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ALICE ―Look me, and Die―  作者: 安藤真司
6/16

Smoking smoking;

フォースの元での騒動からアリスたちは戻ってきた。

弐晩が一部始終をクラドルの取り纏め役であるシーガンとその秘書フロイナに話す。

シーガンはまず無事生還したことを喜び、しかし険しい顔でアリスを見る。

「なぜ、アリスをゼロが狙う?」

ぽつりとシーガンが呟く。

ゼロがエイスとナインスを差し向けてきたのは、わかる。

アリスが関係あろうがなかろうが、フォースの元に弐晩とアックスが現れることがわかった時点で十分に襲撃する理由にはなろう。

今回はアリスの登場によって世界の在り様が一つに確定した。

単に感覚的なものだけかもしれないが、どんな手段にせよ世界がアリスの世界製作(ワールド・メイク)によるものになったことから、アリスの存在には気付いていたらしい。

それも特に問題はない。

問題なのはナインスの言葉だ。

ナインスは弐晩に対して、こう言った。

『渡してもらおうかぁ、アリスを』

『こちらに渡せと言ったんだよ!!』

戦闘前の常套句ではあるので、それほど気にするようなことでもないとは弐晩も思うのだが。

しかしやはり二度同じことを発言していればそれも信憑性が増すというものだ。

つまり。

「ゼロがアリスを、捕まえたがってるってわけか」

「かもしれないな」

ゼロがアリスを殺したがるなら、まだ理解もできる。

現在アリスはクラドルに加入し、さらに組織として動くには相当に脅威となる能力もある。

また、世界の創造主であるアリスが、それもあの野上結のオリジナルであるアリスが、この世界の在り様をそのまま変えてしまう可能性だって否定できやしないのだ。

その意味で、アリスが殺害対象だと言うならわかるのだが。

アリスを捕まえてゼロが何をしようというのか、あまり想像できるものではないし、弐晩としてはしたくもない。

理論立てて考えるならば、アリスにできること、アリスにしかできないことがあるからこそゼロがアリスを捕らえようとしていることになる。

して、アリスにできることというものもそう多くはない。

「今の私なんて、せいぜいが情報の錯乱とか、大規模通信とかそのくらいしかできない、と思うけど」

もちろん、その気にさえなれば、世界に干渉することも不可能ではないだろう。

現在のアリスにそれが可能かどうかはおいておいて、だが。

「考えるなんて弐晩に任せておけ。どうせ俺たちの頭じゃ弐晩よりよく考えることはできんだろう」

相変わらず割り切るところはすぐに割り切るアックスがまとめる。

確かに現状考えても仕方がないのは間違いない。

フォースも言っていた通り、この辺りはアックスの美点であろう。

「はい、お茶でもいかが?」

フロイナがアリスに紅茶を出す。

銘柄なんてものが香りからわかるような生活をしてこなかったアリスだが、良い香りがカップから漂ってくるとそれだけで十分幸せな気分になれる。

もしかすればただの安物なのかもしれないが、雰囲気を楽しめる時点でアリスにとっては些事である。

と、いうかほとんどがアンドロイドによって構成されているこの社会でまともに紅茶というものを楽しめていることは本来驚くべきことなのだろう。

ロボットは、飲食を必要としないのだから。

仮に飲食している風に見せかけていたとしても、それはあくまで見てくれの問題であって、必要に駆られての行為ではない。

人間の各器官で行われている意味合いでの消化も吸収も、ロボットが行うことはない。

それはいくら技術が進歩したところで。

いくら技術が人間そのものを追い求めていたところで。

人間とはやはり根本的に不完全な存在であるということなのだろう。

なにせ、人間に近づけようとすれば消化器官を用意する必要があるというのに、ただのロボットであれば内側にそのような酸を貯めるタンクも必要なく、食費だってかからない。

人間を作ろうとすればするほど、ロボットの機能としては無駄が増えていくらしい。

当然といえば当然である。

アリスはそんな世界の矛盾を思考しつつ、ゆっくりと舌で温度を感じる。

「おいしい」

「そう?ならよかったわ」

この温かさが、喉元を過ぎても忘れてしまわないように。

そっと。

長く、ゆっくり、時間をかけてアリスは紅茶を楽しむのであった。



クラドル、という組織の立ち位置は、反政府組織『未来』の中でも異質である。

まずもってアリス加入前はたったの四名という人数。

そして未来同様に政府への打倒、自らの現在を変えようという意志を一にしながらも、全く異なる方法でそれを叶えんとしている。

さらにはそのメンバーの一人に、敵であるはずのアンドロイド、それも番号付きの弐晩がいる。

これらの要素を踏まえて、未来の中に、クラドルへの不満を持つ者がいないはずがない。

自分の現状を変えようとする者はいざ知らず。

自分の現状を嘆き、未来に加入する者は大体において、意味もなくアンドロイドを嫌っている。

無論、意味がなければ嫌ってはいけないということはなく、人間として生活を脅かされているのだからそれも当然と言えよう。

また、クラドルはあくまで、この今、この今ある政府を倒し、今から世界をやり直すことを目標に掲げているが、未来の目標はそれとは全く違う。

未来の総意は、この今を間違ったものだとして、正しくあるべき姿に世界を構築しなおすことである。

そのための手段として、今の世界を創ることとなった原因、黒田一葉と野上結の抹殺、ないしは彼らの次元Igへの干渉を食い止める、といったことを行っている。

結果としては、黒田一葉自身が張り巡らせた策によって、一葉曰く、未来の祈願が成就することはないらしい、とアリスは聞いている。

それがどこまで効力をもっているのか、当然アリスは知らないが、一葉の言うことは大体外れることがなく、彼が"絶対"という言葉を使っている以上はそうなのだろう。

第一、その一葉の台詞を未来の皆が知る由もない。

アリスとて、聞かされたのは偶々であったりするのだ。

いや、もしくは知っていてなおも止まることもできずにこうして何かを求めて抗い続けているのかもしれないが。

ともかく、後戻りのできない未来は、なおも今を追い求めるクラドルを敵視する傾向にある。

そのためにクラドルは未来と共闘することがない。

共闘しなければ、情報共有もかなり一方的なものである。

クラドルが未来からもらえる情報というのは微々たるもので、本来レジスタンスなんてものは情報こそが武器なのだが、その情報がクラドルは圧倒的に足りない。

だが、未来が積極的にクラドルに情報提供したくないという気持ちも十分にわかるクラドルの取り纏め役、シーガンはだからこそ、未来とは別口に情報源を持つようにしているのだ。

その一つがフォースの存在である。

ゼロの傘下にある番号つきのアンドロイドで人を超えた完全知能を有しており、ありとあらゆる可能性を想定できているはずなのに、同じアンドロイドの弐晩に肩入れもしている。

いや、肩入れなんてしていなくて、完全な中立の立場にいる。

どうして彼らがフォースが弐晩に情報を提供してくれているのか、例えばアックスはその辺りもよく知ろうとはしないが、シーガンに言わせれば、同志のよしみ、らしい。

当の弐晩やフォースは自分たちの関係を明言するようなことはしていない。

だがフォースのもたらす情報や、シーガンとフロイナが微々たるものながら未来から収集する情報、それらを基にクラドルは行動範囲や作戦を決める。

基本性能はゼロ率いるロボット、アンドロイド軍団である政府が未来を圧倒する。

だが、通常のロボットでは出来ない次元Igへの干渉が、未来にはできる。

通常の人に行える干渉はあくまで、自分で創った世界に自分で飛び込むだけだ。

対して、アンドロイドが行う次元Igへの干渉はどちらかといえばこの世界をベースにして、次元Igに存在しているモノを顕現させるような形である。

どちらが優れているということもなく、どちらも次元Igに振り回されるばかりなのだが。

やはり戦闘においては今いる世界をベースにする分、アンドロイド側に軍配が上がる。

そんな苦境に立たされている未来及びクラドルは情報を確かに武器として活用するため、日々を必死に生きている。


その、クラドルが、決して触れられない領域が、未来という機関にはある。


それが、ノアに関する情報。

アリスの探し人であり、アリスの家族。

彼女の存在に関してだけは未来の中でも極秘に近い存在となっている。

未来全体として、ノアなる人物が、全ての元凶である野上結の創り出した世界に入り込むことに成功した、ということは伝達されている。

しかしこの今が何も変わっていないところを見るに、その後世界の修正まではうまくいっていないらしい。

加えて、ノア以外の人物がその世界に入り込むことに成功したという話も聞かない。

これらの話を冷静に分析するならば。

そもそも野上結の思い描く理想の世界というものに招待されなければ彼女の世界に入ることなど無理なはずであり。

野上結の理想として認められたのがノア一人だけであり。

かつ、それは絶対に成功しないということだ。

その辺りは正直シーガン、弐晩、フロイナからすれば容易に想像がついていた。

図らずもアリスの登場によって、彼女の言葉からそれが真実であることを確認までしてしまったわけだが。

絶対に未来が失敗するということがわかったため、より一層、今の自分達を変えるためには今あるこの世界を変えなければならないことも、クラドルの面々からすれば確定したこととなる。

だが今を変えようとする上でやはり問題となるのが、このノアの存在である。

つまり、必ず失敗するだろうという予測は立つわけだが、相手はあの野上結とその狂った恋人黒田一葉なのだ。

世界の一つや二つの在り様くらい余裕で変えてきてもおかしくはない。

となれば、政府側としても、ノアが野上結の世界に介入することはあまりよろしくはない。

ゼロや番号付きのアンドロイドが次元Igに干渉できるといっても、野上結の世界に入ることができるわけではないので、未来の思惑を食い止めるためには未来そのもの、ノアという存在を叩く必要がある。

このノアを殺すためであれば多少危険を犯してでもゼロたちは動くはずだ。

その瞬間をこそ、クラドルは機と見て動き出そうと考えている。



「動くぞ、クラドルも」

シーガンがそう話したのは、そろそろ時間がなくなってきた、という状況のみならず、ゼロが仕掛けるタイミングもまた、今しかないだろうという予測に則ってのものだ。

いつになく力強く話を進めるシーガンに、一同は緊張の面持ちになっている。

「まず、未来の最重要機密である、ノアを見つける。これは無論、アリスのクラドル加入条件とも被るのでどの道行う予定であったものだ」

ノアを見つける。

その言葉にアリスの胸が動く。

あの笑顔に再び会うために、そう。

こんなところまで来たのだから。

こんなところに来るまで、我慢してきたのだから。

何年も、待ってきたのだから。

「でもどうするつもりだ?情報も集まりきっていない状態だろ?」

弐晩の指摘にもシーガンはうろたえずにしっかりと構えたまま答える。

「情報が要らなくなった、というよりは、情報の意味がなくなったのでな。それは大丈夫だろう」

「どういうことだ?」

「そのままだ、アリスだよ」

シーガンは力強く言い放った。

アリスは自分の事だったのでなんとなくシーガンの言わんとしているところが理解できた。

その横でアックスは今度の話は自分にも関係があると踏んでいるのか、きちんと話を聞いている。

「今現在の世界において、情報は可視化できる。そして、可視化できれば、その情報は読み取り、更には改ざんすることまでできるのだろう、アリスになら」

そこに情報さえあれば。

弐晩は情報の存在を可視化する能力を持っており。

アリスはその情報を完全な形で読み取ることができる。

なるほど、二人の存在さえ揃えば可能ではありそうだ。

しかしながら、根本的な問題が残ってはいる。

「だがよ、結局ノアの存在を知る人物なり記憶装置(メモリ)なりを探し出さなきゃならんのだろう?それはどうするつもりだ」

アックスが尋ね、それに対し、ようやくシーガンの言わんとしていることを理解した弐晩が間髪いれずに答えた。

「ゼロか」

「はぁ!?ゼロ!?」

呆れた風に声を荒げたアックスが、素晴らしいタイミングで紅茶を持ってきたフロイナからカップを受け取る。

アリスにも少しずつ話が見えてきた。

ゼロ、つまりこの世界の統治者で、クラドルの敵。

そのゼロが当然、『未来』という組織を潰すために動いているはずで、そうであればゼロにはノアの存在の見当が多少なりついているはずではある。

未来とろくに連絡を取り合うことができないクラドルとしてはこれ以上ないほど有力な情報源ではある。

だが、あまりにも無謀でもある。

ゼロ相手に、直接の接触を仕掛けようというのだ。

そもそもゼロを敵にしてまともに戦闘が行えるのならば初めから政府に世界を奪われたりはしない。

それは何も単純な戦闘に限らず、交渉、奇策の類においても同じことが言える。

ゼロに会うまでにアンドロイドをどれだけ倒す必要があるかも不明瞭な上に、その時点でゼロに場所を移動される危険性もある。

それら危惧すべき事項を全て踏まえて、アックスはシーガンに対して否定的なニュアンスを含めたのだろう。

「いいじゃない、それでいきましょう」

事態を飲み込んで、なおもアリスは笑った。

その笑みの意味も分からず、弐晩は怪訝な顔つきをアリスに向ける。

「危険は承知だけど、私もクラドルも未来も時間がない。時間がないし、ないからこそ、何度も繰り返してしまっている」

繰り返して繰り返して、それでも何も得られないなんて、そんな世界は間違っている。

そもそもが、一度起きた物事を繰り返してしまえる世界が正しいだなんて思えない。

今の自分は、他の誰もない、過去の自分が積み上げてきて、過去の自分が望んだ自分なのだから。

自分の住まう世界が間違いだなんて、そんなことを認めてしまえるわけがない。

間違いは正すべきだ。

正せなくても、間違っていることを証明すべきだ。

間違っていることにさえ気付いてもらえれば、後は自分でなくとも勝手に正しい方向に進んでいけるはずである。

進めないなら、それこそ。

「繰り返してしまうくらいなら、いっそ滅んじゃったっていいじゃない、こんなくだらない世界」

滅んでも、というより、自分の手で滅ぼしてしまっても、いいだろうと。

アリスは至って自然に、自身の答えを口にした。

そのことを他の誰も喜びはしなかったし、冷やかしたりもしなかった。

ただ、同じ女性であるフロイナがひっそりと悲しげな表情を浮かべているのに、アリスは気付いて、しかし互いに何も言おうとはしなかった。

代わりに弐晩が懸念事項を述べる。

「俺とアリスが共にゼロの元へ到達することが、第一目標になる。つまり、そのためにはアックスだけでその他を相手することになる、が」

「いや、それには及ばない、私も出よう」

「はっは、こりゃ珍しいな、シーガンが出るとはよ」

「ええ、それに私も、ね」

「クラドル総出か」

どうやらクラドルとしても今回で全てに片をつけるつもりらしい。

少なくともシーガンはそう考えているようだ。

ゼロを倒すためにノアの情報が欲しくて、そのためにゼロに会おうというのだから笑えない。

弐晩はあらゆる可能性を色々と思考してみたが、確かにアリスの登場、というまたとない機会によって、世界は目まぐるしく動いている。

現状を鑑みるに、今を攻め時だとするのは決して間違いではないようには思う。

思うが、同時にあまりにも時節が良すぎるのではないか、という疑念も晴れない。

相手はあのゼロなのだ。

ここまで全てを計算して、わざとクラドルを全ておびき出しているのかもしれない。

その場合、まんまと政府の策に嵌るわけで、何もできずに全滅、ということも十分に考えられる。

そのような事態を避けるために本来、上司、上官という役職がいるはずで。

現場にいるものは、その身に何かが起きたとしても、それを情報共有しておくことで、次に自分と同じ道を辿る者が、自分よりも前に進めるように準備しておくものだ。

リスクマネジメントをせずに突っ込むのはよくない。

当たり前のことだが、弐晩は想定されるリスクというものを際限なく思考していく。

どこまでも深く、人間であれば考えもしないようなことまで、何度も、何度でも。

ところで、かつてフレーム問題と呼ばれていた、人工知能の思考にまつわる重要な概念が存在する。


<<フレーム問題>>

ふれーむもんだい。

かつて栄えた人工知能技術の推進において直面した問題。

簡単には、『ロボットが事象について無限に思考を続けてしまう』問題と表現できる。

ロボットはカメラや圧力センサ、マイクなどを通じて世界と繋がっている。

そして、それら各種センサの値を元にして自身の行動を決定する。

このとき、人工知能と呼ばれる情報処理系は、前フレームにおけるセンサ値と現在のセンサ値から、次フレームにとるであろうセンサ値を予測することができていたとする。

これはつまり未来予測であり、自身の行動の結果、果たしてどうなるのかをロボットが思考することができる、ということである。

しかしながらロボットには、自身の行動の結果、自身がどうなるのかを思考するべき範囲を思考することができない。

よくある例として、爆弾を取り付けられた自身のバッテリーを洞窟から持ち運ぶ、というものがある。

初めに開発したロボットは指示されたとおりにバッテリーを洞窟から持ち運ぶ。

しかし爆弾が取り付けられていること、それに伴い生じる弊害を予測することができず、バッテリーから爆弾を取り外すことなく持ち運んだため、爆弾が爆発し、ロボットは壊れる。

次に開発したロボットは爆弾を取り付けたことによる副次作用を予測できるようになった。

してそのロボットは爆弾の付いたバッテリーの手前で停止し、動かなくなる。

これはロボットが、『爆弾を取り付けたことによる副次作用』を無限に、際限なくシミュレーションしてしまうため起こる現象である。

このときロボットは、

爆弾を一緒に持ち運んだら爆発するのではないか

爆弾を取り外すことが自身にできるかどうか

爆弾が加わった分の重さを自身のアームは持つことができるか

爆弾はどういった爆弾なのかどのような条件で爆発するのか

爆弾の色は何色なのか

爆弾は誰が取り付けたのか

爆弾は持ち上げて大丈夫なのか

爆弾が爆発したら自分はどうなるのか

爆弾が爆発したら洞窟はどうなるのか

などなど、人間であれば考慮から外せるものまで全てを検討してしまっている。

人間はこうした状況に直面したとき、自身と自身が対象とするバッテリー、爆弾の関係性を無意識に抽出して、起こりうる事象を考えることができる。

ロボットにはその関わり度合いの抽出が適切に行うことができない、ということがつまりはフレーム問題と呼ばれるものである。

→(『ロボット三原則』を参照)

→(『ディープランニングを参照)

→(『Artificial Neural Network』を参照)


このフレーム問題を弐晩は、羨ましく思う。

技術者たちがフレーム問題を乗り越えたからこそ現在の弐晩がいる、弐晩はなにかしらの問題に直面したとしてもフリーズしない。

必要な情報のみを抽出して、自分に必要な情報だけを考慮して行動することができる。

できてしまう。

いっそどこまでも考え続けることができたなら、楽にただのロボットとしての役割を果たせるだろうに。

どうして自分には面倒な機能がたくさんついてしまったのだろうか。

せめて、目の機能が死んでいるのが救いだとすら思える。

目がなければ、見たくないものを見る必要がなくなるから。

世界との繋がりが希薄になるから。

より、ロボットらしく振舞えるから。

しかし事情が事情だ、そんな自分の意思だけでうまく世界は動かない。

せめて有能な計算速度を存分に活かして、自分たちの立場を少しでも優位に立たせるくらいのことはしたい。

自分たちなのか、それともアリスの立場なのか、微妙なところではあるが。

「あ、できる限りでいいんだけど、未来にはちゃんと宣言しておいて欲しいな、シーガン」

「ふむ、未来とて我々の動向は気になっているところであろうし、私の知る範囲では情報を渡しておこう」

「ありがとう」

アリスの簡単な確認をシーガンが当然と頷き返す。

思考を深めた弐晩がようやく意見をまとめる。

「成功した後は、どうするつもりだ?」

弐晩が挙げたのは、失敗時のリスクではなく、成功時のリスクだった。

まずはアックスが意地悪く口元を緩ませながら答える。

「成功してから考えればいいんじゃないか?」

次にフロイナが、

「私も学がないもので、あまり未来のことはわかりませんわ」

とおどけてみせる。

「正しいかどうかはわからないが、世界は在るべき姿に向かうだろう。その先のことを我々が関与する必要はない。ここで自分自身で正しい方向へ導く、などと言ってしまえば、それこそ政府の二の舞だ」

シーガンが精悍な目つきで続く。

そして。

誰よりも、何よりも弐晩のことを凛と見つめるアリスは、笑わない。

真剣な顔で、僅かな不安も覗かせない。

本当は誰よりもこの状況を心配しているはずなのに。

強く煌く炎のように、メルティブラウンの髪が微かな風に揺らめく。

弐晩もまたこのとき初めて、アリスのことを、見た。

目が見えない。

しかし確かに視線が合っていることを弐晩は確信したし、事実アリスと弐晩の目は合っていた。

アリスの熱が弐晩を包む。

触れてもいないのに。

触れていないから。

どこまでも遠くて近い距離が、縮まらない。

「未来を、信じれる?」

言葉が、意味以上に想いを乗せて、走る。

「成功したその後に、何が待っているか。失敗したその後に、何が待っているか」

アリスは一言一言をはっきりと聞かせるように話す。

「世界を変えるのは、世界じゃないよ。私たち」

秘められたメッセージも一緒になって、弐晩に届く。

私たち。

それは、人間で。

自然で。

その他の生命で。

アリスの含める中に、弐晩も当然いる。

「私たちクラドルは、未来に生きよう」

宣言は、時の中で輝く。

未来に生きると言ったアリスが、弐晩に一歩だけ近づく。

弐晩は、離れようとはしなかった。



作戦を煮詰める、と言ってシーガンとフロイナは二人で部屋に閉じこもった。

アックスはアックスで後はゆっくりしたい、とどこかへ出かけてしまった。

残された弐晩とアリスはどちらからともなく、二人並んで夜の世界に溶け込んでいった。

クラドルの基地である地下から離れて、深い夜の闇の中、足音だけを響かせて歩く。

二人が歩くすぐ横には海が広がっている。

あまりにも静かなので、世界が静止してしまっているかのようだ。

「海なんてもの、あるんだね」

「あるさ、あくまでこの世界はアリスの世界なんだ。海くらいなんてこともない」

「私の、世界ね」

意味ありげに間を取ったアリスに、弐晩は何も言わない。

そうした気遣いが無用であることをもう知っているからだ。

アリスは不用意な同情も、心配も、幸福も、必要とはしていない。

そんなものは自分で掴んでみせる、とアリスが自身に誓っている。

だから弐晩はアリスが自分から何かを話すまで、何も聞いたりはしない。

その思考が既に人以上に人であることを知覚せず。

黙ってアリスの横を歩く。

「これが私の世界なら、私は何を願ったのかしらね」

今あるこの世界は、アリスの理想が反映された世界である。

アリスの理想、それはいったいなんなのか。

自分の理想を映した世界のはずなのに、この世界にあったものといえば。

ロボットに、アンドロイドに人間が支配された光景。

人間らしさを見失う世界。

自分とは何か、考えざるを得ない世界。

こんなものの一体何が、自分にとっての理想だというのだ。

自分は、本当は何を願ったのか。

それをアリスは探したかった。

見つけ出したかった。

「ねぇ、少しだけ、聞いてくれる?私の話」

「勿論だ。俺もちょうど、アリスの話を聞きたいと思っていた、ところさ」

「嘘ばっかり」

そういえば、この短期間の中で、いつの間に呼び方が『アリス』になっていたのだろう。

いや、自分が気付いていないだけで意外ととっくにそう呼ばれていたような気もする。

(私も、呼んでみたいな)

そう考えた瞬間には、声になる。

言葉になる。

意味になる。

「ヨウ、弐晩、ヨウ」

「弐晩、ヨウ?」

「あなたの名前」

「どうして急にそんな」

「名前がある。私が呼べる。ここにいる。それ以上の意味なんて、要らない」

まったく横暴な発言だが、弐晩は訂正する気にもなれず、黙って受け入れることにした。

しかしながら。

弐晩ヨウ、とはまた。

どう考えても、黒田一葉から取っている。

(まさかとは、思うがな)

アリスがそう命名した理由まで考え出すのはよくないのかもしれない。

だが、そこに意図があって、黒田一葉から名前を付けたというのならば。

野上結と黒田一葉の関係を鑑みるに、アリスはやはり、野上結にとっての黒田一葉のような存在を求めているのかもしれない。

もっといえば、頼れる誰か。

自分がどうなってしまっても、どんな存在であっても認めてくれる存在。

自分の全てを見せ合えるような存在。

それでいて、全てを察するが故に、見せ合わなくても理解し合える存在。

そんな理想。

人間関係の理想。

世界の理想。

それが、集約しているのかもしれない。

(そんなもの、俺には重すぎるな)

弐晩は苦笑いを浮かべて、煙草を胸のポケットから取り出す。

ほとんど無意識の行為でのことだったが。

それはアリスに遮られた。

アリスはひょいと弐晩から煙草を取り上げると、ついでとばかりに手を出した。

「ヨウ、ライター」

「は」

「ライター」

「吸うのか?」

「うん」

「年齢、大丈夫だろうな」

「さぁ、知らない」

弐晩からライターを貰ったアリスは覚束ない手つきで咥えた煙草に火をつけた。

先端に淡く、橙色の火が点る。

がすぐに消える。

「これ、息は吸うの?吐くの?」

「それも知らずによく手に取ったな。ったく、吸うんだよ。最初はなるべくゆっくり、深呼吸するように、煙草の煙をしっかりと体内に巡らせるイメージで」

「ん、んん」

再びライターの火を近づけると、今度は定期的に火が煙草の先端で光り、徐々に先端が灰になっていく。

アリスの吐いた息が、弐晩の元に慣れた匂いとして届く。

ライターを返して貰い、弐晩も一服する。

やや乱れていた精神を落ち着ける。

「どうだ、うまいか?」

「全然。嫌な煙。くさいし、苦いし、気持ち悪い」

「そうかよ」

「でも、少しだけあったかいね」

「あぁ、それだけわかりゃ十分だよ」

そのまま無言で数歩、アリスが先行して弐晩に向き合う。

今度は、笑顔で。

「聞いてくれる?私の話」

「勿論だ、って言ったろ」

「そうだったね」

そしてアリスはようやく話し始める。

自分でもそうだと気付けなかった、本音を。

心を。

誰かのために。

自分のために。

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