分を、見てくれている、人が、いる」

「そういうことだ」

(そか)

納得の声を胸にしまう。

どこかいつも、世界からずれているような印象のあった弐晩の想いに、初めて触れたアリスは、自分の感じた想いを、弐晩から受け取った想いを大切に心にしまう。

そうかそうか。

やっぱり、ヨウも誰かが羨ましかったんだ。

アンドロイドという身分でありながら、人と共にあれる。

人が自分を見てくれている。

人が、自分の暴走を抑えてくれる。

そんな関係を、求めて、求めてしまう自分の心が果たしてプログラムされたものなのか否か、判断が下せなくて、だらだらと生き続けてしまった。

その葛藤を読み取って、アリスは少しだけ、座る位置を弐晩の側に寄せる。

弐晩がアリスに声をかける。

「なぁ」

アリスはすぐに答える。

「なに?」

「あんたの中でどこからが『人』だと定義出来るんだ?」

「どこから、って」

「機械の介入しないもの、四肢を機械に代替したもの、呼吸器や心臓を機械に代替したもの、脳を機械人形に移植したもの、呼吸器や心臓を生物のそれに代替したもの、四肢を生物のそれに代替したもの、生物の介入しないもの」

アリスは、答えられず、黙る。

どこからが人間なのか、と言われてもわからない。

人間と機械との境界など、あってないようなものだ。

ならば、その違いはもう、本人の心にあるのではないだろうか。

「半分以上を機械で補ったそれは本当に『人』だと言えるのか、その逆も然りだがな。俺にはどちらも等しく『人』に見えるよ」

「ふぅん、なら、あなたは人に見えるけど?」

「ただの機械人形だよ、たまたまおかしな思考を持ってしまっただけのな」

「思考に人が人である理由を求めるのは酷だと思うよ。思考だけを鑑みるなら人ほど未熟なものはないし、未熟なものを人だと定義してしまうことも出来ないわけだし」

「でも、俺は、人じゃ、ない」

「人だよ、人間だよ」

アリスはそっと弐晩の手を取った。

そこには、確かな温かみがある。

例え作られたものだとしても。

内燃機関による発熱だったしても。

たぶん、アリスが感じる温かさは熱力学の法則に基づく高温熱源から受け取った何かではないのだ。

弐晩の手を、両の手で包み込む。

優しく、柔らかく、強く。

この感触が、ただの機械なわけがない。

「人形なわけ、ないでしょ」

「機械だよ、感情も心も意識も全てがプログラミングされた鉄の塊だ」

「感情も心も意識もあるよ、あるのに気付いてないだけ」

「ねぇよ、ない、何処にもない、見えない」

弐晩の心は堅く閉ざされている。

けれど、アリスには感じているものがある。

何処にもないと弐晩は言うが、アリスに言わせれば『ここにある』。

(どうして、全く、どうして伝わらないかな)

どうして心は見えないのだろう。

このどうしようもない気持ちこそ、見えなければいけないはずなのに。

どうでもいい上っ面ばかり視界に映り。

見えてるものだけしか人々は共有することは出来ない。

弐晩には目がない。

共有すべき世界がない。

彼にとっては世界はただ0と1で表現された重みでしかない。

彼にとって心とは乱数による感情の割り当てでしかない。

認知できる情報こそが全てだからこそ。

彼の世界は真っ暗なままで。

彼の心は彼から見えない。


(なら、今ここにいる私がやるべきことは一つしかないか)


アリスは心内で答えを出し、自身の力を強く発現させる。

次元Igへと自身をアクセスする。

身体の深い底に眠る自分の芯から、この自身の立つ次元の外側へと意識を広げる。

自分という情報を広げる。

(集中、集中)

目の前で急速に高まるアリスの力やアリスに流れ込む情報量に弐晩が目を見張るのもひとまずは無視して、自分の世界を広げていく。

自身の生まれ故郷、野上結が創った仮初めの世界。

初めて意識というものを持った時には既に自分を守ってくれた優しい兄リンドウ。

その兄と共に自分を時に優しく時に厳しく助けてくれた愛する家族にして、目下捜索中のノア。

そんな閉ざされた世界から自分を引っ張り出した、何を考えているのかさっぱり分からない黒田一葉。

自分達に何かを託して消えていった想い。

今の自分が行動を共にするクラドルの誇り高き信念。

目の前に立つ、弐晩。


(見せたい)

見えないものを。

(見て欲しい)

ここにあるものを。

(見て貰いたい)

自分の感じるこの心を。

(見えて欲しい)

そうだと感じる私の心を。

(見えて)


アリスは願い、そして力の全てを『そこ』に流し込む。

すると『そこ』に光が集まりだし、何かを象る。

優しい木漏れ日のような熱が、そこから湧き出す。

焔色に染まる光球が、アリスの心象を描いていく。

絶え間無く形を変え、変わるたびに新たないろが加わっていく。

それでも決して黒になることはなく、常に鮮やかな色でそれは鼓動し続けている。


「あるよ、ほら」


アリスの声で、『それ』は再び大きく跳ね上がる。

心臓の鼓動に呼応しているかのように。

アリスの心の煌めきが残滓として散っていく。

その様すら美しい『それ』は何より、弐晩の目(・・・・)にも映っていた。

「これ、は」

「私の心」

「アリスの、心」

「見えるでしょう、感じるでしょう、これが私の心」

言ってアリスは呆然とする弐晩を、思い切り抱きしめた。

すると『それ』が急速に、真紅の光に燃え上がる。

アリスの心の熱に繋縛された『それ』が、アリスの心象を彩っているのならば。

「今の熱が、あなたの熱だよ、弐晩」

「な……」

「あなたの心に私の心が反応したの、あなたの心はあるんだよ、『ここ』に」

「俺の、心が、ここに、ある?」

「そう、そうだよ」

見えている。

心がそこにあると感じている。

それがただの物理現象などではないことは分かってしまう。

どうしたって自分は全てを情報として捉える機械なのだから。

その機械に読み取れないそれは、識別出来ないそれは、心でなければ度し難い何かだ。

それで充分、自分に理解不能な何かであればそれで結構。

アリスの力が尽きたか、『それ』が陽炎のように揺らいで、そして消失した。

弐晩を抱きしめてたアリスがそっと離れる。

しかし、弐晩の身体に、アリスの熱が妙に残る。

当然アリスの体熱は感じる。

そう設計されているから。

センサーが設けられているから。

しかし、この熱さは、たぶんセンサーとか数値とか、そういったものではないのだろう。

アリスの息が荒い。

相当、精神力を酷使したのだろう。

そうまでして、心を可視化してくれたアリスに対して、自分の心の存在を、僅かばかりでも証明してくれた少女に対して、せめて弐晩は真摯に向き合う。

そして、己の言葉で自分の心を固定する。

もう二度と、そこから離れていってしまわないように。

「理解できない、が、『それ』がアリスの心なんだな」

「そう」

「そこに、俺の心があるんだな」

弐晩が思っている以上に疲れ果てているであろうアリスはしかし、とびきりの笑顔で応えた。

応えて、くれた。


「そう、ここにあるんだよ、弐晩ヨウくん」


必要ないと思い、これまで決して欲しようともしなかった。

彼自身を指す、名前を添えて。

「なんだ、そんなところにいたのか、俺は」

「そうだね。近くのものは見えないものだよ。目の見えなかったヨウなんかは、特に、ね」

「なぁ」

「なに?」

言いづらそうに、というよりは正しく言葉を選ぶように弐晩は少しずつ喋る。

アリスが全てを見せてくれたように、今度は自分がアリスに全てを伝える必要がある。

伝えなくてはならない。

「俺は知っている。誰かのために全力を出せる者を、理論的にはどう考えても間違っているのに、感情から誰かのために自分を犠牲にできる者を、どう呼ぶか」

「なんて呼ぶのかしら」

言おうとして、自分がかなり恥ずかしい話をしようとしていることにようやく気付いて、弐晩は照れ隠しを含めて煙草を一度吸って、煙を吐き出す。

恥ずかしくない、と自分に言い聞かせる。

アリスはその間何も言わずにじっと弐晩を見つめている。

自分を待ってくれている、そのことがやはり、嬉しい。

「『人間』だ。そして、その献身を自分のために行ってくれる者を、こう呼ぶ。『友』と」

数秒の間。

弐晩の言葉を何度も何度もアリスは反芻する。

彼の言ったことは二つ。

アリス・リーフィンクは人間である。

アリス・リーフィンクは弐晩ヨウの友でる。

嬉しい言葉だ。

嬉しいはずの言葉だ。

自分を、人間だと認めてくれた。

証明してくれた。

人間である弐晩の友なら、自分もまた、人間であろう。

どこまでも幸せな気持ちが溢れてくるような、はず、なのに。

どこか釈然としないのは。

どこか不満を持ってしまうのは。

(これもまた、人間ならではってこと、なのかな)

冷静に考えてはいるけれど。

その内心は荒れ模様だ。

「友、ね」

「君もちゃんと人間だよ。アリス」

「う、ん。私が気になったのは、そこじゃ、ないんだけど、な」

「ああ?」

「まぁいいや。ありがとう、ヨウ。私、人間みたいだ」

「おぅ。俺たちどうやら人間らしいな」

「みたいね」

互いに笑いあう。

自分の心に、初めての感情が生まれたことを、喜び合う。

アリスは自分の心を、たっぷり堪能する。

そうか、私は、人間だったのか。

いつの間にか誰かのために自分ってものを犠牲にできていた、犠牲にする自分ってものを、とっくに認知していた。

そのことに感動し、そして、また異なる純朴な感情の存在に苦笑する。

友、と言われた瞬間に生じた、胸を刺す痛み。

どうしようもなく苦しくて、どうしようもなく寂しくて、どうしようもない。

だが、気持ち悪くはなく、むしろどこか嬉しいくらいで。

いや、違う。

もし、目の前にいる人物がこんなことをしてくれたら。

嬉しいと思うだろう、とその妄想だけで、心がいっぱいになるのだ。

どうして欲しいのだろう。

友じゃなく、何だと言って欲しいのだろう。

何だと言ってくれたら。

自分の心は。

なんて。


(ああもう駄目。私、彼が好きだ)


自覚してしまった感情を、胸にしまう。

きっと、それを伝える場は今じゃない。

十分に自分の心の内を曝け出してしまったが、まだ届いていないような気がする。

と、いうか今の今までそうだと感じなかった自分に驚きだ。

(結やノアさんも、好きな人の前だと、こんな風になったのかな)

と、適当に自分の気持ちを別な方向に向けて。

アリスは前に進むために、言わねばならないことを、言葉として発する。

「もう一度、さっきと同じこと、聞いてもいい?」

「なんだ」

次にアリスが何を言うのか、弐晩には当然わかっていた。

わかっていたが、アリスがきちんと言葉にするのを、待つ。

待っているのを少しばかり、楽しみにしている自分の存在に気付いてしまう。

しかしそれも、悪くない。


「私、あなたを見てる。ずっと。見てるから、私のこと、見ていて、くれる?」


それに対する弐晩の答えは、決まっている。

だからすぐに答えようとしたのに、アリスは言葉を続けた。

全く、自分勝手である。


「ううん、違うね。私のこと、見ていて欲しい」


今度こそ、はっきりと。

弐晩は自信を持って。

確固たる自身を持って。


「ああ、何時如何なるときも、君を見ていよう。そこに俺の心がある限り」

「なにそれ。永遠ってこと?」

「君が望むなら、そうしよう。アリス・リーフィンク」

「信じてる。弐晩ヨウ」



二つの心は溶け合って。

一つの道を指し示す。

それが正しいかどうかではなく。

進んだ道を正しいと、呼ぶために。

共に生きる誰かに、正しかったと言ってもらうために。

ただ、進む。

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