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ALICE ―Look me, and Die―  作者: 安藤真司
5/16

Battle battle;

それは人の形をしていた。


砂塵がようやく収まると、建物が半壊しているのがはっきりと視界に映る。

歓楽街に悲鳴が走る。

それが果たして人のものなのか、アンドロイドのものなのか、アリスには分からなかった。

「アリス、何体だ」

弐晩が簡潔に質問する。

「四体」

アリスも一言で返す。

「じゃ誰かが二体担当だな」

アックスが笑う。

天井からは夜の光が零れている。

そして、その光を背に、不自然なまでに青白い閃きが、揺れる。

それらはアリスを視界に捉えると、不気味に静止した。

「ああ、ちなみに僕らは君らの戦いにはノータッチだよ?」

「我、関せず」

フォースは元々中立の立場だ。

ゼロと敵対するつもりのない彼らの選択としては妥当だろう。

アリスはポニーテールにしている自分の髪を掻き揚げる。

髪を分けたことによって外界に曝されるアリスの首元にある、黒色の紋章が薄暗くやはり黒色に光る。

鈍い光が夜闇の中で妖艶に映る。

アリスは自身を包み込む光の中からイヤホンの形を手に生成すると、それを一つずつ弐晩とアックスに放り投げた。

「通信用。どうせ弐晩は視界の共有の恩恵はないだろうけど、普通に会話はできるから」

「あぁ」

「へっ、便利なもんだ。ありがたく使わせてもらうぜ」

これはアリスの持つ能力、通信である。

光り輝くイヤホンを対象に渡さずとも、目で見たものや互いの声などを通信することはできるのだが、イヤホンの形状をした子機を作成したほうがアリスのイメージ通りに能力を発動することができ、アリスの負担も少ないらしい。

ところでちなみにアリスが元いた世界において、イヤホン、などという、音楽再生機器に繋ぎ使用者の耳に直接装着する音声出力装置は存在しない。

何故知らないはずのイヤホンの形をしているのか。

アリス自身もほとんど無意識なレベルで、彼女の生みの親である野上結の影響が色濃く残っているのだろう。

そんなアリスからイヤホンを受け取り装着したアックスがその目で見たものに驚き、笑みを深めた。

「っへ、どうも一回目攻撃した後に追撃が来ねぇと思ったが。まさかここで会うとはな、エイス、ナインス」

「そんなに戦力を割いてきやがったか」

弐晩もその言葉にやや面持ちが変わる。

エイス、ナインスと言えば誰もが恐れる番号持ち、ここにいる弐晩ことセカンドと二人で一つのフォースと同じく、次元Igへの限定的なアクセスを可能にしているアンドロイドのはずである。

どこかしらに制御用の人間もいるのだろう。

その二体がさらにもう二体お供を連れてやってきた、というところだろうか。

「それじゃ、せいぜい頑張りなよ」

「じゃあ、ね」

フォースが軽く挨拶をして、そそくさと何処かへと移動した。

戦闘に参加する気がない、ということは巻き添えも御免という意思表示だ。

まったく分かりやすい存在である。

もちろんそんなフォースに目を向けることもなく、アリスは目の前に集中する。

「とりあえず、次元Igへの干渉は防いだほうがいいよね?」

誰へともなく呟き、アリスは自身の力を解放する。

脳内にイメージを浮かべる。

自分を中心に、幾何模様が空間を這っていく感覚。

模様は互いに入り組みながら、しかし確実に相手の存在領域を特定する。

特定し、その領域にいる存在に丸印を付けていく。

それはアリスの言葉で表すと、器。



(なんか、象の耳みたい)

合わせ鏡で、自身の首の裏を眺めるアリスは自分の首元に広がる漆黒の紋章の形を、そう思ったことがある。

紋章の形に意味なんてものはない、とのことだが。

しかし、どことなく意味のあるものに見える。

ただの錯覚なのかどうか、よくわからないが。

実はアリスはこの形を気に入っている。

象は嫌いじゃない。

元いた世界に、動物、と呼ばれる生命体は存在していなかった。

総じて人以外の生命体はモンスター、怪物、など、基本的には人に害を為す存在だった。

もちろん腕の立つテイマーなどがモンスターをペットとして扱えるようにしてはいた。

しかし、アリスが初めて動物に触れ合うのは、元の世界ではなく、野上結や黒田一葉のいる世界で、である。

黒田一葉は自分の住まう世界を、次元Igとは無関係ということで、現実世界と表現していた。

アリスもそれに倣って現実世界と呼ぼうとしているのだが、結に止められている。

曰く、

「現実っていうのは自分がいる場所のことだよ。だからアリスちゃんにとっての現実世界は、あっちの世界だね」

ということらしい。

現実非現実の判断はともかく。

結がアリスを動物園という娯楽施設に連れて行ったことがある。

珍しくその日は結は自身の恋人である一葉を連れてはいかず。

また、アリスも自身の兄であるリンドウを連れてはいかず。

少女二人で仲良く手を繋いで。

アリスは初めての動物園という場を楽しみながら。

結はそんなアリスの様子を楽しみながら。

「動物って、かわいいね」

「うん、なんかさ、癒されるんだよ」

檻の中に閉じ込められていて、寂しくないのかな、と思いつつ。

意外と飼育されているほうが楽だったりするのかな、と思いつつ。

でもなんか、人に見られているなんて気にせずにのっそのっそしているのはかわいいな、と思いつつ。

アリスはたくさんの動物と触れあう。

「動物はさ、どんな想いでここにいるんだろうね」

そして思わず、結に尋ねてしまう。

本当に聞きたいのは、自分がどんな想いでここにいればいいのか、だ。

「うん?どんな想い?」

結は屈託のない笑顔で聞き返す。

結の笑顔はかわいい。

出会った頃は掴みどころがない、少し不思議な印象を持っていたアリスだが、ここ最近の結は本当の意味で、よく笑うことが多い。

アリスに話していないだけで闇も深いのだろうが、ひとまずそれが表に出てくることはない。

(いつか、結みたいに笑いたいな)

アリスはずっと、そう思って今を生きている。

「自分を、幸せだって、思えてるかな」

結が露骨な思案顔を浮かべる。

んーと、などと呟いてから答える。

「アリスちゃんは、幸せじゃないの?」

ばれた。

一瞬で、自分の話をしているのが。

せめて取り繕わないでおく。

「幸せだよ。でも、わからなくなる」

目の前で象のショーが始まる。

飼育員と共に現れた一頭の象が拍手と歓声に迎えられる。

小気味よく鳴き声を響かせて、次いで飼育員に合わせてお辞儀を済ませた。

「元の世界にはまだ色々と問題があって、お兄ちゃんと一緒に対処しなくちゃいけない問題がたくさんある」

それはつまり、自身の必要性が、そこにあるということ。

誰かに求められる場があるということ。

「この世界には結がいて、一葉さんがいて、うん、私にとっての初めてが、たくさん、ある」

初めての世界があるなんて、素晴らしいことだ。

知識というものは、そこにあると知ってしまえば探求したくなってしまうものだ。

「でも、私が幸せに感じているってことはさ。誰かが不幸なんじゃないかなって、思っちゃう」

例えばノアの行方はわからない。

自分の、最愛の家族。

兄の恋人で。

未来人。

彼女は今、幸せに生きているのだろうか。

「私、幸せでいいのかな。それが、わかんない」

幸せでいいのかも、わからない。

そもそも幸せなのかも、わからない。

幸せってなんだ。

今、幸せだって思えている私は、本当に私?

じゃあ、私って、なんだ。

「死への恐怖は、たぶん、拭えた」

かつての自分を振り返る。

アリスは、不死身である。

だからこそ、本当に死という現象が起きたとき、自分がどうなってしまうのか、それがわからずに、恐怖していたことがある。

それを結に相談したとき、笑われたものだ。

『ここにいるじゃない』と。

ここにいるんだから、そんなことを考える必要なんてどこにもないじゃない、と。

そんな簡単なことだったのかと驚愕したものだが。

「でも、今度はさ。生きてるのが、怖くなっちゃった」

象がキャンバスに繊細な花の絵を描く。

巧みに長い鼻を動かして、筆を動かす。

その度に人に笑顔が灯る。

「私、生きていて、いいのかな」

自分は人間じゃない。

化け物だ。

そもそもが野上結の生み出した理想の一部であって。

死にもしなければ、おかしな超能力まで持っている。

おかしな力を持ち、狂った思考回路を持つ、そんな存在がのうのうと生きていていいのだろうか。

頭がおかしくなりそうだ。

こんなに満たされているのに。

満たされるほどに自分が壊れていく。

自分は、一体何を求めているのだろう。

自分は、一体誰のために生きているのだろう。

自分の関わる誰もが自分を認めてくれるけれど。

本当に欲しいものはそれなのだろうか。

「私、ノアさんに、会いたいよ」

ノアなら、答えをくれるだろうか。

いや、きっとくれないのだろう。

ただ自分がノアに責められたいだけ、なのかもしれない。

ノアに、『自分はこんなにも苦しんでいるのに、アリスちゃんは幸せそうだね』とでも言われたら、この気持ちは和らぐのだろうか。

和らいで欲しい。

そのためにも、早く会いたい。

恋仲にある兄のためなんかじゃなく、自分自身の在り様のために。

「どうしたら私は、自分を人間だって認められるのかな」


「ノアちゃんに答えを求めたって意味ないと思うよ」


そんなアリスの内心を、恐らくはおおよそ汲み取って、結は簡潔に返した。

「もちろん、私に答えを求められても、困る」

それは拒絶。

回答の拒否。

横に並ぶ結の顔を見るが、結は厳しい顔一つせずに、さきほどまでと変わらずに、象の愛らしい姿を笑顔で見ている。

「アリスちゃんは面倒くさいね」

結が殊更に笑う。

酷いことを笑顔で言ってしまえる結が、やはりアリスは羨ましい。

意地悪で言っているわけではないらしい、というのがすぐにわかる。

「知ってる?普通の人は皆ね、今のアリスちゃんと同じようなことを普通に悩むし普通に胸に抱えているの」

そうなのか。

このどうしようもない気持ちは、人間だと普通なのか。

だからと言って自分が人間であることとは、全くの無関係だと思うけれど。

「どうせ今、人間じゃない自分の気持ちと普通の人間の気持ちとは別物だ、とか考えてるでしょ」

「よくわかったね」

「わかるよ。私もね、一葉くんによれば結構面倒くさい方らしいから」

「結はそりゃ、面倒だよ」

「あはは。アリスちゃんも同じくらい面倒だってば」

二人、笑いあう。

と同時に象が絵を完成させた。

周りが勢い良く拍手を送る。

象の方も気分よさげに水を鼻からシャワーのように噴き出すパフォーマンスを見せている。

「動物はさ、たぶん色んな想いで生きてるんだと思うよ」

結の声は弾む。

誰でもない、アリスのために。

「きっと色んな本能に縛られているだろうし、きっと色んな悩みもあって、色んな理想もあって、それでも信頼している人のために、自分のために仕事をしている。仕事をして、報酬を得ている」

それは人間も同じでしょ?と結はアリスに同意を求める。

そうかも、とアリスは思うが、あえて答えはしない。

「自分じゃない誰かが幸せかどうかなんてわかりっこないよ、人であっても動物であってもさ。考えるだけ無駄」

次のショーはまた一時間後になりますお楽しみ、と飼育員が礼をする。

象が惜しまれつつも箱庭の奥の飼育部屋に戻る。

やがて人々も散開していく。

「アリスちゃんは、自分が人間じゃないとか考えてるんだよね」

「うん」

否定しない。

どうせ結には全てお見通しなのだ。

「だからわからないんでしょ。人の幸せを持ってしまった自分を、自分だって思えない」

「自分、を、自分、だと」

「自分が他人になっちゃったから、アリスって名前の他人が何を考えているのか、生きているのか死んでいるのか、幸せなのか不幸なのか、なにもかもわかんないんだよ」

「そう、なのかな」

「ちゃんと自分を取り戻せれば、きっとわかるよ」

「そう、だよね」

「大丈夫。私が保証したげるし、あんまりアリスちゃんが迷うようなら、そのかわいい顔ぶん殴って、痛みとか苦痛とかを起点にしてアリスちゃんって存在を証明してあげる」

自信満々の結の顔を見れば、不思議と安心する。

アリスは心から笑う。

「かーわいいなーもうこの子はっ」

そんなアリスに結が飛びつく。

全力で抱擁してみせる。

「わわ、な、なに結?」

「こんなに内面も外面もかわいいのに、贅沢な悩みだなぁ」

「だから、どうしたのって」


「名前を付けてあげよう。アリスちゃん」


名前。

急にそんなことを言われたアリスはしかし、その言葉が自然に染み込んでいくのを感じた。


「あなたは、悩みなさい。悩んで、悔やんで、もがきながら前に進んで」


周りから不思議な視線を感じる。

動物園のど真ん中で二人の少女が抱き合っていれば目立つのも無理はないだろう。

だが残念なことに結は周り、なんてものを気にする性格ではない。


「私と一葉くんに縛られたがっているあなたに、ぴったりの名前をあげる」


縛られたがっているわけではない、と否定したい気持ちにもなるが。

確かになにかにつけて自分は、元の世界のことを『野上結の世界』だと思うようになっている節がある。

まるで、自分を縛り付けたのは野上結なのだと証明したいかのごとく。


「アリス・リーフィンク。一葉(リーフ)と、(リンク)。私と一葉くんの名前」


「アリス・リーフィンク」


アリスは与えられた名前を反芻する。

名前から、結の優しい想いが伝わってくるかのように。

「家族みたいでしょ?」

それについてはアリスも大きく頷くことができる。

「うん、家族みたいだ」

抱き合う結が、アリスの首元に目をやり、紋章を手でなぞる。

愛おしい、家族へ送るのは言葉だけじゃない、想い。

「紋章は、心象を形にしているみたいだよね」

結自身は、脚に紋章を宿している。

確か蔦が脚に巻きついているかのような形をしていたはずだ。

「アリスちゃんのは、なんだろ、大きな耳みたい」

「それに、どんな意味があるのかな」

「きっとアリスちゃんは聞きたいんだよ。人の声を」

「人の、声」

「もしくは、届けたいんだよ。自分の、声を」

「そう、だね。そうなのかも」

アリスと結はしっかりと抱き合ったまま、大声で笑う。

笑って、いつしか零れていた涙を拭う。

そうだった。

「私は、誰かの声を聞きたい。誰かと視界を共有したい。それで、誰かと想いを共有したい」

アリスの、アリス・リーフィンクの能力は。

聞きたい、見たい、知りたい。

ただ、それだけだったんだ。



アリスは器に力を注ぎ込む。

(さぁ、見せて。世界を)

器に水が溜まっていくように、願いをいっぱいに注ぐ。

(見つけた)

敵は四、そのうち二体は人の許可さえあれば次元Igへ干渉することができる。

つまり、この世界の理から外れた攻撃を仕掛けることができる。

その効果はあまり考えたくもない。

ならば、封殺してしまうべきだ。


「視界断絶」


アリスの平坦な声が漏れると同時に、二つの悲鳴がどこからか聞こえた。

「エイスとナインスの、とりあえず次元Igの力は抑えた」

ただの事実確認を行う。

エイスとナインスの力を制御するための人間の視界を強制的に絶ったらしい。

視界が共有できなければ、この世界にきちんと自我を持って存在することができなければ、人間はアンドロイドへとその力を貸すことができない。

「やるな」

「じゃ、あとは俺たちの領域かい?」

弐晩とアックスがそれぞれ敵前へと躍り出る。

アックスが真っ先に一番近くにいた敵へ殴りかかる。

「っおらぁっ!!」

「って、え!?殴るの!?素手で!?」

アリスの驚きも一閃。

アックスの拳は人の形をしたアンドロイドの顔面に鈍い音を立ててぶつかり、その衝撃は機械の塊を一時混乱へと陥れる。

その刹那の揺らぎをアックスは見逃さず、顎に向けて追撃を行う。

それもやはり、ただのグーで、だ。

なんだあいつ本当に人間か、などと考えているアリスに弐晩が通信で解説を加える。

「さすがに素手じゃあねぇぞ。ほれ、強化手袋(パワード・グローブ)を付けてる」

「いや、仮にそうだとしてもアンドロイド相手に拳だけで戦ってる人類ってあんまり信じがたいんだけど」

「そりゃ同感だ」

人としてはかなり大きな体躯であるアックスは、そのまま我武者羅にアンドロイドを殴りまくる。

その挙動が停止したことを確認すると、自身へ向かってくるもう一体に目を向ける。

「しゃあ、次!!」


アックスの楽しげな声を通信で聞きながら、弐晩もようやく敵へと向き合う。

弐晩の前に立つは、二つのアンドロイド。

「久方ぶりだな、エイス」

煙草に火をつけ、弐晩は軽く挨拶する。

スーツに身を包み、その金髪をオールバックにしたスタイルの良い男が応える。

「こうして面と向かい合うのは初めてですな、セカンド」

「ふん、出来れば弐晩って呼んでもらいてぇな」

同じくスーツに身を包み、長い黒髪を垂らす男も続く。

「渡してもらおうかぁ、アリスを」

「断る。あいつはもううちの仲間らしいからな、ナインス」

「クラドル、か。反政府組織の仲間だから、こちらに渡せと言ったんだよ!!」

ナインスがまず弐晩に向かって飛び込む。

今、アリスの力によってエイスとナインスの次元Igを用いた力は封じられている。

元より弐晩の力は視界が封じられている時点で使うことができない。

つまりここで起きるのは、純粋に力比べ、である。

ナインスが懐から短刀を取り出すと、思い切り弐晩の首元めがけて振りぬいた。

アンドロイドは人間の形を模した。

そのため、顔に様々な機能を、より詳しく言えば様々なセンサーを有している。

その様々なセンサー情報を元にして身体を動かすわけだが、その指令は当然顔と身体を繋ぐ部分を経由する必要がある。

部位で言えば、首を通る必要があるのだ。

どんなアンドロイドも首には多くの機能を司る配線が為されており、逆に言えばそこが弱点となっていることが多い。

(なんの躊躇いもなく首を狙ってくるのは確かに合理的だ、が)

合理的であるが故に、真っ直ぐ狙われることがわかっていれば対処も容易である。

弐晩は首元に向かってくる短刀に、あえて自分から近づく。

それにより詰まった間合いでは、刃の位置が調節できず、弐晩の機能を壊すほどの威力を発揮することができない。

「ちっ!」

ナインスはそこから短刀を切り返そうとするが、弐晩は軽い身のこなしで後ろに下がり、一旦間合いを取る。

次いでエイスが手に仕込まれたレーザーで弐晩を狙う。

が、これもすかさず左腕に仕込まれた反射板で返す。

反射された光線がすぐ近くの建物を破壊し、その残骸がまた落ちていく。

再び喧騒が大きくなる。

(いまさらただのレーザーを俺に向けてくる意味があるか?)

エイスも番号の付けられた、非常に優れたアンドロイドである。

その思考は人を完全に、超越している。

であれば、無駄なことはしないはずである。

レーザーの長所は速いこと、そして、煌くこと。

(あぁ、なるほど)

思い、既に手遅れであることまで把握して、弐晩は自身の左腕を右手で無理やりもぎ、ナインスに向けて勢い良く放り投げる。

「すぐに気付くとは、さすが」

エイスは感嘆の声をあげつつ、弐晩が投げた肩から伸びる左腕を避けた。

と同時に弐晩の左腕、だったものが爆発した。

再び砂塵が周囲を襲う。

弐晩は大きく跳躍して、通りに出る。

案の上、ただでさえ"戦闘"とは無縁であった歓楽街だ。

通りは大騒ぎで、誰も彼もが目的地もなく、相手すら見失って逃げ惑っていた。

しかしながら、この一瞬の対峙で弐晩が思うのはただ一つ。

(恐れるべきはやはり、その知能か)

ナインスはやはり、弐晩に通用するはずもないレーザー攻撃を仕掛けてきたわけではなかった。

レーザーに紛れて小型爆弾も一緒に飛ばしてきていたらしい。

確かにあの一瞬ではその衝撃が攻撃の反射によるものなのか、小型の爆弾が付着したのか、判断が付かない。

人に似せた結果、指先に比べて身体の中央に近い上腕の部位は感覚が鈍る。

(どこからどこまでも、人間を模したってのは皮肉なもんだ)

弐晩はそんな冷静な思考を保ちつつ、状況を整理する。

自身よりもいくらか新しい型のアンドロイドが二体。

腕を負傷し、片腕がない。

落ち着いて考えるまでもない。

「最悪だな」


「最悪だな、じゃないわよ馬鹿弐晩」


アリスが弐晩の背中に、トン、と自分の背中を預ける。

弐晩の背中に小さな重みが加わる。

「急に外出たら、どこに行ったのかわからなくなるでしょ」

そんなアリスの小言には耳を貸さない。

「おい、足手まといはいらん。早く遠くへ逃げろ」

しかし、アリスは引かない。

「その左腕見せといてそれはないんじゃない?あとで看病したげるから今は黙って」

アリスは再び、自分の全身に力を込める。

「お初にお目にかかる、アリス・リーフィンク」

「悪いがこっちも急ぎなんだ、一緒に来てくれんかねお嬢さん」

アリスは夜に相応しい、漆黒の光を首から発する。

預けていた背中を離し、弐晩の横に並ぶとアリスははっきりと、拒絶する。

「おことわ、り!!」

言って、同時にアリスは両手を大きく広げる。

弐晩の援護に来たのは確かだが。

弐晩の言うとおりアリスはそのままでは足手まといにしかならない。

多少普通の人間よりは身体能力が高いが、それでも屈強な機械を相手に殴る蹴るのような物理攻撃が通るほど強くはない。

また、アリスの持つ能力も、視界を強制的に変更させる能力は、人にしか、生命にしか適用できない。

単に通信することは出来るが、もちろん聴覚に関してもアンドロイドであるエイスやナインスの耳を封じることはできない。

だが。

ここは、未来。

情報の可視化(visualimation)が進んだ世界。

アンドロイドはいくら人そっくりで、人そのものにしか見えないとしても、その眼の機能はあくまで高性能なカメラでしかない。

画像という情報を見ているにすぎない。

だからアリスははっきりとイメージを膨らませる。

直接視界をどうこうすることは難しいが、見ている情報自体を書き換えることは、できる。

(どうせ私たちだってカメラとなんら変わらない、水晶体に映った像を電気信号を介して脳が認識しているだけなんだから、空間情報の書き換えくらい、できる!)

今まで以上に自分の認識を深めていく。

器、とアリスが呼ぶ紋章の広がりを、遠くへ、ではなく深く、感じる。

空間認識。

自分と、弐晩と、エイスと、ナインス。

その他の雑踏。

限界まで、自分の潜れるところまで潜って。

世界に、干渉しろ。

情報なんてものは、改ざんしてしまえ。

なんのために自分を狙っているのか、そんなことは知らない。

興味もない。

ただ。

「ノアさんを探すのに、お前ら、邪魔」

アリスは広がる器に力を全て注ぎ込む。


上書き(オーバーライド)


その一言を発して。

カメラの世界を書き換える。

「なっ!?」

「なんだこりゃあ!?」

エイスとナインスが口々に驚きの声を上げる。

弐晩もその様子に戦慄を覚え、アリスに確認の言葉を求める。

「何をした」

アリスは先ほどまでの余裕っぷりから一転、額に汗を浮かべて息も荒い。

どうやら結構な体力の消費を伴うことをしたらしい。

「別に。ちょっと可視化されてる情報をいじっただけ」

「ちょっとってアリスお前な」

弐晩が呆れてため息をつく。

弐晩にカメラは付いていないが、エイスやナインスのカメラがいかに高性能なのかはよく知っている。

そしてそれが認識している画像という情報、画像というか、画素情報を上書きした、など。

ちょっとという言葉で片付けられるような力ではないだろう。

「大丈夫なのか?」

「え、あ、うん」

「なんだその反応は」

「なんか、気遣われたから」

「はぁ?」

いいでしょ、とアリスは早々に会話を打ち切り、眩んだ視界によってまともに立つことも出来なくなっているエイスとナインスを睨む。

別に恨みもなにもないのだが。

また邪魔されても困る。

「で、殺す?」

一応弐晩に確認を求める。

同じアンドロイドとして、人間に作られた悲しい性を持つものとして、思うところがあるかもしれない。

しかし弐晩は何も躊躇いもせず。

頷いた。

「ゼロの戦力を削ぐまたとない機会だ。壊す(・・)

アリスも繰り返す。

「わかった。殺そう(・・・)

双方、睨みあう時間が少々。

すぐに弐晩の方が目を逸らし、二人の同胞を見下ろす。

果たしてアリスによって何を見させられているのか、弐晩には想像もできない。

「こんなに、あっさり、終わるか、俺は」

エイスが呻く。

「ざまぁ、ねぇな」

ナインスも諦観の様を見せている。

この辺りの見切りの速さも、高速回転する脳が導いているのだろうか。

実に下らない。

「俺たちは終わるさ。いずれな」

「ゼロは止まらんぞ。アリス・リーフィンクも、クラドルも、未来も、全てを破壊する」

「そのゼロを止めるのが、俺たちクラドルだろ?」

「違いねぇ、な」

「あばよ、兄弟」

その言葉を(はなむけ)に、弐晩はエイスの心臓部に右腕を思い切り突っ込み、そして核となる機構をもぎ取った。

エイスの目から光が消える。

苦い顔を浮かべながらも、すぐ隣にいるナインスにも止めを刺そうとする。

その表情を見てしまったアリスは弐晩の動きを優しく手で制する。

そして。

「私がやる」

とだけ言って、ナインスに近寄り、アリスはナインスの手から短刀をそっと奪う。

ナインスは焦点も合っていない状況で、しかし正確にアリスの方向を向いて最期の言葉を放つ。

「殺せるか?あんたに」

アリスはそんな程度ではぶれない。

短く返す。

「うん。じゃあね」

短刀で正確に、人間でいうところの頚動脈の部分を切り刻む。

そのまま全ての機能を止めるために完全に頭を切り離すまで、何度も何度も刃を首に入れる。

音が聞こえなくなったのは、何度刃を突きつけた後だろうか。

ナインスも完全に停止した。


「良かったのか」

弐晩の問いに、アリスはまた、迷う。

「良かったんだよ、たぶん」

それだけしか、言葉にすることは出来なかった。



ひとまずエイスとナインスという強力な敵を排除することに成功したアリスと弐晩はフォースい案内された部屋に戻る。

そこではアックスが二体のアンドロイドを部品レベルで解体している光景が広がっていた。

強化手袋をつけているとはいえ、どうやら本当に拳一つでアンドロイド相手に勝てるらしい。

「速かったな」

「あぁ、問題なく、倒してきた」

「そうか」

アックスが大声で笑う。

「これで大分次の行動がしやすくなったんじゃねぇか?」

「あぁ、そうだな」

アリスがこの世界に来たことをゼロが確実に知っていること。

そのアリスのことをどうやらなにかしらの理由でゼロが狙っているということ。

情報としては十分だ。

「じゃ、あちらの追跡部隊(チェイサー)が来る前にさっさと帰るか」

「だな、行くぞアリス」

「う、うん」

アリスは半壊したフォースの店を見ながら、ふいにフォースの言葉を思い出す。

フォースは既にどこかに姿を隠して身を守っているのでそこにはいないが。


『ま、つまりはこういう意味なんだろうね、フォースの存在って』


と、フォースは言っていた。

アリスは言葉をなぞる。


どういう意味なんだろう。

私の存在って。

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