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ALICE ―Look me, and Die―  作者: 安藤真司
2/16

import Cradle;

少女、アリス・リーフィンクは未来に来ていた。



アリスの生まれ故郷は遥か遠く、年数にして○○年も前の時代である。

そのアリスが『見た目は10代初め、その実は百歳超え』という無駄な情報を省くためあえて具体的な年月は伏せておくことにする。

彼女はとある目的を持って、この時代、この西暦のこの時期のこの土地を訪れた。

次元Igを用いた世界遡行によってアリスは彼女にとっての"今"から彼女にとっての"未来"へとタイムトラベルしてきた。


<< 次元Ig(補足) >>

次元Igとは、時間を重ねて出来る世界を定義する次元である。

つまりは時間の上位概念である。

次元Igの発見者、黒田一葉によって提案された世界製作(ワールド・メイク)で自分の世界を(擬似的に)創りあげた者はその次元Igの世界に入る込むことが出来る。

その次元Igの世界から元の世界に戻る際、任意の時空間に戻って来ることが可能である。

これは空間を移動すれば任意の平面から任意の平面に移動できるように。

時間を移動、つまり時間をかければ任意の場所(空間)から任意の場所に移動できるように。

世界を移動すれば任意の時間から任意の時間に移動することができる。

これもまた『Discovery』において、黒田一葉ならびに野上結らが次元Igで過ごした期間が実世界では一瞬であったことから認識された事実である。

→(『黒田一葉』を参照)

→(『野上結』を参照)

→(『Discovery』を参照)



さて、そんなアリスは大男に連れられて、とある組織のとある一派の隠れ処に来ていた。

人の無くなった街のなんの変哲も無い建物の地下を改造して造られたそこは、世界のどんなデータベースを覗いても存在しない場所であり、文字通り隠れ処として最適な機能を有している。

大男が扉を開けると、やや手狭な部屋の全容がすぐに視界に入ってきた。

書斎宜しく、部屋には扉に面したデスクが一つ佇んでいる。

そのデスクとセットになっている高級感漂う椅子に腰掛ける男が一人。

そしてその横にはすらっと細身で長身の女性が立っている。

見るに、座っている男の秘書だろうか。

「やぁ、お待ちしていたよ、アリス・リーフィンク」

男が渋みのある声で挨拶をする。

「私の名は、シーガン・イシ、まぁシーガンと呼んでくれ給え、一応我々の代表ということになっている」

次いで、先ほどまで一緒に歩いてきた巨漢の大男が隣から覗き込むようにアリスと顔を合わせてきた。

「俺も自己紹介はまだだったな、俺はアックス・カルロインってんだよろしくな嬢ちゃん」

「よろしく、一応知っているとは思うけど私はアリス・フィーリンク、過去から来たわ」

アリスも軽く挨拶を返す。

するとアックスがずい、と手を差し出してきた。

率直に言って、縦にも横にも大柄なアックスが迫ってくることに対し、小柄なアリスは若干の恐怖心を覚えたが、その意味は違えず、アリスはアックスと握手を交わした。

「へっ、こうして握手する文化も久しいがな」

「へぇ、そうなの」

「今じゃ、こう、だぜ」

言ってアックスは自分のプロフィールを情報の可視化(Visualimation)して、示指と中指でひょいっとアリスの視野へとスライドさせた。

アリスの目の前に光のディスプレイが表示される。

そこにはアックスではない誰かのプロフィールが書かれている。

「こうして互いに互いの"情報"を交換するのがこの時代の名刺交換代わり、握手代わりってな感じだな」

実際には挨拶であることのほかに、自らが情報を公開できる正しい者であることの証明もそこには含まれているらしい。

ついでに言えば、自らが人間であるか、ロボットであるかも、情報を見なければわからない世の中だ。

「っていうか、まるっきり別人じゃない」

「あぁ、今はまだ嬢ちゃん、正式に俺達の仲間って決まったわけじゃねぇんだろ?」

「それもそうね」

アリスは自分の中でアックスへの警戒度を上げる。

この男、飄々としているが、実に喰えない。

アリスは再度姿勢を正して、シーガンに向き直る。

妙齢、だろうか。

かなり重たい雰囲気を醸し出しているが、いまいち年齢が掴めない。

四十、いや五十はいっているだろうか。

人間であれば、だが。

「それで、私の事、名前以外はどこまで知っているのかしら?」

野上結(のがみむすび)世界製作(ワールド・メイク)によって生まれたオリジナルであること、そして黒田一葉によってここに送り込まれた刺客であることくらいかね」

「ほとんど正解じゃない」

物の見事に大体を知っているシーガンにアリスは嘆息する。


<< オリジナル >>

世界で初めて次元Igを観測した野上結なる少女が生み出した世界、またはその世界の住人を指す。

ここでは主に、人物について言及する。

野上結は黒田一葉と共に人類史上最も早く次元Igを観測したばかりでなく、現状確認される中で唯一、文字通り世界製作を行うことが出来る存在である。

その野上結が生み出した世界の住人は他に見られない特異性を有している。

曰く、御身をそのまま現実世界に顕すことが可能である、という特性。

特に野上結が望んだ二人の人物。

アリス・フィーリンク。

→(『アリス・フィーリンク』を参照)

リンドウ・フィーリンク。

→(『リンドウ・フィーリンク』を参照)

この兄妹に関しては各々の持つ特殊な能力すら、次元を飛び越えて使用可能である。

他に似た例として『Taboo War』において、現実世界を望んだ男や、現実世界の体を利用した女の存在が確認されている。

→(『Taboo War』を参照)


「かの黒田一葉氏直々に連絡を取ってきたとあれば、最低限の知識の確認くらいはするさ」

シーガンは淡々と続けた。

ようやくそこで黙っていた秘書らしき女性が一言、「アイスティーを」とだけ話したが、シーガンはそれを遠慮した。

「あぁ、彼女はフロイナ・トーという、私の秘書だ」

それはどうでもいいわよ今更、と心では思いつつ、アリスはなんとなく宙で指を振る。

空白のディスプレイが顕れ、そしてすぐに光の残滓を残して消えてなくなる。

「『明日の零時、そちらのゲートに野上結のオリジナル、アリス(すっごく可愛い女の子だ)が向かう。協力しあってくれると助かる。黒田一葉より』とは全く卑怯な文面だ」

黒田一葉らしい、こちらの事情を全く鑑みない無理やりな文面にアリスもくすりと笑う。

しかしながら、可愛いは余計だ、とも思う。

「私も同じ、一葉さんに急に『未来に行って、あなた達と協力しあってくれ』って言われてあれよあれよとこの世界に来たんだから」



アリスがこの世界に来る前、こんなやりとりがあった。

普段は野上結が創った次元Igの世界に住まうアリスであるが、この時は当の結に呼ばれて、次元を飛び越え結の世界に遊びに来ていた。

より具体的には、彼女の通う大学の授業に一緒に参加していた。

アリスの元いた世界には、そういった大規模な教育機関は存在していなかったため、前々から興味があったのを結が察しての事らしい。

「やー、アリスちゃんと一緒に授業を受けれる日が来るだなんてねぇ」

「うん、楽しかった」

アリスと結は、大学構内に存在するカフェで談笑していた。

その周りには、アリスを可愛がる結の友人が若干名群がっている。

「ねぇねぇ、アリスちゃんてどこの国の子?どうして結と仲良しさんなの?」

「っていうか日本語すごく上手だよね?今どこに住んでるの?」

「髪綺麗だよねこれ地毛?うわっしかもふわふわで気持ちいいしなにこの子お家に欲しーい」

群がっている、という表現がここまで正確であることも珍しい。

「ここの人たちって全員こんなに元気なの?」

「そうだねぇ、いつも元気元気だよ、でもアリスちゃんがいればもっとね」

「そ、そうなんだ」

結の真っ直ぐな言葉にアリスは若干照れてしまう。

その仕草すら、弄られる標的になる。

「きゃーかわいい!!やっぱ持ち帰っていい?」

「駄目、アリスちゃんは私のなんだから」

「結のものになった覚えは無いよ!?」

と、他愛も無い会話を続けていると、結がふと自身のポケットに手を入れた。

そして携帯電話(という名称以外その機能をアリスはよく知らないのだが)を取り出すと、ここにはいない誰かと話し始めた。

一人で勝手に喋っているだけに見えるが、そのことに誰も疑問を持たないこと、それ自体にアリスは疑問である。

「え、うん、今?アリスちゃんとカフェってるよ?代わって欲しい?ちょっとまた変なこと考えてないよね?はぁ、はーい」

なんだかよくわからない発言をした後に、結は携帯電話をアリスに手渡してきた。

しかしアリスにはその意味と使い方がわからない。

と、アリスの髪を撫でていた一人が手を取り、携帯電話を持つ手ごとアリスの耳に添える。

為されるがままにしていると、その端末から声が聞こえてくる。

アリスにも聞き覚えのある声だ。

若く、しかしどこか重みのある声。

黒田一葉。

野上結の恋人で。

次元Igの発見者で。

次元Igの世界と自らの住む世界とを繋ぐ技術を確立させてしまった男。

『談笑してるとこ悪いな、アリス』

「い、いえ、大丈夫だけど、どうかしたの?」

どうやらこの携帯電話とやら、通信機器らしい、とアリスはようやく理解する。

そして、この機器の不便さも同時に。

「誰?」

アリスの隣にいる友人達が結に顔を向ける。

電話相手を問うているらしい。

結はなんていうことも無く答える。

「彼氏、私の」

「へぇ、アリスちゃんとも知り合いなんだ?」

「まぁね」

その声も聞きつつ、アリスは微妙な笑みを浮かべる。

『いや、実はアリスに行って欲しい場所があってだな』

「行って欲しい場所?どこ?」

『未来』

「は?」

『未来だよ、未来』

アリスは一旦携帯電話を耳から離した。

全く怪訝そうな顔つきをしているアリスを周りが覗き込む。

「どうかしたアリスちゃん一葉くんがまた変なことでも言った?」

「なんか未来に行って欲しいとか言われたんだけど」

「よし殺してこようかあの人」

「自分の恋人に辛らつすぎるでしょ結」

「たまに闇が見えるのも結の魅力だよね」

「私に闇見えるかい?」

「それは自覚しよう」

本当に好き合っているのか微妙に危うい関係にありそうな結から一葉への言葉に寒気を感じつつも、再び携帯電話の一葉と話を続ける。

今の反応から見るに、一葉は恋人である結にも何も話していないらしい。

特に人付き合いをそれほどしてこなかったアリスには随分と不気味な関係にも見える二人だが。

信頼しあっていることくらいは、わかる。

「それで、未来で何をしたらいいの」

どうせ今回の話にも、一葉だけが理解している事情でもあるのだろう、とひとまずは話の先を促す。

『やるべきことはたった一つだろ』

たった一つ。

全く話が見えてこない。

一つどころか、今は楽しく結やその友達と談笑している真っ最中であり。

この緩やかに夕日が差し込もうとする弛緩した午後のひと時に、やるべきことなど見当たらない。

『彼女を見つけた』

アリスの目つきが変わる。

「すぐ行く、どこ?」

『あぁ、家来れるか?結も一緒に』

「わかった」

そう言ってアリスは心ここにあらずといった風に立ち上がる。

「どしたの?アリスちゃん」

「結、一葉さんの所に行かなきゃ」

「えー、もっと私たちと遊ぼうよー」

「そーだよー」

急に帰る、と言い出したアリスに文句を垂れる。

それは既にアリスの耳には届いてはいない。

「ノアさん見つかったって」

「ん、わかった」

それだけの言葉で、結とアリスは意思疎通を完遂させた。

結もすぐに準備を済ませる。

「ごめん、ちょーぴりお呼ばれされているので、帰るね」

「仕方ないなぁ」

「またねアリスちゃん」

「うん、またね」

言って二人は黒田一葉の元に、黒田一葉と野上結の住む家へと向かった。


「で、どういうこと?」

アリスと結は一葉のオフィスへとやってきた。

一葉は見慣れないスーツ姿で鎮座していた。

アリスは言ってみれば別世界の住人である、そのため、一葉が齢二十にして個人のオフィスを持っていることがどれだけすごいことなのか、一体どれだけの金を持っているのか、体感的には理解できていない。

恐らくは相当に例外といって差し支えないことなのだろうとはアリスも感じているのだが。

「ノアちゃん、見つかったの?」

結が詰問する。

だがその攻めるような口調も、一葉の不思議な雰囲気の前ではかき消されてしまう。

「あぁ、見つかった」

「どこ?」

「未来」

「わかったじゃあ迎えに行こう」

この決断の早さも、結らしさだ、とアリスは少しだけ表情を崩した。

しかし気持ちはアリスも結と全く一緒である。

今すぐにでも、向かいたい。

会いたい。

ノアに。

あの金髪碧眼の、美麗な女性。

柔らかな笑顔で、自分を包んでくれた、女性。

「あぁ、だけど、行って貰うのは一人、アリスだけだ」

「どうして私は駄目なの、一葉くん」

「未来は、簡潔に言って、ロボット達が実権を握っている、それにかなり内部情勢が悪い、俺達は厳しいよ」

「でも!!」

なおも突っかかろうとする結をアリスが手で制す。

(こんな嘘、私でもわかるよ結)

思い、一葉にそこは気を遣ってフォローに入る。

「どうせ、そんな世界観なんて関係なく結を行かせたくない、というか行かせられない理由でもあるんでしょ」

この不気味な雰囲気を持ち合わせた男には、未来が視えている。

ありとあらゆる未来の可能性が、全て。

だからこそ、彼がやりたくないこと、とはつまり。

彼が望まない未来がそこにあるということなのだ。

大体において、一葉はその身を全て結に捧げていると堂々と言ってのけているくらいである。

一葉が結のやりたいことを本気で妨げるなんてことは、よほどのことがない限りは、ない。

「まぁ細かい話は置いておいて、まず未来で会って欲しい組織、というかチームがあるんだ」

「本当に話と私を置いておくもんね」

結も一葉の気遣いくらいはわかっているのだろう、ぶつぶつ文句を言いつつもそれ以上は無理に食い下がらなかった。

「チーム?」

「あぁ『クラドル』って名前の、まぁ、四人の組織」

クラドル。

「|揺りかご(cradle)?」

「世界がどうなっているかとか、クラドルが何をしているのかは直接聞いてくれ、アポはもう取ってある」

「直接聞いてくれ、って」

「強いて言えば、非居住区(アネクメーネ)での待ち合わせだから、顔と体を覆えるようにはしておいた方がいいな」

「え、え、もう少し説明が色々と」

「知っての通り、ノアは『未来』の中枢にいる、なんとか連れ戻してきてくれ、頼んだ」

「だから、もう少し詳しくっ」

「じゃ、頼んだぞ」

と、話を聞かない一葉がそこで何をしたのか、アリスは単身、未来へと飛ばされてきた。

妙な浮遊感に苛まされた後に目を開ければ、そこは既に未来だったのだ。

しかしよく見れば服装がかなり厚くなっていたり、見たことのない紙幣を手にしていたり、雑な地図が描かれたメモを持っていたりと、手を加えられている感は否めない。

大きく大きくため息をついて、アリスは空に叫ぶ。

「ホンッと人の話聞かないな一葉さんは!!この大事な場面でさ!!」

その言葉一つで気持ちを割り切って、アリスはメモに描かれた場で、クラドルと接触を図るために動き始めた。



と、そんな流れを一通りアリスはシーガンらに伝えた。

「だから私も本当にあなた達の同じで、どうしてここに連れてこられたのか、よくわかっていないのよ」

それを受けて、アックスが一人大爆笑している。

大きな体に似合う大きな声が部屋中に響く。

「はっはっは!!この今の腐った世界を生み出した張本人とは思えないな!!」

「笑えませんよアックス」

そんなアックスを出来る女性らしい、見た目通りの凛とした声で制するフロイナ。

確かに、アリス自身は一葉のことを、良き友人、程度にしか見ていないが、この世界の人間からすれば一葉のそうした、普通な部分というのは新鮮に聞こえるらしい。

「それではアリス、一応君の目的とやらを確認するが、君はここにノアを見つけに来たんだね?」

シーガンがまとめる。

アリスもげらげら笑うアックスは無視してしまう。

「ええ、全くその通り、ついでに私の世界に戻ってきてもらうところまでね」

「オリジナルである君には、彼女は良き友人か何かかもしれないが、ここではかなりの重要人物であり、厳重に保護されていて会う事は勿論連れ出すことは困難を極めるぞ」

「それは、そうでしょう、ね」

ノアがこの世界において何かしら特別な扱いを受けているであろうことは容易に想像できた。

何故ならば彼女は、『政府(ガバメント)』に反旗を翻す『未来』なる組織の中で唯一、野上結の世界に割り込むことに成功した者なのだから。


<< 政府 >>

ガバメント。

現在の世界の運営を担う機関。

世界中に支部が存在しているが、その統率は基本的にはプログラムによって言語化される。

プログラムによる支配構造が実装される主な理由、それはもちろん、トップに立つもの及び実権を担うものが総じてアンドロイドであるためである。

政府の最高権力者は、世界で初めて完全知能と人形(ヒューマノイド)の技術を併せて作られたアンドロイド、個体名はゼロ。

→(『ゼロ』を参照)

ゼロはその高い知能から、人間の愚かしさを嘆き、自ら世界を管理することを決め、政府を立ち上げた。

彼は後に自分の手で、自分と同じ存在を作り上げる事に成功し、それによりアンドロイドの生産が加速していくこととなる。

現在の世界の在り様を創ったのもこの政府である。

人類の思考速度を大幅に超える幹部陣の能力により、政府は誕生と共にすぐ人類を支配下に置いた。


<< 未来 >>

みらい。

政府に抗う大規模組織。

政府がアンドロイドによる世界の改革を推し進めていく中で、その遠因を知った人類の編み上げた機関。

次元Igが存在し、人々が次元Igの生み出す理想の世界へと逃げ込む、だからこそロボット開発は異常な発展を遂げ、そして政府が生まれた。

その現状を嘆くものたちの多くはやはり次元Igへと逃げた。

しかし残った者達は考えたのだ。

現状を変えるには、政府に抗うしかない。

しかし、直接的な力関係においては、人間はアンドロイドに適うはずもない。

そうして思考はやがて、次元Igによる時間遡行によって、現状を生み出す根本を取り除いてしまおうというものになる。

つまり、次元Igを発見し、世に公開することとなる、黒田一葉及び野上結を、早々に殺してしまうべきであると。

仮に殺すことは出来なくとも、せめて次元Igの存在を秘匿するよう、二人を説得出来まいかと。

未来の中にも幾つか派閥があるものの、総じて現状を打破することが目的の組織であることに変わりはない。


しかし、アリスにはそんなことはどうでも良かった。

「私はでも、ノアさんの事情は知らないよ、私は私の事情で動いてる、ノアさんが、ノアさんの周囲が私を邪魔してこようが、そんなものは関係ない」

私は私の事情で動いている。

アリスはそう言ってのけた。

ノアの事情は知らない、と。

それはアリスの本心であり生き様であるが。

その歯に布着せぬ物言いに、シーガンが眉間に力の入った硬い表情からようやく柔らかさをみせた。

「ふ、実際どういった関係だったのだ?オリジナルの世界で、ノアと君は」

シーガンの質問に、

(そういえば、実際ノアさん以外はあんまり結の世界の具体的な雰囲気を知らないんだっけか)

と暢気に考えながら応える。

「家族だよ、ノアさんがお姉さんで、私が妹、ノアさんはお兄ちゃんと好き合っていたからね」

仮に兄と好き合っていなくとも、恋仲でなかったとしても家族であることには変わらない。

変わりようもないと、アリスは心の中で付け加えた。

そこにアックスが割って入る。

ほんの少し見ない間に何か温かそうな飲み物を啜っている。

どうやらフロイナに淹れて貰ったらしい。

「そもそも、ノアって奴はどんな人なんだ?実は俺ちゃんと見たことも聞いたことがないんだが」

「画像とか出回ってたりしないの?」

純粋に疑問に思いアリスが尋ねると、シーガンもアックスも首を横に振った。

「未来は確かに大規模組織だが、あくまで反政府軍、良くも悪くも素性の分からない連中ばかりなのでね」

「なるほど、どうりで俺の所には、ノアって名前の男か女かも分からん奴が野上結との接触に上手くいったって情報しか流れてこないわけだ」

その辺り、情報提示には色々と含む所があるらしい。

「ノアさんはね、綺麗な長い金髪をさらさらっと下ろしていて、外出るときはいっつもスーツ着ていて、とっても可愛くてとっても優しい人だよ」

アリスは、決して忘れることのないであろうノアの姿を思い浮かべる。


アリスがノアと離れ離れになってから、アリスの体感時間を基準にして既に三年が経過している。

二人がまだ一緒にいた時。

ノアはアリスに言った。

「私は、アリスちゃんのことも大好きだから、お兄さんを奪うつもりなんてないから、そんなに怖がらなくっていいんだよ」

アリスはノアに言った。

「死ぬのが……怖いよ……ノアさん……」

ノアはアリスに言った。

「大丈夫、だよ」

アリスは、ノアに抱きついた。

しがみついた。

縋りついた。

そうでもしなければ、アリスは自分でいられなくなってしまいそうだったから。

そうでもしなければ、死という概念を、受け入れることが出来なかったから。

アリスはノアに依存してしまった。

ノアはそれを優しく受け止めてくれた。

ノアはアリスにとって本当に、姉であった。

家族であった。

しかし、ノアはアリスのいた次元Igの世界の人間でも、アリスのいた時代の人間でもなかった。

現実世界の遥か未来の存在だった。

ノアは『未来』の一員だったのだ。

その彼女がアリスの住まう世界、つまり野上結の創り出した次元Igの世界にいた理由とは勿論、黒田一葉と野上結の説得である。

説得して、次元Igが世間一般に広まってしまわないように、アンドロイドが世界を支配してしまわないように。

ノアは野上結の世界に割り込むことが出来た、『未来』の中で唯一の存在であった。

その使命感から、様々に思うところもあったらしいのだが。

アリスはそこまで詳しくは聞いていない。

そのことを、ノア自身も表には出さなかった。

そうして騙し騙しに過ごした日々が終わりを告げた、あの日。

黒田一葉と野上結が現実世界に還った、あの日。

ノアもまた、アリスの元を去っていった。

未来へと、『未来』へと。

アリスは、ノアと一緒にいたかった。

ノアと一緒に暮らしたかった。

だからアリスは、ノアという家族のことをずっとずっと、探していた。


「私は、ノアさんを連れ戻す」

アリスは気持ち、語気を強める。

その瞳の奥から溢れ出す鬼気迫るものに、おどけていたアックスも表情を引き締めた。

「それでは、我々のことも話しておこうか」

シーガンが構わずに続いての話題に移った。

実際アリスの方は随分しっかりと事情を話している。

今回はかなり黒田一葉の影響は大きいが、しかしアリスはきちんとした目的があってこの未来に来ている。

そのために利用できるものは何でも利用するつもりではあるのだが、なるべくなら一葉の指示に従い、『クラドル』と行動を共にしたい。

そんな辺りがアリスの側の経緯だ。

だがそのクラドルが何をしているのか、よくわかっていない。

「クラドルは、『未来』という組織の一部だ」

それはアリスにも大体予想が出来ていた。

「うん、だからノアさんと同じ組織の、別部署みたいな感じでしょう?」

「あぁ、『未来』の主目的は現状打破だが、その標的は現在黒田一葉及び野上結となっている」

その二人を殺すことないしは説得すること。

アリスの知る範囲での『未来』という組織はそのために結成されたものだ。

自分の認識と相違ないことに密かに安堵して、無言で先を促す。

「しかし、だ、過去を変えることなど、本当に良いのだろうか」

シーガンの声に熱が入る。

今しがた、この部屋に入る直前のアックスのように。


「この世界に残るほとんどの人間が現行の世界に不満を持っている」

「それは政府であることは間違いない」

「アンドロイドが世界の実権を握り、人の上に立つ社会、そんなもの、人間が認めるわけにはいかないだろう」

「しかし、その現状を変える手段が、過去の改変であってよいものだろうか」

「今この瞬間を私達が生きているのは、過去の積み重ねがあってこそではないか」

「ならば我々が真に戦うべきは過去ではなく、やはりこの今ではないか」

「つまり、政府を倒すために動くべきではなかろうか」

「そんな同志は非常に少ない、今となっては過去を変えてしまうほうが現実的で可能性があるからだ」

「だがしかしこうして私と意を一にする者が集まったこの組織こそが、クラドルなのだ」


そう言い切るシーガンは座った状態で、外面は特に変わったようには見られない。

腕をデスクの上で組んだままの姿勢だ。

だが、絶対に曲げない信念がそこにあるのだろう。

「今を大切にしない奴は、今を戦おうとしない奴は、駄目だ」

と、そう言ったアックスの信念と同じに。

世界を相手に戦おうといしている組織、それがクラドルなのだろう。

すると、今まで静観を貫いていた、秘書らしき風貌のフロイナがアリスに話しかけてきた。

「もしあなたが一緒に戦ってくれるのなら、私達も心強いですわ」

柔らかい笑顔を見せるフロイナ。

すらりと流れるような体の美しいラインにアリスが若干の嫉妬を覚えた頃合にシーガンも言葉を付け加える。

「勿論、その過程で『未来』の上層部に何かしら掛け合う機会は多いだろう、その際に君の"家族"を見つける手伝いは惜しまない」

アックスがさらに続く。

「その代わり、ここから先は修羅の道だぜ?」

アリスの答えはとっくに決まっている。

ノアに会うためなら。

修羅の道など、なんら苦ではない。

「言っておくけれど、私と一緒にいることの方こそ、地獄への旅行を覚悟しておいてよ?」

「ふふ、ならば共に行こうじゃないか、よろしく頼むよアリス・リーフィンク」

こうして。

アリスはここ未来にて。

互いに互いの利益を保証する形、というギブアンドテイクなものではあったが。

反政府組織『未来』の支部、『クラドル』の一員となったのであった。


「と、そういえば」

とアリスは先からの疑問をどうでもいいけれど、と口にする。

シーガン、アックス、フロイナの三人の視線がアリスに集まる。

「クラドルって四人いるって聞いたんだけど、もう一人は?」


あ、という間の抜けた声が、何処からか漏れた。

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