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ALICE ―Look me, and Die―  作者: 安藤真司
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import World;

人類が生み出したアンドロイドには当初、番号が振られていた。

ゼロ、ファースト、セカンド、サード、フォース。

結局そんな番号付けは丁度製造番号十番目となるナインスの完成までは律儀に続けられた。

加速的にアンドロイド開発が進んだこと。

ゼロによる反乱が勃発したこと。

世界大戦の兆しが見え隠れしたこと。

それらの理由が重なってのことである。

その短い期間の内に人類と次元Igとの抗争は激化していく。


ある者は言った。

「どうしてゼロは次元Igを自在に操れるんだ!?」

ある者は言った。

「今製作を進めているセカンド以降にまで次元Igの力を得られたら人類は終わりだぞ!」

ある者は言った。

「ならばまずは『目』を奪ってしまえ!」

ある者は言った。

「姑息な手段としてはそれで良くても、今後はどうする!?」

ある者は言った。

「対抗策を、講じねばならんな」


研究者達は何とか、苦肉の策ではあるものの、ゼロ及びファースト以降のアンドロイドに関しては、部分的に次元Igへの干渉を抑えることに成功した。

結局ゼロの制御には失敗し、ゼロはそのまま政府(ガバメント)の設立へと進んでいくのだが。

セカンドからは文字通り、『目』を、カメラ機能を取り除いた。

そのセカンドが今現在クラドルに身を(やつ)す弐晩のことだ。

しかし目の機能のない弐晩は当然、人同様の動作を実現することが出来なかった。

目、以外の外見は全く人そのもの、知能も動作も人そのもの、だというのに唯一つ、目がないだけで弐晩はどうしてもロボットにしか見られないのであった。

ゼロのように次元Igへのアクセスを許すわけにもいかないが、その対抗策として人のように見えなくては本末転倒である。

この時点で既に世論は二つに別れていた。

ロボットが、人と全く同じようにある必要があるのか疑問を持つもの。

それでもなお、ロボットがどこまでも人であるべきだと論ずるもの。

どちらが正解というわけでもなく、その両者による抗争があったわけでもないが。

しかし、何度でもその問いを、歴史と共に人類は続けざるを得なくなる。

結果から言えば、研究者達は止まることも出来ずに、別の方法で制御を試みることとなる。

彼らはストッパーを設けた。

次元Igに自在に干渉できるというのであれば、それを抑制するだけでよい。

わざわざセカンドのように、何かしらの機能を奪ってやる必要が無い。

そんなことをせずとも、自在には行動できないようにしてやればいい。

さながら、初めは人間が電源ボタンを入れなければ動くことの無い自律型ロボットのように、だ。

そのストッパーには状況を逐次判断する能力が必要である。

ならば、ストッパーの役割を担うのが人間になるのは当然といえる。

人と同等のアンドロイドを作成したのに、そのアンドロイドの暴走を防ぐためのコントローラーとして人間が必要である、とはまた皮肉なものだが。

しかし研究者達はそうして、『目』のないセカンド以上の傑作として、サード、フォースと完成させていった。

だがそれら番号の付いたアンドロイドも結局、今現在としてはほとんどがゼロの傘下に収まっている。

ストッパーであるところの人間すら一緒になって、或いは、ストッパー機能を自身で潰してまで。

そんなわけで、この世界においては、彼ら番号付きのアンドロイドは政府の手先であり、恐怖の対象と言っても過言ではない。



「で、今から会うのが、その、フォースなの?」

「そうだ」

「頭おかしいからな。十分覚悟を決めていけよ?」

「はぁ」

弐晩の過去も含めてアンドロイド製造の歴史を流れるように教授されながら、アリスは弐晩、アックスと共に歓楽街を訪れていた。

居住区(エネクメーネ)に区分される領域であるこの場はロボット達の憩いの場として、人間達が様々な娯楽を用意している。

かつて機械がジェットコースターや観覧車といった遊具として人を楽しませたように。

関節に油を丁寧に差す作業や服の見立てなどを行う場や、演劇や音楽といった娯楽がここには存在している。

当然この街へ入るのにも情報照会(スキャン)を受けるのだが、弐晩曰く、

「そこにある情報くらいならいくらでもいじれるさ」

という謎の発言の通り、アリスもアックスも情報照会によって通報を受けることはなかった。

どこまでが自在に行えるのかは不明だが、弐晩はある程度この世界を生きる上で、否、この世界に反旗を翻しながら生きる上で必要な能力は持ち合わせているらしい。

さて、この歓楽街に三人が訪れている理由であるが、どうやらフォースに会うためらしい。

フォース、つまり、人間が生み出した完全なるアンドロイドの、ゼロから数えて五番目。

反政府組織、クラドルはそのフォースから情報を買っているらしい。

フォースの立ち位置は、中立、よりもゼロに肩入れしている程度の位置らしい。

簡単に同胞を殺すような真似はしないゼロの大きな器のおかげか、単に組織という縛りを嫌いどこにも属さない性格なためか、自由にあちらこちらを行き来しているそうだ。

例えば今から話した内容を、ゼロに問い詰められればフォースは簡単に口を割るだろう、と弐晩は話す。

それはしかしどちらも同じで、ゼロが隠せと命じた内容も、こちらが知りたいと欲せば開示するだろう、とこれまた弐晩の言葉だ。

そのため、自由奔放なフォースの在り方を認めるゼロは隠さなければならない、漏れてはならない秘密をフォースに話すことは無い。

ゼロとフォースにとってはその関係が最も合理的なものであったのだろう。

さて、アリスの訪れた歓楽街は不思議な光に満ちていた。

夜こそ活気に溢れるのがこうした娯楽の特色だろうが、それは相手が人であろうとアンドロイドであろうと変わりないらしい。

人がアンドロイドに合わせて営業しているのか。

アンドロイドが人に合わせて娯楽を求めているのか。

その辺り定かではない。


しっかりとその身や顔を布で覆ったアリスはそっと隣に立つ弐晩に向けて、不安気、よりは不満気な声を出す。

「目的地って、ここなのかしら?」

「ああ、そうだが?」

何か問題があるか、と弐晩は言外に意味を含めた。

問題はないけど、とアリスはそれに何かを言い返したくなったがぎりぎりのところで堪え、次にアックスにも一応聞いてみる。

「あの、アックス」

「弐晩は無駄なことを言わん」

だが、アックスからも至極当然とばかりに何もヒントらしいヒントを得られなかったアリスは、もう二人のことは放っておいて自分だけで戦ってしまうか、と考え出す。

勿論今回フォースの元を訪れるのは情報収集が目的であり、戦闘をするつもりなど互いにありはしない。

しばし鮮やかな彩色の世界に目を眩ませていると、何の躊躇いも無く弐晩はある店に入った。

アックスもそれに続く。

そしてアリスは止まる。

弐晩とアックスが入ったその店は、どう贔屓目に見てもそういう店であった。

派手な装飾。

派手な看板。

薄着でかつ胸元を強調した服を着た女性が店の前であれこれと道往く者に声をかけている。

アリスが店に入るか否か数秒困っていると、その店頭でキャッチを行っている女性が自然な足取りでアリスに近づいてきて耳元で早口に囁いた。

「お待ちしておりましたわ。アリス・リーフィンク様?」

その妙に艶っぽい声に同姓のはずのアリスも思わず身を飛び退かせる。

自分の武器を完全に把握しているかのように、くびれを強調しながら手を腰にやって一度微笑むと、すぐに女性は本来の仕事に戻り始めた。

ここまではっきりとアリスに聞かせるように対応をしてきたのだ。

当然といえば当然ながら、どうやらただの風俗店ではないらしい。

意を決してアリスも店の中に入る。

淫靡な香りが鼻をつく店内には厚化粧を重ねた女性らが酒に酔った男達を目まぐるしく相手している。

笑顔を絶やさずにいる、その内心はわからない。

案外こういうところで働いている本人は割りのいい仕事をしているくらいに思っているのだろうか。

それともやはり、金に困った者達がどうにかこうにか生きていくために身を削っているのか。

一女性としてアリスは後者であって欲しいと思うと同時に、こんなことをせずにすむ社会がもたらされることを切に願う。

店内をするりと歩き、スタッフ専用の部屋に通されると、そこに二つの人影があった。


片や、銀髪の少女。

片や、金髪の青年。


恐らくは、片方が人類の完成させたアンドロイド、フォースであり、片方がそのストッパー役の人間なのだろう。

見た目からはもちろん判断できない。

ここまで案内してきたスタッフが扉を閉めると、金髪の青年が口を開いた。

「やぁ。久しぶりだね、セカンド」

「今の俺の事は弐晩と呼べ」

「あっはは、それは難しいなぁ。そりゃ求めるのはどんな呼称だって構いやしないけど、僕にとって君はセカンドであってそれ以外の何者でもない」

「そうかよ」

金髪の青年はいかにも西洋のどこかの血筋を持っていそうな顔立ちをしている。

天然なのかわざとなのか、ゆるりとパーマがかかった長めの金髪。

青い瞳に高い鼻。

細身でありながらすらりと高い身長。

綺麗だな、とアリスが思わず見とれるほどに美しい青年であった。

「そっちも変わんねぇな」

次に弐晩は銀髪の少女の方に話を振る。

少女は軽く頷く。

「まぁ、ね」

そのやりとりだけで満足したのか、弐晩はそれ以上なにも尋ねたりはしなかった。

アリスは、自然に光を発しているかのような銀髪をストレートに下ろす美少女と、その美少女に寄り添う好青年が悪戯っ子の笑みを浮かべる現状に目を奪われたままだったが、

「やぁ、初めまして。アリスさん」

と、青年の方から爽やかに挨拶をされたので、ようやく脳が活動しだし、礼儀よくしっかりと返す。

「どうも初めまして。フォースさん」

「あはは、そう畏る必要はないよ。なにせ僕と彼女は君らの仲間じゃない」

敵でも無いけどね、と付け加えつつ。

「そこのセカンドに聞いたかもしれないけどね、是非とも僕たちのことは二人で一つを呼称してくれたまえ。その方が嬉しい」

「じゃ、遠慮なく」

二人で一つを自称するフォース。

機械であるはずのアンドロイドと、人間であるはずの人。

とても強い力を持つはずのアンドロイドと、アンドロイドの秘めたる力を引き出すことができるはずの人。

本来在るべき姿はきっと、片方がもう片方を道具のようにこき使う姿なのかもしれない。

本来とは何か。

在るべき姿とは何か。

誰がそれを定義して。

誰がそれを正しいと証明できるのか。

無論、誰にもできやしない。

すると、少女のほうがアリスに質問をしてきた。

「わかってる、の?」

銀髪の少女が碧と翠に溶けた瞳をアリスに真っ直ぐ向ける。

アリスには、その真意が汲み取れない。

「わかってる?ええと、どういうこと?」

「この世界が確定した話だろ。アリスはまだ知らねぇよ」

弐晩が代わりに応える。

弐晩が応えたことにアリスは内心驚きつつ、首を傾げる。

(世界が、ううん、この世界が、確定した?)

どういうことだ。

世界が確定したとは。

弐晩の返事に青年はまた無邪気に笑い、頷く。

「うんうんセカンドはもちろんわかってるよね。アックスくんはーー」

「聞いてもわからん話は聞かん」

「だよね、そういうところ嫌いじゃないよ」

「お褒めに預かり光栄だよ」

アックスはどうやら知らない、というより元より興味がないらしい。

何故か自分が知らなければいけない話であるような気がして、アリスはおずおずと尋ねる。

「教えて」

そんな一言を受けて。

二人で一つのフォースは声を重ねる。


「「この世界はアリス・リーフィンクの登場によって一つの可能性に確定した」」


「「存在できる可能性がただ一つ、アリス・リーフィンクの世界製作(ワールド・メイク)による世界のみとなった」」


「「つまり今、この世界はあなたの創った世界、あなたの理想を写した世界」」


「「ここはアリス・リーフィンクの世界」」


冷たく無機質に響くその言葉に納得の顔をするアリス。

アックスはやはり興味なさげにアリスを見下ろし、弐晩も微動だにしていない。

ここがアリス・リーフィンクの世界である、ということを皆々存じていたかの如く。

アリスは初めから違和感の正体を探っていたのだ、この世界の意味、意義を。

どうして黒田一葉は自分をここへ送り出したのか。

ノアを見つけた、と彼は言った。

そして、野上結を一緒に連れて行くことはできない、とも言った。

アリスは思ったのだ。

ここは、正確には、未来じゃないんじゃないか。

未来じゃないから、そもそも結は来れなかったんじゃないか。

(私のいやーな予感はおおよそ当たってたわけか)

しかしながら、それがまさか自分の創り出した世界であったとは思いもしなかった。

世界製作ができるのは、人間だけだと思っていたからだ。

あるいは、弐晩の話に依れば、完全知能を持つアンドロイドもまた次元Igへのアクセスを可能としていたので、世界製作も可能ではあるのかもしれない。

ただこの事実を信じるとして、先ほどのフォースの言葉、弐晩の言葉の意味がやはりアリスには分からない。

「ええと、この世界が私の世界なら、さっきの、世界が確定したっていうのはどういうこと?」

アリスのこの問いには、フォースが互いに交互に答える。

「世界は複数の、もっといえば、無限の可能性がある」

「次元Igが発見された今となっては、時間が過去から未来に向けて無限に蓄積されていくように、世界、というものを一つの単位として、それは無限に分岐と収束を繰り返している」

「簡単に言えば、パラレル、ワールド」

「和訳で平行世界、だね。うん。厳密には平行、しているわけではなくて、積み重ねているんだけど……そういう概念的な話は今はいいかな?」

「この世界も、可能性の一つ、だった」

「結構色んな選択を経て、この世界は構築されていたわけだけどね。ここに、この時間この場所にアリス・リーフィンクが存在するって世界は一つしかないんだ」

「それが、あなたの世界製作によって生まれた、現在」

「そもそもここは君らの存在する世界から直系の未来にあたる世界なわけだけどさ、そんな所に君が来るなんて可能性はさすがに想定されていないんだね」

「恐らく、全部、黒田、一葉の、思惑」

そこまで聞いて、アリスは再び、一葉に対する恨みを心中で吐き出す。

やっぱり全部隠していやがった、あの男。

だが、そうと聞けば当然なような気もする。

「なるほどね。ノアさんを見つけた、っていうのは、そういうことか」

その呟きに対しては、弐晩が返事をする。

「お前さんの知ってる黒田一葉なら、そのくらいはするだろうな」

「あなたは、知ってた?私が現れた時点から、全部」

「あぁ、まぁな」

「そ、か」

黒田一葉は、恋人である野上結のことしか考えていない。

結の幸せを一番に考えているし、そのためなら世界がどうなろうと、きっと知ったことではないだろう。

だからたぶん、アリスのことも心配はしてくれているのだろうが、それも結が心配しているから、とかそんな間接的なもので、ここに送り出しているのだろう。

そのメッセージは。

ノアを連れ帰って来い、結のために、とか、そんなところだろうか。

(さすがにそこまで性格悪くはないかな、いや、でもあの人はやりかねない)

アリスは大きく大きく深呼吸をした。

なんとなく、この世界での自分の役割が把握できてきた。

この世界は、もはや未来なんかではない。

自分で創った世界だ。

自分の理想を、反映した世界だ。

それはつまり、ノアに会える可能性が、唯一存在しているはずの世界だろう。

アリス・リーフィンクの理想なんて、そう多くはない。

というか、ほとんどない。

自分は不思議な世界に生まれ。

兄と共に生き。

その世界が野上結の世界であることを知った。

自分が作り物であることを知った。

偽物であることを知った。

自分はいくら傷ついても、死なない。

自分のいた世界では、自分たちの成れの果てはゾンビと呼ばれていた。

自我を失い、しかし、いくら傷を負おうが、死なない、化け物。

結が一体どんな思いで、自分の創り出した存在を見ていたのか、アリスは知らない。

自分では、

ひょっとして、結は自分のことを気持ち悪いと、思ってるんじゃないか。

なんて。

アリスは考えていたりするのだが。

もし、今自分が弐晩やフォース、アックスらに対して感じているようなことと同じ気持ちでいるのなら。

「嬉しいなぁ」

零れた本心が、暖かい言葉となって、アリスを包む。

その胸中を知る由もないだろうに、その場にいる誰も、突っ込んだりはしなかった。



脱力した空気が部屋に溢れる。

アリスから発せられる、心地よい世界がまるで、部屋全体を変容させてしまっているかのようだ。

銀髪の少女が誰へともなく呟く。

「でも、アリスさんが、私たちの創造主なら、どうして、こんな世界なんだろう?」

そのぼんやりとした疑問に、二人で一つのフォースの相方、金髪の青年は正しくその意味を汲み取る。

「未来ってものへの不安と、どこか冷め切った理解がこんな荒れ果てた世界を演出しているのはまず間違いないだろうね」

「冷め切った、って」

「おいおいアリスさん、ここは君の理想を体現した世界なんだよ?普通、理想ってものは甘くて緩い、そんな世界が彩られるはずだよ?」

「野上結に、似た、価値観」

確かにこの世界は、荒廃している。

アリスが見たって、言い訳のしようもないほど、人類は虐げられているわ、アンドロイドも一部機能を乗っ取られているわ、といった有様だ。

これが、アリスの理想だと、言えるのか。

いかに唯一ノアと出会える世界、という最重要項目を満たしているとはいえ、ここまで酷いものだろうか。

そう考えると、アリスの生まれた世界である、野上結の世界もまた、一見なんのこともない平和なものだったが、深い闇がそこには存在していた。

荒くれ者たちが次第にゾンビになっていく、おぞましき闇が。

アリスもまた、自身が意図してか意図せずか、抱え込んでいる闇がこうして具現化しているのかもしれない。

「はっ、だが、それもお前さんの理想なんだろ。自分で言っていただろ、自分は人間なんかじゃないって」

弐晩がそれに加わる。

フォースはまた面白そうだ、と顔を綻ばせる。

「そうなの、なら、わかるかも」

「ああ、自己嫌悪の発現か。なるほどね。人間じゃない自分が認められないから、『人間が認められない世界』であって、かつ、『人間じゃない存在も一部認められない世界』なわけだ」

アリスとしては、自分の心の内を除かれているようで面白くない。

恥ずかしさよりも、自身の汚い部分を露呈されていることが嫌で堪らない。

アリスとしては勝手にここに送られて、つまり巻き込まれた形でこの世界を訪れているというのに、飛び火してきたものだ。

「自己肯定欲も、自己否定欲も満たしてくれる、まさに理想の世界ってわけだ」

しかし、その弐晩の台詞には、むかっとくるものがある。

フォースにあれこれ言われるのとはやや異なる、妙な対抗心が沸く。

理由はわからない。

「あなただって、私の世界の一員なんでしょ。なら、自分の事を人間じゃないって認めないのは、なに?私自身でも写しているつもりかしら?」

弐晩はやや面食らったのちに、アリスの挑発に、しっかりと乗ってくる。

「違ぇよ。俺はお前さんと違って、元から人間として作られちゃいねぇんだよ。お前さんは野上結が欲した、"人間"だろうが。俺は違う。結果的にはお前さんが創りあげたものかもしれないが、俺はどんな可能性にあっても"アンドロイド"として生み出されてんだよ」

「だから、それが何よ」

「如何に精巧に組み上げられた"模型"も、本物にゃなれねぇんだよ」

「あなたには心がある。精巧に組み上げられた車の"模型"が人を乗せて動くのなら、エンジンなんか積んでいなくたって、それは本物でしょ」

「それは動くだけだろ。外観を一にしていればいいだなんてまさか思ってねぇよな?知ってるだろ?あまりに静かに動く車ってのは運転している人間から文句が出るんだ。エンジン音がないと、その振動がないと、運転している気がしないって」

「そんなのはごく一部でしょ。車のマニアでしょ。そりゃそういう人間は例えば自動化が進んでも半自動(セミオートマ)とかを好むけれど。私は別に人間って存在に五月蝿くないわよ」

「いいや、人間は誰しも人間のマニアだよ。付き合う友人、仲良くなる先輩後輩、愛する人間、その全てを自分という主観でもって選定している」

「それをマニアとは言わないでしょう。それは興味の対象ではなく、自分が生きていく上での生存本能、共同体への帰属意識の問題であって」

「興味がなけりゃ誰だって目の前にいる奴誰とでも仲良くなれるし、誰とも仲良くはならないさ。まさに、『別にどれでもいい』って言うだろうよ」

「なら、私が人間マニアだとして、なに?『こいつは自分にとっては本物の人間じゃない』って?選別でもしているって言うの?」

「初めから人間を想定して生まれていないモノを、そうだと認識した時点でそれはもう人間じゃないだろ」

「でも私は、あなたのことを人間だって、本物の人間だって認識している」

「だが、殴れば金属音がどこからか鳴る。食事も特段必要ない。全て思考はプログラムによって支配されている。人間では発することのできない力が出る。人なら致命傷な負荷だって、笑顔で耐えられる」

「そんなことは、些細なことだよ、弐晩」

「お前さんを支配するものなんて何もないだろう、アリス」

「あなただって、本当は気付いてるんでしょ。自分がもう、とっくに自由だってこと」


「いちゃいちゃしているところ悪いだけどさ、お二人さん?」

「私たちが、いること、忘れない、で?」


「「いちゃいちゃしてねぇっ(ないっ)!!」」


息ぴったりだろ、とフォースは互いに顔を見合わせて、思い切り破顔する。

目尻に微かな涙すら浮かべるほど笑いこけた青年が少女に手を伸ばした。

「ま、つまりはこういう意味なんだろうね、フォースの存在って」

「うん、そう、だね」

銀髪の少女もその手を取って、真剣な眼差しを青年に向ける。

アリスは一瞬、その二人の行動の意味が分からずに、疑問符を浮かべる。

浮かべ、二人が熱い口づけを交わしたことでその全てを察する。

アリスは急に見ている自分が恥ずかしくなってきて、顔に熱がこもる。

それまでの弐晩との話など、瞬時に忘却して、その光景に見入る。

二人は唇同士が軽く触れ合うようなものではなく、舌同士を絡ませる、熱く、深いキスをしていた。

そこに自分達以外がいることなど全く想定していないであろう、何度も何度も、息が苦しくなってくるほど、互いに求め合う。

唇を、舌を、唾液を通して、一つに溶け合っていくように。

アリスはキスなどしたことがないが、二人の脳内が容易に想像できた。

(もっと、熱く)

ただそれだけ。

自身の願いに忠実に。

相手の願いに忠実に。

自分が相手を求めるのと同じに相手が自分を求めている。

それが前提として成り立つ、愛の証。

どれだけの時間、そうしていたのか、アリスも麻痺してしまい、分からないが。

十分にこの空間に愛を示した二人で一つのフォースは満足気に、あるいは、今以上、接吻以上を欲して不満気に、その身体を離した。

二人して肩で息をしている。

アリスはその甘美な光景に、思わず、憧憬の念を抱いてしまう。

一少女としての。

当たり前な理想の姿。

愛する誰かと、その愛を提示しあう行為。

羨ましい、とはっきりと感じてしまった。

その感情こそ、自身が人間であることの、なによりの証拠であることにも、気付かずに。

(そういえば、あれ、なんの話をしていたっけ?)

ついでとばかりに、直前の記憶を曖昧にさせられていた。

弐晩は、そんなアリスを黙って見ていた。

アックスはそんな四者の姿を笑い、しかしあえて何も言おうとはしなかった。



アリスの話やフォースの行為が一段落したところで、フォースが改めて弐晩に向き合う。

「それで、結局、今日は、なんの用?」

「まさか僕たちにアリスさんの世界の話をさせるために来たわけじゃあないだろう?」

「当然だ」

弐晩はアックスにも目配せをする。 

アリスの話には参加する意思を見せなかったアックスも真剣な表情となる。

フォースはしかし、相変わらず飄々とした様子だ。

二人して悠々自適を座右の銘にでもしていそうである。

「アリスが現れたことを、ゼロは」

「それは、もちろん」

「知っているよ。君らしくもない質問だね?」

即答。

ゼロが、アリスの存在を知っている。

そこから導き出される、次の展開は。

「もう、既に、動き始め、てる」

「ゼロのことだからね、アリスさんは最優先で排除対象だろうね。なにせ、この世界の在り様をそのまま変えられてしまうかもしれない」

ゼロが率いる政府がアリスを狙ってくる可能性が大きい、というフォースの言葉は。

「なるほど。既に何かしら手を打ってきているかもしれねぇのか」

今後動くにせよ、アリスの存在と政府の動きは常に気にかけておく必要があるか、という弐晩の言葉は。

「へっ。上等だ。どの道政府をぶっとばすために俺たちゃいるんだからよ」

為すべきことは今までと何も変わらない、むしろ向こうから来るなら十全である、というアックスの言葉は。


突如響いた轟音によって、アリスの頭から抜け落ちた。


「んなっ、なに!?」

重く冷たく耳を(つんざ)く音が轟き、地面が常人なら立つことが困難なほどに揺れている。

一瞬取り乱すアリスだったが、弐晩、アックスのどこかを見据えた表情と、フォースのどこか余裕を感じさせる一歩引いたかのような表情を見て、心を落ち着かせる。

息をゆっくり、長く吐き出す。

脳を回転させる。

体に力を込める。

そして、視る。


「早速、敵襲ってわけ」


未だ土煙に眩む屋内にいながら。

アリスは四体の"敵"を、見据え。

それだけで戦闘準備を、整えた。

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